歩み始める少年
「んぅ~! 上手いよこれっ、渡も食べなよ!」
「え~とエル? 食べるのはいいけどそろそろ説明してくれると僕的には嬉しいんだけど」
裏声になりつつ言う。
「おっと、あまりにもおいしい食事に大事な事を忘れてました、失礼渡りさん」
「さりげなく渡と渡りって間違えるのは止めてくれる!? ってか一回目に名前を呼んだ時はきちんと渡って言ってたじゃん!」
人の名前を間違えるのはどうだろうとプンスカ怒る渡。
今、二人はとあるレストランに来ていた。
レストランと言ってもそこまで上品には建てられてはおらず、ドアは木で出来ていて、机も椅子も木で出来ている。
渡みたいに一般な人は少し和風かなとか思うのだが、この世界の住民はこれでも上品らしい。
ついでに言うとエルは幼女の人でレストランに向かう前に聞いた名前である。
「失敬渡、ではどこから話そうか、取り合えず言うには自分が死んだって事を自覚している?」
「へ?」
食べていたご飯に手を止めてエルの顔を見る。
その表情は、悪ふざけ無しの真剣な眼差しで渡を見つめ、問いの答えを待っていた。
正直の所渡はそれについて自覚はしている。
そりゃあ金属バットであんな振りかぶられたら死ぬに決まっていると。
そう思っている彼は表情を曇らせながら素直に返す。
「うん、自覚してたよ、自分がなんで死んだのかも」
「そっか、じゃあ私がこう何か教えるのもあれだから何か質問してよ、答えるからさ」
エルはどんとこいと言わんばかりに手で胸をどんと叩く。
そんなものは山ほどある。
「何で僕が死んだって知っているんだ?」
渡はそれをずっと気になっていた。
まだ他にも気になっていることはあるがまずはこれを聞こうと真剣な眼差しでエルを見つめて話を続ける。
「あの現場は不良、妹に僕しかいなかったはず、同じ学校とも思ったけどエルみたいな人は初対面だ。だから僕を知っているはずは無いんだよ」
ニャース、あるいは誰かに聞いて情報を得た、これなら知っているのも不思議ではないが渡はあえてそこは聞かなかった。
なぜなら今返される返答におそらく答えが入っているかも知れないから。
「ん-それは私が天使だからだよ」
エルの耳には聞こえないぐらい小さな声でハハと口から漏れて、不適にもニヤリと笑みを見せる。
神様じゃなくて天使なんだ。でもそんな事はどうでもいい、だって彼女の考えがほとんど分かったからさ。
「エルは僕を助けてくれたんだな」
「えっ、なにいきなり、と言うより天使と聞いて何も驚かないんだね、まぁ確かに死んでしまった渡をあの空間、白天界っていうという所に連れてきたんだ」
「一般市民だった僕を白天界に連れてくるほどの事だから、何かお願いごとがあるの?」
「その通り、なかなか渡は鋭いね」
正直渡は嬉しかった。嬉しさのあまり思わず笑いそうにもなった。
あの理不尽な世界で、生きていていくのは果てしなく困難だった。
そんな世界でも妹遊んだりしたりで楽しい時間はあったのだが、何せ1つ年下の雅奈恵の精神は身長に伴ってなのか子供。
毎日のようにおままごとで、当然中学生であった渡にとってそれは何とも言えない恥ずかしさが襲っていたのだが、そんな渡に唯一、自分一人で楽しめれる遊びがある。
それは小説、主に異世界やファンタジーをよく読んでいて、この世界に行って友達を作りたいなとか思ったり、お姫様を魔物から守って結婚なんて事も妄想していた。
このような事を夢として強く懇願し、自分でももはや病気、現実逃避と自覚はしていたがそれでも、その子供が持つような夢は捨てきれなかった。
そのぐらい日々の生活で追い込まれていたのかもしれない。
