表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

気付かないままで居てほしい、私の片想いについて

作者: 不知火 誠



ちょっとだけ、私の話しを聞いてください。

私の高校三年間ただ想いを募らせただけで、何も出来なかった恋の話なんです。


私の好きな人は、とても人気者です。男女問わず囲まれて、いつも楽しそう。

残念ながら私は恥ずかしい気持ちと、勇気と自信が無くて一緒に笑い合う事は出来ませんでした。

良い所をあげるなら、容姿が整っている事や笑顔が素敵な所に日々心を奪われています。

外見的だけではなく、性格も明るくてリーダシップがあって、成績はちょっぴり残念だけどそこも魅力で。

そんな風に言い出したらもう、止まらなくなります。


でも私はそんな彼の隣に立てるほど可愛いわけでも、特別に美人なわけでもないんです。

ただ本当にどこにでもいる、普通の女子高生です。

だから友達にも彼が好きだと言えなくて、当然ながら本人にも伝えられなくて。

私は一人でこの想いを三年間育ててしまいました。


「なに一人で顔赤くしてんだよ、(あずさ)

「え、あ、時雨(しぐれ)くん?!」

「お、耳まで真っ赤じゃん。何を想像してたんだー?」


まさか本人を前に、貴方の事ですなんて言えません。言えていたら、きっと友達にも相談出来てたと思います。

時雨くんに頭をくしゃくしゃっと撫でられて、いつも以上に可愛くなくなったのは分かってるからとても逃げ出したい気分です。

でもそれ以上に私の頭と心は幸せでいっぱいで、話なんて全然出来ないぐらい頭は真っ白で。

もう何を話せばいいのかも分からなくなってしまいました。


「え、えっと、色々考え事していて、恥ずかしくなってしまいました……」

「恥ずかしくなる考え事……?んー、あ!

さては黒歴史だな!あれは恥ずかしいよなぁ」

「そ、そうなんです!誰でも封印したい過去ってありますよね!」


それからたった一言二言交わして、友達に呼ばれた彼は、まるで嵐の様に私の心を乱して去って行ってしまいました。

ですがたったそれだけでも、心の底から幸せだったんです。その日何度も思い出して、夜眠った後も夢に出てきてしまって困りました……。


本当に好きなんです。私とは対象的で、時雨くんから話しかけられないと、何も話せないぐらいに好きなんです。

きっと時雨くんが私の気持ちに気付いたら、傍に行く事はおろか、こうして喋りかけても貰えなくなってしまうから。

そんなのは嫌。絶対に嫌なんです。

時雨くんの隣に立てなくても、せめて三歩後ろに居たい。……そう強く願い続けて三年目です。


私が最初に願ったきっかけの日は、私達の入学式でした。

入学式前はまだ正式にクラスが発表されておらず、仮クラスとして指定された各教室で待機していました。

元々人見知りが強く、一人隅っこで本を読んでいた私。

そこに声を掛けてきてくれたのが、時雨くんでした。


『何の本読んでるの?』


挨拶もなしにいきなり話しかけられたのと、読んでいた本が大好きな作家さんの小説で中断されたムカつきから、最初はとても失礼な人だと思いました。


吾妻(あずま) 睦月(むつき)先生の最新作です』


失礼な人とはいえ無視するわけにも行かず、渋々嫌々ながらに答えた私に、返答を聞いた時雨くんが顔を輝かせたのをまだハッキリと思い出せます。


『まじで?!俺最近好きになって、ちょっとずつ集めてるんだよ!最新刊はどこも品薄で買えなくてさ……。

今度読み終わったらで良いから、貸してくれない?』

『え、まぁ、はい。いいですよ』


私は小学生の頃からずっと吾妻先生が好きなので、高校生にあがる頃には全て揃えていました。

更にその話もした結果、輝かしい笑顔で貸してと言われてついお気に入りの小説を貸してしまいました。

それから三年間、この細々とした関係は続いている。

時雨くんは毎回本のどこかに、感想が書かれたメッセージカードを挟んでくれるんです。

それも全てきちんと保管してあります。

ちょっとストーカーみたいでしょうか?


