6.不法な侵入で違法を証明
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ネメアに数種類の魔法を左手に刻印してもらい、他にもいくつか必要な装備を受け取って救出のための準備を整えた俺は、スラム街の中でも特に人気が少ない区域のとある建物の前にやってきていた。
その建物は、周囲の建物と同じように薄汚れた石造りの建物である。
しかし他の建物と違うのは、その建物の格子窓の部分が内側から木の板を張られ完全に封鎖されていることだった。
中に何か隠してますと言わんばかりの建物の様子に俺は呆れてものが言えなくなる。
話によるとこの建物のどこかにエルフが監禁されている可能性が高いという。
俺は扉を二度ノックし、聞き耳を立てる。
ネメアからはこの建物に出入りしているのはグノーという男だけで、今の時間はグノーは外出していると聞いていた。
ゆえに建物の中にはグノーに監禁されている者以外は誰もいないはずだが、それでも念のためにグノーの仲間かそれに類する者がいないか確かめているのだ。用心はしすぎるに越したことは無い。
ちなみにグノーというのは俺が魔法屋に入るときに出会ったあの腐ったどぶのような目をした男で、エルフの血を魔法屋に持ち込んだ男でもあり、そしてエルフ監禁の容疑者だった。
それを聞いた俺はやっぱり畜生以下のクズだったかと妙に納得させられた。あの男ならやりかねない。
グノーのエルフ監禁は実際にエルフを監禁しているところを見ていないためにまだ容疑の段階だが、ネメアがグノーの行動を魔術を使って監視した結果グノーがエルフの血を魔法屋に持ち込むときは必ずこの建物から出て直接魔法屋までやって来るので、そこでネメアはグノーがこの建物にエルフを監禁しているのだろうとほぼ確信したという。
しばらく耳を澄ませていたが扉が開く様子は無いし、建物内でものが動く気配も無い。
辺りを見回し誰にも注目されていないことを確認した俺は扉に手をかけて開けようとした。
だが予想通りと言うべきか、扉には鍵が掛かっているらしく押しても引いてもがたがたと揺れるだけで一向に開く素振りを見せない。
まあ窓に板を張って建物を封鎖するような人間が扉に鍵も掛けずに外出するわけが無いのは当然のことである。
窓か扉を魔法でぶち破って内部に侵入することも可能だが今は隠密行動の最中だ。派手な行動は避けたい。
ならばどうするべきか。
簡単なことだ。鍵を使って中に入ればいい。
俺は懐からネメアから借りた鍵を取り出し扉の鍵穴に差し込んだ。
もちろん魔法屋の女店主から借りたものだ、普通の鍵であるはずが無い。
差し込んだ鍵に魔力を注ぎ込むと鍵穴から『かちゃかちゃ』という何かが組み変わるような音が聞こえ、少しすると音が止んだ。
それを確認した俺は魔力を注ぎ込むことを止めて鍵のヘッドを回した。
するとわずかな手応えと共にガチャリと音が立った。どうやらきちんと噛み合っていたようで、扉を破壊することなく解錠することに成功した。
鍵を抜いて扉を押し込むと、扉は軋む音を立てて建物の内部へと開いた。
俺は手に持った鍵の力に思わずほくそ笑む。
ネメアから借りたこの鍵の名前は《自在の鍵》という。まあ簡単に言えば魔法の鍵だな。
鍵穴に差し込んだ状態で魔力を注ぎ込むと鍵のブレードの部分が鍵穴の形状に合わせるようにして形が組み変わり、魔力を注ぐのを止めるとそのままの形で状態が保持されるという、世の中の泥棒家業の人たち垂涎の代物だ。
もちろんこれは売り物ではない。いくら裏通りの店だからってこんなものを売ってしまえば世の中に必要以上の混乱を招くことは明らかであり、それにもしこのようなものを流通させたということがばれたとしたら、いくら不干渉原則があったとしても有無を言わさずに投獄されてしまうことは間違いないだろう。
俺は鍵を懐に仕舞い込むと、開いた扉の隙間から建物の内部へと滑り込み、そして静かに扉を閉ざした。
あの薄汚い男が出入りするような場所だからろくなところじゃないだろう。と、思ってはいたのだが、実際に目にした建物の内部は予想以上に荒れ果てていた。
床には大量の砂や埃が積層し、部屋の仕切りや床石が破壊された際に出たものであろう瓦礫が散乱している。
