128 暗闇(2)
ゆっくりと目を開けた。
そこは暗く、とても狭い場所だとわかった。
縦も横も、上も下もわからない。
ただ、自分がこの狭い空間に横たわっていることだけはわかった。
痛みはない。
気持ち悪さもなければ、ダルさもない。
盗賊ギルドの幹部たちを相手に一人で戦い抜いた。
相当な深手も負ったはずだが、痛みがないのなら幸いだ。
体の様子はわかった。
次はここがどこなのか、だ。
暗く狭い空間。どこかに閉じ込められているのだろうか。
両手を上げて周囲を探ろうとした。
「起きたの?」
「!?」
ドキッとした。
この空間に、他に誰かいる。
左側だ。
気づかなかった。
そいつはあまりにもオレに密着していたのだ。
脚だろうか?
横たわるオレの左半身にからみつく。
腕だろうか?
動けずにいるオレの顔にそっと触れる。
優しくさする。
「だ、誰だ?」
答えてくれない。
けど、そいつの息が顔の近くで感じられる。
先ほどよりも、よりいっそう覆いかぶさって、間近でオレの顔を覗き込んでいるようだ。
この暗闇で、見えるのだろうか。
「レイって呼んで。カエルさん」
「……」
知らない名だった。
向こうはオレを知っているのだろうか。
「ここはどこだ? あれからどれぐらいたった?」
どうやらここにアユミはいない。
あれから何がどうなったのか。
「とにかく、ここから出してくれ」
だめもとで聞いてみた。
「無理だよ。私からは開けられないの」
「開ける? ここはどこなんだ?」
「棺の中」
「!」
ああ、なるほど。棺、棺桶ね。そりゃ狭いわけだ。
「なんで棺なんかにオレたち閉じ込められてるんだ?」
「わかんない」
「誰の仕業だ?」
「魔女」
「魔女!?」
脳裏に金髪金眼、全身黒いレザーの人間が思い浮かぶ。
「魔女って、どんな……」
「ねえ、もういいでしょ。私眠たくなってきた」
「お、おい」
「カエルさんも、私のことギュッてして」
「そんなことよりこっから出ないと」
「ギュッてして!」
「……」
仕方なく、オレはそいつの腰のあたりを両手で抱きしめた。
「私、出たくないもん」
「なっ……なんで」
そいつがオレの首に両手を回し、完全に覆いかぶさった。ようだ。
髪の毛がオレの顔にかかっている。
「ここから出たいと思ってた。でも出たら怖い目に遭う。だからもう出たくない」
「そうはいかないだろ」
「ずっと一人で寂しかった。でも今は寂しくない。だからもう出たくない」
「ここにずっとなんていられるかよ」
「大丈夫。この中は永遠だから……」
こいつ、おかしいぞ。
なんなんだこいつ?
「お、お前、誰だ?」
そいつの目がはっきり見えた。まっすぐにオレを見つめている。
不思議なことだが、暗闇の中、黒い瞳がはっきりとわかる。
「私はレイ。〈黒姫〉レイ」
黒姫! こいつも、姫神なのか……
「さあ、もう寝ましょう。これからはずぅっと、そばにいてね」
ヤバい。なんだか眠くなってきた……
抵抗、できねぇ…………
「おやすみ、アマン…………寝ても覚めてもずぅっと二人っきり、だからね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マラガの街からだいぶ離れていた。
主要な街道からも大きく外れ、行き交う旅人の姿もない。
方角的に、ここはマラガの街から東に位置する。
北へ行けばエルフの里のある〈センリブ森林〉、さらにその先に〈エスメラルダ王国〉がある。
しかし、ここからまっすぐ東へ向かえば、そこは〈アーカム大魔境〉。
魔物が跋扈する魔の領域。
そんな場所へ向かう旅人などいない。
彼女をのぞいては。
盗賊ギルドの長にして、エルフの女王であるト=モは、たった一人で魔境へと続く荒れ地を渡っていた。
「大きく、世界が変わろうとしている。だが……」
ト=モの足が止まる。
「わらわは今の世界も気に入っておるのじゃ」
目線の先に倒れている者の姿が見える。
若い人間の女だ。
全裸で倒れ、意識を失っている。
「運命か。ここでわらわと出会うとはな、紅姫」
近づいて、見下ろす。
「〈破壊〉の道標。我らエルフが最も忌み嫌う道なのじゃが」
ト=モの脳裏に姫神伝承の一説がよぎる。
――いつ、始まるかは、ようとして知れず。
――七人の姫神、異界よりまかり越す。
――その力は超常なり。
――されど七人、弱きものなり。
「……お母さん……」
アユミの頬を一筋の涙が伝う。
無防備に意識を失っている紅姫を始末することは容易い。
「だが、我らも、変わる時が来たのやもしれぬな」
わずかに火照ったアユミの裸身を肩に担ぎ、ト=モは再び歩き出した。
「紅姫や、そなたも運命からは逃れられぬぞ」
緑の砂塵舞う荒野を東へ向かう。
その先で待つものは、〈支配〉の道標…………
第二章 魔都・動乱編〈了〉




