144 金姫〈ヤシャ・ノウェム〉
迫る砂嵐に匹敵するほどの波動が巻き起こる。
叫ぶミナミを中心に黄金の波動が迸る。
「ズッバァーーン!」
変貌したミナミが自ら効果音を演出しながら大剣を横薙ぎに決めポーズをとる。
「〈金色弓尾〉ミナミ、見参!」
白い羽衣に黄金の鎧、黄金の装飾品、茶髪の緩いボブカットから流れる金髪に変わり、大きな狐の耳と九つの尾を持つ姿。
神器〈土飢王貴〉は無数の爪を這わせた歪な形に変形している。
その変貌したミナミに向かいジンユイの群れが襲い掛かる。
「危ないミナミ!」
「避けるんよ!」
メインクーンとレッキスの悲鳴にも動じることなく、ミナミは禍々しい大剣を構えた。
途端、無数の爪が回転し始める。
さながらチェーンソーのように、回転ノコギリのように見える。
「我が道に、敵なーっし! てぇーい! 〈ギロチン・スラッガー〉」
ひとたび刃に触れた途端、突っ込んできたジンユイは血飛沫をあげながら真っ二つに両断されていく。
何匹も何匹も、勢いよくミナミの大剣に斬り刻まれていく。
何匹目かで方向転換に成功したジンユイは、再び空高く舞い上がりミナミから距離をとろうとする。
「逃がさないよ!」
剣を地面に突き立て、柄に前傾姿勢で寄りかかる。
尻尾の生えたお尻をプリンと突き出して、九つの尻尾をフリフリと振り出す。
「〈攻鬼道・拡散弓尾」
ボシュッ! ボシュッ! ボシュゥッ!
ミナミの尻尾から無数の弾丸が射出される。
それらは煙のような尾を引きながら上空に逃れるジンユイの群れに高速で迫る。
「ズババババーッン!!」
ミナミの声に合わせるように上空で一斉に弾丸がはじけ、多数の小爆発が発生する。
「うおお!」
「にゃーん!」
シャマンたちもその威力に身を低くする。
上空で爆発に巻き込まれた多くのジンユイが墜落してくる。
辺り一面煙に覆われ砂嵐と区別がつかない。
「大漁大漁!」
そんな中でただ一人、ミナミだけはご満悦な表情だ。
辛くも爆発を免れたわずかなジンユイの群れも彼方へと逃げ去っていく。
そして爆発の影響か、砂嵐もその勢力を徐々に弱めていった。
信じられないことだがみるみるとその規模が小さくなっていく。
このままではものの数分で消滅してしまうだろう。
「姫神の神通力、まっこと恐ろしきものよ。気象すら変えてしまうとは」
クルペオが眩しそうにミナミを見つめながらつぶやく。
「しかしおかげで助かったぜ。しかもこれほど大量のジンユイを狩れるなんてな」
シャマンがドカッと座り込んで一息つく。
その横でメインクーンが驚きの声を上げた。
「シャ、シャマン! あれ見て」
「ああん?」
メインクーンの指さす先を全員が見上げた。
砂嵐がほぼ消え、巻き込んでいた巨大な浮遊石がいくつも飛んでいる上空。
そのたくさんの岩の影に隠れるように、巨大な飛翔生物の姿が見て取れた。
先程までのジンユイどころではない。
大きさは優に三十メートルはある。
「あ、ありゃ、〈ヴァルフィッシュ〉じゃねえか?」
「ヴァルフィッシュ? あれが……」
それは空を飛ぶ、巨大なクジラのようであった。
全身がジンユイと同様真っ白なセラミック体質、ところどころヒビの入った甲殻に覆われている。
そのヴァルフィッシュの背中から潮吹きならぬ、砂吹きが飛び出した。
細かい砂の粒が上空から舞い落ちる。
それは陽の光を受けてキラキラと輝いて見えた。
「きれい……」
ミナミはその姿に見惚れていた。が、気になることを質問した。
「シャマン、あのでっかいのも狩るの?」
「ば、バカ言うな! あれは神の化身として崇め奉る存在だぞ」
「その姿を見れただけでもありがたいものぞ」
シャマンとクルペオに言いくるめられてしまった。
「そうなんだ……あんなすごいのが空を飛んでるなんて、やっぱりここは異世界なんだなぁ」
「ニャンとも。ヴァルフィッシュは普段その姿を見かけることはないけれど、それはたぶん砂嵐の中にいつもいるせいかもしれないニャ」
「ミナミの神通力が砂嵐を吹っ飛ばしちまったから姿を現したってことか」
メインクーンとシャマンがそれきり黙りこくる。
二人とも神々しいヴァルフィッシュの姿にしばし感動していたのだ。
「さ、せっかくミナミがたくさんジンユイを狩ってくれたんだからさ、採取して帰るんよ」
レッキスの声に一同がようやく我に返る。
「そうだな。これだけの緑砂の塊がとれたんだ。でかい顔して帰れるってもんだぜ」
ニヤリとするシャマン。
その様子に戦闘は終わりを迎えたと判断し、ミナミは変身を解いた。
ミナミも大剣も元の姿に戻る。
「さあ、こっからは地味な作業だ。陽が落ちる前に結晶を余さず回収するんだ」
「はいにゃ」
「わかったんよ」
元気よく返事するメインクーンやレッキス、黙って頷き作業に取り掛かるクルペオとウィペット。
そしてミナミも皆の元へと向かう。
ミナミは今の境遇を心底楽しんでいた。
〈金姫〉としてこの異世界で過ごすことが楽しくて仕方がない。
この世界で知り合った亜人たちが好きになっていた。
「日本にいた時よりも断然こっちのが楽しいんだよね。ただのOLだった私が、まさか〈選ばれし者〉だなんてね」
今でもとても信じられない気持ちだが、幸運でも何でもいい。
宝くじが当たるよりもラッキーだな、と気楽に考えている。
「あとはいい人でもいれば文句なしなんだけどなぁ。恋愛運だけは……はぁ」
嵐が去ったためか、ミナミの砂を踏む音だけが、よおく耳に届いてきていた。
2025年2月22日 挿絵を変更しました。
2025年9月27日 挿絵を変更しました。




