第44話
「非道の世界はどうだった?」
「………」
奏は無言になる。ダンタリアンはそれを否と捉えて聞く。
「あら?違った?」
「いや、違わない。あれは…あの世界は私にとってかなり非道の世界だったよ。あの世界は優し過ぎる…」
「あら、そ。でも、貴方はあそこを抜け出した。あの世界の根本的なところを否定して抜け出した。今、体験した事わすれないでね」ニコッ。
「意味がわからないな。貴方が言っている事には」
「当初の目的、忘れちゃったの?」
ここで奏は思考を巡らせて思い出す。
「妖怪の認識…」
「そう。そのために私は貴方にあんな非道の世界を体験してもらったの」
「それが妖怪の認識とどういう関係が…「話はここまで、後はあの子達がやる事。だから、貴方にはまた眠って貰うね」
ダンタリアンが手を前に出してそう言った。
奏は目が霞み始めたのを感じて、急いで口走る。
「くっ…確かにあの世界は私にとって非道の世界だった。だけど、あそこにいる人からは暖かい物を感じた。あれが貴方の感情なら貴方は人よりも人間ら…し……い」ドサッ。
奏はその場で眠りにつく。
「人よりも人間らしい……か…ふっ。悪魔に対して人間って」
「嬉しいなら嬉しいって顔に出したらどうですか?ダンタリアン」
秋真がダンタリアンの横から言う。
「あら?秋真。仕事はいいの?」
「ええ、まぁ」
「それよりも、この子なんなの?微弱とはいえ、『神の加護』が掛かってわよ?神に愛されし者が罪人?冗談がキツイよ、秋真」
「神…ですか…」
秋真が顎に手を当て考え込む。
ダンタリアンはそれを見て話を続ける。
「まぁ、加護はこの悪魔の私が取り除いたから、目が覚めても感覚で私達や妖怪を認識する事はもう困難なはず」
「困難とは?」
「この子は『神の加護』で今まで妖怪や悪霊をボヤけた状態で認識していたはずよ。加護の役割ってね、第一に優先されるのが加護の対象者を護る事なの。護るやり方は対象者に幕を貼って近づいても触れさせない、身体に入れさせない状態にする事。これによって、悪霊や悪魔は近づいても触れらないし、身体を乗っ取る事もできない。まぁ、悪魔はその加護自体に近づきもしないけどね」
「話が少しズレてますよ、ダンタリアン。結果として奏さんはどうやって妖怪を認識していたんですか?」
「それは簡単よ。この子、元々『霊力』が高いからそこに『神の加護』が加わったことで加護の膜が『見透かすレンズ』の役割を果たしてこの子に妖怪を曖昧な形で認識させていたのよ」
「なんとなく、理屈は理解出来ました」
「あんたのあのモードの劣化版見たいなモノよ」
「………」
秋真が黙る。
それに少しイラッと来たダンタリアンが不気味な笑みで秋真にごく当たり前な疑問を投げる。
「それより秋真、私が気が付かなかったのにどうやって入ったの?」
秋真はその質問に笑顔で答える。
「それは内緒でsシュバッ!!」
ダンタリオンがいきなり秋真に手刀を首目掛けて斬りつける。
斬りつけれた秋真は胴体と頭が切り裂かれ喋るのをやめる。
だが、血が出る事は無かった。なぜならダンタリオンが斬り裂いたのは人の形をした式神。斬り裂かれた式神は二つになってヒラヒラと舞って地に着いた。
「秋真め…この私に式神を使って安否を確認するとは…。ずいぶんと図々しくなったものだ…」
ダンタリオンは一人、愚痴る。
◆◆◆
「…ん………ここは……」
奏が瞳を隠している瞼をゆっくりと開ける。
最初に目に入ったのは白い天井である。そして、次に目に入ってきたのは、
「あら、やっとお目覚め?」
ナーシャの呆れた顔だった。
どうやら奏はダンタリアンの部屋で眠った後、誰かに運ばれてこのベッドで眠っていたようだ。
「これは現実か?」
「残念ながら貴方が見ていた夢から遠く離れた現実だと思うわよ」
ナーシャは奏の視界から外れると近くにあったイスに腰掛けた。
奏の視界には天井しか映らないが周りからは次々と声が発せられる。
