ひと夏の思い出
「んじゃ、はっじめー」
玲奈ちゃんの大きな合図とともに、水鉄砲の銃声が穏やかな小川のせせらぎを遮る。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って~」
スタートダッシュに遅れた私をおいて、三人とも相手をけん制しながら自分に相性のいい場所に散っていく。
取り残された私は急いで水風船の入ったカバンを背負い、岩の陰に向かい走る。
すでに河川は戦場となりはてていて、水の弾幕があちこちに飛び交っていた。
「はぁ……はぁ……。危なっ」
途中、流れ弾が私のすぐ近くに被弾する。
まさにここは戦争の最前線となっていた。
「加奈ちゃーん。そこらへん動き回っていると、すぐ脱落するよー」
そう言いながら発砲を止めない玲奈ちゃんの攻撃を、ぎりぎりで避け続けなんとか逃げ切った私は、呼吸を整えながら岩の陰からほんのちょっと顔を出し、他の三人の武器を確認する。
「うわぁ……」
やはり、麻衣さんの超大型の機関銃みたいな水鉄砲が異様なほどの存在感を放っていた。
多分、駄菓子屋とかでは買うことのできない一級品。それこそ専門店に行って取り寄せてもらうくらいしないと手に入んないだろう。
勝負だからといっても、さすがにやりすぎだと思う……。
水鉄砲といえども、意外と当たれば結構痛いしものによってはケガする場合もある。
あれくらい大きな水鉄砲が直撃するとなると、たまったものじゃない。
「あんま麻衣さんには近づかない方がいいんだけど……」
当たれば痛いってことは遠くから撃っても勢いが弱まらないということだ。
つまり、遠くから私たちを狙撃する作戦も取れるということ。きちんと警戒しておいた方がいい。
それに、背中に背負っている大容量のタンクのおかげで、水が尽きるといった致命的な事故はそうそう起きないだろう。
「……」
次に玲奈ちゃんと葉月ちゃんのほうへ視線を移す。
二人は、一番警戒するべき麻衣さんをよそに、壮絶な一騎打ちを繰り広げていた。
「あっはっはっは。水鉄砲のスペックがどうとか言っていたわりには、結構手間取ってんじゃないの? 葉月」
「うっさいわねー。あんたがちょこまか動きまくるからよ。ほら、今すぐ顔面にぶち当ててやるからじっとしていなさい」
「嫌なこったー」
葉月ちゃんが持っている水鉄砲は一般的なサイズのバズーカ型。タンクもそれなりに大きい。
麻衣さんの持っている水鉄砲に比べると明らかに劣っているが、普通の水鉄砲遊びなら抜群に高性能だろう。
それに比べ、玲奈ちゃんが持っているのは普通の拳銃タイプ。
百円くらいで買える安物のためタンクの容量、射程距離、勝つために必要な要素がすべて下のクラス。水風船しかない私はともかく他の二人と戦うとなると、圧倒的に不利になるが……。
「っと~、危ない危ない」
それでも余裕な表情を浮かべる玲奈ちゃん。
身軽な動きで岩の陰や段差を活かして確実に葉月ちゃんの攻撃をかわしていき、さらに、逃げながらも一発逆転を狙える地形に誘い込んでいる。
幸い、大きな岩が多いこの河川なら、それらを利用して優位に戦いを進めることだってできる。
遮蔽物が多い分、小回りの利く拳銃タイプでも十分戦えるかもしれない。
しかし、対する葉月ちゃんも、全く隙を見せていない。
いくらタンクの容量が多くても、あれだけ連射していればすぐに水を尽きるはずだ。しかし、葉月ちゃんの勢いは衰えを見せない。
