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episode3 「紫の怪物」

道なき道を進む、森にいたのでだいぶ慣れてはいるのだがこの騎士の歩く速度が速すぎるせいで結構疲れている。

途中、イストがギブアップし俺が抱えて(運んで)行く事となったので今俺の足は機能停止直前である。だけれど騎士様は多少疲れてはいるようだがまだその健脚は健在だ。


「もうそろそろだ」


砂利道に力を奪われ足が石のように重く感じられるようになった頃、やっと騎士はそういった。だが、その速度は遅くなるどこか先ほどよりも気合が入っているようだ。


「ここだ」


第一印象としては洞窟だ。一〇メートルほどの高さがある掘ら穴、そこから暗闇が仰々しく顔を出している。

「おそらく盗賊たちは王国に向かうつもりなのだろう。そこでならば帝国の法は適応されないからな。その休憩地点として探索者しか入れないこの迷宮を選んだ。忌々しいことにな」


騎士の瞳に殺気が渦巻く。


「そこの三人、探索者ライセンスを提示してください」


やはりライセンスが必要となるのだろうかとカナタは自分の失念を一瞬責めた。だけれど騎士のほうは当たり前とでも言わんばかりに泰然としている。


「この顔に見覚えがあるだろう?」

「…………………、もしや宮廷騎士団長にございますか! これはとんだ失礼を…………」


男はいきなり慌てはじめ、ごますりでもする勢いで騎士の話を聞き始めた。


「それはそれは大惨事でございますな。どうか気お付けて言ってらっしゃいませ」


探索者とかを何人か貸し出してくれるのだろうかと思ったがそうはいかないらしい。探索者を雇用するといってももちろん金が必要とされる、人件費みたいなものだ。

それならば冒険者を雇用したほうがまだましだろう。冒険者と探索者を兼業しているものは以前にも言ったが山ほどいるのだ。


巨大な掘ら穴から迷宮へと入る。まるででかい魔物(モンスター)に飲み込まれているようだ。


「いくら初心者のダンジョンと言ってもここからはモンスターの巣窟だ。油断は厳禁だぞ」


その第一声とともに横からがゴブリンという子鬼を彷彿とさせる魔物が飛び出てくる。騎士はそちらを人目も見ずに剣を振るい撃ち落とした。これだけでも騎士と初級魔物との力量差が(うかが)えるというものだ。


そこから第一層を抜け、第二層、第三層ととんとん拍子で降りていく、階を下りていくとともに僅かに魔物の遭遇率や強さが上昇していっているのが分かる。


途中、様々な魔物と遭遇、討伐した。迷宮魔物は迷宮そのものが生み出した魔物らしく、死ぬと同時に迷宮に還る。つまり霧散する。残るのは魔石のみだ。これだけみれば冒険者のほうが探索者よりも儲かりそうに見えるかもしれないが迷宮はどこにでもあるというわけではないし、様々な分野で自由に依頼を受けれるのが冒険者の特権なのだ。


