ex.03(番外編・ルイスとルルロロ)
西ネムリ駅は一つの路線の終点であり、視点となる駅だ。
建物の造りは立派だが、利用客数などからみると混雑といった言葉とは無縁の駅だ。一日は静かに始まり、静かに終わる。
それがこの日はどうだ。
真夜中だというのに厳戒態勢で列車の到着を待ち、到着するやいなや速やかに乗客の安全を確認し保護する、その裏で犯人の確保――。
いつにない慌ただしさ。
自分達も乗客だったわけだが、ルルロロたちは少し離れたところから他人事のようにそれを眺めていた。痛くもない腹を探られるような面倒ごとを避けるためにも客に紛れてとっとと駅から出てしまうべきなのだが、まだ二人はホームにいる。
「……ルイス、声かけなくていいの?」
「……ん、」
隣のルイスは曖昧な返事をする。その視線に先には事後処理に協力するビッキーとユニの姿がある。
努めて空気と化している二人に彼女らは気付いていない。
ルイスたちに掛かっている他者から忘れ去られる魔法だが、厳密に言うと直にルイスに掛かっておらずルルロロを経由している、というのが正しい。
次がない相手ならいくら忘れられたところで問題ないが、昔からの知り合いだと色々不具合が生じる。
そこを補うのが、共有化によってルルロロに蓄積される情報だ。
ルイスたちが置かれた状況によっては、ビッキーたちはルイスのことを思い出せるし、会話の内容を忘れることもない。
幸いなことに今、ルイスたちは任務中ではない。
だから、これはチャンスなのだ。
……だというのに。
(ああもう、いくじなし……っていうか、へたれ?)
ルルロロはうんざりため息を吐いた。
遠くから眺めているだけで満足ですと主張するのならそう言う顔をしてもらいたいものだ。
勝手に恋して、一人で拗らせている。
(普段会えないんだから、こういうときくらい積極的に行かなくてどうするのさ)
相棒が頼りないなら、それを補うのがルルロロの役割だ。
ビッキーたちが一段落ついたのを見計らって、ルルロロは彼女たちの方へ歩き出した。
あ、ちょっと待って、どこ行くんだよ――なんてルイスに言う暇を与えず、弾むような足取りでルルロロがビッキーの所へ行ってしまった。
――どうしよう。
ルルロロが行ってしまったのに自分だけここにいるのもどうかと思う。というか、行かない方が不自然だ。
気が進まない、ことはない。誰だって好きな子に遭ったら、表面上はどう見えても内心ではそりゃあもう舞い上がるというもので、ルイスもその例に洩れずそうだ。
舞い上がってるからこそ慎重に……というよりルイスのそれは怯えている、だ。
魔法が限定解除されることはもちろん承知している。
だけどつい想像してしまうのだ。
いつかそれが働かなくなったら、ビッキーの中からルイスは本当に消えてしまうことになる。今だって魔法のせいで日常、ビッキーがルイスを思い出すことはないのだ。
忘れられるのが怖くて、好きなんて言えない。
想いを返してくれるかどうかも分からないけど、仮に想いが通じたとして、そのあと一生他人になるくらいなら、自分の中で抱えているだけで充分じゃないかと思う。
勝手に焦がれているくらいが自分にはお似合いだ。
――……そもそもがきみの役に立ちたくて引き受けたわけだし。
エトワイルの名を継ぐと分かっている彼女の隣に共に立つことは難しいだろうが、支えの一端にはなれるはずだ。
というか、自分がそうしたいのだ。
「――ルイス。あなたも乗っていたの?」
久々の再会を驚く顔に計算した微笑みを返す、そんな自分のそつのなさがいやになる。
ビッキーの中でルイスはただの仲のいい学生で、ルルロロはその友人という設定になっている。ルイスがその実、同じ選抜だなんて彼女は露ほども考えたことがないだろう。
ただユニはA’だから、真実を知っている。けれど彼女の口からビッキーにそれが語られる日は来ない。
ルイスはそっと息を吸い込んだ。
