第五十八話
9月19日、AM0:00
システムメンテナンス終了。
新システム、ユニゾンシステム実装完了。
「Dr.SIN、システムのアップロード無事に終了しました…」
瞳に生気を感じさせない男性スタッフが感情なく言葉を紡ぐ。
そして、生気を感じさせないのはこの男性に限らず、ここでシステムをいじっていたすべての人が催眠術にかかったように淡々とパソコンにのめり込んでいた。
キーの叩く音だけが音を出していた。
「そうか、ありがとう。では、君達はここでの役割は終わりだ。あとはそれぞれの持ち場に戻り、私の合図があるまで忘れていろ」
「「「「はい…」」」」
部屋にいた20人程のスタッフはゾロゾロと部屋から出ていった。
そして、部屋にはDr.SINだけが残る。
「ようやくだ…ようやくだよ、光秀。もう少し。あと少しで、お前との夢が叶う」
Dr.SINはただ一人、その部屋で呟いた。
◆◆◆
9月19日、AM8:30頃、
能力育成学園、高等部α領域B棟 Sクラス。
水無月 咲はクラスの中に溶け込む事なく一人、自分の席に着いて携帯端末をいじっていた。
そして、水無月の携帯端末の画面にはインストール中と書かれた画面が出ていた。
そして、それが終わるのを水無月は画面を見ながら待っていた。
今回のインストールは結構、時間掛かるな〜。それだけの内容や新システムが実装されたのかな?
そしてさらに5分程、経過してインストールが終了した。水無月はさっそくアプリを起動させる。
画面の最初に出て来たのは例のごとく、新システムの実装とその概要欄だった。
これを見て水無月は一人ニコニコしながら画面の概要欄に目を通していた。
そして、一通り読み終わると早速、新実装されたユニゾンと書かれたところをニコニコしながらタップした。
そんな水無月を見たクラスの女子中学生は面白いオモチャを見つけたとばかりに口元を上げてクラスの女子生徒数名を集めて水無月の席を囲む。
「水無月さん、一人で携帯端末いじる時間があるなら能力の向上に少しでも努力をした方がいいんじゃないんですか?」
女子中学生は周りに目で''笑え''と合図してクスクスと蔑んだように笑った。
しかし、
「…」
水無月はそんなクラスのイジメには反応することなくただ、携帯端末の画面を見ているだけだった。
そんな、水無月の態度に女子中学生は眉間にシワよせてさらに言葉の暴力を振るう。
「あらあら、いつも見たいに謝罪もないんですかー?歳上の癖に。それとも中学生相手に言い返せなくて前みたいに逃げ出すんですか?」クスクス。
周りも女子中学生に釣られて笑う。
「…」
しかし、水無月はこれにも反応を示さなかった。
そんな態度に女子中学生はさらに機嫌が悪くなって教室に置いてあった誰かの飲みかけのジュースを水無月の頭からぶっかけた。
「私の話、聞けよ、このウスノロ!」
ビチャビチャビチャ。
「「「「!!!」」」」
「!ちょ、や、やりすぎだよ…」
これにはクラスの他の人達もやりすぎだと思い、女子中学生に注意する。
しかし、その女子中学生は注意してくれたクラスの人に睨み返す。
「何?私より能力弱く癖に指図するの?」
「そ、そういう訳じゃ…」
「反応しない、こいつが悪いんじゃない。わたしは水無月さんが学園で寝ていると思ったから起こして上げたのよ。だって、ただでさえ超能力がカスなのに居眠りなんてしたらさらにウスノロになって実技の授業でさらに邪魔になるじゃない」
クスクス。
女子中学生はそう言って一人で笑う。
他の生徒は罪悪感が出て来たのか互いが互いを見ながら困惑していた。
それを見た女子中学生は真顔で指示する。
「笑えよ」
その一言に水無月を囲っていたクラスの人達は一歩後ずさる。
ガタッ。
このタイミングで水無月が立ち上がる。
それを見た女子中学生はまだ楽しめると思って言葉を出す。
