155 異世界転〈生〉
「残念ですが、あなたは死にました」
目を覚ましたミナミの耳に、上記の言葉が真っ先に飛び込んできた。
それが自分に向けられた言葉であり、それが自分の現状を指した言葉であることに、当初は気づかぬままであった。
「おお、ミナミよ。死んでしまうとは情けない」
無反応のミナミを自覚させようというのか、声は明確にミナミを名指ししてきた。
「ここ、どこ?」
ミナミは周囲を確認する。
何もない空間。
見渡す果ては暗闇で、右も左も、前も後ろも暗闇が広がる。
上を見ても同じ闇だ。
違うのは足元だけ。
黄色いレンガが敷き詰められている。
下を見たことで、自分が今、何も身に着けていないことに気が付いた。
慌てて両腕で胸を隠し、その場にしゃがみこんでしまう。
「な、なんで裸!?」
「そなたにもう一度、チャンスを与えよう」
どこからか声が響く。
声はとても低く、男声のようだが周囲に声の主は見当たらない。
「あの、ここどこですかぁ?」
監視カメラか何かで自分を見ているのだろうか。
ミナミは何も見えない暗闇に向かって質問を投げかける。
「とはいえ、そなたは予定外の死を迎えてしまった。よって、代わりの命を授けることにしましょう」
ミナミの質問には一切答えてくれないようだ。
ミナミの中で不安が募る。
すると遠くの方に二つの光点が灯った。
金色に輝くその二つの光点は、最初ゆらゆらと漂い、しばらくするとまっすぐミナミへと向かい飛んできた。
ぐんぐんと加速して近づいて来る。
そして暗闇の中、目も開けていられないほどの眩さに、胸ではなく顔を覆い隠してしまう。
「うわぁっ」
思わず叫んでしまった。
「……」
とくになにもない。
「今よりそなたは〈金姫〉である」
また声だけが聞こえてくる。
「よいですか。本来、姫神一人につき、宿る〈旧き者〉は一体のみ。しかしそなたは死というハンデを抱えてしまった。よって二体の力を宿すことを許しましょう」
何を言っているのか、ミナミには何一つ理解できなかった。
「その力を使い、世界を創造なさい」
「え?」
「方法は問いません。思うがままになさい」
「あの……」
「ただし、同じ条件を持つ姫神は、そなただけではありません」
「ひめがみ?」
やや沈黙があり、
「ですが、例外として二つの力を宿したそなたは、だいぶ有利になったと言えるでしょう」
声はやや嘆息交じりに聞こえた。
「では、お行きなさい。そなたの思う、善き世界を創造するために」
ミナミの脳が理解に追いつくよりも前に、辺りは暗転し、そして景色が一変する。
見渡す限りの青い空、太陽の光、感じる風、遠くの山、そして眼下に広がる緑の海は森。
そして見た。
ミナミは自分が空に空いた穴から落ちたのだ。
空に一点の穴があり、その縁に人が一人立っていた。
真っ白く輝くドレスをまとい、憂いを秘める目をした美しい女性。
「待って! あなたは誰なの! 私は……」
しかし瞬く間に穴は遠ざかり、そしてミナミの意識も薄れていった。
落下するミナミを包み込むように、眼下の森が受け止める。
ミナミの姿は見えなくなった。
穴の縁に立つ女がそっと囁く。
「わたしは誰……わたしは〈心〉……わたしは常に助ける者」
その声は先程までミナミが耳にしていた低い男声のようである。
「けれど、それを知る必要はない。どうせそなたも……すぐに忘れる」
空に空いた穴が閉じた。
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ゆっくりと目蓋を開いたミナミは、まだ微睡みながらも今しがた見ていた〈夢〉を思い出そうとしていた。
「ゆめ……だったのかな。〈心〉……」
だんだんと意識がはっきりしてくる。
ぼやける視界の中で、同じように倒れている仲間の姿が見えてくる。
「レッキス?」
ハッとして、目を覚ましたミナミは跳び起き周囲を確認した。
そこは広く暗い空間だった。
周囲は闇に覆われているが、足元には金色の砂が敷き詰められている。
時折遠くで天井? から大量の砂が滝のように流れ落ちてくるのが見える。
とても静かな空間で、さらさらと流れる砂粒の音しか聞こえてこない。
すぐそばに自分がぶん投げた大木が転がっているのを発見した。
そしてその周りに倒れ伏す仲間たち。
「よかった。みんないる」
憲兵たちの包囲網から脱出するために、〈浮遊石嵐〉に向かい仲間ごと大木をぶん投げた。
そのまま嵐のヘリを飛び抜けていこうとした。
作戦は成功しそうだった。
だが、突如現れた巨大な霊獣ヴァルフィッシュに、一行は大木ごと飲み込まれてしまったのだ。
ミナミは体に異常がないことを確認する。
意識を失っていたためか、姫神の変身は解けていたが、神器〈土飢王貴〉はちゃんと手に握られていた。
(ここはどこだろうか?)
あれこれ考える前にまずは仲間を助け起こすことにした。
サク、サク……
そのとき、どこからか砂を踏む音が聞こえてきて、ミナミは咄嗟に周囲を警戒した。
「よもや、ここで会えるとは思わなかったぞ」
ミナミの視界に、近づいてくる偉丈夫の姿が現れた。
その男は上半身裸で、腰回りに獣の毛皮をはいだかのような腰布をまとっている。
見たところ、この世界で言う人間族の男のようだ。
そいつはぼさぼさに伸びた茶色い髪の影で、らんらんと輝く目をしていた。
ミナミはそいつを恐ろしいと感じた。
その恐ろしさを裏付けるかのように、背中に異様に大きな剣を背負っている。
それは何かの骨を削りだして拵えたかのような、とても武骨な得物であった。
長さはそれほどでもなかろうが、とても幅広で、剣というよりも鉈と言った方がしっくりくる。
「だ、だれですか」
自然に汗が頬を伝う。
ミナミは緊張で声をかすらせながらも剣を相手に向けて構える。
(どうか敵でありませんように)
ミナミの願いむなしく、そいつは自らをこう名乗った。
「オレはズァ。〈力のズァ〉。お前たち姫神に、常に敵対するものだ」




