第六十二話
9月19日 AM10:05頃
能力育成学園、高等部αアルファ領域B棟
Sクラス。
如月 奏は教室内に空いた大きな穴から風が吹き抜けるとともに外の騒がしい音も入ってきていることに気が付いた。
彼女はそれほどまで水無月 咲との戦闘に集中していたといえる。
それゆえに思う。
外が騒がしいな…。
奏はそう思い、穴から外を見た。
そして視界に入ってきたのは窓、扉、壁がところどころ破壊されて煙が立ち込める学園。
生徒が生徒を武器を持って追いかけまして争っている風景だった。
まさに混沌。
半数の生徒が生徒を襲っているのが見え、学び舎の学園内だけでも立派な戦場になっていた。
唖然とした表情の奏から言葉が漏れる。
「な、なんだこれは…」
「如月先生、いまはこちらに集中してください。現状の把握はそのあとに。今この教室から廊下にかけては人除けの結界が張ってあります」
「結界!?」
奏は超能力の理事長から『人除けの結界』という超能力としてはいささか怪奇的な言葉に疑念を隠すことができず言葉を漏らす。
「理事長、貴方は一体…」
「私の素性についても他のメンバーと合流したのちにお話しいたしましょう」
自分を罪人から救ってくれた方に対して奏は理事長のその言葉に複雑な感情を抱いた。
そんな、異様な空気が奏と理事長から漂う中、事知らずな声が入ってくる。
「さてこの私、織田 信長が織田 信長でない証拠はなにか、貴方にはそれをお伺いしたい」
今まで蚊帳の外にいた水無月 咲がいまだに動けない体から猫平理事長を見据えて問う。
それに対して理事長は水無月の席の近くに落ちていた、水無月の物と思われる携帯端末を拾ってきてしゃがんで水無月に目線を合わせ、画面を翳しながら言う。
「これは貴方の物で間違いありませんね」
画面にオレンジの煌びやかな演出と『LINK』と書かれた画液晶を水無月に見せながら理事長が言う。
「ええ。それは間違いなく私の物です」
「!」
その返答に奏は気づき、理事長は口元に笑みを浮かべる。
「水無月さん」
「なんども言っているが私は織田 信長「では、なぜこの携帯端末、貴方は水無月 咲の物と言わず、『私の物』と言ったのですか?」
「!」
理事長のその返しに水無月は狼狽する。
「そ、それは水無月 咲の物であ、あるならわ、私の物でもあるから…」
水無月の視線に揺らぎが生じる。
「でも貴方はさっきまで自身の体は『水無月 咲』のもであると公言して『私の物』とは言わなかった。なのになぜこの物理的な物、携帯端末は『水無月 咲の物』と言わないのですか?」
理事長の勝ち誇った笑みに水無月は呼吸を荒げて答えようとする。
奏は水無月が自ら犯した矛盾に混乱している姿をただ見ているだけだった。
「そ、それは、…「それはあなた自身、この携帯端末が『今の自分』の証明を表しているからではないですか?」
「…」
水無月はそのまま固まって下を向く。
「黙秘ですか…。自分自身の証明もできないとは母親と違って『無能』ですね」
「!」
だが、傍観しているだけだった奏は理事長の軽率な発言に口が開く。
「な!何を言っているんですか!生徒を導く者がそのような言動!いくら理事長でも…」
理事長の発言に奏は怒りをあらわにし、そのまま理事長に突っ掛かろうとしたが、水無月から激しい呼吸の乱れとつぶやきが聞こえてきた。
「ち、違う…違う!!…」
「?…み、水無月?」
俯いていた水無月が髪を両手でしわくしゃにして首を横に振りながらさらに取り乱してつぶやく。
「ハァ…ハァ…ち、違う…わ、わた、私は無能なんかじゃ…い!…。お、お母さんは、ハァ、ハァ関係な、い…違う、違う!わ、私は信長…ハァハァ、あの織田信長…ハァハァ…お母さんなん、て…し、知らな、い。の、能力だって!、な、ハァハァハァ、…刀の技だっ、だって…あのアプリの信ちゃ、んのよう……に…」
ドサッ。
水無月はそう呟き、白目を向いて気を失った。
「水無月!」
そう言って奏が水無月を抱き抱える。
そして、ただ気を失っているだけだと気がつくと安堵の溜息を出した。
「生徒を思い、私にも臆することなく向かってこようとした事、流石ですね如月先生」
理事長は立ち上がりながら奏にそう言う。
「理事長まさか、ワザと…」
奏は水無月を抱いたまま理事長に顔を上げる。
それに対して理事長は一度、優しい笑顔を水無月に向けるとすぐに奏を見据えて頭を下げる。
「催眠術を解くためとはいえ、軽率な発言でした。申し訳ありません」
「!」
理事長は自分よりも職場として下の奏に対して謝罪をした。
「や、やめてください、理事長!意図を察しず突っかかろうとした私にも非はあります。ですの頭を上げて下さい」
そう促され、理事長は頭を上げる。
そこで奏は言葉に付け足しをする。
「ですが、他にもやり方はあったのではないですか?これでは水無月をイジメていた生徒となんなら変わりがありません」
