151 ガム・デ・ガレ
〈五氏族連合〉の中心地〈聖なるシャニワール〉と呼ばれる街は大混乱に陥っていた。
本来北に広がる〈浮遊石地帯〉でしか起こりえない砂嵐、〈浮遊石嵐〉がこの街に迫っているからである。
その姿はすでに肉眼でもはっきりと見て取れる。
こんな距離にまで近づいているのを誰も気付く事ができなかったとは考えにくい。
「嵐流予報局はなんと言っている?」
集まった五氏族の長老たちから成る〈評議連〉は、この異常気象の原因と対策を早く挙げるよう繰り返すばかり。
しかし〈妖狐族〉の符呪師たちで構成された嵐流予報士たちにも原因はさっぱりであった。
「このような熱帯雨林地区に砂嵐などまず考えられん」
「そもそも〈浮遊石地帯〉の管轄は〈猫耳族〉と〈兎耳族〉だ」
「北の砂漠で発生したのならば〈浮遊石嵐〉が通過することを報告する義務があるはず」
「無茶言うな! いつ発生するかもわからん〈浮遊石嵐〉だぞ! そのために嵐流予報局には予算を多く割いてやっているのだ」
「接近中の〈浮遊石嵐〉にも〈ジンユイ〉は飛んでいるのかな」
「狩っても無駄だ。ドワーフ連中が緑砂の結晶を買い取らねば意味がない」
「では嵐流予報局への予算も大幅に縮小して問題ないな」
「お、お待ちください!」
長老たちとその場に居合わせた事務員たちによる議論はいつのまにか予算配分に移ってしまった。
誰もこの異常気象を重く見ていないのだ。
それよりも唐突に訪れた経済問題に関心がいっている。
「この異常事態もあれではないか? ほれ、姫神たら言う」
「〈金姫〉のことか」
「なんでもかんでもその伝説に結び付けるのはいかがなものか」
「左様。しかも出所はあのスイフトであろう」
「かつて〈学術都市アイーオ〉で教鞭を振るっていたあの老人も、今ではちと胡散臭い故な……」
「しかし自由都市マラガ壊滅の原因もその姫神とかいう者だと伝わっておるぞ」
「真偽はどうあれ使えるものは使うべきだ」
「〈五氏族連合〉が金姫を擁している。その情報が流れるだけでも価値がある」
「実際はどう使うべきか、思案のしどころですな」
「その金姫拿捕の手筈はどうなっている?」
一同が議場の入り口に直立する憲兵を見る。
「ハッ。フリッツ殿の報告によると現在目標は〈聖域〉内に逃げ込んでいる模様。遺跡周辺を取り囲んでおりますゆえ、もはや袋のネズミかと」
「よしよし。ならば時間の問題だな」
「あとはその娘が我らの言うことを聞けばよし。台座に戴くか、鎖に繋げるかは本人次第」
「マラガのようには、なりたくないがな」
「フハハハハ。まったくだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
空を見上げながらシャマンたちは固まっていた。
「シャマン、どう思う?」
「どう思うってよお……わかるものか」
「〈浮遊石嵐〉が砂漠以外で発生することなんてないよ。異常だよ」
「落ち着けメインクーン。じっとしてりゃあやり過ごせる。ジンユイを狩る意味もねえしな」
嵐の周囲をおびただしい数のジンユイが飛び回っているのが見える。
そして嵐の中では巨大な浮遊石同士の衝突する音も聞こえる。
「この嵐が通過するまではフリッツや憲兵共も足止めだろう」
「むしろ嵐の後にどうやってこの森を抜け出すか、じゃな」
「抜けだした後、どこへ行くつもりじゃ」
スイフト爺が割って入ってくる。
「教えると思うか、爺さん」
「ワシが密告するとでも思うとるんか」
「フン」
だいぶ風が強くなってきた。
「身を隠す場所を決めた方がいい」
「そうだな、嵐の抜けた直後、脱出だ」
「あの、私に一つ提案が」
そこまで黙って聞いていたミナミがおずおずと挙手する。
「せっかくだからあの嵐に紛れてとっとと脱出しませんか?」
全員が目を丸くする。
「ばか、自殺行為だ。そもそも空を飛べるのは変身したお前ひとりじゃねえか」
「うんうん」
みんなが頷いている中、ミナミはひとり首を横に振る。
「大丈夫。みんなは私が飛ばしてあげる」
「飛ばすって」
「昔マンガで読んだシーンを思い出したんだ。あれをマネすれば嵐を突っ切って飛べるはず」
「マ、マンガって、なんだ?」
「え? この世界にはないの? マンガ」
まあそうかもしれないな。
ミナミは勝手にそう納得し、そしてひとり離れた位置の大木まで進む。
「これでいいかな」
「おいおい、何する気だ?」
「簡単だよ」
そう言うとミナミは背中の大剣〈土飢王貴〉を構える。
「転身! 姫神〈ヤシャ・ノウェム〉」
ミナミは今日二度目の転身を開始した。




