欲望には逆らえないのです。(三十と一夜の短篇第1回)
「内緒なのです。バレるわけには行かないけど、やらないわけにも行かないのです」
小声で語るのは、十歳前後の幼い少女だった。
腰ほどの長さもある髪は、まっすぐに少女の後ろ姿を黒く染める。少女の瞳もそれと同じ色で、その所為か、大きな瞳には輝きではなく闇を感じさせた。
特別可愛いというわけでもない、彼女の容姿。瞳を除けば普通の少女のものと変わらないはずなのに、どこか大人っぽさをまとっていた。
「ちょっ、何をするの? 何をするつもりなのさ」
子供の作ったものとは思えないほどの、クオリティーの高い秘密基地で、青年は少女に問い掛けた。
かなりデジタルな設備がそろっていて、どのように少女が作ったのかは謎である。小さな会社よりも、よっぽど立派なものだっただろう。
二十歳前くらいの、若い青年だった。
髪は色素の抜けたように薄い灰色。短く爽やかさを思わせるような髪型だが、蒼白なこの青年がしていると、病のようにしか思えなかった。
「おーい? 聞こえているのかい? こんなところに来て、何をするつもりなのさ」
二度目の青年の問い掛けに、少女は仕方がないとでも言うように、小さく溜め息を吐いて答えた。
「任務を遂行するのです」
少し勿体振りながらも、少女は自信を持って言ってみせた。
「その任務というのがなんなのか、私は聞いているんだけどね……」
呆れ気味ながらも、青年はもう少女が話を聞ける状態でないことを悟る。それならばと、青年は笑みを浮かべた。
ここまで来たら、少女が止まらないことを青年は知っている。だから、全力でそれに乗ってしまえばいいと思った。
「だれにもバレてはいけないのです。それは、わかっているですよね?」
「はい。もちろん、わかっております」
青年の答えに、少女は満足そうに笑った。その笑顔はどこか嘲笑うような冷たさを帯びながらも、子供らしい無邪気でいて素直な色も宿っていた。
その笑顔の理由は知らないが、青年は楽しければ良いと思う。少女のただの思い付きに過ぎない、そんな行動なのだろうけれど、だからこそ青年は楽しめれば良いと思ったのだ。
「これ、作っていて下さいなのです」
来る日も来る日も、少女の言葉を受けて、青年は同じものをただ作り続けていた。それが何であり、何に使うものなのかは、青年に全く知らされていない。
ロボットの部品のようなものだった。組み立ては少女が執り行っており、完成形は一度も青年を見たことがない。
「ねえ、私は何を作っているの? これを何に使うのか、教えて欲しいんだけど」
作業の様子を見に来た少女に、青年は不思議に思って訊いてしまった。聞いてはいけないことを、訊いてしまった。
「内緒、なのです。バレるわけには行かないのです。それはたとえ、あなたにさえも。しかしどうしても知りたいというのならば、わたしについてくればいいのです」
目を妖しく輝かせて、少女は青年を誘った。誘惑するように、禁止という誘い文句で、少女は青年の欲を煽った。
それが少女のやり方なのだと、青年は知っている。ずっと少女と一緒にいるのだから、それくらいのことはわかっている。それが幼さからは考えられないことだとしても、青年は知っているのだから、その事実を曲げる術などないだろう。
青年は、欲に抗うことをしない。少女のやり方なのだと知っていても、不思議に思うことを知れるのならば、そのままに動いてしまうのも構わないと思っていたからだ。
迷わず少女の後ろについていき、そこに驚くべきものを見る。
「こんなの、作ってしまってもいいのかい? もしかして、私はもう共犯者になってしまっているのかな」
そのロボットが何であるのか、青年には見てすぐにわかった。そのロボットを何に使うのかも、青年はすぐにわかってしまった。
どうして少女が頑なに見せたがらなかったのか。どうしてバレてはいけなかったのか。
「絶対に内緒なのです。わかっているですね?」
「ああ。秘密は漏らさない。その代わりと言ってはなんだけど、手に入れたものを私にも少し分けておくれよ」
少女の悪い笑みに、青年は同じ表情で答えた。
そして二人は、悪事とわかっていながらも、欲のために動いてしまう。その手を真っ黒に染めてしまう。
バレることなどないから、と。バレるはずなどないから、と。
二人が何を作っているのか、わかりましたか? おそらくわからなかったと思います。
作者のイメージとしましては、「親にバレずにお菓子を多めに入手するために使われるロボット」です。どんなロボットなのか、具体的なイメージは出来ていません。
それは読んだ方に任せたいと思います。