逃げながらも反撃する玲奈ちゃんの銃弾を上手によけながら、一瞬の隙をついて素早く水の補給を済ませていた。
連射力で圧倒して、相手を動かせないようにする作戦だろう。
どちらも互角の戦いだった。きっと、最初に隙を見せた方が負ける。
「やっぱやるね~葉月。常にタンクの中いっぱいにしてるせいで、不用意に近づけないよ」
「そーいうあんたこそ、その銃のみでここまで耐えれるのは大したもんよ」
「んでも、さすがに普通のやつじゃあ決めきれないかな~」
玲奈ちゃんは持っていた水鉄砲をくるくる回しながら岩陰から姿を現す。
「あら、ようやく降参する気になったの?」
「あはは、まっさかー。逆だよ、逆。そろそろ本気を出させてもらうのさっ」
そして、手に持っていた水鉄砲を葉月ちゃんめがけて投げ捨て、勢いよく右側に走り出す。
「させないわ」
飛んできた水鉄砲を片腕で薙ぎ払った葉月ちゃんは、一直線に川を横切る玲奈ちゃんに照準を合わしてつかさず発砲する。
「うひ~、今のはまじで焦った」
玲奈ちゃんの反射神経には驚かされる。真っすぐ走りながらも左から聞こえる銃声に反応して確実に銃弾をかわす。
「ちっ! なんなのよ。あの反応速度は」
さすがの葉月ちゃんも焦りの表情を隠せない。
いくら武器の性能で勝ろうとも、相手が生き続けている限り、ほんのちょっとのミスで負ける可能性は確実にあるからだ。
水鉄砲のスペックだけに過信してはいけない。それが、何度撃っても当たらない相手になるとなおさらだ。
一瞬の気のゆるみが命取りになる。
「到着っと……。さぁて、確かここあたりに」
身軽なステップで川を横断し、先ほど私たちが水着に着替えた草の茂みまで足を進めた玲奈ちゃんは、茂みの中に手を突っ込んで何かを取り出す。
「うーんと、あ、あった。……んでは、一つ目の秘密兵器をお披露目といくよ~」
改造水鉄砲って言うくらいだから、もっと大きいのを想像していたが、取り出したのは、さっきまで使っていたものとなんの変りもない普通の水鉄砲だった。
果たしてこれのどこが秘密兵器なのだろうか……。
「見たところ、何にもなさそうだけど?」
「見た目が普通の水鉄砲だからって、甘く見ない方がいいよぉ」
カチャリ、と葉月ちゃんに向けて改造水鉄砲の標準を合わせる。
「……」
しかし、銃口を向けられたはずの葉月ちゃんは、そこから一歩も動かずに立ちどまっていた。
おそらく、注意深い葉月ちゃんのことだからどこが改造されているのかを観察しているのだろう。
玲奈ちゃんが持つ水鉄砲はプラスチック製で中の構造が丸見えのもの。なにか細工をしているなら一発で気づくことができる。
つまり、気づいてしまえば、後は対策するだけ。
けど逆に、もしここですぐにでも隠れてしまえば、性能がわからないまま距離を詰められる。
性能がわからないってことは、なんの対策もできないということ。そんな状態で接近されてしまったら、自身の能力の差で負けることを今までの戦いからも葉月ちゃんが一番理解しているだろう。
「へえ。まだ動かないんだ」
「うるさい。撃ちたいんならさっさと撃てば?」
「ははっ。ならば」
カチャ。
ずっと水鉄砲を凝視している葉月ちゃんにためらうことなく、玲奈ちゃんが引き金を引く。
その瞬間だった。
「……なっ!」
なにかに気づいた葉月ちゃんはすぐさま大きな岩陰に向かって走りだす。
バシャン!
