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魔族専用車輌に乗ってきたのは少年が二人。
どちらも中性的な顔立ちをしている。
彼らはヴァルたちの不躾な視線を気にした風もなく、すたすた通路をヴァルたちの方へと歩いてくる。どう見てもこれは間違いで乗り込んだわけでない。
そうして彼らは通路を挟んでヴァルたちの隣のボックス席に座った。一人は通路側の進行方向を向く席を、もう一人はその斜め向かいに掛けた。
「ここ、いいですよね?」
通路側に座るススキ色の髪の少年がヴァルらを見て問うた。
座った後に聞いても無意味だろうにいちいち何だとヴァルは思ったが「……どうぞ」とそっけない返事をした。これはあれだ、社交辞令とかいうやつに違いない。
あとはおまえにまかせたとバリーに視線を送り、ヴァルはずるずると足を伸ばし、頬杖をついた。つまらないが外の景色でも眺めていよう。
(……にしてもうるさいな)
ヴァルは顔をしかめた。
少年たちが乗ってきて、さらにやかましくなった。といっても、これはヴァルだけが聞こえる音の話だ。
人間が使う魔法に必ずついてまわる音。
「……この車輌、人間の方が乗っても良いのですね」
「つくったの、人間だもの」
独り言めいたバリーの感想に応えたのは奥に座る少年だった。ちらとそっちを見やったヴァルは、彼の瞳にうっすら金の環があることに気付く。
(こいつもあいつと同じやつなのか?)
ヴァルの頭の中にユニの顔が浮かぶ。しかし彼の環の色味はユニのそれよりやや薄い。注意して見てみないと分からないくらいだ。
「ああなるほど。自分がつくったものをどうしようが勝手ですものね」
「……はは、耳が痛い」
バリーの言葉に、ススキ色の少年が苦笑する。
「しばらく同じ空間を共有するってことで――俺はルイスっていいます、こっちはルルロロ」
紹介を受けてルルロロがにこっと笑う。邪険にできない愛らしさだが、ヴァルはなぜだか胸がざわっとした。
(……なんだ、なんかムカつくな)
あざとい感じがする、と理由にヴァルが気付くのは彼らが下車した後のことだ。
「これはわざわざ……。どうします? こちらも名乗……ります?」
「……たぶん、必要ない」
そうだろ、と半眼でルイスたちの方を見る。
やはりというべきか、ルイスが困ったように頭を掻いた。
「……奇特な人たちだ」
バリーがルイスたちを見て言う。
脅威と見なす存在にわざわざ名乗るなど愚かなことである。それともそれが命取りならないと分かった上での行いなのか。おそらく後者だろうと、示し合わせたわけではないがヴァルたちの見解は一致していた。
ようは舐められているわけだが、これくらいで憤慨するような器の小ささで現世を渡り合えるとはヴァルたちも思っていない。
「ところで私たちに如何用で?」
「いやあ、大したことじゃ……ないんですけど、ちょうどあなたたちの情報が舞い込んだものだから会ってみたくなっちゃって」
「…………へえ、」
それまでほとんどバリーに任せていたヴァルが声を上げたので全員の視線が彼に集まる。
(……なんだよ)
注目されるのは苦手だ。
ヴァルは軽く居ずまいを直して、ルイスらの方を向いた。
「俺からおまえたちに訊いてもいい?」
「いいですけど、答えられないことには答えませんよ?」
「それでいい。分かんないのは勝手にこっちで考えるから」
あれこれ知りたいわけじゃない。ただ気に掛かったことを尋ねてみたい、それだけだ。それもそんなに多くない。
「ええと、あれだよな、おまえらってユニのお仲間だろ?」
ヴァルはルルロロを指す代わりに、自分のまなじり当たりを指で軽く触れて見せた。
「あ、ぼくの瞳?」
ルルロロが目の下をなぞる。
「おう、その輪っか、そうだろ?」