「そうですね…。私自身、如月先生の言葉が無ければ先の言動の暴力に気がつく事も無かったかも知れません」
そう言って理事長は眼を伏せる。
「……水無月が目を覚ました時はちゃんと事情の説明と謝罪はお願いします」
「分かりました」
「では、時間も惜しいので今どうなっているか事情の説明をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
そう言われ、理事長は時間を確認する。
AM10:17ー
「そうですね…。ではまず、今回の騒動の規模、催眠術の解き方について説明します。そして如月先生貴方には説明後、国際海通線JAPAN中央都市、セントラル駅に向かって下さい。多分、そこに政府の『裏』の方が捕まっているはずです。貴方にはその方達の手助けと道案内をお願いします」
「分かりました」
「それと、彼女も一緒にお願いします」
そう理事長が言うと教室の廊下から1人の女性が入ってきた。
その女性はジーパンにカーディガンを着てながら『和』の雰囲気を醸し出していた。
そして、奏と眼が合うとおもむろに頭を下げてから自己紹介をした。
「いつも、娘がお世話になっております。私、北川 冬花の母、北川 澄花と申します」
◆◆◆
AM10:20頃、三島 剣は武装した一般人の攻撃を躱し、相対、避けながら目的地の東に点在する気象庁を時間を掛けながら目指した。
そして剣はビルの上から目的地の気象庁を見据えると次のルートを模索し始めた。
だが、そのとき下から爆発音が響いてくる。
剣は身を屈めて下の状況を見た。
下の方では首謀者に加担していると思われる一般人が武器や超能力で人々を捕らえて拘束している状況が広がっており、建造物の破壊や捕虜の扱いも最初に見た時より酷くなっていた。
悪化しているな…
そう思いながら剣は目線を腕に持ってきて時間を確認する。現時刻は午前10時13分ごろ。
少し時間を食いすぎた。助けている暇はない。
そう、心でつぶやいてビルの上から見えていた気象庁をもう一度見る。
そのとき、剣がいるビルの屋上のドアが荒く開かれる。
「!」
そして、剣がいる屋上に5,6人の人が現れる。
「貴様!そこで何をしている!とらえろ!」
そう言って4人が剣目掛けて駆け出す。残りの一人は手を剣に手をかざして念じていた。
そして、念じていた人物が目を大きく見開くと次のビルに逃れようとしていた剣の体がいきなり止まる。
「な?!」
動けない?!
チッ!拘束系の能力者か!
これ見よがしに四人が一斉に飛び掛かる。
が、
飛び掛かって剣を覆い隠す手前でいきなり四人ともがドア付近まで吹き飛ぶ。
その状況に念じていた人は吹っ飛んできた人を見る。そこには頬を殴られたか何かでへ凹んでいる仲間が白目を向いて気絶していた。それも4人ともすべてである。念じていた人物はその実態に唖然とした次の瞬間、自分の顔にも衝撃が走り、気づけば自分も入ってきたドアを壊してドアに続いていた階段の踊り場の壁にめり込んでいた。
念じていた人物はいままで自分が何をしていて、どうして壁にめり込んでいるのか、さっぱりわからなかった。さらに体の痛みのせいで瞼が自然と重く霞み始める。
そんな時、破壊されたドアの前で声が聞こえた。
「まさか、拘束系の超能力者が現れるとは予想外だった。つい、本性を出してしまった。寸前で力はおさえたつもりだが骨がイってるかもしれない。すまない」
そういって、光の逆光によりシルエットしかわからなかった人?いや、頭に三角の物を二つ付け上半身が何だか毛深いような2メートルぐらいある、その者はそのまま消えた。
そしてそれと同時に念じていた人物は催眠が解けたように自らの意思でこう思う。
あ、れはい…ぬ…?
そして気絶した。
「あ〜あ、やっちまった…」
剣はビルの上から上を移動しながら上半身が裸になった自分を見ながら言う。
「またこんな姿、見せたら真希さん絶対怒るだろうな〜ハァ」
剣は妻の怒った顔を思い出しながら落胆した。
そして、そんな気の重いまま目的地に到着する。敵の警戒が無かったためビルから玄関前までジャンプする。
そして、一応辺りを見渡す。
やはり敵の姿は確認できない。
やはり、敵の気配はないな…罠か?
それとも
剣は周りを警戒しながら気象庁のドアを潜ろうとした。
「!」
が、突如、頭上から槍みたいな物が剣目掛けて降り注いだ。
「チッ!」
剣は咄嗟の判断で後方に回避し、そのまま前方に警戒する。
すると、気象庁の自動ドアが開き1人の女性が中から現れる。
「気配は完全に消していたのに、まさかアレを避けるとは…。あんた、やるじゃねーか」
そう言った女性は自身の金髪のロングヘアを一度払ってから地面に刺さった複数の水の槍を宙に浮かせ、矛先を剣に向けた。




