105 アマン奮戦
「転身! 姫神ッ」
悲痛な叫びをあげたアユミの目の前を、突如巨大な飛行物体が横薙ぎに通り過ぎた。
それはアユミの目前で構えた盗賊ギルドの幹部三人、すなわちバーナードとラパーマ、そしてコモドを一斉に数メートルも後退させた。
回転しながらアユミの背後へと舞い戻ったその飛行物体は、勇者を自称するカエル族の若者の手元へと吸い寄せられた。
アユミの顔が明るくなる。
「アマン!」
飛行物体はアマンの投擲した巨大なブーメランであった。
アマンがそのブーメランの両端にあつらえた柄を握って左右にひねると、中心から二つに分離し、二振りの鋼のだんびらになった。
飛影双剣ダブルソーダはチチカカアームズのオリジナルブランドである。
アマンによって、いま実戦デビューを果たしたところだ。
「アマンかっこいいよッ」
「アユミ、姫神にはなるな! ここはオレに任せろ」
「うん!」
アユミは安堵の表情を浮かべたが、相対する三人の敵は面白くなさげだった。
「カエルゥ、テメェ身の程を知れってんだ」
「そうだよぉ! 私たちの相手が姫神以外に務まるわけないじゃんッ」
「せっかくの姫神を前にして、我らが黙って見逃すとでも思っているのか?」
アユミをかばうように前面に出たアマンに対し、不満を募らせる三人からの容赦ない罵声が浴びせられる。
だがそれで怯むようなアマンではない。
彼の不断の行動力は何も好奇心からだけ来るのではなく、義憤に駆られる正義の心も持ち合わせているのだ。
「へへぇんだ! オレに勝てなきゃ姫神は相手なんてしてくんねぇぜ」
ついでに相手を煽る負けん気も忘れていない。
アマンは二振りのだんびらを構えて向き合った。
「くだらん。そのような玩具に等しき剣で、我が魔剣の相手をするつもりか」
バーナードが二本の長剣を前後にずらし構える。
右に持つ剣も、左に持つ剣も、どちらも刀身が真っ黒だ。
奇しくもアマンとバーナード、二刀流同士の対面となった。
「下がってろ、アユミ」
アマンが背後のアユミを気にしたところで突然にバーナードが仕掛けた。
黒い刀身をアマンのだんびらが防ぐ乾いた金属音が鳴り響く。
そのまま繰り出される二本の魔剣による斬撃をアマンはことごとく弾いてみせた。
「ほう」
バーナードは攻撃を続けるが、アマンもそれらをしのぎつづけ、時折反撃まで試みた。
しばらく乾いた剣戟が辺りに響く。
「なかなかがんばるな、あのカエル」
「そだねぇ」
観戦を決め込んだコモドとラパーマがニヤニヤしながら二人の戦いを眺めていた。
一方アユミはアマンが斬撃を弾き返す度に身を固くする。
バーナードの駆使する二本の魔剣は不気味だった。
屋敷の庭には至る所に燈火が灯り、夜目が利かずとも相手を視認することは可能だったが、素早く繰り出される魔剣の刀身は闇より黒く、その軌道を見るだけでもアマンには困難な作業となった。
それでもアマンはバーナードからの斬撃を耐え続け、辛抱強く反撃の機を窺っている。
右から来る剣を左手に持つだんびらで防ぎ、上から振り下ろされる剣を右手に持つだんびらで横へと弾く。
左のだんびらで防いでいた剣が刀身をこすりながらアマンの喉元を裂きに来る。
アマンは上からの剣を横に弾いた体の流れに逆らわず、大きく右へ飛んで横薙ぎの剣をやり過ごす。
バーナードの体がアマンの抵抗を失い体勢を崩した。
半回転したバーナードの背中をアマンは見逃さない。
横へ飛んだアマンは着地した右足を踏ん張って間髪入れずに大地を蹴った。
背中を見せたバーナードが一回転してアマンに正面を向けたとき、すでにアマンのだんびらはバーナードに肉薄していた。
「ッ!」
咄嗟に身をかがめたバーナードだったがアマンのだんびらの方が早かった。
「チッ」
右肩口を切り裂かれたバーナードが舌打ちする。
腕を上げて確認するが、右手を振るたびに傷口が痛んだ。
だが流血はあるものの骨に達するほどではない。
「おいおいおいおいおいッ」
「バーナードが血を流すなんて久しぶりに見たね」
囃し立てる二人の仲間に一瞥をくれて、静かに立ち上がるバーナードの目には先ほどまでの嘲る様子が消えていた。
「正直、舐めていたことを謝罪しよう」
「そうかい」
「カエル、貴様の名はなんという?」
「カザロ村のアマンだ」
「アマン。覚えておこう」
バーナードが再び二本の剣を構えた。
「我が魔剣の餌食となること、光栄に思うがいい」
アマンも慎重にだんびらを構える。
その時、広大な庭を挟んで屋敷の方からも火の手が上がり、続けていくつもの破壊音と悲鳴が強風に乗って聞こえてきた。




