第五十七話
PM20:10頃 都市内、とある公園。
水無月は秋真の住むマンションから逃げ出してこの公園に来ていた。
一人ベンチに座り、秋真に言われたことを繰り返し思い出していた。
そうやっていれば確かに心が壊れる心配はないでしょうね…
本当にそのとおりだ。
あの時、水無月は率直にそう思った。だからなのか気がついたらまた逃げ出していた。
水無月にとってその言葉はクラスの誰かが言っていた陰口より重たかった。
水無月は慰めがほしくて携帯端末を弄り、あるアプリを起動しようとした。
しかし…
「あ…」
起動はできなかった。画面には丁寧な字でメンテナンス中と書かれているのとお詫びの言葉が添えられていた。
「そういえば、長期メンテナンスで一週間、ログインできないんだっけ…。はぁ~、一週間は信ちゃんにあえないのか…さびいしな…。でも、確かメンテナンス終了後に新しいシステムが実装されるんだっけ?」
水無月は公園で独り言を言う。
そして水無月はなんとなく空を見る。
今日も赤い月が都市を薄く照らしていた。
「そういえば、昔の月はもっと白く輝いていたって、先生が授業で言ってたっけ…」
「そのとうりだよ」
誰もいなかった公園に第二者の声が混じる。
水無月は赤く染まった月から目を離して声がした方向、公園の入り口あたりに顔を向ける。
そこには白い白衣を着て黒いアタッシュケースを持った30代ぐらいの男性が空を見上げながらいた。
男性はそのまま、空を見上げた状態で話し始める。
「昔は空が汚染なんてされていなかったから空を飛ぶ機械もあった」
「なんで月は赤くなったの?…あっ…」
水無月はとっさに口を押さえる。
いつもだったら声が出なくてその場がただ流れていくのに、このときの水無月は無意識にこの男性に質問していた。
なぜだかはわからない。だけど、答えてくれるという自信はあった。
「南極から出る有害物質のせいだ。その物質のせいで本来の月の光が阻害、反射されて我々の目に映るときにはその影響で赤くなっているように見えてる」
「え、えっと…じゃ、じゃあ、その有害物質の先に行けたら白い月は見えるの?」
水無月はいつのまにかその男性に対して敬語を忘れて返ってくるであろう返答に興味を持っていた。
男性の方も少女の食い付きがうれしくてすこし微笑みながら話し始める。
「確かに行けたら見れる。しかし、それは成層圏を出てからじゃないと見れないだろうな」
「ど、どうして?」
「それは有害物質が成層圏に漂っているからだ」
「で、でもそうなると、く、空気中にた、ただよっているならわたしたちが吸っている空気も有害じゃ…」
男性は水無月の疑問を聞いた後、空から目線を水無月に向けて答える。
「南極から出た有害物質は対流圏、つまり今私達がいる地上から約17kmまである酸素よりも比重が軽く、成層圏で作られるオゾンより若干、重いため成層圏の下部にこの有害物質が漂っている。これは人に害が及ぶため、空に対する航空および飛行機などの製造は禁止されている」
そう言って男性は水無月を見ながら人差し指を上に指した。
「この赤い月は我々に危険と隣り合わせだ、と警告をしているように私は思う」
「そ、そんな話はじめて…」
水無月は唖然とした表情でそう答えた。
「それはそのとりだよ。世界政府が表ざたにはしていないことだからな」
「で、でも、なぜ貴方が…!、えっと、まさか政府の方?」
水無月の問いに男性は首を横に振る。
「私はただの研究者だ。政府は関係はない。ちなみに人がこの有害物質を空気中で吸ってしった時の影響を教えよう。生死にいたるところまでは万が一がなければ、ないことだが高熱を出す可能性が極めて高い。そして体の中にある細胞が劇的な変化を出している」
「劇的な変化って…」
「体の構造、つまり『トルマリンΩ』によって変化した骨格には影響はない。だが、細胞を取り巻くあらゆうる器官、神経、DNAが影響を受けている。いや、受けているというより元に戻っているといったほうがいいのかな。では、何が元に戻っているか、だが…」
男性の講義が途中で止まる。水無月は不信に思い首を傾げる。
「あの…つづき…」
「悪いがここまでだ、お嬢さん」
と、男性が言い終わったところでこっちに近づいてくる足音が聞こえてきた。水無月は一瞬そっちに視線を動かす。
「またどこかで会えたら続きを話そう、お嬢さん」
「えっ」
水無月が再び視線を元に戻すとそこにいた男性は消えていた。