第六層にまで来た、この初心者ダンジョンは十層まで存在している。これだけ弱いというのに「鳳凰の迷宮」とはいささか似合わない気がするのは気のせいではないだろう。


「おそらくこの第六層に盗賊共がいる」

「なんでわかるんだ」


騎士は答えるまでに数秒の沈黙を要した。


「盗賊と言ったがあれは王国の派遣した兵士だ」


カナタとイストとの間に緊張が走る。王国の兵士がなぜこんな一介の迷宮に。


「奴らはここに常時入り浸っている山賊に罪を擦り付けるつもりなのだろう」

「なるほど、屑なんだな」


わざとおどけるように言って見せた。


「こういうのは言っちゃなんだが日常茶飯事なんだ。自分たちの身の安全のために裏で暗躍する陰謀と欲望のパーティだ」


アメリカンジョークのような比喩を使っている騎士に「随分と余裕そうだな」と嫌悪感を(あら)わにする。

だが、血まみれになりながらも自分ではなく主のことを考えているほどの忠誠心を持った騎士が余裕など持っているはずがない。

溢れ出そうになる殺気と逆に(すた)れ始めた覇気を隠すために自重気味の発言をしているだけなのだ。


「おそらく、ここか」


歩みを止め、小声でこちらに注意を促す。


この先に、王国の兵士、いや、やっていることは山賊と同じだ。誇りのほの字すらない盗賊がここにいる。

カナタは自分と同じように卑怯な兵士に忌避感を覚えた、まるで自分の昔話をされているようだというか、日本にいた時のことを思い出させる元凶だからというか。それとも同族嫌悪とかいうものなのだろうか。


扉を開いた。


その瞬間、カナタの頬を何かが掠める。

カナタの目はそこにいた王国の兵士を捉え、無意識のうちに歩み寄っていた。



兵士の一人を殴り飛ばす、だが仮にも兵士だ。殴り飛ばすというのはカナタの感覚であり、よろめきながらも踏みとどまり、カナタの脇腹から(えぐ)るような蹴りをいれられる。


