131 シオリ、亀の喉にて牙を抜く
夜中、連続した地響きに皆何事かと飛び起きてきた。
水仙郷の水精たちもみな外へと現れている。
星の瞬く晴れ渡った夜空の下。
平和なこの郷にひとつの、巨大な物体、いや、生物が現れた。
「な、なんだ! あの巨大な生物は? まるで小高い丘のようだぞ」
「あ、あれは!」
水精の一人が驚いた声を出す。
「キボシ様です! キボシ様が暴れながら近づいてくるようです」
「キボシ? 例の賢者か! てか想像してたのと全然違うぞ!」
キボシは巨大な甲羅を持つ四つ足の爬虫類。
シオリの十倍は体の大きいカメ族だった。
体も甲羅も黒い。
巨大な甲羅は苔むしていて、さらに幾本もの樹木まで育っている。
甲羅そのものが小さな丘、もしくは動く島に見える。
その巨大なカメが暴れながら郷に近づいてくる。
「なんで暴れてるんだ? ほとんど寝ているようなやつなんだろう?」
「わかりません。でもなにか、苦しんでいるように見えます」
「と、とにかくこのままでは郷が潰されてしまいます。」
「そうは言うがアカメよ、オレやタイランさんは相手を斬ることしかできんぞ! 賢者様を斬るわけにはいかないだろ」
「待って! 苦しんでいるんなら、私が何とかできるかも」
シオリは急いで寝床へ戻ると白く美しい長剣〈輝く理力〉を持ってきた。
「まさか?」
「はい! 転身します! みんな、下がって」
シオリは白い剣を掲げると声高に叫ぶ。
「転身! 姫神!」
白い光に包まれて、シオリの姿が変わる。
緑の髪と白いスーツ、光り輝く六枚の翼。
「白姫〈純白聖女!」
姫神となったシオリの瞳に暴れるキボシの姿が映る。
癒しと再生を司る白姫の目に、キボシの異常事態の原因が判明した。
「これね! とぉっ!」
シオリはキボシの正面に飛び上がると躊躇なくその大きな口の中に飛び込んでしまった。
「シオリ殿!」
周囲から悲鳴が聞こえる。
シオリが自らキボシに飲み込まれてしまったように見えたからだ。
だがすぐに状況は落ち着きを取り戻す。
暴れていたキボシがおとなしくなり、その口からシオリが這い出てきたのだ。
手にはとても鋭利で巨大な骨を持っている。
「シオリさん! それは?」
「これが喉の奥に突き刺さってました。引き抜いた際についでに傷の治療もしておきましたけど」
「なんなんだそれ?」
すると答えは頭上から聞こえてきた。
年老いた嗄れ声であるが、低音の利いた実に聞き取りやすい声だった。
「巨大アザラシの牙じゃよ。腹が減ったんで食べたんじゃが、ついがっついてしもうてな、いや痛かった」
「ア、アザラシを食べるのか」
「ようは骨が喉に刺さったということか。それで暴れられてはたまらんな」
ウシツノとタイランが苦い顔で苦言を呈する。
「すまんなぁ。しかし助かったわい。おや、お嬢さん」
キボシがシオリの姿を見て目を丸くする。
「ヌシャあひょっとして、姫神かい」
「はい」
「ほほう、その姿、白姫じゃな。〈再生の道標〉よ」
「再生の、道標?」
想定していなかった賢者との邂逅に、シオリの中でいくつもの質問が思い浮かんでいた。




