160 ゴルゴダへ
「ん、んん……」
「大丈夫か、レッキス」
すぐそばでウィペットの声が聞こえた。
「ゆっくりだ。ゆっくりと身を起こせ」
肩を支えられながらレッキスは身を起こす。
地面に着いた手の平には土と草の感触がある。さっきまでの砂ではない。
一息入れ、ゆっくり目を開くと、やはりそばにはウィペットがおり、安心したというような目をしていた。
他にクルペオの姿も見える。
「ウィペット……クルペオ……他のみんなは?」
「シャマンとメインクーンなら周囲の探索じゃ。ここがどこなのか、まだはっきりせんでの」
クルペオの回答を受けて、ウィペットが続ける。
「ただ間違いなく言えるのは、すでにオレたちはヴァルフィッシュの腹の中からは抜け出ているということだ」
「そう、みたいね」
言われるまでもなく、レッキスが目を覚ましたのは青々とした緑に覆われた雑木林であった。
薄暗いのは夜明けが近い時間帯のためであろう。
だいぶ脳が回転を始めてきた。
そう思い、ようやくレッキスは自身がミナミの大剣〈土飢王貴〉を抱え込んでいたことに気が付いた。
「ミナミは?」
近くにはいないようだ。
「わからん。それも含めてシャマンとメインクーンの連絡待ちだ」
ガサッ
三人が音のした方を向くとそのシャマンが戻ってきたところであった。
「おう、レッキス。起きたか」
「シャマン、ミナミはどこなんよ?」
巨漢の〈猿人族〉シャマンは静かに首を横に振った。
「見当たらんのか?」
クルペオの確認に今度は縦に首を振る。
「どういうことなんよ」
「はぐれたか、もしくはあのズアに」
「殺さ……」
「連れ去られた?」
最悪の結果を口にさせまいとレッキスが意見をかぶせた。
林を抜ける風が凪ぐ。
静寂に包まれる。
「ズア、オレたちが伝説で知るあの亜人戦争の英雄ズア本人だとして、奴の狙いは初めからミナミだけだった」
「どうしてズアがミナミを狙うんよ?」
「知らん。姫神と関係があるんじゃあないのか?」
「……」
ここにいる全員が姫神について同じ知識しか持っていない。
答えなどわかりようもなかった。
「ミナミを探さないと」
「そうだな」
「で、ここはどこなんだ?」
いつだってウィペットは現実的な方向へ思考を誘導する。
「見てもらった方が早い。向こうでメインクーンが待機している」
シャマンに案内され、三人は雑木林を抜ける。
視界が開ける。
丘の斜面を下った先に川があり、少し離れた位置には石造りの頑丈な橋が見えた。
そしてその先、なだらかな丘陵の先に城が見える。
「天空へと伸びる白亜の城。ここはハイランドか」
ウィペットの言葉にシャマンが頷く。
シャマンたちのいた〈五氏族連合〉からは北西、砂漠の大国〈エスメラルダ〉からは北に位置する。
三十年前の亜人戦争で、人間側の宗主国となったのがこのハイランドであった。
しかしその戦で聖賢王シュテインが討たれてからは、目立った動きはない。
朝日が射す。
城は雲をも突き抜けんとする高い尖塔をいくつも持つ。
背後に連なる山々の稜線までがくっきりと見え、城を美しく彩る。
ブルッ
初冬の澄んだ空気に身をこわばらせる。
「う~、寒みっ。オレたちゃ砂漠から北の高地へと飛ばされたって訳か」
「うちらヴァルフィッシュの中にいたんよね? どうしてここにいるんだろ」
「吐き捨てられたんだろ。オレたち雑魚に用はないつってたからな、あのヤロー」
シャマンが忌々しそうにする。
「あるいは砂吹きで放り出されたか」
ウィペットも同様の意見を口にした。
「ちゃうよ。そうじゃなくて、どうしてこの場所に捨てられたんよってこと」
「そりゃあ、こっちへ向かってたからだろ」
「そうだな、オレたちを捨てるためにわざわざ回り道をしてくれるとは考えにくい」
シャマンとウィペットがそれがどうしたと言わんばかりの表情をする。
「道中で吐き捨てた? やっぱそう思うんよね?」
「なるほどのう」
クルペオもレッキスの問いに得心が言ったようだ。
「ズアの目的地が〈五氏族連合〉からこの〈ハイランド〉を抜けた先にある、と言いたいのか」
「そうなんよ! きっと方角がそっちだと思うんよ」
「てことはだな、このハイランドよりもさらに北西に奴は向かったか」
レッキスが頷く。
「そこにミナミが囚われている!」
一同の合間を朝の風が通り抜ける。
「囚われてるかはわからんが、可能性はあるな」
「にしても範囲が広すぎる。場合によっては〈西の辺境大陸〉まであり得るぞ」
「でもさ、全世界が範囲よりかはましなんよ」
「もうひとつ、手がかりがあるニャン」
メインクーンがシャマンたちのいる丘の上に上がってきた。
「おう、城下の様子はどうだ?」
「特になんも。ただまあ、やけに静かニャ」
「もうひとつの手がかりってなんよ」
レッキスが焦れて先を促す。
「ニャ。あいつ、ゴルゴダへ飛べ、って命令していたニャ」
「聞いたのか?」
「こっそり、気絶したフリをしてね。ミナミを連れて行ったニャ」
「黙って見ていたの!?」
レッキスの掴みかからん勢いをシャマンが押さえる。
「無理言う。あいつやっぱ強かったし。不意打ちでも倒せないニャ。だから様子見に徹したニャ」
「ミナミは死んではおらんのだな?」
「担がれて連れてかれたニャ。殺すつもりならやってたはず。もしかして私らと一緒に捨てられてるかも、と期待したけど、見当たらないニャ」
「ゴルゴダ……聞いたことがないな。地名か建物の名か」
「では目的は決まったようだのう」
一同がシャマンを見る。
「おう! ゴルゴダを探し、ミナミを救うぞ!」
全員が頷く。
リーダーであるシャマンが決めたのならそれに従う。それがこのパーティーのルールだった。
「行くぞ。夜が明けた。間もなく城門が開かれるはずだ。まずはハイランドへ」
「待ってるんよミナミ。必ず助けてやるんよ」
胸に抱いた〈土飢王貴〉を握りしめながら、レッキスも前を向いた。
第三章 異界・探究編〈了〉




