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混沌の娘  作者: 霞初月
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06



 指定されたのは学長室。

 パラデウムの街の中心はもちろん学園そのもので、目指す学長室は本校舎の最上階にある。校舎への移動も転移方陣を使用した。封鎖解除となって街中で魔族の姿を見かけるようになったとはいえ、まだ魔族の姿は珍しい。またヴァルの容姿は、特に女性の目をひくものだ。今まではなるべく人気の少ないところを通ってきたが、本校舎までの道のりを思うと、徒歩などビッキーは考えただけで胸焼けがしてきた。注目はされるのは魔族の方なのだが、そのとばっちりは遠慮したい。

 それに、田舎の地方駅では遠巻きにされるだけだったが、まだ得体の知れない魔族を一般人の側に置くのも憚られる。何かあってからでは遅いのだ。人の多いフィエンナ駅などでは彼らを追い立てるように移動させたビッキーである。

 学長室の前で二人、青いローブを身につけた屈強そうな男らが陣取っている。

 よく見るとローブの裾は黒糸でかがってあり、それは学内警備担当であることを意味していた。しかも学長室の前にいるということは実力は言わずもがな、選ばれた人間であることの証明である。

 男たちはビッキーたちが現れると、あからさまに警戒した。もっと言うと後ろの魔族たちを、だ。

「学長から面会の許可は得ています。選抜セブンスのユニとビッキーが来たと伝えてください」

「選抜……」

 彼らはビッキーを見、ついで隣のユニを、その瞳を食い入るように見つめた。

 瞳孔を囲う黄金の環をそこに認めて、事前に連絡を受けていたのだろう、間違いないとしてビッキーらの入室を許可した。

「……ふうん、おまえの目、特別なのか?」

 興味本位なヴァルの問いに「ええ、まあ」ユニは頷く。

 彼女には、試作戦闘特化型人形――通称A’のうちの一体、その少女型という生まれ持った名称がある。学長より選ばれた六名の学生、選抜セブンスだけが持てる高級品だ。

 A’の瞳を覗けば皆共通してそこに黄金の環を見ることができる。彼、彼女らがそうであると証明するものだ。

 ビッキーはすっと息を吸って、ドアをノックした。この瞬間はいつだって緊張する。

「――どうぞ、お入りなさい」

「失礼します」

 ドアを開けてまず目に入るのは磨き上げられた大机。その向こう、妙齢の女性が一人、椅子にかけている。目元や口元に広がる皺が彼女がそう若くないことを示していたが、その眼光は鋭く、瞳は輝き知性を感じさせる。

 彼女こそがパラデウムの学長だ。

 ドアが閉まる前に彼女は椅子から立ち上がった。

 立ち上がってみれば随分と小柄なのだが、放つ雰囲気のせいか、離れていると大きく見えるのだから不思議だ。

「おかえりなさい、ビッキー、ユニ。そして遙々ようこそ、魔族の方々。私がパラデウムの長、メイヤー・エトワイルです。さあ、お掛けになって」

 学長が応接椅子を指すと、隣室から銀盆を抱えた少女が出てくる。傍目にはただの少女だが、その瞳には瞳孔を囲う銀の環があり、非戦闘用で汎用型の人形ドールであることを示していた。汎用型とはいうが人形はまだまだ高級品なので一般家庭が持つのは難しい。

「どうぞ」

 滑らかな仕草で、席に着いたビッキーらの前にティーカップを置いていく。

 その瞳を、そこに浮かぶ銀の環をヴァルは興味深くじっと見つめた。

(こいつのも特別なのか……?)

 少女はヴァルの不躾な視線を気にするでもなく、自分の仕事をしてしまうと盆を抱えてさっさと隣室に引っ込んでしまった。

 ヴァルは彼女の消えた方を向いて、

「お前らの魔法で動いてるのか?」

「そうですね……正確に言い表すなら、少し異なりますが」

「ふうん」

 気のない返事で会話を断つ。 

 詳細な説明はいい。そんなことを聞かずともヴァルは、とにかく感心しておそれ入っていた。

 列車しかり、人間はとんでもないものつくりあげる。

(……はあ、帰りたい)

 なんてところに来てしまったんだろう。顔にはださないものの早速後悔し始めていた。

「では、彼女たちからもお聞きになったと思いますけど改めて私からも今回の趣旨を説明させてもらいますね」

 頷いてヴァルは続きを促す。

「私たちは封鎖解除に踏み切るに当たり、魔族の方々が人間社会になじめるよう、生活支援を全面的に努めると世界中に宣言いたしましたの。千年、その長い間に私たちの社会は大きく変化しましたし、それに伴って私たちの常識も変わりましたから」

「そうですねえ、わたしの知っている頃とは全く違う」

 バリーの発言に学長が頷く。

「こちらへ来る間にも、昔を知る方々にはさぞ驚くことばかりだったでしょう」

「ええもう、それは」

 バリーは隣のあるじを見た。バリーの知る限り唯一の、封鎖後に生まれた魔族。

 ヴァルはふっと気だるげに息を吐いて、学長を見据えた。

「……いいよ長い説明は。要はあれだろ、その、おまえたちは俺たちを把握しておきたいんだ、そうだよな?」

 部屋の空気が学長を中心に下がった。

「……ええ、その通り」

 ビッキーは鳥肌がたった。

 元より笑わない学長の顔がより能面に近づいたからだ。しかしどんなに居たたまれなくても、今はこの場に留まっていなければいけない。火急の用事でもない限り、退出など許されないだろう。