水鉄砲から発射された水はシャワーのように拡散し、広範囲に広がった水しぶきの弾幕が川の中へと消えていった。
「あっぶな……。まさか、水鉄砲で散弾銃を作るなんて思いもしなかったわ」
「いやぁ~打つ前から気づくなんて、さすがだねぇ葉月」
「目はいい方だからね。まあ本体ばかり見ていたから若干気づくのが遅かったけど……」
なんと、玲奈ちゃんの水鉄砲の銃口部分。本来穴が開いているはずのところに、無数の穴が開いた物体が詰まっていた。
「散弾銃っていっても水しぶきを上げる程度のものだからね。一度見られたら使い物になりそうもないよ」
玲奈ちゃんは後ろのポケットに入れておいた水鉄砲を取り出して、銃口を相手に向ける。
「……」
次はどんな改造水鉄砲なのか、すでに葉月ちゃんの分析は始まっていた。
「安心しな。これは普通の水鉄砲だよ」
「どうだか、今じゃあんたの言葉なんて信用ならないわ」
そう言って、葉月ちゃんも水鉄砲を構える。お互いの、次の駆け引きは始まっていた。
「じゃあ、行くわよ……」
「うん。いつでもいいから……」
二人が一斉に引き金をその時だった。
「うふふ。まだまだ、葉月も甘いですね」
意識の外、全く関係のない場所からの声と同時に、発砲音が鳴り響く。
「……え?」
あの葉月ちゃんでさえ、自分の背中が撃たれたことを気付くのにかなりの間があった。それはその場にいた玲奈ちゃんも、二人の戦いを傍観していた私も同じことで。
「ま、麻衣さん。いつのまに……」
葉月ちゃんは自分を撃った相手をようやく理解する。そう、相手は玲奈ちゃんだけではない。一番注意するべき相手は麻衣さんなのだ。
「ずっと後ろの岩に隠れていましたよ。あなたたちが完全に私のことを忘れるまでだいぶ時間がかかりましたけど」
葉月ちゃんから十メートルくらい離れた岩陰から、麻衣さんが姿を現す。大きな水鉄砲には、遠くのものを正確に狙えるスコープがついていた。
「ちょ、スコープまでついてるなんて、麻衣さんの水鉄砲だけガチすぎませんか?」
「葉月。これは勝負ごとですよ。手を抜くのはあなたたちに失礼でしょう?」
「そうですけどぉ~」
葉月ちゃんが、がくりと膝をつく。
「ということで、葉月は脱落です。これであと三人ですね」
麻衣さんの顔はいつものように笑っていた。
けれど、明らかに何かが違う。いつもが女神のような慈愛に満ちたほほ笑みだとすると、今のは悪魔のような狂気的なほほ笑みだった。
遠くからでもその恐ろしさがはっきりと感じ取れる。
ものすごく怖い。
「うふふ。次は玲奈ちゃんですね」
猟奇的な笑みを浮かべたまま、麻衣さんは容赦なく引き金をひいて連射する。
「ひ、ひえええぇぇ」
玲奈ちゃんは情けない声を出しながら、その場から逃げ出す。
先ほどとは比べ物にならないほど高威力で素早い弾幕が玲奈ちゃんを襲う。
「かーなーちゃーん」
怯えた魚のような顔をした玲奈ちゃんが、全速力でこちらに走ってくる。
ついでに、後ろの悪魔を連れて……。
「ちょ、玲奈ちゃんってば。なんでこっちに来るのさ……」
「怖かった。すんごく怖かったんだって~。もう無理。一人じゃ無理」
玲奈ちゃんは涙目になりながら続ける――
「けど、二人なら、私と加奈ちゃんならもしかしたら……」
その潤んだ眼には、少なくともあきらめてはいないという闘志が宿っていた。
「二人でって……。ど、どうするの……」
「それを、今からここで考えて……」
「まって、ここはダメ。今すぐここから離れないと、間違いなくやられちゃうから」
岩陰からちょこっと顔を出す。
ここから十メートルくらい前方、タンクの容量など気にもせず、私たちが反撃する暇を与えないほど連射しながら、麻衣さんは徐々に距離を詰めていた。
うかつに岩陰から出ることもできないほど。
「どちらにせよ、麻衣さんをどうにかしないとい。ないわけだよね」
「そ、そうなんだけど……」
「玲奈ちゃんの言っていた秘密兵器ってまだあるんだよね? それでなにかできないの?」
「あ、うん……、えっと……、ここらへんで一番近く、使えるものは……」
玲奈ちゃんが目をくるくる回しながら考え込む。
「あ、えと……、あそこには何をおいたんだっけ……」
先ほど葉月ちゃん相手に余裕を見せていた人と同一人物とは覆えないほどの焦りっぷりだった。
