122 奪われたアマン
数十発もの火球を吐き出したアユミもさすがに疲弊し、攻撃の手が止まる。
肩で息をし始めたアユミにレイは次の手を繰り出した。
両手で黒の剣を握ると、それを思い切り地面に叩きつける。
するとレイの足元を中心に地面が大きく波打つ。
「集まれ。〈黄泉乃来訪者〉」
レイの発した言葉の意味を探る前に、アユミは背後からこん棒でぶっ叩かれる衝撃を受けた。
不意の一撃に振り向くと、そこに全身を焼けただらせたオークが何匹も立っていた。
「こいつら!」
「あなたが殺したオークたちです。私の力で蘇らせました」
アユミの周囲を無残な姿で立ち上がる、オークの死体が囲いだす。
そしてそれはオークだけではなかった。
屋敷のあちこちで倒れ伏した警備兵や、使用人の死体までもが、起き上がり集まりだす。
その中には先ほどアユミが死を確認したメイドや、そのメイドがほのかに想いを寄せていた庭師の青年の姿もあった。
「ッ!」
アユミはより一層アマンを強く抱きしめた。
「さあみんな! 私のために、カエルさんを奪ってきて」
一斉に〈生きる死体〉どもがアユミに群がってくる。
「くっ」
皮膚のただれたオークの死体を赤い斧で切り払う。
背後から襲い掛かる屋敷の警備兵の死体を、長い蛇腹状の尾で打ち払う。
何匹も、何匹も切り払い、打ち払う。
しかし、いくら払っても相手は痛みも感情も持たない〈死人〉。
襲い来る死体の数は減るどころかむしろ増える一方であった。
「もお! うっとおしい!」
ゴォッ!
アユミが斧を持つ腕を大きく振るうと半円状に炎の壁が立ち上る。
「〈爆炎障壁〉!!」
燃え盛る炎が何匹もの死体を消し炭にし、そして障壁となって片一方からの攻撃を防ぐ盾となる。
「こっちも! ファイアウォ……!!」
反対側にも炎の壁を発現しようとしたアユミだが、そちら側にいた死体の姿を見て言葉に詰まる。
襲い掛かってきたゾンビーは、アユミの見知ったメイドの少女と、そのメイドが恋心を抱いていた庭師の青年であった。
一瞬の躊躇がアユミの判断を遅らせる。
メイドと庭師がアユミの抱えたアマンの体に抱き着き、アユミもろとも押し倒した。
倒れ掛かりながらアユミが咄嗟に赤い斧を振り下ろすと、その斧はメイドの頭部を柘榴のように潰してしまった。
「あ……!」
その直前、アユミはメイドの顔が嘆きの形相をしていたように見えた。
一瞬の後悔と、やるせなさに浸ったがため、更なる行動の遅れを生じさせる。
突然、燃え盛る炎の壁を突き抜けて、一匹の黒い犬がアユミに覆いかぶさってきたのだ。
「グルルルル」
獰猛なその黒い犬が、口からよだれを大量にたらしながらアユミに噛みつこうとする。
「くっ!」
ガチッ! ガチッ! ガチィッ!
倒れたアユミは首を振りながら噛みつき攻撃をかわし、下から黒い犬の頭部を両手で掴み押し返そうとする。
だがさらに炎の壁を乗り越えて、一本の剣を構えた者が襲い掛かってきた。
「グルァァァ!」
その剣が見る見るうちに三つ首の番犬に姿を変える。
それは盗賊ギルドの幹部、聖バーナードの振るう魔剣ケルベロスとヘルハウンドであった。
三つの首がアユミの両足と右腕に噛みつき、そしてアユミの抑える手を振りほどいたヘルハウンドが首筋に噛みついた。
「ぎゃああああああ」
アユミの悲鳴がこだまする。
すると、力の緩んだアユミから庭師がアマンを奪い取り、その庭師の元にオークや使用人といった多くの死体が群がりだす。
今度は庭師からアマンを奪おうとし始める。
警備兵の死体に殴り飛ばされた庭師の死体は、大勢に踏みつぶされさらに無残な死体となり這いつくばる。
そしてまた次の死体が他の死体とアマンの取り合いをし始める。
「みんなぁ、早く持ってきてぇ」
だがレイのその一言で死体どもは奪い合いを止め、一斉にアマンの体を持ち上げ運び出す。
「ま、待って!」
ヨロヨロと立ち上がるアユミの声は届かない。
死体は皆、アユミから離れレイの元へアマンを届ける作業に移行していた。
アユミは怒りと悲しみに包まれる。
炎を飛ばして焼き尽くしたいと思うが、それではアマンも巻き込んでしまう。
ケルベロスに噛まれた両足を引きずりながら後を追う。
だがアマンはついに、レイの元へとたどり着いてしまった。
死体どもがレイに向かい恭しくアマンを差し出す様を、オーヤは満足そうに眺めていた。
「ありがとう、みんな」
レイは喜びに身をやつしながら、差し出されたアマンの体を抱きしめた。
「うふふふ。これで私にも、カエルさんがいてくれる」
「だめ! だめぇ! 返して!」
アユミの悲鳴にレイは顔をあげると、冷たい眼差しで死体どもに命令を下す。
「みんな。私のカエルさんを奪おうとする、あいつをやっつけて」
死体どもが一斉にアユミを振り返る。
そして再びアユミに向かい襲い掛かってきた。
魔剣ケルベロスと魔剣ヘルハウンドを持つバーナードの死体を先頭に、頭をつぶされたメイドの死体も、体中踏みつぶされた庭師の死体も、オークも、使用人も、警備兵も、そして街中にあふれる死者の軍団までもが、この屋敷の壁を乗り越えやってくる。
アユミは群がって来る死体に斧を、爪を、炎を浴びせながらアマンの姿を目で追う。
アマンはレイに抱きかかえられたまま、依然意識を失っている。
そしてレイはすでにアユミを見ていない。
レイの関心は胸に抱きかかえたカエルに集中していた。
「ここまでのようね。でも上出来よ」
オーヤがレイに近寄り、優しい口調でねぎらいながら頭をなでてやる。
レイはオーヤを見上げ、親に褒められた子供のような笑顔を見せる。
「さあ引き上げましょう」
オーヤの長い金髪が、優しくレイとアマンの体に巻き付くと、体がふわっと浮き上がる。
静かに飛び上がるとオーヤとレイ、そしてアマンはこの場を離脱し始めた。
「待って! 行くなあ」
アユミが後を追おうと背中の翼をはためかせる。
だがそんなアユミに死体どもがのしかかり、アユミは地面に押しつぶされてしまう。
「い、行かないでぇ! アマーン」
のしかかる死体どもの隙間から、飛び去る魔女と黒姫の姿を垣間見て、アユミが悲痛な叫びを上げた。
ドクン!
その瞬間、アユミの中で何かが爆発した。