棚や机、椅子などの家具も半ば破壊されたものばかりが目に付き、まともに使用されているようには見えない。
つまりはとてもじゃないがこんな場所に人が住んでいるとは思えないということだった。
あまりの光景にまさか場所を間違えたんじゃないだろうなあと思ったが、よくよく観察してみると砂埃が薄くなっていたり、歩きやすいよう瓦礫が除けられたりと、人が通ったと思しき痕跡があちこちに見える。
恐らくこの痕跡をたどって進めばそこに監禁されたエルフがいるのだろう。いや、そうに違いない。
そう思った俺は足早に歩き始めた。
グノーがやってくる前にエルフを救出しないとな。
しばらく歩いていると俺は一番奥の小さな部屋にたどり着いた。
この部屋も他の部屋と同じく瓦礫が散乱していた。
ここにたどり着くまでにいくつか部屋があったが、どの部屋を見てもエルフのエの字も見つかっていなかった。
それならば一番奥のこの部屋に監禁されているのだろう、と思っていたのだが、この部屋にもエルフの姿は見られない。
じゃあどこにいるんだ。
俺は自問する。そしてすぐさま答えが返ってきた。
地下、もしくは隠し部屋だな。監禁といったら地下か隠し部屋しかない。
そう思った俺は、部屋の中央に積まれていた瓦礫を退かして床をあらわにした。
くっくっく。その床を見て思わず笑いが零れ落ちる。
そこの床石の継ぎ目の部分に指が入りそうなほどの隙間が空いていた。
隠し扉だと言っているようなものじゃないか。
隙間に指を突っ込んで床石を持ち上げると、予想通りそこには四角い穴が開いており、床下に広がる空間と、そこに降りるための鉄製の梯子を発見した。
地下の空間は暗闇に包まれており何も見えないので、俺は魔法を発動させる。
選択した呪紋は《燭球》。
宙空に直径10cmほどの大きさを持った仄かな光を放つ光球がひとつ生み出され、周囲をぼんやりと照らし出した。
梯子に手をかけて慎重に降りようとすると、そこはやはり地下というべきか、立ち上がってきたじめじめと湿気を帯びた空気が肌に纏わり付き、それと同時にかびたようなにおいが鼻をついた。
俺は身に纏っていた襤褸切れを顔の下半分に覆わせてマスク代わりにすると、梯子を使って地下室へと降り立った。
《燭球》の魔法で生み出された光球により地下室が仄かに照らし出される。
すると、地下室の奥に人影らしきものを見つけた。
正体を確認するために光球を人影の近くまで移動させてみると、そこにあったのはぐったりと力なく壁にもたれかかった少女の姿だった。
「おいあんた、大丈夫かよ!」
声を掛けながら少女に駆け寄るが反応は返ってこない。
「おい、しっかりしろ!」
「……うう…」
しかし肩を揺さぶりながら声を掛けると僅かに呻き声を漏らした。
よかった。大分衰弱しているようだったが、どうやら死んではいないようだ。
俺は鞄の中からビンを取り出し、ビンの中に入っている緑色の液体を少女の口の中に少しずつ流し込んだ。
液体が口に入ると、よほど酷い味だったのか少女は顔をしかめる。
しかし俺が「栄養剤だから我慢して飲め」と言って一蹴すると諦めて嚥下し始めた。
俺が流し込んでいるのは体力回復/滋養強壮の効果を持つネメア特製のドリンクだ。何を材料としているのかは知らないが、きっとすごく苦いに違いない。
少女が薬液を嚥下している間、俺はその少女の姿を観察した。
その少女の外見は15歳ほどに見える。
服装は茶色の革服にスリットの入った同じく革のタイトスカート、それらの上から草色のローブを羽織っているというものだった。
そして少女の右手首には黒い色をした金属の枷が嵌められていた。手枷から伸びる鎖は床に深く穿たれた楔と繋がれている。
髪の色は金色だ。しかしその髪に艶といったものは見られず、ところどころ汚れで固まっていた。
顔も同じく垢で汚れているが、パーツの形や位置が整っているので端整な顔立ちだということが分かる。
虚ろに開かれた目蓋から覗く瞳の色は翠色だ。しかしそこには弱々しい意志の光しか見ることは出来ない。
そしてもっとも特徴的であることは、この少女には普通の人間よりも長く尖った耳があることだ。
それらの情報を統合すると、つまりはこの少女がネメアの言っていた《囚われのエルフ》なのであった。