126 オーヤの秘策
「ズァ! 〈百獣の蛮神ズァ〉が!」
宙に浮いた魔女オーヤが目をむいた。
「まさか、今この場に奴がいるなんて……」
常に相手をおちょくるように、余裕を漂わせていた魔女が、この時は険しい表情を隠そうともしなかった。
「ズァ……〈反姫神システム〉……まだ早い。姫神はまだ、七人そろっていないというのに……」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
ドラゴンの雄叫びが激しさを増す。
熱線を防がれたことが気に食わないらしい。
ズァに向かい、大きな顎を開きながら突進し始めた。
「まずい! 今はまだ駄目! ズァに手を出しては!」
民家の屋根にレイとアマンを下ろすと、オーヤは一直線にドラゴンとズァの間に向かい飛んだ。
ドラゴンは周囲の建物を薙ぎ払いながらズァへと迫る。
ズァは動かず、仁王立ちで迎え撃とうとしているようだ。
そのズァの目の前にオーヤが素早く降り立った。
「久しぶりね蛮神ズァ!」
「……貴様は」
「再会の挨拶をしている暇はないわ! また今度ね」
オーヤが素早く呪文をささやくと、ズァの足元に黒い穴がぽっかりと開く。
続けて黒い稲妻が穴から放出され、ズァの肉体を貫いていく。
「ぐおお!」
そのままズァの体はその黒い穴に飲み込まれていく。
「次元の狭間でおとなしくしてなさい! お前のことだから、じきに脱出するでしょうけど」
「ぬぅ……貴様」
ズァは手に持つ鉈で足元の黒い穴を突き刺す。
「残念。私はもう姫神じゃない。お前に今の私の力は吸収できないわよ」
「なるほど」
ズァの体は穴へと飲み込まれ、やがて穴とともに消え去ってしまった。
「お前への対抗手段として研鑽した術技のひとつよ。私の四百年を甘く見ないことね」
「ガアアアアアアアアアアアア」
「っと、次はあなたの番ね、紅姫」
目前で目標が消失してしまい、ドラゴンは戸惑っているようだ。
夜空に向かい咆哮する。
「感謝してほしいわね。ゴルゴダに最初に磔にされるのを助けてあげたのだから」
オーヤはドラゴンの眼前に飛び上がると両手で印を結ぶ。
「これであなたもおとなしくしてくれればいいけど」
ドラゴンの足元から無数の黒い茨が出現し、ドラゴンの、アユミの全身を戒めていく。
その力は強大で、さしものドラゴンも引き倒され、地面にはいつくばってしまった。
「その茨には夢すら見せない強力な催眠効果があるんだけど……」
魔女によって、引き倒されるドラゴンの姿を目撃した者たちから称賛の声が上がる。
できればオーヤは紅姫を生け捕りにしたいと思っていた。
レイ同様に管理できればと思ったのだが。
茨の効果は長くはもたなかった。
怒りに目を燃やしたドラゴンが、全身から炎の嵐を巻き起こし、茨を燃やし尽くしてしまう。
周囲の民衆がどよめく。
全身から発せられる炎は止むことなく、どんどんと勢いを増していく。
「う~ん、やはりそれほど効果は望めないようね」
周りで恐怖にひきつる民衆を見渡して、オーヤが慰めるように声を出す。
「ごめんなさいね、皆さん。さようなら」
ドラゴンを中心に巨大な爆発が起きた。
怒りをぶちまけるように、天にも届かんばかりの炎の渦が街の半分を飲み込む。
逃げ惑う人々も、狂乱の死者たちも、うっすらとほほ笑む魔女までも、すべてを紅蓮の炎が飲み込んでしまった。
後には何も残らなかった。
ドラゴンの姿さえも。