かわりに今度は黒いミディアムヘアを靡かせた一人の女性が公園に入ってきた。
「水無月!」
「如月先生…」
如月 奏は探していた人物を見つけると歩み寄った。
「やッと見つけた…。大丈夫か?」
奏の言葉にさっきまで忘れていた秋真のマンションでの事を思い出して顔を俯かせる。
それを見た奏も困惑する。そして、気晴らしになるものがないか公園内を探す。
そして、一つの自動販売機を見つけて水無月の肩をたたく
「とりあえず、何か飲むか?奢るぞ」
「ふぅー」
奏が公園内のベンチに座って煙草を吹かす。
それを隣に座って缶ココアを飲んでいた水無月は見つめていた。
「先生って煙草吸うんですね…」
「あ、すまない。苦手か?」
「あ、か、かまいません!」
水無月は両手を前に出してブンブン振って苦手じゃないと表す。
なぜなら、今は亡き水無月の父も吸っていたからだ。
煙にはいい思いはしない。だが、水無月にとって煙の匂いには父を思い出すことができるから好いている。
「一回は妹の建て前としてやめていたんだが、今はいないからつい手を出してしまった」
そう言って奏は困ったように笑顔を作る。
そして、二本目の煙草に火を着けたところで水無月に問う。
「さっきの…」
奏がいきなり話始める。
水無月は奏が来た理由はだいたいは理解していた。さっきは俯いてやり過ごしたが、今回は無理だと理解している。だから手元の半部ほど減った缶ココアをいじりながら耳を奏の話に聞き向けていた。
「たぶん、秋真も悪気があってあんなことを言ったんじゃないと思う」
奏が煙を一回、口から吐く。
「それは、なんとなくわかり…ました…。無理してるな、って思いました。母も…いつもは笑顔でやさしいんですけど、たまに東山君と同じような顔をするのでわかりました」
「水無月は秋真のことそこまでわかるんだな…」
奏は胸倉を掴んでただ怒鳴った自分とは違い、ちゃんと秋真を見ていた水無月に嫉妬していた。
「それは…たまたまですよ…」
そう言って水無月は母の顔と言葉を思い出す。
"咲、私は貴方に逃げるなとは言わない。逃げることは悪いことではないからね。でもね、目をそらすことだけは絶対にダメよ"
お互いに無言になる。
しばらくして、奏から口を開く。
「よし、このままあいつのところにもどるのもなんか気まずいから、私の部屋に来ないか?水無月」
「え?」
「これから、リアナや雫、優夜妹を巻き込んで私の部屋で女子の愚痴大会だ!」
奏はそう言って水無月に微笑む。
その笑顔に水無月は数秒止まっていたが…
「でも…」
「私はお前が鈍感、薄鈍なんて思わない。そんなこと言わせたいやつには言わせておけ。私もSランクだったころはそういう事を言うやつはいた。だけど水無月、おまえはそれもできないならまずは私の誘いにはっきりと答えるんだ。私はお前の返答に対して怒ったり蔑んだりしない」
水無月は思う。
この先生はなんで私なんかを…
「いま、わたしなんか…みたいなこと思っていたな?」
水無月は奏の顔をまじまじと見る。驚いた顔で。
「!な、なんで…」
「わたしもちょっと前まで同じ事を思ったことがあったからな」
奏が自負気味にいう。
「お前はそのときの私に似ている。だから、そこから抜け出した…いや、抜け出させてくれた秋真と同じように私は以前の私を救いたい。これはわたしのわがままだ。だが、それがどした、私はお前を救いたいからそうする。だれがなんと言おうと関係ない」
そう言って奏は以前、秋真に髪を切られた時のことを思い出しながら水無月に手を差し出す。
「この手は教師として差し出してるものじゃない。如月 奏、一人の女性として差し出している。水無月、お前の返答は?」
私は…私もここまでつくしてくれる先生に答えたい…。
本当はこんな誘いもっと軽く考えていいことなんだろうけど…。
先生にしてみれば私を誘う必要なんてない。だけど、私を誘ってくれた…。
私は先生の気持ちを無駄にしたくない!
だから!
「はい、いきます!」
◆◆◆
PM21:00頃 秋真が住むマンション。
PPPP
「もしもし」
秋真が誰もいない自室で電話に出る。
「!…わかりました。ナーシャにはこちらで報告しておきます」
「わかりました。一様、調査はして見ます。では」
秋真が電話を切って一度ため息を吐いてからナーシャに電話をかける。
「もしもし、ナーシャですか?すみませんが『番犬』から2、3人派遣申請をおねがいしたいんですが…」
 




