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混沌の娘  作者: 霞初月
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08



 *


 しとしと降る雨。

 いつもは賑やかなフィエンナ市街もどこか陰気だ。

 街の中心ともいえる第二フィエンナ駅、その駅舎に隠れるように立つ職員寮。住人は希望制だが、始発の関係上寝泊まりする運転士らの部屋も存在する。

 灰色の建物は雨の中だとより存在感が薄い。

 闇へと堕ちたあのエミールも、自宅とは別にここへも籍を置いていた。

 帰るあるじを持たぬ部屋からは故人の痕跡を消すように全ての私物が運び出された。

 その運び出しを行ったのは同僚や公社本部から駆けつけた調査委員会でなく、パラデウムから来た人間だった。

 本来エミールの私物は彼が所属する公社が預かるところなのだが、彼らは有無を言わせない。

 駅舎や鉄道上で起こる事件の捜査権は基本、公社にある。申請や要請があれば地元警察などと強力したり情報の共有を図りもする。

 しかしパラデウムの人間はひょっこり現れて、証拠や調査資料を端から押収していくのだ。まるでお前たちにそれは不要だと言わんばかりに必要最低限だけを告げて押収物とともに去って行く。

 不満はあっても誰も彼らにそれをぶつけられない。

 ――魔族崇拝者に関するものはすみやかに全てパラデウムに渡すべし。

 パラデウムは各国上層部にそう根回ししているのだ。

 だから下っ端はそれに従うほかない。

「……あー……口が疲れた」

 事情聴取から解放されたテオドールは凝った筋肉をほぐすべく、頭を左右に傾けた。顔を上げると廊下の向こう、先に聴取から解放されたうしおの姿が見える。

 潮はテオドールがくるのを待って「お疲れさまです」と声を掛けた。

「ああ、おまえもな」

 頷いて潮は笑った。

「まあ同じ事話すのは正直怠かったですけど例の噂を目の当たりにできたんで、そこんとこはよかったかなと」

「噂?」

 潮はテオドールの背後、聴取に使われている寮の空き部屋の一つをちらと見やり、

「あれですよ、パラデウムには表向きは存在しない捜査官がいるとかってやつ」

「ああ、それか」

 それなら確かにテオドールもこれまで噂だと思っていた。

 ちらと背後を振りかえる。今そこで関係者へ聴取にあたっているのはパラデウムから来た人間だった。それもずいぶん若い。

「隣にいたの人形ドールでしたよね」

「そうだったか?」

 潮は頷いて、自分の目を指差した。

「輪っかありましたもん」

「よく見つけたな」

 感心するテオドール。

「偶然ですけどね、さすがにじろじろ見る勇気はないですよ」

「懸命だな」

 無難にやりすごすことに頭を費やしていたテオドールはそこまで彼らに注目していなかった。というより、何か情報を引き出そうなどと思わなかったのだ。

 さわらぬ神に祟りなし、である。

 下手をうって今後の人生に差し支えたくない。とはいえそんなことは、よほどの失態を曝さぬ限りないだろうが。

「……だけどそれだとおかしくないか?」

「なにがです?」

「だって人形なんて連れてたら目立つだろう?」

 潮はテオドールの言わんとするところを量りかね、

「――あっ」

 理解した。

 噂、だ。

 パラデウムには表向きは存在しない捜査官たちがいるという――。

 だが注視すればすぐわかる徴を持った人形を連れていれば噂にならないはずがない。

「たしかに変だ……」

「だな」

「うーん……。しかもあの人形、輪っかの色違ったんですよ」

「新型か」

「さあ? パラデウムだし、そうなのかも」

 パラデウムならば何を抱えていてもおかしくない、というのが世界のほぼ共通認識だった。それくらいパラデウムが世界に与える影響力は強いものなのだ。

 魔族を人間社会から追い出したことは、ちっぽけだった彼らの地位を強固に、そして揺るがぬものにした。

 しかしそんなパラデウムが各国の反対などに遭いながらも封鎖を解除したことの意味は、学長の真意は、多くの人間が未だ掴めずにいる。

 人々の目にはこれまで築いてきたものを壊すだけの愚策としか映らなかったのだ。

「ねえテオさん、帰ったら稽古付き合ってくださいよ」

「いやだ」

 テオドールは早口で切り捨てた。

「えー、なんでですか」

 潮が口先を尖らせ訴える。

「いやいや潮くん、俺ここまで呼び出されてやってきただけでも面倒なのに、知らない人とたくさんお喋りして疲れたんだよ」

「だから稽古して身体動かしましょうって誘ってるんじゃないですか」

 潮の顔を見る限りどうやら本気のようだ。

「……理解に苦しむ」

「ひ、ひどい。そんな冷たい目しなくても……。身体動かしてすっきりしましょうって、そんな変なことですか」

「悪いけど、俺はそうじゃないから」

「えー……」

 不満の声をあげる潮を無視してテオドールは廊下窓に目を向ける。

(濡れるのはやだな……)

