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混沌の娘  作者: 霞初月
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25


 *


 何とはなしにユニは灰色の空を見上げる。

 昨日、雲一つない晴天だったのに、今日は朝からどんより翳っている。かといって雨が降るようでもなく、ユニは雨具を持たずに寮を出た。

 ベレルカでのことを思い出す。

 あそこで見た光景はまだ記憶に新しい。

 ヴァルが呼び集めた、厚く、重く垂れ込める暗雲。轟く雷鳴。その気になれば気象を意のままに操れるのだということをまざまざと見せつけられた。

 あの時ビッキーが感じた不安や焦燥なんかは全て、ユニの中にある。それらはユニが次から取るべき行動の指針の礎になる。

 ユニの仕事はビッキーの支援だ。ビッキーがヴァルと再び対峙せねばならなくなったときどう支援すればいいのか。思考は自然と試算に割かれる。

 選抜のためだけに造られた人形であるユニたちは汎用のものと違い、個性――性格付けがされている。

 仕事だけをするならば、それは不要ではないのか。

 おそらく。自分はビッキーのために造られた、そうユニは自分自身について考えている。他のA’たちもまた、そうなのではないだろうか。

 自分達は単に共に仕事をするだけでなく相棒の欠けたものを埋めることもまた、存在価値に含まれているのだと思う。

 だからユニはビッキーのためだけに存在し、ビッキーがいたからユニはこの世に生まれた。ビッキーはユニの存在理由であり、きっかけであり、友で、相棒で。

 かけがえのない存在だと思う気持ちは、作り置きされたものでなく、自らがつくったものだとユニは思っている。ひょっとしたらそれすら作り置きされたものなのかも知れないが、考え出すと堂々巡りになるそれは、人形である自分にはどうすることもできない。

 だからたとえどんなことがあっても、これは自分の意志だと肯定することをユニは決めていた。


 つらつら考えているとあっという間に目当ての場所まで来た。

 学生街の目抜き通りにあるカラフルな店構え。キャンディーの専門店だ。

 ビッキーは学生の本分、出かけていた間に溜まっていた課題をこなすため、机に齧り付いている。しばらく編み物をして時間を潰していたユニだったがそれにも少し飽きた。糖分はささやかな心の癒やしになる。そう思って、買い物に出ることにした。

 別行動をとってはいけない決まりはない。目的によっては単独行動も可能だ。もちろん行き先はちゃんと告げてから出てきた。 隔月でA’たちには相棒である選抜とは別に活動資金が渡される。だからちょっとした買い物なら自由に可能だ。

 色とりどりのキャンディーをながめ、嵩の減り具合でこれが人気なのだろうかと推測しながら目星をつけて廻り、最終的にシンプルな味のものと砂糖をまぶされ見目も味もすごく甘そうなやつの二種類を選んだ。

 勘定をすませ、店を出る。

「――さてと」

 来た道を戻らず、そのまま通りを歩いて行く。

 ビッキーには買い物してくるね、としか伝えていない。けれど考えていたことはほかにもあった。

 学生街の終わりを告げるアーチが見えてきたところでユニは何気なく脇へ視線を向けた。細い路地の入り口でちょこんと座り込んでいる子猫と目が合う。

(猫ってキャンディーあげても大丈夫かしら)

 自分の手元を見て、あげるのはやめておこうと思った。その代わり、というわけではないが傍へ寄ってその姿をよく眺めたい。誘われるように足を向けると、素早く子猫は立ち上がって回れ右、路地の奥へ駆け出した。

「あ、待って」

 慌てて追いかけるが、先に本気を出した猫の方が速かった。駆け込んだ路地でその姿を見失って、仕方なく立ち尽くす。

(ちょっと近くで見たかっただけなのに……)

 猫や犬といった獣の言葉が翻訳できたら一番よいのだが、生憎ユニにそんな機能はない。というかそんなものが備わった人形は現在存在していない。擬態や変化の魔法は外側だけのもので、また人形は人形自身に使うことをゆるされていない。いつの日か人間が解析を進めれば、人形にそうした機能を備えたものが現れる日も来るだろう。

 そのまま踵を返してもよかったが、ユニはそのまま足を進めた。

 頭の中の地図が、この先が行き止まりでないことを教えてくれている。目的地へ向かい右へ左へと入り組んだ路地を曲がっていると、頭の中で警鐘が鳴った。

「……」

 ユニはその場で足を止め、周囲を警戒した。

 備わっている感知機能が行く手で何かの魔法が発動していることを報せていた。子供で扱えるような市販の魔法は無視できるよう設定されてある。ただ感知されたものがユニに対処出来るものかそうでないかまでは判断してくれない、判断は自分で下せという不親切な機能だ。

 警鐘を無視するかどうか、ユニは経験則で計るほかない。ここにビッキーはいない。

 どうするべきか。

「……」

 警鐘に従って、別の道を探すことにした。

 もし自分が戻らなかったり、損傷した場合のビッキーの精神状態を考えればこれが適切に思えた。ただしひょっとしたら何か事件かもしれないので、警邏に通報しておく必要がある。