地面を転がるカナタを余所目に騎士は二人の兵士を切り伏せていた。

迅速に制圧しなければならない。騎士は低い体制のままほかの三人の兵士に切りかかる。


カナタも起き上がろうとするが体が呼吸をしてくれない。それを案じたイストがヒールと唱えるとすぐさま回復した。


くらくらとする眩暈(めまい)を抑えながらも状況を確認。


――――――うぜぇんだよ。性格のねじ曲がってるやつを見るたびに吐き気がする。


闘争本能を燃やす。そしてカナタが動く前に。兵士の一人が声を上げた。


「こっちに来てみろ!こいつを殺す!」


その兵士は一人の女性の首に長剣をあてて叫ぶ、もしやあの人質が聖女なのだろうか。


「騎士さん!どうしますか!」


イストは戸惑い、その決定権を騎士に(ゆだ)ねた。

カナタも同様に騎士のほうを見やる。が、その前に三人に向けて水流が飛ばされる。


ただ威力を高めるために少量で噴出速度をあげた水属性魔法、兵士の一人が放ったものだ。


その場にいる兵士()の数は十三人。そのすべてが勝ったと確信している。


騎士は自分と近くにいたイストに向かってくる水弾を弾く。それに対しカナタのほうはまともにそれをくらってしまった。


「カナタ!」

「小僧!」


意識が昏倒し、三半規管が狂い、その場に倒れる。どうやら脳天に直撃したようだ。

額から止めどない血が溢れ出る。


そして――――――



―――――――――――――何かが侵食してくる感覚。


肉体が違う本能に蝕まれる感覚。死が近づくとともにそれは強くなり。


「ハイヒール!」


復元されるかのように傷が逆再生される。そして全感知した。


「ごめん、お前に頼ってばっかだな、イスト」

「それよりも今は!」


兵士はまだ聖女を人質にとっている。

「俺たちに攻撃の一つでもしてみろ、こいつの喉元を引き裂く!」


兵士たちは一階層へと戻るための転移陣にじりじりと近づいてゆく。

ここで逃げられたら終わりだとカナタは(さと)る。悟される。


しかし、そんな焦りも空しく、兵士全員は転移陣で移動した。

光を放ち、術式を発動させた後、転移陣に亀裂が入り壊れた。


静寂が存在感を増した。

「畜生ッ、屑共が!」


地面を叩く、必死に。


「小僧、いつまでも喚くな、追うぞ」

騎士は剣についた血を振り落とし、鞘に納めそう言った。


「お前は自分の主人を連れ去られてどうも思わないわけじゃないんだろうが!なんでそんなに平然としていられるんだよ!」


騎士の厳つい腕がカナタの胸倉を掴み、持ち上げる。


「ここで暴れてもこれ以上なにも変わらない!匙はとっくに投げられた、もう一刻の猶予も無い!!助けたいなら死ぬ気でやれ!!」


圧倒的覇気がカナタに降り注ぐ。

そんな騎士による激昂のおかげで自暴自棄にならずに済んだ。


「……………ごめん」


――――――――――そうだ、俺は変わるって決めたはずなのに何をしているんだ。この馬鹿野郎が。


拳を握りしめ、今一度自身の覚悟を再確認する。


「なぁ、『死ぬ気』でやれるならもしかしたら助けられるかもしれない」

「何だと!」

「一つ間違えば全滅だが、それでもいいか?」


騎士は自分の胸に水平に手を当て頷いた。帝国の敬礼である。


「死ぬ気で救ってやる」


下賤な、以前の自分と同じような卑怯なあの兵士たちならばまだ迷宮から離れていないはずだ。同じように卑怯な自分がそれを確信する。


「その剣を…貸してくれ」


騎士は渋々と手渡した。


剣を高く掲げる。カナタは目を見開くと、


その剣を―――自分の首に添え、思いっきり引き裂いた。




【】【】【】【】【】【】【】



兵士十三人は迷宮の入り口の前でくつろぐように腰を落ち着けせていた。


「この嬢ちゃんどうするか?王国に持っていくにしたって意味がねぇんじゃねぇか?」


どうせまた帝国の奴らが追いかけてくるだろう。三人のうち一人はあの宮廷騎士団長であるフェウルサス

だ。殺されるかと思った。だが、これで任務は達成したも同然だ。

壊れた転移陣に布をかける。ほかの奴らにコレがばれたらおしまいだ。


「おい、クリス。王国は何時迎えに来るんだ」

「いま魔道具を通じて連絡が入ったのだが明日の朝、ウォーリアの町に来るんだとよ」


ウォーリアの町とはこの迷宮から多少離れた場所に位置する町だ。確かにあの場所ならば隠れ易い。

それにあの町は商売もなかなか繁盛(はんじょう)しているので商人と称して馬車で迎えに来れる。


第六層で(くすぶ)ってるであろうあの三人だが念のため早く移動しようかと意気込む。


「あれ?クロウはどこ行った?」


仲間の一人がそう言った。確かに、兵士に一人であるクロウが気づかないうちに消えている。


「迷宮に置いてきたのか?」

「いや、さっきまでここにいたはずだぞ」


そうか、と後ろを振り向く。そこは第一層の階段へと続く道だ。ここからどっかへ言ったのだろうかと疑うがそんなことをしてもメリットはない。


「ま、先に行ってん―――――」


仲間の一人がそう言いかけて消えた。


「おい、どこ行った。おい!」


嫌な予感がする。全身が恐怖による警鐘を鳴らし始めている。


階段から視線が外せなくなる。




――――――――――なにか、来る。