ここまで読んで気になられた方もいらっしゃるでしょうが、当然時雨くんは恋愛対象としても大人気です。

ついに高校二年生の時、時雨くんに彼女が出来てしまいます。


「しーぐれっ!」

「あ、奈緒(なお)じゃん。一緒に帰ろ」

「勿論だよー」


時雨くんは敬語ですらありませんが、お相手は一つ上の先輩で、女子力の高い妖精の様な方でした。

私なんかが同じ土俵に立てるはずもない人です。

うじうじして何も出来ない間に、時雨くんの隣を確保されてしまいました。


しかし奈緒先輩は私達女子から、悪い意味で有名な先輩だったんです。


「あ、奈緒。俺トイレ行ってくる」

「はーい、待ってるねー」


きっと皆さんの近くにも一人や二人、居られるかもしれません。

彼女は異性が居なくなると、性格が豹変する方だったのです。


「あ、ねぇ、アズサちゃんって居るー?」

「はい、私ですが……?」


元々時雨くんは自分の教室に居て、奈緒先輩がそこに乗り込んできた形です。

周りは二年生だらけだったのに、何故私が?とこの時は疑問に思ったのを覚えています。


「あのさー、私の時雨に近付くのやめてくれない?」

「えっと、それはどういう……?」

「だからね、今後喋りかけないで欲しいの。本も貸さないで欲しいし、私の時雨に馴れ馴れしくしないでよ」


いつもは明るい奈緒先輩が、無表情で重い声をして私に迫ってきます。

この時初めて見た豹変に、ただただ恐怖した私はろくに声も出せませんでした。


「ただいまー」

「あ、時雨おっかえりー」


時雨くんの声がした瞬間、奈緒先輩はコロッと態度を変えて時雨くんに手を振ります。

私は解放された安堵で、思わず一息吐いてしまいました。


「あれ、奈緒と梓何してんの?珍しい」

「そうそう!なおに相談があるって言うから、アズサちゃんのお話聞いてたのー」

「えー、梓。俺にも相談しろよー」


ホッとしたのも一瞬で、身に覚えのない相談をどうしようかあたふたしてしまいました。


「時雨、アズサちゃんに本借りてるでしょー?そろそろ迷惑だからやめて欲しいって相談されてたのー」

「そんな、迷惑だなんて私ッ」

「思ってるでしょ?アズサちゃん」


私から言い出さなくても、奈緒先輩は勝手に話を進めてしまって、否定しようにも小心者の私は奈緒先輩の睨みに何も言えなくなってしまいました。


「なんだ、そう言えよー。次からは自分で買うな。二年間ありがと」

「あ、なおが買ってあげるー!奈緒は絶対迷惑だなんて思わないもーん」


こうして、私と時雨くんの細い細い関係は、第三者の手によって簡単に消え去ってしまいました。

奈緒先輩が時雨くんの腕を取って移動するのを、ただ呆然と見ていることしか出来ませんでした。


それから数ヶ月。本当に時雨くんと私の関係は無くなってしまいました。

唯一関わっていた本が、もう無くなったのだから当然の結果です。

私が強く言えないばかりに、うじうじと後ろばかり見ていたばかりに、天罰が下ったんです。


それでも私は諦められませんでした。


私達も無事進級し、奈緒先輩は大学生となり新しい彼氏を作って時雨くんを捨てました。

その時の時雨くんはとても荒れていて、誰も声を掛けることが出来ませんでした。


「あの、時雨くん」

「何」


つい、見ていられなくて話しかけてしまいました。

数ヶ月ぶりにこんな近くに来たので、心臓が破裂しそうなくらいドキドキいってます。

でも、緊張に負けていられません。


「これ……吾妻先生が、初めて恋愛小説を書いた本なの。個人的に出されたもので、世界に百冊しかない貴重な本。読んでみて」


普段ミステリーや、少し哲学っぽいものを書く吾妻先生が今の所唯一出した恋愛小説。

内容は浮気した妻と浮気された夫が、少しコメディーになりながらもう一度やり直すお話です。

割とありふれた内容ですが、吾妻先生が書くと二味も違う世界になるんです。

幸せで暖かい、人の温もりを感じられる小説です。


「……迷惑じゃなかったの?」

「そんな風に思った事はありません」


私がきっぱり否定すると、時雨くんは軽く笑って丁寧に本を開きました。


翌日の朝。私の机の上には小説と「元気になった。ありがと」というメッセージカード。

それから廊下でいつも通りにはしゃぐ、彼の姿でした。


「よかった」


私はそんな時雨くんに少し微笑んで、一言呟くと心が暖かくなりました。


さて、そんな時雨くんともお別れ。卒業証書を貰って、つい高校生活を思い出していたら卒業式が終わっていました。

私は保護者席から聞こえる母の泣き声や、皆のすすり泣きの声を思い出しながら、女子に制服をはぎ取られる時雨くんをボーッと見ています。


「梓」

「えッ、あ、時雨くん!」


常に人に囲まれている時雨くんが、まさか卒業式で時雨くんから話しかけてくれるだなんて。

思わず顔が赤くなってしまいます。


「梓、三年間ずっと本貸してくれてありがとう。

俺が落ち込んでる時も慰めてくれて、梓のお陰でまた笑えるようになった。本当に感謝してる」

「と、とんでもないです。それに時雨くんが元気になったのは吾妻先生のお力ですよ!」


時雨くんの真剣な表情。私の好きが溢れていきます。

これ以上無いくらい顔が赤いと、自覚していますが対処法が見つかりません。

恋とは本当に、どうにもならないものなのですね。


「あの時梓が貸してくれたお陰だよ。これからお互い大学生になっても、俺に本貸してよ」

「ありがとうございます。はい、勿論です!」


ああ、どうしよう。時雨くんとの関係はこれっきりで終わると思っていました。

でも時雨くんから継続の意を聞けるだなんて……。

このまま死んでもいいとすら、思ってしまいます。

しかし既に、私の心は爆発寸前でした。


「と、言いたいのですが、お貸し出来ません……」

「え、やっぱり迷惑だった?」

「そんな、とんでもありません!」


時雨くんは動揺している様子で、申し訳無さそうな顔をしていらっしゃいます。

そんな顔をさせたかったんじゃ、ありません。

でも本当に、もうこれ以上は心臓が持ちません。


「私、時雨くんが好きです。三年間ずっと好きなんです。

自分でも気持ち悪いって分かってます。だからこれ以上は……ごめんなさいッ!」






あの後直ぐに、私は逃げてしまいました。

え、結果が気になりますか?

残念ながら詳しい事は私の心だけに秘めておきたいので、秘密です。


でも、今。時雨くんは私の隣で、吾妻先生の最新刊を読んでる途中で寝てしまっている、と。それだけお伝えしておきます。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