 一旦明るい場所に出てから、魔法で伝言を飛ばす。

 地図と伝えたいことを頭の中に思い浮かべ、目を閉じる。額に握った右拳を押しつけた。拳の周囲が輝き出す――。

 A’にはアーカイブに自動接続されているから、ビッキーたちのように請わなくても魔法が使える。ただし、使用できるものはA’個々で限度と範囲が設定されている。

 額から拳を離し、手を開くとそこから青い蝶が一匹飛び出していった。向かう先は最寄りの警邏の詰め所だ。

 アーカイヴ――先人たちの魔法を詰め込んだ百科事典。

 目には見えぬ光子の反応をいちいち確かめる必要がなく、魔法を簡易に発動させるための道具。それはパラデウムの学内のどこかにあるという。いろいろ噂話はあるが、知っているのは学長だけというのは誰しもの共通認識だ。

 ユニは頭の中の地図を開いて現在地を確認し、先を急いだ。

 向かう先は水月邸だ。

 保護したものの責任として魔族の様子を見に行くのもパラデウムのものの務めである。ベレルカから戻ってからヴァルたちがどうしているか、それも気になるところだが、今回は市民からの苦情に応える形での訪問だ。

『水月邸の魔族がうちの子に話しかけるので注意して欲しい』

 似たような苦情が寄せられているのだが、この魔族というのが特徴から推測するに対象はひとつに絞られた。

 ヴァルだ。

 調査によればどうにも忌避しているのはほとんど親の方で、子供の方はそれほどでもないことが分かっている。だから厳重注意でなく、話しかけるときはそれとなく気をつけるように忠告するだけだ。害はないと分かっていても、市民の安全なくらしという観点から苦情を無視することは出来ない。やることはやったという実績がどうしても要るのだ。

 様子見がてらに一言、と思ってユニは寮を出てきた。買い物は口実だ。

 きっとしばらくビッキーはヴァルに会いに行かない。ベレルカでのことがあって、彼をどう見ていいのかわからなくなってしまっている。

 形だけはパラデウムに恭順な、そんな魔族の姿しか見たことがなかったから、気象さえ操る荒々しさを前にしてビッキーの動揺は凄まじかった。それでも立ち向かおうとしたビッキーをユニは誇りに思っている。

 もしヴァルに本気を出されたら自分では太刀打ちできないのではないか、ビッキーはそう考えているようだった。ベレルカでの事が収束したのは、ヴァルがその気をなくしてやられたふりをしたからだ。それがビッキーたちを気遣ってのことなのか、それとも自分達の何か利害を考えてのことなのかがわからない。

 分からないのが気味が悪い。

 そんなことをビッキーは一人悶々と考えている。それが性質が悪い。そろそろ素直に吐き出せと一喝してやる必要がある。

 ビッキーは真面目だ、真面目すぎる。そして頭が固い。いや決して柔軟性がないわけではない。そのやわらかいところに行き着くまでにちょっと人より時間が掛かるのだ。外皮がかたい、というべきか。手が掛かる。

 けれどそういったものも含めたビッキーという人間がユニには大事で何より一番なのである。



 遠目に水月邸が見え始めた。

「ひょっとしてご用ですか?」

 思わぬ声に左肩を見ると気配もなくバリーが隣にいた。

(いつのまに、)

 思わず距離を取ったユニに、バリーが慌てて謝罪する。

「ああ、驚かせてすみません。見覚えのある後ろ姿だと思ったものでつい、」

 悪気はなく、逸った行動の結果がこれらしい。

 意図せず気配を消すことは人間には難しい。なにより自分の感知能力が彼らには期待できないことを再確認させられたユニである。これには自分の存在意義が揺らぐ。ビッキーを笑えない。

 自分達は彼らを保護したようで、実は試されているのではないのか?

 そんなことはない、そう言い切ることはユニには無理だ。

(……)

 小さく息を吐いて、ユニは動揺に蓋をした。今は目の前の相手に集中しよう。

「用事というほどのことでないんですが、あれからどうなさっているかと思って」

「そうでしたか」

 ユニはバリーと並んで歩きながら話をした。

 ビッキーが課題に追われていること、ヴァルが三つ編みを何とかマスターしたらしいこと。教授が走り書きに使う紙が高級であること。パラデウムではフィエンナ市で売っている新聞を買うことが出来る、その中の一つ、俗にゴシップ紙とよばれるもので連載されているコラムが真面目に社会派で面白いこと……などなど。

 そうしているうちに水月邸が近づいてくる。

 門の前にヴァルの姿があった。

(……これは)

 彼の周囲を五、六歳くらいの子供たちが数人で囲んでいる。その光景にユニは小さく息を呑んだ。子供たちにヴァルを警戒した様子はなく、むしろ親しげ、懐かれているといっていい。みなその表情は柔らかだ。

