106 魔剣ケルベロスと魔剣ヘルハウンド
風に乗って屋敷から破壊音と悲鳴、オークどもが蹂躙する雄叫びが聞こえてきた。
「くそっ! 屋敷がヤベェ」
「心配するだけ無駄だ。お前はここで朽ちるのだからな」
狼狽するアマンをバーナードが嘲笑する。
不安気にアユミがアマンのそばへ寄り添った。
「アマン……」
「アユミ、屋敷へ戻れ。みんなを逃がすのが先決だ」
「う、うん! 早く行こう」
「お前ひとりで行くんだよ」
「えッ」
アマンがアユミから目を離すとバーナードたち三人の敵へと向きを変える。
「こいつらをここに抑えとく必要がある。オレが何とかするから、屋敷はお前に任す」
「でも!」
「早く行けッ! オレも後から行くから」
「なら、せめてホムラガエルに……」
「だめだ。炎の力をオレに預けたら、いざって時にお前が自分を守れねえ」
「そ、そうかもしれないけど……」
アマンとアユミが発見した、姫神の力の一部を譲渡するアサインメントという能力。
信頼のおける相手にのみ発現できるこの能力だが、分け与えた姫神は自身の力をフルに使えなくなってしまう。
一時的にレベルが三割程度減少するとアユミは理解している。
「でもアマン、あいつら相手に剣だけじゃあ……」
「いいから行けッ」
アマンはアユミを突き飛ばした。
「お前が姫神になるのを恐れているのはわかってる。けど……」
確かにアユミは恐れていた。
アマンと出会った頃、アユミは姫神の力を抑えられず、西の大陸中を炎の弾丸となって飛び回っていたトラウマがある。
「けど、いざとなったら躊躇はするなよ」
泣きそうな顔でアユミは立ち上がると屋敷へと走り出した。
何度も何度もこちらを振り返りながら。
「別れの言葉は済んだか?」
それまで静かに成り行きを見守っていたバーナードが問いかけた。
「ああ。またな、って言ってやったぜ」
アマンも応戦してみせた。
「ところでお前ら、よくアユミを見逃してくれたな」
アマンはバーナードの後方で、身動ぎもしなかったコモドとラパーマに言った。
腕組みをして仁王立ちするコモドが面白くもなさそうに唾を吐く。
「当たり前だ。姫神が目当てなのはそこのバーナードだ。オレ様はむしろ、今まで散々邪魔してくれたカエル! テメェの方が気に食わねえんだ」
「長に失態を咎められちゃったもんねぇ、コモドはさ」
「フンッ。お前はいいのかよ、ここにいてよ」
「べっつにぃ。ネダとオークで十分でしょ」
ラパーマが発した名前にアマンはギクッとした。
「ネダだって! やっぱりあいつ、ギルドのメンバーだったのか」
だが今更それを確認したところでどうにもならない。
直感にもっと磨きを掛けねばなるまいと思ったが、それもこの場を切り抜けることができたらの話だ。
「さあ、おしゃべりはここまでだ」
バーナードの魔剣から禍々しいオーラが立ち上る。
「おう、久しぶりに見れるな」
「そうね、バーナードの魔剣、地獄の番剣と黒妖剣」
バーナードは左手の剣、黒妖剣でアマンを突き刺しに来た。
速いッ!
それはアマンが先ほどまで体感していたバーナードの剣速を遥かに超えていた。
咄嗟にだんびらで弾く。
が、弾いたつもりのだんびらごと、態勢が大きく横に崩された。
「ッ!」
アマンは目を疑った。
アマンが魔剣を弾いただんびらがデカイ犬に喰われていたのだ。
弾いたバーナードの魔剣、その黒い刀身がなんと獰猛で巨大な黒い犬に化身していた。
弾びらを咥えこんだ魔犬はアマンを振り回す勢いで上体を振る。
その力は強く、アマンはだんびらを引っ張ろうとするが魔犬の牙がガッチリと咥えこんで放さない。
「な、なんだよこの犬ッ! なんで剣が犬に」
「よそ見していていいのか? 魔剣はもう一本あるのだぞ」
ギョッとしたアマンにバーナードのもう一本の魔剣、地獄の番剣が振りかざされた。
アマンの目には魔剣の刀身が三本に見えた。
幻覚ではない。
確かに黒い刀身が三本に増え、唸り声で威嚇しながら一斉にアマンに襲い掛かってきたのだ。
「三ツ首の番犬ケルベロスの名を持つ我が魔剣。崩れたその体勢でかわせるものではない」
バーナードの冷たい声が耳に響く。
三つに分かれた刀身は、それぞれ別方向からアマンに襲い掛かってきたのだ。
上からと、右からと、左から。
刀身は三つの首に分かれた巨大な魔犬に姿を変えていた。
獰猛な魔犬にアマンは背筋が凍り付いた。
三方から迫る魔犬はそれぞれアマンの頭、右腕、左腕に狙いをつけていたのだ。
「くそッ!」
瞬時にアマンの脳裏に非情な三択が浮かんだ。
魔犬に食われるならどの部位を選ぶ? 頭か、右腕か、左腕か。
この三択を選択する必要に迫られた。