「やっと、起きて「全く、ここにいる輩は低脳すぎて困ります。これならまだあのサルの方がマシですね」
水無月は席を立つなり彼女には似つかわしない言葉で女子中学生の言葉を遮った。
それに最初に反応したのは女子中学生だった。
「水無月さん、誰が低脳なんですか?」
女子中学生はさらに眉間にシワを寄せて問う。それに対して水無月はまた彼女には似つかわしくない言葉で挑発する。
「まさか自覚もなく問うてくるとは本当はその頭の中、空っぽじゃないんですか?」
水無月はそう言って残念そうにさらに呆れたように言う。
ブチッ。
女子中学生の何が切れた。
「このウスノロ、私の能力で捻り潰してあげようか?」
「今の子供は昔に比べて随分と容易い。なんせ、金銭がなくてもこちらのエサに食いついてくれるのですから」
女子中学生が水無月向かって手を向ける。
「このウスノロがぁ!!!」
◆◆◆
9月19日 AM8:50頃
能力育成学園、高等部αアルファ領域A棟
如月 奏が廊下のエスカレーターで2年Eクラスに移動をしていた。
「はぁ〜。この朝の職員会議で響がいない今、響の事でとやかく言われる事はなくなったが、取って付けたように今度はあの秋真の事を持ち出すとは…」
奏はあたまに手をやりため息を吐く。
とその時、爆発音が響く。
「!」
その後すぐに機械的なアナウンスが入った。
『高等部、α領域B棟Sクラスで無許可での能力の使用が確認されました。職員は速やかに鎮静に当たって下さい。繰り返します…』
奏はその場から駆け足で自分のクラスに向かって生徒に教室から出ない様に伝えるとまた駆け足で次はB棟のSクラスに向かった。
B棟に入ってSクラスがある教室の階に付くとすでに1人の先生がSクラスに来ていた。
「状況は?」
奏はその教室に近づいて状況の確認を自分より前に来ていた職員に聴いた。
「それが横山先生が中に入ったのですが…」
しかし、その職員は曖昧な返ししかしなかったため、奏は自ら足を動かしてSクラスに入った。
そして、教室内で奏が見たのは窓側の壁が半壊してぽっかりアナが空いているのとその前でうずくまる女子中学生、それを見下している水無月 咲だった。手には先端が少し破壊された掃除用具と思われる棒が握られていた。
水無月も奏が入ってきていることに気づき手に持っていた、棒を奏に向ける。
「貴方もこの私に刃向かうつもりか?」
奏は水無月を刺激しないように両手を挙げて質問をする。
「ま、待て、水無月。これはいったいどうゆうことだ?説明してくれないか?」
奏はそう言って目を回りに配ると、肩を強打したのかそこを抑えて苦行の表情をしている一教師、さらに教室の隅にはこの状況をただ見ている生徒達を確認することができた。
「いえただ、いまここでうずくまっているこの子が私を愚弄したから少しばかり渇を入れたに過ぎません」
「渇?」
「ええ。ですけど、勢いがよかったのは最初だけでした。壁に穴を開けたと思いきや、いきなりくるしそうな顔をしたのでその隙をついてお腹に一撃入れただけですけどね」
水無月は棒の先で、倒れてうずくまっている女子中学生を軽く突いていた。
「なんて、軟弱な」
そう言って、水無月は水無月らしからぬ不適な笑みを浮かべた。
そんな、水無月を見て奏は思考を巡らせる。
多分、あの子はO.V.R.Sによるリミッターによって強制的に能力を止められたのだろ…。
問題は…こっちだ…。なんだこの水無月は?この子はこんな汚い笑みはしないし,言葉遣いもこんなじゃなかったはずだ。
「水無月、君は本当に水無月か?」
奏のその一言に水無月は突いていた棒を奏に向けて言う。
「知りたいのであれば、力ずくで聞き出したらどうですか?」
違う。あれは水無月ではない。
奏は彼女のその一言で断言できた。ゆえに奏も戦闘体勢を取り、言う。
「いま、目を覚まさせるぞ。水無月」