 まだまだ雨は止みそうにない。





 最後の参考人を送り出したあと、ルイスはため息をつきながら諸手を挙げて机に突っ伏した。

 聴取記録の帳面がひとりでに閉じる。仕様だ。魔法である。

 枯れすすき色の髪が重力にそって流れる。もう一度息を吐いて姿勢をそのままに彼は顔をあげた。襟足は肩に掛かり、前髪は目を半ば隠す。

 中性的な顔立ちと肉付きの薄い身体をしており、そのためあまり背が高く見えないのだが、立ち上がればそれなりにある。同年代、十代後半の少年の平均身長には十分到達している。

「これといって収穫はなしだな」

「だね」

 応えたのは隣に座る少年、ルルロロ。

 こちらも中性的な顔立ちなのだが、そこに幼さが加わって、声を聞かなければ少女と勘違いしてしまいそうな雰囲気がある。しかし背丈はルイスとそう変わらない。

 大きな瞳にはうっすらと金色の環が浮かんでいる。ユニよりもその色は薄い。だから気付いた潮はとても目が良いのか運が良かったかのどちらかになる。

 ルイスは前髪を掻き上げて身体を机から起こした。

 多くの魔族崇拝者は周囲に自分がそうだと悟られないよう生活している。信仰を続けたいと望むが故に派手な活動は慎む傾向にあるのだ。

 けれど彼らも人間であり、人間は孤独に弱い。だから仲間を一人でも得ようと、その気持ちからは逃れられない。

 集会や同士の存在を匂わす証言や証拠があがれば良かったのだが、今回エミールの部屋にそういったものは見つけられなかった。おそらく踏み込まれることを想定してあらかじめ処分してあったに違いない。交友関係の手がかりになるようなものは何一つ部屋になかった。彼の部屋にあったのは衣服と壁一面に貼られた魔族の姿を描いたと思しき絵の数々。

 中には彼が想像で描いたものもあった。

 そうした禍々しくおどろおどろしい絵画をとうに見飽きた二人は、黙々とそれらを壁から剥がしていった。

 エミールの部屋を訪れた人間は複数人いたが、誰も絵の存在に気付かなかったという。

 おそらくだが、魔法で幻視を見せて誤魔化していたのだろう。エミールが魔法を使うという報告は上がっていないから、おそらく買ったのだ。

 魔法は買える。

 だから魔法使いでなくとも魔法は使える。

 もっとも市販されているものは魔法使いから見ればままごとレベルのものだ。だからエミールが魔法「幻視」を使っていたと仮定すればそれが市販品ではおかしいのだが、現物がない以上、できるのは想像だけである。

 ルイスは聴取記録の表紙を指の腹で撫でた。

「だけど驚いたな。この件にビッキーが関わっているなんて。……偶然なんだろうけどさ」

「とんだ災難だよね」

「それでもちゃんと手を貸してあげるとこはビッキーらしいかな」

 ふっと笑って、ルイスは表紙を撫でる手をとめた。

 もちろん自分だって助力を求められたら承諾しはするが、率先して解決にはまわらない。乗客の安全に気を配りはするが、列車内の出来事は公社の管轄である。パラデウムは公社の上層部に手を回すことができるが、それでも原則として公社にはどんな国もどんな勢力も関与してはならずまたその逆も然りなのだから、自分達は憲兵隊の補助でちょうどいいのだ。どうにもならなくなったときにちょっと手を貸すくらいでいい。

(まあ、まさにそんな感じだったんだろうけど)

 普通に暮らしていれば人が堕ちる瞬間に立ち会うことはない。またそうした場面に誰も遭遇しないようにするのもパラデウムの抱える仕事の一つである。

 封鎖が解かれる前にも本当は、魔族は存在していた。

 誰の目にも触れぬところでひっそり生まれて、葬られただけのこと。

 その正体は堕ちた人間である。


 ルイスは椅子から立ち上がった。もうここでやるべき事はない。

「……ビッキー元気かなあ」

 何気なく零したら、「会いに行く?」とルルロロに提案された。

「まさか」

 ルイスは頭を振った。

「暇になったときでいいよ」

 どうせ会いに行ったって虚しい思いをするだけだし。ルイスは口端で笑った。何度も初めましてをするのは結構堪えるのだ。

 出よう、とルルロロを促して先に部屋を出て行かせる。心配してくれるのはありがたいけれど、その大きな目で「ほんとにいいの?」といつまでも問いかけられるのは煩わしいのだ。

 そして思った通りルルロロは廊下に出る前にルイスの方を振りかえるから、手にした聴取記録でその顔面を向こうへ押しやった。

「ちょっ……いたいって!」

「さっさと行かないからだよ」

 嘯いてルイスはさっさと部屋から出た。





 パラデウムからの来訪者は「ご協力感謝します」と職員寮の表から堂々と帰って行った。

 この件は他言無用にと釘を刺していくかと思いきや、そんなことはなかった。来たときと同じようにふらりと去って行く。


 彼らがここに訪れる前から魔法はもう始まっているのだ。


 気にせずとも、彼らを少しでも目にしたものはみないつの間にか、彼らの特徴を忘れている。

 そんな魔法が自分にかけられていることに気付く余地はない。気付かれたらもうそれは彼らの失敗で、そしてそんなことは彼らの仕事にあってはならない。


 ルイスはビッキーと同じ、選抜セブンスで、


 その七人目で。


 けれど公式記録のどこを探したって選抜に七人目はいない――……。







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