まぁ、笑いながら連射してくる相手なんて、誰がどう見ても恐ろしいものに違いないんだけど。
「さぁさぁ、早く決着をつけましょう」
戦闘狂は、一向に連射の速度を落とさない。
「れ、玲奈ちゃん。早くなんとか……」
「よ、よし、あそこしかない。うまくいくかわからないけど……。もうこれしか突破口がないか……」
「とにかく、あそこに行けるまでの時間を稼がなければ……、加奈ちゃん。何か武器になるものってない?」
「……何かって、これしかないけど」
かばんの中を見せる。中には赤、青、黄色、緑、ピンクと様々な色の水風船がぎっしりと入っていた。
「って、水風船だけかいっ」
「持ってきたのは玲奈ちゃんでしょ!」
「くっそ……。こんなことになるなら加奈ちゃん用の水鉄砲も買っておけばよかった」
玲奈ちゃんは頭を抱え込む。
「こうなったら、一か八かしかないか……。加奈ちゃん。ちょっといい?」
玲奈ちゃんは、私の耳元で小さく作戦を呟いた。
「ってことだから、よろしく頼むよ」
「え、ええ。そんな。私が――」
そんな、大役……と言いかけた瞬間。
ポンッ。
「きゃあっ」
背中を押され、私はついに戦場へ。
ちょっと、せめて心の準備ってものを……。
「見つけましたぁ」
戻ろうとしても、すでに遅い。
麻衣さんの目は、完全に私をロックオンしていた。
「うふふ」
悪魔のような笑みを浮かべる。
ひ、ひえええぇぇ。
「おや、加奈さんだけですか……。はて、玲奈さんはどこへ行ったんでしょうかね」
麻衣さんは玲奈ちゃんを探しに、あたりを見わたす。
……なるほど、水風船しか持ってない私なんか、最初から戦力として数えていないよう。
でも、ならば好都合だ。
「……っ!」
麻衣さんがゆっくりと水鉄砲を構えると同時に、私はある場所に向かって走りだす。
これが最後のチャンス。私は玲奈ちゃんを信じ、麻衣さんに背中を向けて全速力で川の上を、とにかく走った。
「おやおや、逃がしませんよ」
ズバンッ! ズバンッ!
後ろから聞こえる銃声を気にせず前に走る。
遊んでいるのか、麻衣さんはぎりぎり当たらないところを狙っているようだった。
飛んでくる弾丸が私の体に当たることはなさそうだった。
それならば、都合がいい。余裕を見せている今だからこそ、突破できる可能性が高まる。
「はぁ……、はぁ……」
ただひたすら走る。
裸足で川の上なんか走ったことないし、濡れた石に滑って転びそうになるけれど、ぐっとこらえて前に進む。
前へ前へ。
そして――
「ここでいいか……」
私はそこで立ちどまり振り返った。
「はぁ……。ようやく鬼ごっこは終わりですか?」
それと同時に麻衣さんも連射をやめ、ゆっくりと近づいてくる。
手には、機関銃型の水鉄砲と葉月ちゃんが持っていたバズーカ型の水鉄砲。
「うふふふ、これで詰み、ですね加奈さん」
目をつむっていてでも当てられる距離まで来ると、麻衣さんは私の額に銃口を当てた。
どう見ても、私が圧倒的に不利な状況。
けれど、ここからが私の勝負だ。
「あとは玲奈さんだけですか……。加奈さん、どこにいるかわかります?」
勝ちを確信した麻衣さんは、すぐにとどめをささずにあたりを見わたす。
もう、使える武器を持っていない私には、なんの脅威もない。よって、まだどこかに隠れている玲奈ちゃんを見つけるほうが優先的になる。
「……さぁ、私もどこに行ったか分かりません」
だから、それだけは避けなければならない。
なんとかして、意識を私の方に向ける。それが私のお仕事。
「……いいんですか? 私を撃たないままにしておいて」
「なかなか肝が据わってますね。加奈さん。この状況でそれだけ言えれば大したものです」
「私、すごくビビりで、幽霊とか大の苦手なんですけど……」
今だって、体全身の震えが止まらない。いくら水鉄砲でも、好んで撃たれるような人はさすがにいないと思う。
そんな震えを何とかこらえ、私は口を動かす。とにかく今は会話を続けなければ。少なくとも、玲奈ちゃんがあそこに行くまでは。
「麻衣さんは幽霊とか信じますか?」
「幽霊ですか? もちろん信じていますよ。いないと証明されないかぎり、いる可能性は十分にあるんですから」
「じゃあ、麻衣さんは幽霊のことが好きですか?」
「……」
自分でも何を言っているのかわからない。だけど、今は思ったままのことを声に出す。