「初めてじゃないッスカ、こんなに時間が掛かった人は?」
「ジャグ、あれは人それぞれの夢に干渉して自力で出るまでは永遠に続く楽園なんですよ?個人差があって当たり前です」
「いや、それは俺も理解してるッスヨ。ただ…」
「日数的には根を詰めて行かないとキツイかもな」
奏を上半身をベッドから上げて周りを確認する。声からジャグ、シファーナの判別は出来たのだが最後に発した声の主が分からず、確認をするためにその人物に目を止める。
その人物は頭はスキンヘッドで眼を閉じていて軍服に身を包んでいた。軍服は本土に来て初めて見たため印象は強かったが、奏の目にはそれ以上に印象が強かったものがある。それは首から左瞼に掛けての火傷の後である。奏はその火傷の後を見た後左手を見る。案の定、左手も火傷の後があり軍服に隠されている身体も火傷の後が酷いのだろうと憶測を建てる。
「この火傷は俺が犯罪者になるきっかけの物だ」
軍服に身を包んだ人物が奏の憶測に声を添える。
それに対して奏は驚く事もなく返答をする。
「では、貴方も罪人から『番犬』に?」
「そうだ。そして、紹介が遅れたな、俺はゼル・ノーマンだ。よろしく頼む」
「私は如月 奏だ。こちらこそ、よろしく頼む」
「ちなみに目は見えていない。というより、ないだな」
ゼルはそう言って瞼を開ける。開けられた瞼の中は瞳はなくただの暗闇しかなかった。
「すまない。目覚めたばかりなのにこんなものを見せてしまって」
「いや、気にしないでくれ。そのぐらいは見慣れている。それよりも人やモノの判別はどうやっているのだ?」
「それは俺の『超能力』で補っている。まぁ、だから刑の執行として『拷問官』に眼をくり抜かれたんだがな」
ゼルは薄っすら笑いを浮かべる。
一通り流れが終わるとナーシャが話題を切り替える。
「さて、奏。起きてもらって悪いんだけど、さっそく認識の訓練をしたいから、二時間で体調を整えてくれる?あまり時間がないわ」
ナーシャがそう言って、奏は首を傾げる。
「認識の訓練とは『妖怪』のって事?」
「そうよ」
「時間がない……?………ちなみに今日は何日なんだ?」
「8月9日よ」
「!?8月!!」
奏は月日を聞いてナーシャに身体を乗り出して驚きを露わにする。
無理もない。なんせあの扉を開けたのが7月26日であり、その日から役二週間は経っていたのだから。
奏は夢の中では確かに時間が流れる感覚を味わったがダンタリアンに現実に戻された事で時間はさほど経っていないと理解した。だが、この現実はどうやらかなり経っていたようである。
「ま、待て待て。ナーシャ、冗談はよしてくれ。私はあそこから出て二週間も眠っていたということか?!」
「出てから眠っていたのは二時間ぐらいよ」
「じゃあ、私はあのダンタリオンの部屋で二週間も過ごしたという事か?冗談はやめてほしいぞ、ナーシャ」
「………」
ナーシャ、真顔。
「ダ、ダンタリアン、すまないがこれはまだ夢の中なのだろうか?」
無言。
ナーシャ、真顔。
奏は片手で顔を覆って言う。
「現実なんだな…」
「やっと、理解してくれた?」
「ああ、何とかな」
ナーシャが部屋の時計を確認する。
「じゃあ、着替えて気持ちに整理が着いたら行くわよ」
「わかった、よろしく頼む」
◆◆◆
『監獄島』内、地下ー訓練空間室。
奏は自身のO.V.R.S、『炎桜』と首輪型のO.V.R.Sを身に付け、更に服の下には防具服としてスキルダウンシャツを着用。
しばらく、柔軟体操をしながら時間にゆとりを持つ。
そして、しばらくすると奏と対になる形である人物が対峙する。
「『妖怪の認識』と聞いて秋真が相手だと思ったのだが、まさか貴方だとは……」
「会うのは二度目ですが、紹介がまだでしたね」
その人物は胸ポケットから懐中時計で時間を確認すると奏を真っ直ぐ捉えて自己紹介をする。
「『監獄島』管轄長秘書官兼、代理管轄長…土御門 紅葉。以後、お見知りおきを」