 一体どんな会話をしているのか耳をそばだててみると、

「ハム!」

「むしめがね」

「ね、ねずみ?」

「右手」

「テント」

「とけいとう」

「牛」

「しらかば」

 何のことはない、ただのしりとりである。そして子供の中に物知りなものがいるようだ。

「ねえねえしらかばってなに?」

「木だよ、木の名前」

「ふーん」

 ヴァルが魔族でなかったら、彼らの他愛もないやりとりをユニは黙って微笑ましく眺めていられただろう。

「いつもあんな感じですか」

「ええ。最初はやっぱり遠巻きにされていたんですけどね、気がついたらああです。わたしなんかは、ほら、この顔ですから近寄ってくる方が珍しいくらいですよ」

 物怖じしない子、というのは少なからずいるものだ。

 だがもし、そんな子供たちもベレルカであったようなことを実際目にすれば彼らに対する見方を変えるだろうか。それとも子供たちは少なからず彼らの本質を見抜いて、そのうえでああもヴァルに心を許しているのか。

 推測だけはいくらでもできる。ただ、ユニにはどうしてもできないことがある。

 ユニは人形であって人間ではない。どんなに推測を重ねても、それは人間のそれとは違う。

「……あの、バリーさん」

「なんです?」

「……いえ、やっぱり何でもないです」

「……そうですか」

「はい」

 するはずだった忠告をユニは胸の奥に仕舞った。忠告はするだけしたと報告だけはしておこう。

 本来苦情を言う先が間違っているのだ。

 子供を守りたいと思うなら鍵を掛けて閉じ込めて、その上で文句をヴァルたちに向かって言えばいい。そしてヴァルたちに部屋を貸している教授に、彼らを外に出すなとも訴えるのも忘れてはいけない。

 確かにパラデウムは魔族を監視する役目がある。が、当事者同士で話し合おうのが先ではないのか。

 もし面と向かって、それでヴァルたちが牙を剥いてきたら子供たちだってさすがに見方を変え親の言うことは正しかったとなるだろうし、パラデウムは大手を振って正義を行使するだろう。

「天地」

「チーフ」

「フライパ……あっ、」

 目の前で人間と魔族が笑い合っている。

 その光景はパラデウムの掲げるものの象徴ではないのか。そう思うのに、何だか胸が妬けるのも分かって、ユニはしばらく黙って眺めていた。

 同じように眺めているバリーがその実こっそりユニを観察しているとも知らずに。



 * 

 

 人払いの魔法。

 人よけの魔法などとも呼称されるそれは、たとえば部屋の中で内緒話がしたいとき、通りかかる人の意識をそうとは気付かせず部屋から逸らす。

 人によっては見えない壁と説明することもある。壁という見えない圧力が近寄るものを追い返してしまうのだと。

 ただこの魔法は使用者の実力によって効果のほどが変わる。

 たとえ魔法を展開していたとしても通りかかったものに上手く掛からなければ意味がない。見えない壁は、そのものには見えないどころか「ない」のと同じである。


 もしもユニに備わっている魔法感知が魔法そのものを識別していたら、彼女は道を変えなかっただろうか。いや、ユニより実力上位のものが展開しているのであればおそらく先へは進めない。壁は近寄るものを拒む。そのために近寄ろうとするものの意思をねじ曲げるからだ。



 踵を返すことで翻ったローブの裾。

 露わになる裏地の橙色を、ナイアは笑みを引っ込め、無感動な目で見やった。

 蒔いていった種が芽吹き、ほどよく成長したら刈り取らなくてはならない。もうそろそろ、頃合いだ。

 収穫祭をしなくてならない。きっとそれは楽しいものになるはずだ。

 くすくすと笑みが零れる。夢見心地で歩き出す。

 急に、一度しか話したことのないあの子に会いたくなった。元気だろうか。ここへ戻ってきていることは知っている。

「……」

 手のひらに体温を感じてその主を探せば、いつの間にか傍におやつを買いに行っていたはずのミニィがいた。

 ナイアはゆっくり目を瞬く。儚い現実を取り戻すように。

「……おかえり、何買ってきたの?」

 ミニィは黙って紙袋の口を広げた。棒付き飴や焼き菓子やらがつまった袋から甘い匂いが広がる。

「……食べる?」

「いいの?」

 こくりとミニィが頷くから、ありがたく焼き菓子を一つつまんだ。

「ん、おいしい」

 そう言うと、微かにミニィの頬が緩んだ。ナイアだけが知っている、それがミニィの笑い方ということを。

 自分のこんな些細な言葉に喜んでいる小さなあったかい生き物が愛おしくて思わず繋いだ手をぎゅっと握りしめたら、さすがに「……いたい」と訴えられてナイアは自分でも笑ってしまった。

「……ねぇえミニィ、ずっとずっといっしょにいてね」

「うん」

 たった一言だけれど、それがお世辞や嘘でないと知っているから、ナイアはますますミニィが好きになる。


 空っぽと空っぽが寄り添って街を歩く。

 けれど二人は誰の目にも映らない。

 人払いの魔法? 

 そうではない、それは空っぽな彼女らを借宿にするものの加護。



 それは混沌。




 


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