「はい、好きです……。幽霊も、妖怪も。人間も動物もみんな大好きです。私は、この世にあるものすべてが大好きなんです」
予想通り、麻衣さんは真剣に答えてくれる。きっと、今言ったことは全部本心からなのだろう。
「なら――」
私が言葉を続けようとしたときだった。
「加奈さん。そうやって、玲奈さんのことを忘れさせようとしても無駄ですよ」
……もう、限界か。
麻衣さんは右手に持った水鉄砲の銃口はきちんと私に照準を合わせながら、もう一度あたりを見まわして、玲奈ちゃんからの攻撃を警戒していた。
もう、麻衣さんの意識を玲奈ちゃんからそらすことはできそうもない。これが、私の限界だった。
「……」
私はつばを飲み込み、目をつむる。
あとは、玲奈ちゃんに任せるしかない。
だが――
「うふふ。そこにいるのはわかっていますよ。玲奈さん」
瞬間、背筋が凍る。
「なっ!」
目を開くと、麻衣さんはすでに左後ろの方向に銃を構え、ある一点の場所に向かってためらいなく乱射していた。
「え、嘘――」
バシャシャシャン
水の銃弾が草むらの茂みを叩く。
「とらえました……」
その鋭い眼光は、茂みの中にいるターゲットをとらえていた。
そして、そのターゲットが茂みの中から姿を現す。
「玲奈ちゃん……」
「ごめん、加奈ちゃん……」
見事にヘッドショットされた玲奈ちゃんの髪の毛は、少し乱れ、水滴がぽたぽたと髪の先から零れ落ちていた。
「そ、そんな、いつから……」
「最初からです……あなたが出ていく瞬間、そして、あなたがどの方面に進むかを確認することができれば、あとは推測で何とかなります」
「そんなこと……」
そんなことできるはずない。
私の攻撃をよけながらも、玲奈ちゃんの位置を把握するなんて簡単にできることじゃない。それこそ、二兎追うものは一兎も得ずという言葉があるように。
だけど、この人はそれをやってしまった。
「あなたの負けです。玲奈ちゃん」
「……」
玲奈ちゃんは俯く。もう、参りました。と……。
「私は確かにあなたに負けました」
しかし、勝負に負けた玲奈ちゃん目は、まだ戦意を失っていない。この先におこる未来を見据えているようだった。
まだ、私たちが負けたわけじゃないと言っているかのように。
「だけど……」
玲奈ちゃんがそう言った瞬間、私は川の中に眠っていた奥の手を握りしめる。
「あなたは、私に意識を向けすぎました」
麻衣さんは、私なんかよりも玲奈ちゃんを見すぎていた。
結局、玲奈ちゃんを意識することで、私という存在を小さくしてしまったのだ。
だから、川の中にあるものを取り出す時間も十分にあった。
「ここには、玲奈ちゃんが隠した水鉄砲がある」
麻衣さんの後頭部に握りしめた奥の手を突きつける。
それは、玲奈ちゃんが隠していた改造水鉄砲の一つ。
そう、この河原には玲奈ちゃんが隠していた大量の水鉄砲があちこちに散らばっていた。
つまり……。
「か、加奈さん……」
私たちが狙っていたのは初めから、私が麻衣さんを撃つことだった。
まず、明らかに私が陽動だと思わせることによって、意識を私ではなく隠れている玲奈ちゃんに向ける。そして、玲奈ちゃんには麻衣さんからすぐに見つかるよう動いてもらった。そうすることで、麻衣さんは玲奈ちゃんしか見えなくなる。
後ろに隠れて、私を撃つだろう。それだけを頭で考えながら……。
危ない賭けだった。もしも、麻衣さんが私を早く脱落させてしまえば、この計画は破綻していた。だけど、麻衣さんは作戦通りすぐに私を脱落はさせなかった。
理由は一つ。私をすぐに脱落させると、玲奈ちゃんは姿を現さなくなるからだ。完全に隙のない麻衣さんを前に、玲奈ちゃんは籠城するしか負けない道はない。それこそ、消耗戦となって先に水が尽きた方が負ける。
いくらタンクに大量の水があろうとも、いずれはなくなってしまう。それに、タンクが多きすぎればその分補給の時間も増える。それは麻衣さんの唯一にして最大の弱点。そこだけは避けたいはずだ。
なので絶対に私を脱落させない。先に玲奈ちゃんを脱落させてから私にターゲットを変えると、そう玲奈ちゃんは考え、麻衣さんもそう考えるだろうと信じていた。
そして、見事麻衣さんは二重の陽動作戦にはまってくれた。
だから、ここで終わらせる。
「いっけーーー、加奈ちゃんっ」
うおおおおおおおぉっ!!!
