離ればなれになった妹
こんにちは瞳です。
ではどうぞ。
「お兄ちゃん!」
叫び声が聞こえた。
その声は深く悲しさが混じっていて、今にも泣きそうな…いや、もう泣いてるかもしれない、そんな声だった。
ツインテールの黒髪にクリクリ丸い瞳は充分に可愛さを醸し出しているが、縄で縛られた手足、更に涙を流しているときたらその可愛らしさが台無しになっている。
あぁ、妹を泣かせる趣味は無いのになと思う黒住渡は雅奈恵に何か一言放とうとするが、手が、足がとれてしまうんじゃないのかと思わせるほどの激痛が走っている。
中学生である渡はその激痛に耐えることは困難で、理不尽にも声が出なかった。
正直、渡のほうが泣きたかった。
小さい頃から虐めに遭わされ、1人ぼっちでいる彼は、たった1人だけの妹が救いだった。
虐めと言ってもここ最近から始まり、その前には多少の友達はいたのだが今この現状、友達は巻き込まれたくないと彼と離れて、今の自分がこの様。
次第に虐めはエスカレートしていき、終いには妹を巻き込んでしまった。
だから妹に巻き込ませたことが申し訳ない気持ちで渡が泣きたいのも無理はない。
暗い空間と伴い、冷たい風がドアの隙間から入る体育倉庫で、妹の嗚咽が響く。
うるせぇ! と不良が怒鳴ると雅奈恵はキッと涙を流しながら睨みを入れて、渡の心は更にえぐられる。
雅奈恵、こんな僕の為に涙を流さないでくれ。
こんなだめなお兄ちゃんの為に涙を流さないでくれ。
そう自分で生み出した罪悪感が気持ちを早させる。
「海沢、僕を殺れば君は満足なんだろ、だったら早く殺せよ」
「ハハ、威勢がいいな渡、だけど殺しはしないぜ、ジワジワジワジワといたぶってやるだけ、ククッ、妹さんよ、よく見ておけよ聞いておけよ、悲鳴も崩れていく表情もな」
不気味な笑みを見せて海沢が言うと渡は心底臆病だと自分に落胆する。
言葉だったら何とも言えるしそれを吐くだけで心の中がスゥと軽くもなる、だけど身体は正直者でどうしても怖い人の目線、あるいは言葉を掛けられるだけでガクガクと足が笑ってしまう。
情けないと思う渡と反面に雅奈恵は強い、日々の生活で毎日不良から渡を助けていた。
そんな雅奈恵の存在が鬱陶しいと思い始めた不良達は渡を含め、雅奈恵まで手を出した。
なんたって元々渡を虐めることが目的な訳で。
そのついでに妹を手を出すなんてまさに一石二鳥。
「よーし、それではそろそろクライマックスへと入ることにしまーす、皆さん妹さん、ご注目して下さーい」
ふざけた言葉と伴い、のしのしと渡の近くにと歩く。
手には金属バットを携えている。
奴は何をするのか、渡はもう大体何をするのか気づいていた。
(足とかぐちゃぐちゃにされちゃうのかな…)
と思った矢先、予想は外した。
しかも良くない方向に。
海沢はまるで大根落としをでも披露するかのように高くバットを振りかぶった。
「これで頭にぶつけて何も覚えていない記憶障害に陥ったら、渡の妹さんはどんな気持ちになるのかな?」
(よ、予想外れにも程がある!?)
パクパクと口を動かす渡と雅奈恵。
「ちょっ、待って海沢、そんなことしたら-」
「いいんだ!」
雅奈恵の言葉を遮る。
もう渡は何もかも諦めた、ここで海沢の行動を咎めたら何をするか分からない。
記憶障害に陥ちいったとしても時間が経てば記憶は戻る。
死んでしまったらそれはそれでもう雅奈恵は守る人がいなくなるため、不良達は彼女を虐める理由が無くなり収まるだろう。
それにもう渡自身が疲れたのだ。
このまま生きていても、二人とも同じ痛い思いをさせれる。
いくら雅奈恵が強いと言っても複数で攻められてしまえば話にならない。
その度に妹に恨まれ憎まれ、ああもう何も考えとさえ思えてきた。
いっそうこのまま-
「…お兄ちゃん?」
(僕は今、どんな表情をしているんだろうか? 雅奈恵が僕の表情を見ているほどがみるみる青くなっている。 どうしてそんな表情をしているのかは分かるんだ、だけどごめんな、僕は誰かと犠牲を伴って生きていくのは堪えられないんだ、だから)
「オラァァ! これでお前は終わりだな、記憶のなくなってくたばりやがれ!」
「止めて海沢! 何でもするから、私何でもするから!」
「もうおせぇよ!」
渡は最後にいつも雅奈恵に見せてきた笑顔を見せた。
死ぬかもしれないこの場で、一言言って笑顔を見せた。
さよならと。
そして金属音と同時に鈍い音が響いたこの体育倉庫で、1人、少年の命がたった。
***
起きて起きてと女の子の可愛らしい声が聞こえ、声的に子供? って判断出来るぐらい脳は不思議と異常はない。
渡は言われるままに目を開けると、目の前には予想通りに女の子がいて、髪に瞳は同じ金色に輝き、髪の長さは腰ラインまで延びている。
身長は幼女並の低さだった。
声が出ない、渡の妹である雅奈恵も背か低くていい幼女っぷりだ。
小さい頃から優しくいてくれた雅奈恵の事が好きで、そのお陰で無邪気な幼女も好きになり、道ばたで幼女を近ければつい笑みを見せてしまう変態になってしまったのだが、今の渡にそんな笑みを見せてはいない。
代わりに不可思議に自分の頭をサワサワと触っている。
バットで叩かれたのに痛みも傷もない、どうしてだろうかと怪訝な表情をしながら疑問に思い、首を傾げる渡。
その反面に渡の前にいる幼女はその不可思議な仕草に首を傾げる。
お互い首を傾げた状態にしばらく沈黙が訪れた。
「えーと、渡、さんだよね? 何をしてるのかな?」
「え、あ、はい、そうですけど…」
明らかに年下の子に対して敬語を使ったのは少し違和感があったが、突然声をかけられたのでつい敬語になってしまった。
そんな渡は、何をしているのかと質問されて戸惑う。
あるはずの傷と痛みがなくなっていることを答えに出せば良いのか?、それともその不可思議なこと以外に思っていた感情を言えば良いのか?
「ここがどこなのか、気になっていたんだ」
結局二つ目の疑問を返した。
なんか流れ的にこっちを返せばどっちとも答えが帰ってくる気がしたからだ。
少し冷静になり始めた渡は周りの視界がぼんやりと見える。
白く無機質な世界、足は地面に立っているのか浮いているのかも分からず、壁との距離感も掴めない。
「う~ん、それは後で教えてあげるよ、今は取り合えず場所を変えよう」
そう言って幼女はパンッと手を叩き、渡は目を疑った。
先程の白い空間とは違い、人人人に埋め尽くされた空間、いや、これはもはや空間出はなく歴とした外の世界。
小説や漫画の物語みたいに白く四角い家が列になっているヨーロッパ風な街柄。
「…いったいどうなっているんだ?」