第42話
「非道の世界?」
奏が秋真に問う。
「それは…これから分かります」
秋真は笑って答えを濁す。
メガネをかけて薄い赤髪の紅葉が胸元から懐中時計で時間を確認して言う。
「ボス、お時間です」
「分かりました。ではナーシャ、奏さんの事頼みましたよ」
「了解したわ」
秋真と紅葉がエントランス風になっている部屋から出ていく。
ナーシャは横目で奏を見る。奏は特に驚いた様子も不安の様子もなくただただ秋真を見送っているだけだった。
「動揺しないのね」
「ん、何故だ?」
「だって、聴きたい事や話したい事…これからの事など相談したい事があるはずなのにボスがあっさり行っちゃったから」
「ああ〜」
奏が納得した顔をした後、秋真が出ていった扉を見て微笑む。
「だって、仕方がないだろ。私は罪人であいつは…不服だがここのトップなんだろう?なら、やる事がたんまりあるはずだ。それに多分だが私や響の事、それにネイティブ・ペヨーテについていろんな部署や機関に報告などがあるはずだからな。私のわがままはいえないさ」
「さすが、一教師。分をわきまえているわね。ちなみにわがままって言うのは一緒にいたいと言う事かしら?」ニヤニヤ
「///くっ!ちがう!!///」
奏が顔を紅くして必死に否定する。
それを見ていた。シファーナはげんなりした顔で呟く。
「あの変態管轄長の何処に魅力が……」
「何だかんだ言ってるわりには面倒見がいい所じゃ無いッスカ?」
「ジャグ、貴方には眼科をオススメします」
「シファーナ、以外に酷いッスネ…」
ジャグもげんなりした所で奏の言い訳を他所にナーシャが一言、言う。
「それじゃあ、そろそろ移動するわよ」
「ナーシャ!まだ、弁解が…」
「それはおいおい酒を交えながら。今はとりあえず真面目な話、移動よ」
ナーシャが再びエレベーターがある方向を親指で示した。
「?」
「これから貴方には私達の隊に入るにあたって…ってより、『裏』の世界に入るなら絶対になって貰わなきゃない事があるの」
「何にを?」
「そんなの決まってますッヨ!見えるようにですよ!見えるように!」
ジャグが言う。
そこに付け足しをするシファーナ。
「正確には『見える』ではなく『認識できる』ようにですよ、ジャグ。いい加減覚えて下さい」
「悪い、悪い〜」
ジャグは先ほどの凹みがなく頭を描きながらヘラヘラして言う。切り替えが早いのが彼の持ち味だ。
奏は『見える』、『認識』から答えを導き出して驚いた表情で声にする。
「まさか…妖怪を見る事が出来るのか?!」
その声に移動を開始しようとしていた三人、ナーシャ、ジャグ、シファーナが足を止めて今だ秋真を見送った位置にいる奏へ一瞬、呆然とした顔した後、真顔になる。
そしてナーシャが一言付け足す。
「正確には『認識』よ、奏。貴方は多分視界の隅で微かに認識…うんん、認識というより『感覚』で妖怪を察していたわよね?」
「ああ。私はその…なんと言うか…ある時期からそこには何もないのに『何か』の違和感を感じるようになった。それは所々にあり、集中して見ようとするとそれが動く様子も何となく感じ取れる様になった。そして、それが霊的な何かと気が付くのも時間は掛からなかった。何せ、あの組織は''そっち''の方も対象にした訓練もやるからな」
「じゃあ、ボスの妖怪も感覚で今まで見ていた。って事?」
「ああ。アイツが監視対象になって注意深く見始めてからいろいろな妖怪がいることが分かった。最初はかなり驚いた。何せ妖怪を一体以上、身に纏わせているんだから。異質だったよ。何せ私が教わった妖怪と人あり方を根本的に崩したのだから」
ここでジャグとシファーナが興味本位で奏の過去、主に『ネイティブ・ペヨーテ』について質問をする。
しかし、ナーシャは奏をマジマジと見て一歩引いた場所で思考を巡らせていた。
「……」
まさか、感覚だけでボスの妖怪が五体いる事を把握するなんて…。普通、感覚だけで感じ取れるだけでも相当な物なのに…。それに怪異にも気が付いている…
……!……逆におかしくないかしら?