「しまっ――」
麻衣さんは、私に水鉄砲を向けようともう一度こちらを向く。しかし、もはやすでに勝負は決着していた。
今から水鉄砲を向けようとしても、すでに遅い。
麻衣さんよりも先に、私の銃弾の方が先に届く。
「……」
二つの銃声の後、岩にぶつかって小さなしぶきをあげる小川の音だけが静かに流れ響く。
「……」
私も麻衣さんも水鉄砲を向け合っていたまま、一歩も動かなかった。
(……勝った)
逆転。
玲奈ちゃんの作戦のおかげで、最後の最後に戦況を百八十度回転させた。
ほぼ百パーセント負ける戦いを、百パーセント勝てる戦いに変えた。
変えたはずなんだけど……。
「……あれ?」
私は、ある違和感を覚える。
水鉄砲というのは、普通の銃と違い銃口からは水が出てくるはずなのである。水が出る鉄砲ということで、水鉄砲という名前なのだ。
確かに、私の方が数秒の差で麻衣さんより早く引き金を引いていた。本来なら麻衣さんの顔は、びしょ濡れのはずだった。
もちろん、あとから撃った麻衣さんの水流は、私の眉間に直撃し、額からは血のように水が流れ落ちている。
確かに撃った。何かが銃口から出たって感触は確実にあった。だけど、麻衣さんの顔には、水滴が一つもついていなかった。
ということは銃口から出たものは水じゃないわけで……。
「……あっ……」
玲奈ちゃんもその違和感に気づいたようだった。
それはそうだ。この水鉄砲、いや……。
「あれって……、国旗?」
葉月ちゃんがそう呟いた。
そう、国旗。それは、たまにパーティとかで使われる、撃つと国旗が出るおもちゃの銃だった。
なぜそんなものがここにあるのか。それを知っているのはこれを持ってきた玲奈ちゃんしか知るよしもない。
「あー、あっちゃー。持ってくるの間違えてた……」
だそうです。
「ふーん。ウズベキスタンね」
葉月ちゃんは出てきた国旗を見ながらそう答えると――
「勝者、麻衣さん」
と言って、麻衣さんの右腕を空高く(葉月ちゃん的には真上だが、麻衣さん的にはほぼ腕が横に向いているだけ)あげる。
「やりましたぁ」
麻衣さんがいつもの女神に戻り、優しくはにかむ。
「そ、そんな~」
緊張感が解け、崩れるようにその場にへたり込んだ。
生まれて初めて、真剣に勝ちを狙いにいった戦いだった。
なぜだろう、負けたってショックがとても大きい。真剣にやったからこそ、やっぱり勝ちたかったからかな?
けど、それをも超える充実した気分が私を満たす。
「あは、あはははは」
自然と笑顔になる。
負けたくない、って真剣にやったからこそ、ものすごく楽しかった。
「あはははは」
それにつられて玲奈ちゃんが笑う。
そして葉月ちゃん、麻衣さんもみんな笑っていた。
みんな、心の底から笑っていた。
誰の目も気にせず、自分が笑いたいだけ、たくさん笑った。
そして、できればずっとこんな時間が続いてほしいと、心から願った。
私の夏休みも、まだまだ始まったばかり。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
そういえば夏休みに川行ってないと思い書いてみました。(今冬休み)
初めて書いたので、誤字脱字などがある場合はごめんなさい。
これから、最低でも一ヶ月に一回くらいのペースで更新したいと思っていますのでよろしくお願いします。