「伺ったお話によるとあなた方はあそこに残っていた最後の魔族だそうだけれど?」

「ああ。あそこにはもう誰もいない」

 みながでていく中、うじうじと引き籠もっていたヴァル。

 今後新たな魔族が生まれるかどうかはヴァルの知るところではない。ヴァルだって望み、あれこれ画策して生まれてきたわけではない。自然の結果だ。

「そう……ひとまず信じましょう。私たちに必要なのは信頼と歩み寄りですから」

「……」

 ひとまずと言っているあたり矛盾しているのだが。

 胡乱な目を向けられても、学長は揺らがなかった。

「あなた方がどう思おうがそれは勝手です。私たちはそのように舵をきったの」

「そう」

「それから、あなたが仰ったことは当たってはいますが、私たちがあなた方の生活支援をしたいというのはまんざら、嘘でもありませんのよ」

「……はい?」

「ですからね。私たちの目の届くところにいてくれるのなら私たちはあなた方の自由をいつでも保障するわ。……ね、とても簡単なお話でしょう?」

 学長の視線はひたすらヴァルに注がれていた。あなた方と言いながら、ヴァルだけに語りかけていた。

 ヴァルとバリー、彼らが主と従だからではない。

 正しくヴァルの正体を見定めた結果だった。けれどバリーのように彼を魔王だなんて考えたわけではない。

(う……そんなに見るなよ)

 ヴァルは自分を真っ直ぐに見据えてくる彼女に恐怖を感じていた。

 パラデウムの長といえば、大封鎖を司るところ、その頂点に君臨する人間である。つまり人間の中でも最強レベルだろうわけで、そんな人間にずっと視線を注がれ続けるというのは人間恐怖症のヴァルにしてみれば勘弁してくれと言わんばかりの状況で、心は悲鳴をあげている。

 それももう限界だ。

「……好きにすれば」

 そう言うのがやっとだった。




 学長室にはドアが三つある。

 一つは廊下に出るためのもの、残り二つは左右の部屋に通じている。

 来訪者が去って一分、廊下から見て左の部屋から二人の人間が出てきた。一人は痩身で小柄、白髪が立派なカイゼル髭にも混じる男。もう一人は彼より幾分か若く、昔は異性に人気があっただろう面影を残した壮年の男。

 ともにパラデウムの副学長である。

 彼らは隣の部屋から魔族と学長のやりとりを観ていたのだ。

「定期報告のまとめは拝見しましたがね……」

 カイゼル髭の男、シャルルが渋い面持ちで口を開く。

 ビッキーは移動の合間にまめに魔法で学長に向けて直に報告を送っていた。そのまとめを二人は今し方見せられたのだった。

「魔族が乗った列車に魔族崇拝者とは、偶然でしょうか」

「僕は偶然だと思いますよ」

 シャルルの視線が隣の発言者、レガートへ向く。

「偶然でないというなら、崇拝者が乗車予定を知って発作的に起こしたことになる。それではあまりに場当たり的だし、列車には便数限定で魔族専用車輌もあるのだから、機会なんていくらでもあったわけですよ?」

「それはそうだが……まあ、あやつらが突飛な行動を起こすのは今に始まった事ではないからな」

「それはええ、まったく」

 この点に関していえば二人の男の意見は一致していた。

「しかしあの魔族、ずいぶん我々に近い形をしていましたな」

「特に女性が好みそうな」

 レガートが意味ありげに学長を見る。

 学長はふっと笑った。

「魔族には人を誘惑し堕落させるのをいきがいにするものもいるといいますからね」

 私を誰だと思ってそんな質問をしているのかしら、そんな科白が聞こえてきそうな冷笑を浴びせられたレガートが引きつった笑みを浮かべ「そうですね」と返す。

 引き継ぐようにシャルルが頷いて、

「魔族を一面だけで決めつけるのはとても危険なことだ」

 愚か者め、と続けられたも同然で、レガートは言葉もない。

 傍目には、副学長同士の仲は微妙だと思われている。小難しいシャルルと穏健派のレガート。学内の人気はレガートの方に分がある。

 ちなみにシャルルは一部物好きな女子たちから「お髭の君」という称号を密かに賜っているが、密かに、なので当人はちっとも存ぜない。

「ところで学長、例の、北の大地の調査ですがいかがいたします? 報告どおりなら、調査団を派遣するのはまだ無理そうですが」

「しばらくは放っておいて大丈夫でしょう。光子が増えない限り私たちも満足に活動できませんし、増えたからといってあそこが人にとって好ましい土地でないことは先人が語っているわけですし」

 長らく魔族の生活圏だった土地に寄りつこうという人間はおそらくいない。魔族を抜きにしても元より不毛の大地。人間の住める場所ではない。ゆえに魔族崇拝者ですら移住しようとは考えない場所である。

「そうですな。……まったくルクス会も、不安ならば自分達で調査すればよかろうに」

 ため息をつくシャルルが無意識の癖で髭を撫でるのを視界の端に入れながら、まったくその通りだと学長は胸中でのみ、頷く。立場を鑑みれば決して口に出すわけにはいかなかった。

 どこにルクス会の目と耳があるかわからないのだから。




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