これだけ、妖怪を認識する事の接点を持っていながら感覚だけで認識出来ない?
おかしい…。
私達はその時点で妖力を具現化した姿なら認識する事が出来た。
ナーシャは6月にあった『ネイティブ・ペヨーテ』の一戦の後、太陽が上り始めていた地上での事を思い出しながらさらに思考を巡らせる。
あの時、たまもさん、ぬまさん、テンちゃんは具現化はしていた。だけど、奏はそんな妖怪の容姿に驚きも質問なく、ボスのみに話かけていた。しかもボスがその時、テンちゃんを撫でていた事に一つも触れていなかった…。いくら考えてもやはり、おかしい…
「ナ、ナーシャ!」
質問攻めにあっていた奏が助けを求めてナーシャを呼ぶ。ナーシャは一旦、思考を巡らせるのをやめて奏の方を見て溜息を一つ出して口を開く。
「ジャグ、シファーナ。やめなさい、人には言いたい事と言いたくない事があるんだから無理矢理、聞こうとしないの。隊長命令よ」
「申し訳ないッス。つい、気になって…」
「ご、こめんなさい……」
「ああ。大丈夫だ。私もこのことはまだ引きずっていてな…。すまないな」
二人が反省した所を見て、ナーシャは思考を再度巡らせながら手を叩いて自分を注目させる。
とりあえず、さっきのことはあの方なら分かるもしれないわ。今は…
パンッパンッ!
「はい、じゃあ〜そろそろ移動するわよ。あの方が遅すぎて怒っちゃうわ」
「あ〜あ。それはヤバイッスネ…」
「あんまり、行きたくないです。ト、トラウマが…」
「あの方?」
◆◆◆
場所は移動してさらに下に降りた。囚人達がいる牢の部屋が地上から役20メートル地下にあり、奏達はそれより下に来ていた。
そして、あるひとつの扉の前にいる。扉は上で見た牢やエントランスのような最新の機械設備ではなく、西洋の古い館にある風情ある木彫りが施された扉になっている。
それはこの建築物には不自然であり、不気味であった。
「奏、ここからは貴方一人で行くのよ」
「ん?ナーシャ、お前達が教えてくれるのではないのか?訓練か修業のためにここに来たんじゃないのか?」
奏は妖怪を『認識』するためにここに来たと思いこんでいたため、質問をする。
「確かに妖怪を『認識』してもらうために私も指導するけど、その前に貴方にはこの扉の向こうの方に会って貰うわ。『認識』の指導はその後」
「……わかった。ちなみにこの扉の向こうにいる人物は誰なんだ。出来れば無礼がないよう知っておきたい」
奏は政府の要人だと思い、ナーシャにその人物の名を聞いた。しかし…
「ごめなさい。それは教えて上げられないわ。ただ…ボスが言っていた、非道の世界を教えてくれる人物って事しか今は言えないわ…」
「あの方、初めて入る人には絶対に名前は教えるな、って言うんッスヨ…」
「か、奏さん、気を付けて下さい。あの方、人が苦しんでる顔、見るのが好きな方なので…」
とんでもなく、性格が悪い人物だと言う事は奏でもわかった。
三人の顔が青い?!か、かなりの大物だろうか?『あの方』ということは絶対に逆らえない存在なんだろう…。
ゴクリッ。
奏が扉の向こうにいる方に会う覚悟を唾を飲み込むことで表した。
そして扉のドアノブを掴み、ナーシャ達に一時の別れを告げる。
「では、言ってくる」