腹さえ括れば、後はどうとでもできる。ルイスの成績と実力は、ビッキーの上なのだ。
「……そうなんだ。――それより君こそ、大変だったね」
学長の孫が入学したらしい。
噂が耳に届いたとき、ルイスは顔だけは確かめておこうかと考えた。
卒業までどれだけ時間が掛かるかわからないがその間、知らなかったことで困るような事態は避けたい。
彼女はルイスから半年遅れて入学してきた。
パラデウムは審査さえ通ればいつでも入学できる。余所のように入学できる期間を設けていない。いまいち不明だが、基準を満たせば卒業資格を与えられる。よって、目に見える形の授与式が存在しない。
噂の元を辿って、容姿容貌に辿り着く。
(真面目そう……かな)
ルイスが真っ先に思ったのはそれだった。
学長の孫とかいうから、自信に満ちた顔をしているかと思えばそうでもない。
表情は硬いし、真面目の天啓のように長い髪をかっちり編みこんでいる。笑ったら雰囲気が柔らかくなって取っつきやすくなりそうな気がしたが、何で笑うのか、遠巻きに眺めるだけのルイスが分かるわけがない。
それ以前に、今後関わり合いになるのかだって怪しい。
ルイスは大体のことはそつなくこなせてしまうせいで勘違いされやすいが、社交的な方ではない。
学長の孫の顔を見るという目的は達成できた。自分から積極的に関わる気は爪の先ほどもない。
そう思っていたのだが、あるとき気がついた。
学長の孫は、ルイスが選んだ授業の教室を見渡せば必ずどこかの席にいた。一度いると気付いてから、ひょっとして……と思ったのがいけなかった。
気付かなければ、探しはしなかっただろう。
あるときは彼女の方が隣に座ってきたり、そこしか席が空いてなくてルイスが隣になることもあった。
気にし始めると、彼女の評判も耳に入ってくるようになった。
『学長の孫は、孫だけあってやはり優秀だ』
教授に指名されたときの受け答えや一緒になったときの実習での姿を見ていれば、ルイスにもそれはよく分かった。
「――あの、ちょっと教えて欲しいところがあるんですど、」
授業終わり、初めて彼女に声を掛けられた。
会釈ぐらいはしたことはあったが、話すのはこれが初めてだった。
「え? 僕?」
戸惑って訊き返したルイスに、彼女が相好を崩す。
「ええ、そうだけど……わたしの前にはワッドワースさん、あなたしかいないと思うのだけど?」
全くもってその通りで、かっと顔が熱くなる。
(わ、笑った、んだよね、いま。……というか、)
笑いそうもないとか思っててごめんなさい。貴重な一瞬に遭遇してしまった興奮がそのまま言葉になって口から滑り出た。
「僕の名前知ってるんだ……」
彼女はルイスを不思議そうな目で見て、
「同じ授業受けてるもの」
当たり前のように答えた彼女に、ルイスは目を瞬いた。
同じ授業受けている人間でも、興味を持たない限り、ルイスの中では知らない人間だ。顔はぼんやり頭の中にあっても、名前までは知らない。
「ひょっとしてだけど、同じ授業受けてる奴ならみんな名前分かる?」
「え? ええ、はい」
訝しむような視線も気にならない。ルイスは大いに感心していた。
「……きみ、真面目だね」
彼女が一瞬嫌そうな表情をした。きっと、言われ慣れた科白なのだろう。それでも感情を隠しきれない甘さが、ルイスに彼女をより身近な存在に思わせる。
「……でも、知らなくて困るよりいいと思うから」
「そう……だね」
頭の上に冷たい水の入ったバケツをひっくり返されたような気分だ。
『知らなくて困るよりいい』
同じようなことを考えたはずなのに、彼女と自分では考える根幹の何かが違っている。
綻んでいく第一印象がルイスの気を惹いた。
――識りたい。
きっと直接口にしたら逃げられる。だったらさらけ出してくれるような、彼女にとって身近な存在になるしかない。
「…………ごめん、教えて欲しいのってどこ?」
まずはそこからだ。