「んー……そうだね、そんなとこってことにしておいてくれる?」
「……わかった。……んじゃあ、もういっこ」
「はい、なんです?」
律儀に応えるのはルイスだ。
「おまえらのそれは呪いか?」
呪いという単語がよくなかったのか、彼らははじめ、何を言われたのか分かっていないようだった。やがて理解した少年たちの間に緊張がはしる。
この時バリーはヴァルの言う「呪い」にまるで見当がついていないが、話の腰を折るわけにはいかないと黙っていた。分からないがヴァルが言うのだから、彼には何か見えているのだろうという判断だ。
「……それ、解いたら駄目なやつ?」
続けたヴァルの言葉にルイスが目を丸くして、慌てたように首肯した。
「駄目です、絶対だめ!」
「あ、そう」
もちろん、頼まれもしないことをするつもりはない。それにやぶ蛇をつついて起こすようなことになっては厄介だ。
詳しいことは人間でないヴァルにはさっぱり分からないが、少年たち二人には恒常的に何かの魔法がかかっていて、それがヴァルには耳障りで目障りだった。
うるさくてまぶしい。
ルイスが引きつった顔で、
「……ひょっとしてあなた方にこの魔法は効かない?」
「さあな。おまえらの魔法が俺にわかるわけないだろ」
「……たしかにそうだ」
苦々しい顔でルイスが笑う。そこへ助け船を出すように、ルルロロが口を出した。
「ところであなたたちどこ行くの?」
「知ってて来たんじゃないんですか?」
「ううん、ぼくらが知ってるのはこの列車に乗ってるってことだけ」
「そうでしたか」
「俺たちはベレルカってとこに聖堂とやらを見に行く途中だ」
「「え?」」
少年二人の声が重なる。
「ん? なんだ?」
「いやだって、聖堂ってあれですよね、ルクス会の。それを見に行くんですか」
魔族であるあなた方が? とルイスの目が言っている。
「中までは入らねえよ。それだったら文句ないだろ?」
ルイスの返事は思わしくなかった。
「…………どうだろう。ベレルカは温泉街だけどひらけているかっていったら、ううん、あそこは田舎だから……周囲に用心はするに越したことないでしょうね。何と言ってもルクス会はいま聖堂がらみで問題あるし」
「問題……ですか?」
「いまあっちこちの聖堂が何者かに壊される事件が相次いでいるんですよ。あっちこちっていっても今のとこ、パラデウムより北西の一部地域で集中して起こっているだけですけどね」
「お前らはそれを調べてんのか」
「いえ、僕らの仕事はまた別。あ、答えませんからね」
「まだ訊いてないだろ。……ていうか、おまえら親切だな」
「魔族の方を支援するのが僕らの仕事ですから。……というか余計な仕事を増やされないための事前忠告ってやつですよ」
*
ルイスたちの仕事は魔族崇拝者やその予備軍の監視が主だ。
パラデウムには魔族がらみのことに対処する専任捜査官がいるのだと世間ではまことしやかな噂が流布しているが、彼らに正式な名前はない。なにしろ公式にそんなものはいないことになっている。わざわざ火をつけて煙を本物にすることはない。
新しく保護された魔族の情報や、魔族の現在位置などの情報が彼らのもとへ逐一流されれてくる。魔族と人間が接触することで負の連鎖反応が起こらぬよう前もって警戒できるようにするためだ。
この情報の中には「教授」の研究も含まれる。
教授の論文をルイスとルルロロはいつも退屈しのぎの読み物程度に捉えていたのだが、ちょうどおあつらえ向きの場所に気になる存在がいるぞということで、この列車に乗り込んだ。
「……なんだかおかしな魔族だったね」
列車を降りて開口一番、ルルロロが言ったのがそれだった。
ヴァルたちとはあのあとちょっとした情報交換をして、ルイスたちは次の駅で降りた。ちゃんと事前に乗車区間の短い駅を調べてから乗っている。
