150 嵐の進路
ミナミの予想通り、仲間は全員〈聖域〉にある遺跡のそば、思い出の木の下に集まっていた。
「よかったぁ。やっぱりみんな、ここにいたんだね」
着地するや変身を解き、安堵した顔のミナミにシャマンが応答する。
「当たり前だろう。バラバラになった時は各自、ここに集合するよう決めていただろう」
「うん。でもなんでここなの? ここ、私あんまりいい思い出がないから嫌なんだけどぉ」
「なに言ってんよ。ウチらが出会った大切な場所やんか」
「……言いながら笑ってるよね? レッキス」
「ミナミ鍋、味わってみたかったのぉ」
「ク、クルペオ!」
「ミナミは油で炒めた方が美味しいって言ったニャン!」
「やめてよメインクーン!」
「いや、やはり丸焼きが一番だ」
「……ウィペットまで。もうその話は金輪際しないでェー」
「にゃははは」
たった今、反逆者として落ち延びてきた者たちにしては、まるで悲壮感がない。
彼らの丁々発止を眺めながら、老人、スイフト爺は感心していた。
「うむうむ。そなたらのような若者たちこそが、次代のこの世界をより良く作っていくのであろうな。うむうむ」
「はあ!?」
全員が一斉にスイフト爺を睨みつける。
ちなみに彼は今もなお、ここに共に連れてこられたとき同様、巨漢のシャマンに首根っこを掴まれたままだ。
レッキスがスイフト爺に詰め寄る。
「あのね爺さん! あんたが余計なことを吹聴したおかげで、ウチらこんな目に遭ってんでしょうよ!」
「しかもよりによって旅立ちの朝にな」
「間が悪ゥい」
ウィペットとメインクーンも同調する。
「仕方あるまい。しかしな、どうせそなたらは見張られておったんじゃ。明日旅立とうが、昨日旅立とうが、旅立とうとすれば止められる手はずになっとったんじゃよ」
「そうなのか?」
「数日前から監視役がそなたらの行動を見張っておったそうだ。おそらくここにもすぐに追ってくるじゃろう」
「ハッ! なめんなよ、爺さん」
シャマンがようやくスイフト爺の首根っこから手を放し、正面に置く。
「オレたちがここへどうやって来たか、あんたもわかってんだろう」
「そうだよ! ここが探り当てられないよう、わざわざあちこち迂回して来たじゃないか。ねえミナミ?」
「えっ?」
メインクーンの突然の呼びかけにミナミは困惑する。
「もちろん真っすぐここに飛んできたりしてないよね?」
「えっ、と」
「どうなんだ、ミナミ?」
シャマンまでミナミをまっすぐ見つめてくる。
「だ、だってぇ、私このあたりの土地勘ないし、迷子にならないよう一直線に来るしか……」
「え~っ! まっすぐ来ちゃったのぉ?」
「おいこらミナミィ」
「ご、ごめんなさぁい」
謝るミナミに嘆息する猿と猫。
「すぐにここを離れるべきだな。フリッツのことだ、じきにここへやって来るぞ」
「いやぁ、もう来たみたいよ」
ウィペットの提案をレッキスが遮る。
レッキスの伺う先、森の木々の間にちらちらと人影が見えてきた。
どうやらすでに憲兵たちはこの〈聖域〉である太古の森に踏み込んでいるようだ。
とはいえそれなりの広さを持つ森である。
この場所を特定されるにはまだ時間がありそうだ。
「やばいな。囲まれる前に移動するか」
シャマンの提案の前にクルペオが割って入る。
「ご老人、時間がない故、姫神についてわかったこと、手短にお話願いたい」
「おう、いいぞ」
「えらい簡単に言うなぁ。口止めとかされてないのか?」
「ワシは学者じゃ。調べて得た知識を広く喧伝するのが務めじゃ。知る権利は万民にある」
「ご立派なこって」
「それで?」
クルペオが先を促す。
ミナミも自然、身を乗り出してしまう。
「うむ」
そのミナミを見つめながら、スイフト爺はとうとうと語りだした。
――いつ、始まるかは、ようとして知れず。
――七人の姫神、異界よりまかり越す。
――その力は超常なり。
――されど七人、弱きものなり。
「これは姫神について、まず初めに語られる一節のようじゃ」
「七人? 姫神とは七人もいるのか?」
「弱きものだって。そうは思えないけどね」
「その力は超常なり、と前段で言っておいてな」
「つかやっぱり異世界人なんだな、お前」
「で、なにしに来るん?」
「ええい! 少し黙って聞かんか」
各々が語りだすのをスイフト爺が一喝する。
「コホン。あ~、姫神は数百年に一度、この世界の至る場所に現れる、らしい。そして最後の一人に勝ち残った者が、この世界を新たに創造する力を得る、らしい」
「らしい、らしい、ってそれほんとに信じられる話なのか?」
「うるさいぞシャマン。なんせ姫神について書かれた文献なんぞ、ほとんどないのだからな」
「そうなのか?」
「原因は不明じゃが、それでも各地の口伝や多少の文献、伝説など手当たり次第にあたって得た知識じゃよ」
「最後の一人に勝ち残るって、七人の姫神は戦う関係なの?」
それまで黙っていたミナミがおもむろに口を開いた。
「そのようじゃな。ただし実際に過去、〈姫神が創造した世界〉についての具体的な例はあまり見つからんかった。」
「あまり、ってことは?」
「うむ。わずかな例としてだが、かの〈エスメラルダ〉王国を建国したのは姫神であったとする伝説が見つかった。それもな」
「うん」
「あの国の国教、〈サキュラ正教〉の信奉する〈慈愛の神サキュラ〉こそ、その当時の姫神本人であったとする説があるんじゃよ」
「ふぅ~ん」
ミナミの地味なリアクションにスイフト爺は拍子抜けする。
「なんじゃ? 気の抜けた返事じゃな」
「ん、だってさあ、宗教興して国を興してって、別に姫神じゃなくても出来る人なら出来ることだしさあ」
ミナミにはあまり関心のない事でもあった。
「じゃがエスメラルダの国史を紐解いても、そのようなことは書かれておらん。おそらく何か秘密があるのじゃろう。歴史にな」
「なるほどな。ま、とにかくミナミにはいろんな可能性があり、そして似たような奴が他に六人いるんだな」
「評議連はおそらくミナミのその力を利用して、〈五氏族連合〉の国力を上げようとでも算段しているのやもしれぬな」
「ドワーフ連中が突然買い渋りだしたのが危機感を煽ったのかもしれねえな」
「それで慌ててミナミをキープしようと動き出した?」
「でも、それだって元をたどれば〈盗賊都市マラガ〉が壊滅したせいであって、その原因は二人の姫神、なんよね?」
「ああ、てことはだな……」
「シャマン、そこまで!」
メインクーンが手を上げて一同の議論を止める。
「ついにフリッツの野郎が来やがったか?」
「ううん。それもあるけど、信じられないことが……」
「なんでぇ?」
「あれ!」
メインクーンが空を指さす。
方向は北。
この〈聖域〉から北にあるのは〈浮遊石地帯〉と呼ばれる砂漠。
「な、なんだって!」
「あれは、まさか」
「うん……〈浮遊石の嵐〉」
北の砂漠地帯でしか発生しない〈浮遊石の嵐〉。
その奇岩の嵐が、まさか〈五氏族連合〉の中心地にまで迫ってくるとは。
そんな異常気象は、一行の知る限り、初めてのことであった。




