135 不思議の森の温泉
サチ、ユカ、メグミの三人はがんばった。
これでもかという程にがんばった。
現在地不明の荒野で異形の者共に追われる恐怖、先の見えない逃避行に疲労の色も隠せない。
それでも三人は歩いた。
黙々と歩いた。
止まってもどうにもならない。
ここは未知の土地で、ここにいるのは未知の生物。
不思議とそれをすんなり受け入れられたのだ。
本人たちには理解できないかもしれないが、おそらくそれが「若さ」というものかもしれない。
十代という多感な時期、社会の現実も、未知なるオカルトも、これから学ぶ彼女たちにとって、それらは今もって同列に受け入れられるモノ。
大人はそれを「未熟」と断ずるが、それゆえに少女たちは精神を保つことができている。
おおよそ立派な大人程、理不尽な不可思議現象に対応できないものであろう。
夕焼けの赤い空と大地の赤土が交じり合う。
それを綺麗と思う間もなく闇が急速に深まりつつあった。
荒野の真ん中で夜になる。
結局、人里を見つけるどころか人に会うこともなかった。
「どうしよう、夜になったらジッとしてた方がいいのかな?」
先頭を歩くユカが振り向いて尋ねてきた。
だがユカにわからないことをサチとメグミがわかるはずもない。
やがて周囲に夜の帳が下りてしまった。
沈黙という静寂が流れる。
「あ、見て! 灯りだよ」
その時メグミが明るい声を出し一方を指さした。
その先に確かに光が瞬いている。
「行ってみよう」
三人は期待に胸を膨らませながら灯りを目指した。
近づくにつれ、そこにより一層暗闇を抱える大きな森があることが分かってきた。
「森だね。すごい暗いけど」
「でも奥の方で灯りが見えるよ。誰かいるんじゃないかな」
「助けてくれる人ならいいけど……」
いささかユカは不安であったが、サチもメグミも灯りという希望にすがっているのがよくわかっていた。
深く生い茂る草をかき分け、垂れさがる木の枝を振り払いながら、三人は慎重に灯りを目指す。
「獣道すらない。まるで整備されていない」
ユカは目指す灯りに人がいるとは思えなくなっていた。
そしてその予想は当たっていた。
大きな光を発する根元にたどり着いた三人は、それを見上げて驚いていた。
「なに、これ~」
「すごい……まぶしい」
「植物が、光ってる」
それは自ら発光している巨大な植物であった。
「タンポポみたい。綿毛のひとつひとつが光ってる」
メグミの言う通り、それは高さ三メートルはありそうな巨大な綿毛のタンポポに似ていた。
種子のついた綿毛部分が発光しており、さながら自然の街灯に見えた。
「すごい、明るいね」
「不思議。こんなの初めて見る」
「ねえ、あっち」
またもメグミが何かを発見したようだ。
タンポポの光が届く範囲に池が見える。
どうやらほのかに湯気が立っているようだが。
「あったかい! これ、温泉だよ!」
手を突っ込んだメグミが嬌声を上げる。
三人とも制服は生乾きで、雨と汗のせいで体もべたつき、急にその不快感を思い出していた。
「入ろう!」
「え、でも……大丈夫かな」
「メグは入る!」
そう言ってメグミは制服を脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっとメグ」
ユカが慌ててメグミを止めようとするが、
「あたしも!」
隣でサチまで制服を脱ぎ始めた。
どっぼーん!
「ぷはっ! あったかーい」
「ほんと! きもちいい」
サチとメグミは全裸になって温泉に浸かってしまった。
「ちょっと! 平気なの?」
「平気だよ。ユカも入んなよ」
「……」
ユカは靴下を脱いで足だけ浸かってみた。
「!!」
きもちいい。
「あははは! ユカ、イキそうな顔してる~」
「な! んなわけ」
「あははは」
ようやく笑顔になれた。
ユカも制服を脱ぐと眼鏡をかけたまま湯につかる。途端にレンズが曇ってしまう。
曇ったレンズを拭くこともせず、三人は静かに身を沈めた。
「不思議なところだね~」
「そうだね」
「ここ、どこなんだろう~」
「わかんない」
「……携帯つながるかな~」
メグミが腕を伸ばしバッグからスマホを取り出すと電源を入れる。
「やっぱダメか~」
「日本じゃないのかもね」
カシャッ
「なに撮ってるの」
「光るタンポポ。珍しいから写真撮っとこうと思って」
三人が見上げた先でタンポポのような巨大な植物が瞬いている。
「今日はここで休もう。ね」
「そうだね」
十分あったまった後、三人は湯から上がり再び制服を身に着けた。
多少薄汚れてしまったが、乾いたこともあって幾分マシになっていた。
バッグに残っていた少量のお菓子を三人で分け合い、光るタンポポの下で身を寄り添って眠りにつくことにした。
とはいえ不安が拭い去られたわけでもなく、そう簡単には寝付けやしなかった。
「……」
「……」
「……あのさ」
サチが小さな声で呼びかける。
「写真、撮らない?」
「なんの?」
「三人の」
「はあ? なんで自撮りなんて」
「なんとなく……」
「メグちゃんとメイクしてからでないとヤダ~」
「ね、いいでしょ。お願い」
理由はわからないがサチの必死な雰囲気にユカもほだされた。
「……いいよ。じゃあ、ほら、メグも起きて」
「ぶー」
サチは左手にスマホを構えると右隣りにメグ、ユカの順番で目線を合わす。
「いくよ」
カシャ
画面右から精一杯の笑顔のサチ、少々ぶぅたれているメグミ、優しくほほ笑んでいるユカの姿が写っている。
「ちょっと~、サチったらアプリ使って撮ってよ~」
「いいの、これで」
「……もう平気? サチ」
ユカの問いにサチは笑顔で頷く。
「さすがに眠くなってきたよ」
「そうだね」
「うん。少し寝よう」
ようやく疲労が不安を上回り、三人は静かに寝息を立て始めた。
「おやすみ……きっと、明日はいいことある……」
最後にサチが眠りについた。
ドドドドドドドドドド!
轟音と地響きを感じ、三人は目を覚ました。
木々の間から陽の光が漏れている。
すっかりと夜が明けており、タンポポも光を失っている。
だがそれ以上にこの騒音の正体に驚いた。
森の外側にたくさんの軍馬が居並んでいた。
そしてその集団の中央に大きな輿に担がれた貴婦人の姿が見える。
「なに、あれ?」
「わかんない。けど、まるで妖精の女王さまみたい」
大きな蝶の羽を持つ貴婦人の姿にユカはそう感想を漏らす。
「あ、あいつら」
メグミが指さした先に、昨日三人を追いかけてきたあの異形の者の姿が見えた。
「もしかして、また私たちを追ってきたの?」
ユカの疑問に答える前に貴婦人から呼びかけがあった。
「娘らよ! この森に隠れているのはわかっておる! おとなしく出てきさらせ。さすれば〈姫神〉以外の二人は元の世界に帰してしんぜよう」
その声は当然三人の耳にも届いた。
「なに? 姫神って? あたしたちそんなの知らないよ」
「誰かと間違えてるんじゃないの~」
「待って! そんなことより今の言葉……」
狼狽する三人をよそに、妖精女王ティターニアの呼びかけは再び繰り返された。
「どうした! 早う出てきさらせ! 〈日本〉に帰りたくはないのか?」
三人は今度こそはっきりと驚いた。
「日本だって!」
「うん、はっきりそう言った!」
「あの人、言葉が通じる! 私たちの事情も、わかってもらえるんだわ!」




