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混沌の娘  作者: 霞初月
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27


 *



 駅のホームは行き交う人の分だけ賑やかで騒々しい。

 それでも午前中の煩雑時を通り越したからか、人々の表情や足取りにもゆとりが見える。

「ふあ、」

 隣から聞こえた欠伸に鋭く視線を投げたら、うしおが気まずさと照れの混じった顔で「すみません」と返す。仕事へ挑む緊張感はどこへやら、そんな同僚の態度も今に始まったことではなく、テオドールも本気で咎め立てしたいわけではない。

 潮の目の下にはうっすら隈のようなものがあった。

「寝不足か」

「いやあ、開発予定車輌のスペック眺めてたら興奮してきちゃって」

 そう苦笑してみせる潮は、鉄道好きか高じて公社に入ったと公言するその筋の人間だ。

「……そういえば社内報に載ってたな」

 社内報は月二回発行される。その名の通り、公社で働く者のための情報冊子である。

 支部と本部では配られるものの内容がやや異なり、八割は同じだが、あとは各支部ごとの情報を盛り込んで編纂される。反対に本部で配られる者には各支部からあがった情報の中から吟味されたものが付け加えられる。

 配属される新人の情報から食堂のメニュー、車輌整備情報、占い……社員なら目を通しておくべきありがたい冊子だ。テオドールは溜まった冊子を紐で束ねて踏み台にしたり、錘代わりに使っている。

「ところでいつも思うんだがそんなに好きなら車輌開発部に転属願いを出したらどうだ」

 寡黙そうに見えるテオドールが笑いもせずそんなことを言ったためか、潮がきょとんとする。が、テオドールのこれは彼なりの冗談である。潮とはそれなりに付き合いが長いので伝わると思ったのだ。

「なに言ってるんですか、だったら最初から希望してますよ」

 ちゃんと言い返してくれたので、顔にこそ出さないものの少しほっとしたテオドールだ。

 他愛もない話をしている彼らはホームへと滑り込んできた列車に、客の後に続いて乗り込んだ。降りた客に混じっていた同僚からさりげなく報告書を受け取って。

 テオドールたち以外にもここで運転士と車掌も交代した。

 鉄道憲兵隊は乗降の多い駅を交代の基点としている。

 人払いの魔法を使うことで乗降を客に見られないよう気をつけていた。あからさまに物々しい雰囲気を出しては客に窮屈な思いをさせてしまうからだ。

 沿線周囲には動物やらの侵入を阻むための結界が張られている。

 姿は見えねども見張りはあるという宣伝のおかげか、列車内で人命に関わるような事件が週のうちに立て続くことはあまりない。

 テオドールたちも大捕物には数度立ち会ったことがある。

 だがそれらを置いても一番大変だったのは何と言っても先の、エミールの件だ。

 魔族には専用車輌を構えることで対処をはかって公社だが、人間が人間でない者に変貌し襲い来ることまでは全く想定していなかった。

 がたがたと、列車が動き出す。

 客席の方には行かず、デッキ部から外を眺める。遠ざかるホームを見ながらぼんやりテオドールは思った。

(魔族崇拝者、か)

 あぶり出しの絵のように、簡単に見抜くことが出来るなら話は早いが、現実にはそうもいかない。

 人間の目は思っているよりも節穴だ。

 エミールの件があってから、公社では個々の部屋が抜き打ちで検められたり、個別の聞き取り調査などが行われた。だがそこで魔族崇拝者が見つかったという話はあがっていない。噂もない。

 公社はどこの国にも属さない、そう取り決められている。ゆえにあらゆる思想と人種を内包している。そんな公社で働くということは、ある意味鈍感でなければならない。でないと公社は途端に機能しなくなる。

 自分以外の者の価値観を尊重するのは大事だが、必ずしも認める必要はない。

 それでも、公社にとって不利益となるものは別だ。

「――あ、テオさん」

「なんだ」

 報告書に先に目を通している潮へと視線を向ける。

「専用車輌にいるの、この前のあの子たちみたいですよ」

 中に取り扱い注意の乗客がいる事が外から見ても分かるように、窓のないその車輌には特別な標がされている。だから空でないことは一目で分かっていたし、「乗ってますよ」と簡易な事前連絡も受けていた。付き添いがいるとは聞いていなかったが。

「あの子たち?」

 誰を指しているのか分からず鸚鵡返しに問えば、報告書を渡される。

「……ああ、なるほど」

 忘れもしない名前だ。例のエミールの件で世話になった少女たちだ。

 街で会うならともかくこんなところで再会とは、どうにも素直に物事を捉えられず、テオドールはつい嫌なことを考えてしまう。

 不幸の続きなど誰ものぞみはしない。

(……杞憂で終わればそれでいい)

 自分の胸の内で秘めておく分には問題ない。そんなことを思っていると名前を呼ばれた。

「テオさん、どうかしました? ひょっとして、またあんな事あったらやだなあとか考えてませんでした?」

 目を瞬き、同僚を見返す。

「……鋭いな」

「何年のつきあいだと思ってるんですか。……真面目な話。僕も考えちゃったんで。出会いは一回だけど、出会い方があれですよ? 思い返さない方がどうかしてるんじゃないです?」