「バリーさんたら、お土産買うなら何がいいですかって真面目に聞いてくるし」
「顔は狼だけど、中身は……あれだ、そういうの会ったことないけど「じいや」だ」
「分かる!」
ルルロロは両手を腰の後ろで組んで、くるりと後ろを振り返った。その顔には愛らしい笑顔はなく、渋面だ。
「正直どうして魔族なのか分からない」
「同感だけど、きっと色々あったんだよ、きっとね」
ルイスたちに流れてきた情報の中にバリーの詳細な過去はない。ただ、人間であったという記述があっただけだ。
人間は欲深い生き物である。今は温厚に見えるバリーにも壮絶な過去があったとしても不思議でないとルイスは思う。
人間は豹変する生き物だ。だから自分達のような仕事をする人間がいるのだ。
堕ちた人間にはこれまで何度か遭遇しているが、バリーのような人間味を残したものに遭ったのはこれが初めての二人だ。堕ちた人間は正気をなくしているのが常である。
(……呪い、か)
ルイスたちにかかった魔法をヴァルはそう評した。なんとも的を射ている。
効果のほどを単純に説明するなら、これは他者から忘れらされる魔法だ。
たとえばルイスたちが事情聴取した相手は、聴取された事はぼんやり頭に残っているが何を話したか思い出せないし、ルイスたちの顔も思い描けなくなる。ただし一部の人間に限っては、仕事に差し支えるから掛からないようになっている。
この魔法は魔族にも有効であることが実証済みで、だから彼らは気兼ねなくヴァルたち相手に名乗ったわけだが。
ヴァルは言った。
『……解いたら駄目なやつ?』
ヴァルは詳しく語らなかったがあれはきっと、やろうと思えばできたのだろう。
(……ひょっとしてほかの魔族もそうなのか?)
本当は解けるがあえて魔法に掛かってくれているのか、それともヴァルだけが違うのか。もし前者なら魔法を見直す必要が出てくる。
(……呪いって言ったとき、バリーさん分かってなかったぽいもんなあ……)
教授の論文を思い起こす。
『……これは私見であるが彼は他の魔族とは一線を画すと思われる。おそらく新世代の魔族だ』
目にしたとき、なにが新世代だと鼻で嗤ったルイスだが、ひょっとすると考えを改める必要があるのかもしれない。新世代だとかいうのは認めないが、ヴァルが他の魔族とは違うかも知れないという可能性は捨てずにいたほうがいいだろう。
「ルイス、止まらないとぶつかる」
はっとして顔をあげると目の前に壁があった。
「……っ、ありがと助かった」
「どうしたしまして。考え事するのはいいけど、前見てね」
駅舎を出てすぐのところで振り返ってこちらを見るルルロロが呆れた顔で肩を竦める。
対してルイスはまだ駅舎の中、というか出口の壁に衝突寸前だった。
「……気をつけます」
慌てて後を追う。
そういえばヴァルが気のない素振りをしながら、土産について会話するバリーとルルロロをちらちら気に掛けていたのはおかしかった。思い出して顔がにやける。
「にやにや笑ってどうしたの」
「うん、ヴァルって変なやつだったなと思ってね」
はっきり言葉にしなくともルイスの思考はルルロロに伝わる。彼はA’、ルイスの相棒だ。
「……ねえ。バリーさんがじいやなら、ヴァルはぼっちゃんだよね」
「だね、そんな感じだ」
バリーだけ「さん」づけなことに二人は気がついていない。
次に会ったとき、彼らは自分達のことを覚えているだろうか。
これまで出会う者たちから忘れ去られてきたルイスたちだが、魔法のせいだと分かっていても寂しさを感じないわけでない。この仕事に就いたときは忘れられることに一喜一憂していたが、次第にそんな感情はさび付いていった。
かつて学舎で席を隣にした者でさえ自分達を忘れてしまっている。再会する人にいちいち心を痛めていたら身が持たない。
二人して「再会」を期待するのはとても久しぶりだ。