毎日学校に訪れれば不良に絡まれその度にプレッシャーを感じ、心配掛けたくないとこの事を両親にも誰も相談出来ずにいた。
だから自分だけでその辛い事を背負いこんでいつの間にか渡の精神が壊れていた。
こんな世界はもう嫌だと思い始め、それが渡を強い懇願で異世界に行きたいと思い始めたきっかけなのかもしれない。
話を元に戻そう。
天使エルとのこの会話の流れで1つの可能性がある。
お願いごと、それは異世界に連れて行かれその世界を救ってくれと言われるんではないのか、そしてチートを貰いお決まりのハーレムが訪れるのではないかと渡の気持ちが早まりつい言葉を出した。
「エルのお願いはこの世界を僕が救うことか?」
「いや、違うよ」
渡の希望を淡々と切るエル。
グッと彼は心の痛みを絶えて、次の質問を出す。
「じゃあエルのお願いは何、僕には分からない!」
「フッフッフッ、よく聞いてくれました、その言葉を待っていたんだよ」
ダンと席から立ち上がり金色の髪を揺らす。
荒息が増して声の音量が高く、そのエルの表情に少し引いてしまったが、次に放たれる言葉が気になるのですぐに戻した。
「私はある果実を求めているんだ!」
「…うん」
「でね、その果実は美味しいだけではなくて何と、どんな願いでも叶えてくれるんだよ、その果実をてにいれるのが私のお願い、だから手伝って渡、願いだけに!」
「全然うまくないからね」
落ち度が果てしない。
素晴らしく予想が外れ落胆する渡に、宝石でも見ているかのように目をキラキラ輝かせるエル。
「つ、つまりさ、エルは何かの願いがあるからその果実を求めているのかな?」
「違う違う、私はただ果実がどのくらい美味しいのかを確かめたいだけであって、叶えるのは渡だよ」
「へ?」
「妹さんが大好き何でしょ、私は天使だからよく白天界から渡を見ていたんだ、いつも妹を可愛がってあげてた、つまり渡を生き返えらせて妹に会える夢を叶えてあげよう、そして私もその果実を別けて貰ってその味を堪能する。まさに一石二鳥だね」
その時、渡の心は歪に揺れた。
「い、いやだ!」
(確かに妹に会えるのは僕にとって嬉しいことだ、でも生き返って今さらなんて言えばいいんだよ、それにまた繰り返すだけだ、不良に虐められてその度に雅奈恵を巻き込んでのループじゃないか! そんなことなら死んだままのうのうと誰もいない何処かに過ごしていたほうがまだましだ!)
「…なんで、渡は妹に会いたくないの?」
「会いたいよ、会いたいけどさ! 今更生き返っても無理なんだよ、また小さい頃みたいに優雅に遊ぶことはもう叶わないだよ!」
「叶わない、か、渡はそれでもいいの?」
エルの言っている言葉に理解が出来ず渡は首を傾げる。
「…どう言う意味、だ」
「自分が変わりたくはないのかと聞いているの」
「変わりたいさ、でも世の中ポロポロと人が変われるほど甘くはないんだ」
「……」
「僕だって最初はこんな性格じゃなかった、友達とも仲がよくリーダーシップをとってたし妹に対して何時も笑顔を見せてお兄ちゃんらしく振る舞ったりもしてた、全ては不良のせいなんだ、でもそんな不良の言いなりになって自分が変わるのは納得出来なかった、だから何度も不良に立ち向かったことがあるけど、でも敵わないんだよ僕には」
みるみるとエルの心の内にイライラが溜まり、目付きが変わる。
その目付きは自分だけが辛いと思うなよという気持ちを込められていて、そうとは知らず、なんて目で見てくるんだと思う渡いる。
だがエルはフゥと自分を落ち着かせるかのように息を吐くと同時にコロッと目付きが変わった。優しい眼差しに。