 どうかしてる、は言いすぎでないかと思ったが、概ね同意して頷いた。

「なんにもないといいですよね」

 潮としてはあたりまえの、希望を口にしたに過ぎない。

 けれど。

 事態は疾うにはじまっており、今もじわりじわりと加速していた。


 十一輌編成の列車に乗り込んでいる隊員は五名。それとは別に運転士一名、車掌が二名。

 国境を越え、市街地を抜け、隧道をくぐり列車ははしる。テオドールたち鉄道憲兵隊員は定期的に車輌間を往復し、異常がないことを確認する。

 西へとはしる列車はやがてフィエンナ市へと入り。

 予定調和の各駅停車で、次は第二フィエンナ駅だと車掌の案内放送が流れる。窓の外は夕闇に包まれようとしていた。

 テオドールと潮は後ろから数えて二輌目、魔族専用車輌へと繋がるデッキ部にいた。

 何度も乗っているとどのあたりで減速し始めるか、運転経験のないテオドールだが分かるようになっていた。感覚というやつだ。これは他の隊員でも言えることだった。

 そろそろだなと頭の片隅で考えて、身体の感覚を沿わせてみる。

(……ん?)

 記憶の感覚と、減速するタイミングが合わない。

 運転士にも癖というものがあるからブレーキのかけ具合が僅かに違うことはある。けれど止まる場所が分かっているならここでないと間に合わないポイントというものが存在する。

「テオさん」

「ああ」

 顔を見れば、考えていることは同じであることは分かった。

 まちがいなく、運転士か機関部のどちらかに異常が起こっている。

 ならばまず車掌の元に連絡が飛ぶはずだ。

 テオドールは車掌の元へ向かった。デッキの傍に車掌の控え室がある。

 その薄い扉を手の甲で叩く。

「おい、何かあったのか」

 二度、三度と叩くが返事がない。先ほど車輌間を往復して引っ込んだのをテオドールたちは見ていた。何でもない通常の光景だからさほど注意も払わず見ていた。

 焦りを沈めるように、テオドールは息を吐いた。潮に視線を投げる。心得たように首肯される。それは先頭側にいる同僚からの報せはまだないことを意味していた。

 後ろに報せるほどではないとの判断か。余裕がないのか。もしくは怠慢か。

 分からないがまずはここだ。

 腹の奥に溜めるように息を吸い、吐き出す勢いに被せるように扉を蹴りつけた――

「――っな、」

 テオドールの口から飛び出したのは喝采でなく驚愕だった。

 ガンッ、と大きな音を立てた扉は、テオドールの予想を裏切りびくともしなかった。思わず「うそだろ……」と零してしまう。蹴破れる薄さだと識っていたし、充分それに値する力だったはずだ。

 横から潮が回し蹴りを浴びせたが、やはり扉はびくともしない。

 潮の実力はテオドールもよく知っている。こんな時手加減なんかしないこともわかっている。

 おかしいのは自分達ではない。この扉だ。

「聞こえているんだろう、ここを今すぐ開けろ」

 テオドールが勧告を行う傍らで、潮が同僚たちに再度問いかけを試みた矢先。


 車内の照明が一斉に消えた。




 * 


 唐突に訪れた暗闇はビッキーたちだけでなく、BBまでをも驚かせた。

 魔族専用車輌は普通の照明に加えて魔法によって魔族用に車内彩度をこれでもかとあげている。

 一斉に消えたのは照明だけでなく、魔法も、だった。

 声こそ上げないものの、BBは闇の中でゆっくり瞬きをした。人間でないから見えないと困りはしない。むしろ視界は良好で、戸惑う少女たちの顔がよく見えた。

 ビッキーたちは無様に騒ぎ立てはしないが、その表情は困惑で彩られている。

 照明の回復を待たず、ユニが魔法で片手に乗るくらいの光球を一つ作り出した。席をわける通路に浮かべる。

 BBは少し考えて、

「我が輩ではないと告げておくぞ」

 少女たちは発言を吟味するように目を見合わせ、ビッキーが神妙な顔つきで「信じます」と告げた。

「ふむ、それはありがたい」

 BBは笑う。彼としては微笑んだつもりなのだが、唇からのぞく歯のせいでいかにも邪悪な感じだったがわざわざ真実を突きつけてやるほどビッキーは子供でなく、それより今はそんな余裕がない。

「……行ってくる」

 立ち上がるビッキーに、ユニが頷いて返す。

「二人で行ってくるといい。案じずとも、我が輩はここでおとなしくしている」

 そう声を掛けたら、ビッキーが立ち上がる中途な姿勢で止まった。

 おそらく本心はユニと共に行動したいのだろうが、監視役を残さないわけにはいかないとユニを残すと決めた。ユニは彼女の決めたことには基本的に従う。決定権を持つのはビッキーだ。

「……なにか保証がいるかね」

 しばしの葛藤の末、ビッキーは「いいえ」と首を振った。思うことは色々とあるのだろう。

「信じて……いいんですね?」

「――行ってくるといい」

 BBはいいとも言わなかったし、頷きもしなかった。

 どうせ何を言ったところで完全な信用は生まれやしない。そこに至れるほど、両者はまだ互いを知り尽くしていない。

 ビッキーたちにとってこれは賭けだ。

「ユニ」

「分かったわ」

 ユニが立ち上がる。その際ちらりと、念を押すように見てくるからBBは安心させるように頷いた。

 少なくともBBは嘘を吐かない。その代わり、すべてを口にすることもしないが。




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