瞬きの間、男は吹き飛ばされた。


「なッ、なんだ!」

「何があった。ネストン!おい起きろテメェ!」


血を吐いたまま動かなくなる仲間。そしてその元凶へと目線を動かした。


「ミツケタ。返シテモラウゾ。屑ドモ」


「さっきの小僧だ!」

何故だ。まだそんなに時間は経ってないはずだ。


兵士たちはすぐさま剣を抜いた。ありがたいことに今は探索者が出払っている。


降りあげられた剣をそのまま避けることなくその青年(カナタ)は一身に受ける。


痛がる素振もみせず、青年(カナタ)は笑う。


「ハハハハハハッ! 酷イナァ。容赦ナイネェェェエエ」


こいつは―――――化物だ。


直感で分かった。敵に回してはいけない存在だと。

紫に発光する目は「怪物」と呼ばれた伝説上の人間に酷似していた。


青年(怪物)は手を掲げる。すると、手の甲から鍵爪(かぎづめ)のように白銀の刃物が現れた。


鍵爪を振るう。仲間が一人死ぬ。

拳がブレる。仲間が吹き飛ぶ。

高速で移動する。いつのまにか自分の腹に穴が開いていた。


「う、う、うああぁあああわわわわわわわああああ」


錯乱しつつ剣を無茶苦茶に振り回す、何発かはちゃんと怪物にあっていたがその傷もすべて回復させられる。


「何なんだよコイツ・・・・・・こんな化物聞いてねぇぞ・・・・・・・・・・」


正体不明、いや一つだけわかることがあった。

紫の目、紫の血。限りなく変化するその化物の名は――――――



「怪物」


三メートルほどに伸びた鍵爪が最後の一人を引き裂いた。



【】【】【】【】【】【】【】



「助かりました、ありがとうございます」


勢いよく頭をさげる聖女さん。それを見た騎士がおろおろと慌て始める。


「ちょ、聖女様、一介の旅人にそのような礼はいりません…」

「そう。私の命を恩人を卑下することは私を見下すのと変わらないわよフェウルサス。」


有無を言わせない威圧に「……はい」と騎士は諦めたようだ。


「貴方達の御名前は何というのでしょうか」


カナタ達の方にそう聞いてくるがここは敬語で対応したほうがいいのか迷った。

そんな心配は横にいるイストが払拭する。


「私はイストと申します。こちらはカナタ。以後お見知りおきを」


見事な礼をきめ、こちらにさささと戻ってくると冷や汗を流し「これで合ってるのかな?」と小声でぽつりと零した。


「無理に敬語を使わなくてもいいんですよ、冒険者や旅人にとって敬語は肌に合わないという人が多いですので」


優しい笑みを浮かべた。美しい、そう思わせる笑みだ。艶やかな金髪と矯正に整った顔立ち、その立ち振る舞いが更に大人びた雰囲気を助長させている。


ふと、隣のイストを見る。


こちらはどちらかというと可愛いとの表現の方が似合っているだろう。栗色の髪をショートカットにきめ、豊かな表情で心境を現し続けている。瞳の色も栗色だがどちらかというと黒に近い。


「そうで……そうか。聖女さんは貴族のようにみえたけれどなんで王国に狙われたりしたんだ?」

「あまり深入りしないほうがいいでしょう。貴方達にも火の粉が降りかかってしまいますから」

「……………そうですか」


―――――――――――――――絶対面倒事だろうな。これ以上いろいろと巻き込まれるのはごめんなんだけれど。


ほとんど自分から突っ込んでいっていることには気づいていないようだ。


「御二人はこれから帝国に向かうのですよね。もしよければ私達と行動を共にしませんか、助けてもらって御礼もしたいですし、ついで…ではないですが帝国の門を顔パスで通れます」


ありがたいことこの上ない申し出だった。特に顔パスは身分を証明するものを何も持っていない二人には救いともいえるほどの幸運だ。


「それは此方からお願いしたいくらいですよ、ありがとうございます」


どうせ乗り掛かった舟なのだ。この縁を使わない手はなかった。

ようやく安心して帝国とやら迎えるかもしれない。この頃、目まぐるしく動きすぎたカナタはどこかで張りつめていた神経が解けるのが分かった。





あの時、第六層で盗賊どもから水弾を脳天にくらい、死ぬ寸前まで追い込まれた時、なにかに侵食される感覚があった。それは最初の砂浜にて怪物と化すときのものと似ていた。


そしてカナタは一つの考えを編み出した。



「死を引き金にして怪物化するのではないか」



自分が死ぬと怪物に変化する。この考えはどこかゾンビを思い出させる。


ならば、と。聖女を助けるには怪物の力を使うのが手っ取り早い。

騎士から剣を借りて自害したのはそんな思惑があってのことだ。自分でもこのごろ自殺じみた行動をとることが多くなっているとの自覚はある。自分の命をどうしても軽く感じてしまうのだ。




「これからの課題だな」


行商人から買い取った馬車の上で景色を楽しみながら意気込む。


ここにきてから二回死んだのだろう。そして生き返った。

そう、自分は生き返ったのだ。これからは新たな人生を楽しむとしよう。


「見えてきましたよ、あれが帝国です」


聖女さんが先に見える高い城壁を指さして言う。

圧巻の光景にここはやはり異世界なのだと実感した。






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