「辛かったんだね、自分をそこまで言うほどだからよっぽろだと思う、でもね、だからこそ渡はそこで諦めたらいけないと思う」
天使と言っても人の心の声が聞こえる訳ではない。
いつも白天界から見ていたエルは渡の妹に見せる笑みは本物だと思っていた。
だけど、今の渡の言葉を聞いて妹を心配掛けないよう無理に笑顔を作っていたのかと分かった。
凄いと思う、だって彼は自分の事より妹さんの事を思っての笑顔な訳で。
私でも見破れなかった嘘の笑顔を作っていたんだから。
だからこそ、そこまでしてまで今諦めるのは凄く勿体ない。
エルはその思いを込めて渡の両方の肩に手を置き、更に言葉を吐く。
「妹さんは渡が嘘の着いた笑顔を知っている」
雅奈恵は渡の顔を見るとき何時も心配そうな目で見ていたので、嘘の笑顔を見破っていたのだろうとエルが思っての言葉だ。
動揺しているのか目が泳ぐ渡。
まるでそんなはずはないと言いたげな動揺ぶりだがエルは容赦なく次の言葉を吐く。
「ねぇ不良に抵抗したと言ってたけどさ、渡は何をして抵抗をしたの? 白天界から眺めていた私にとって渡がなにかを抵抗した素振りは見たことがないんだよ、妹に心配掛けないように笑顔を保っていたことは言いと思う、だけどね」
渡の言ったその抵抗、つまり不良に立ち向かったと言っていたその言葉は単なる場の流れ。
確かに言葉の暴言など言ったことがある渡だが、そんなものはまだ抵抗とは言わない、おまけに声を震わせながら言うには力もこもってもいない。
それじゃあ、不良にとって火に油だ、返り討ちにあうのは当然で不良にはノーダメージで終わる。
だからまだ本気を出していない渡ならまだ行ける、もっと勇気持って不良にガツンと言わないといけないんだ、そうエルは思い、目尻に強く力を入れ言う。
「それじゃあ、不良にはノーダメージなんだよ、大丈夫、今はダメージを与えることが出来ないレベル1かもしれないけど、人は時間が経つに連れ成長するもの、だけどその分渡は努力しないといけないけど、無理とは言わせないよ、今度は私も着いていてあげる、それに渡には必ず妹に会いたいという気持ちもあるはず、この2つの支えがあれば渡はどんな苦痛にも耐えられるよ、さぁ、立ち上がろう、そしてもう一度妹に顔を見せれるような、自分はここまで強くなったんだよと言えるように強くなろう、ジュルっ」
「お前今ヨダレ吸っただろう」
分からないと、正直な渡の気持ちだった。
自分のためにそこまでしてくれる人は今までいなかった。
虐められていることを知っておきながら雅奈恵は助けなかった。
いや、純粋に助けたいと思っていたのだが、雅奈恵もまた勇気がなかったのかもしれない。
この兄妹はどっちもどっちなのだ。
それに比べ、エルは渡を助けようとする。
長く伸びている黄色い髪を左右に揺らず美少女。
最後のジュルっは、果実の味を妄想してヨダレを吸った音だろうが、それでも渡のためにまた妹を再会させてあげようと気持ちは本物な訳で。
渡もまた、エルのその優しい志、誰にも向けられなかった優しい眼差しに心が開らき、自然と笑みが見える。
頑張って見ようかと見映えてくる。
変われるものなら変わりたいと、少しこの少女を信じてみようと渡は思った。
「ありがとう、エル」
「いえ、私はもと渡担当だった天使、手伝うのは当然です。
それに果実の味は楽しみです」
そっかと返したあと、渡はあることに気づいた。
ここ日本にそんな願いの叶う果実なんて存在がするのだろうかと。
渡の思うようにここは既に日本ではない。
それに気づくまでに数秒後のことだった。
主人公が何故虐めを受けていたのかはもう少しあとになります。