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世にも不思議な少女のこと

作者: 河 美子

 学校の門を滑りこむと同時にチャイムが鳴る。

「おーい、サワ。また遅刻だ」

「違いまーす。間に合いました」

「廊下を走るなよ」

「はーい」

 体育の熊沢先生は苦笑いしながら嘘つきめと呟く。

 言われたのは岩見サワ。ベリーショートヘアの彼女は二段飛ばしで階段を駆け上がる。教室の入り口には城見慶次しろみけいじが待っている。

「言っただろ、今日は朝早く来てみんなと打ち合わせだって」

「うんうん。ごめんね。おばあちゃんが具合悪くって」

「おばあちゃん? お前んちばあちゃん死んだんだろ?」

「あれはお父さんの方。今度はお母さん」

「怪しいなあ」

「ほんとだってば」

 そう言いながらも悲壮感がない。サワは同じ班でしかも中学校から一緒のクラスだった。高校は別の高校になるんだろうなあと思っていた慶は、同じクラスで顔を合わせて驚いた。彼女は中学校のクラスには友だちと言える人はいなかった。


 何しろ中学三年生の三月一日に転校してきたのだから。


 サワはみんなが卒業式の練習をしている時にやって来た。

 卒業する三月の転校生なんて学校でも初めてだったようで、担任は慌てていた。

 転校の理由は両親の仕事の都合ということだった。担任は彼女の目がまっすぐ人を見るのだなと安心した。

 サワの兄弟は年の離れた弟、ホマレがいる。

 サワは放課後になると近くの保育園にホマレを迎えに行って帰るので、クラスメートと話したり遊ぶのは学校だけだった。だが、勉強する時間がないのか宿題をしてこないのでいつも休み時間に必死に問題を解いていた。

 慶は席が離れていたし、進学がどうなるかまだ決まっていなかったから転校生のことを気にしている暇はなかった。サワは人を拒む様子はないけれど、とにかく忙しそうだったから。彼女の弁当はおにぎりが三個だけだった。隠す様子もないが慌てて食べて次の宿題をこなしていた。

「うまそうだな」

 男子が傍に行って声をかけるが、サワは口いっぱいに頬張って頷くだけ。色気も何もない。

 具は何が入ってるのか、おかずなしの弁当に誰もが彼女の家の経済状態が思わしくないというように理解した。

 このクラスはいじめというものも以前はあったけれど、卒業間近になるとそういうものは消えた。内申書のせいだろうか。みんな自分の進学で精一杯だった。

 音楽ではサワは大きな声でいつも歌った。うまかった。実にいい声だった。今まで彼女がいたら合唱コンクールも、このクラスは優勝できただろうにとみんな思った。

 音楽の江本先生は感激していた。普段は卒業式の歌で、どれほど歌ってくれるかと気をもんでいたのが、サワの声が気持ちよく出ると、みんな引きずられて声を出して歌った。旅立ちの歌は過去最高の出来栄えとなった。クラスメートも自分たちの歌に気持ちが入りこんでいくようだった。

 教師たちは彼女がこの学校に来て、僅か二〇日ほどで卒業ということに非常に残念がった。サワは掃除も進んでして手をあげて質問もするのだった。今までこういう子どもをどれほど待っていたことか。

「サワはいい子ですねえ」

「本当ねえ。もっといてほしいわ」

 職員室の話題はサワのことに集中していた。担任は頷きながら彼女の家庭学習ノートに目を落とした。

 それは彼女の歌に対する思いが書かれていた。国語の宿題で卒業に向けてと課題を出したものを昼に持って来たのだ。朝にそろわないのはなぜだろうか。

 これほど真面目にこなすサワに何があるのか。弁当のおにぎりは他の生徒からも聞いた。パンを買ったりコンビニのおにぎりを持って来る生徒もいるが、女子で家でおにぎりを握るだけの弁当はいない。前の学校から送られてきた書類にも品行方正で休みもないと書かれていた。ただ、家庭学習は遅れがちだと記入があった。

 何でそんなに忙しいのだろう。家事をやらされて寝る暇もないのか。両親は出稼ぎでもしているのか。誰もが心配した。

 これは虐待なのだろうか。両親の職業欄にはサービス業としか書いてない。しかも連絡先も自宅以外は連絡取るのが難しいからとケータイすら書いてない。


 卒業式の日、みんなは教室に集まっていた。

 胸には下級生がつけてくれた小さな赤いコサージュ。サワは式の開始時間になっても来なかった。担任は慌てて電話を掛けていた。サワは喘息の弟を病院に連れていっていたと一〇分遅れで式場に来た。

 クラスメートは彼女の姿を見つけるとほっとした。誰もが彼女と一緒に式を終えたいと思っていた。サワはいつもよりはりきって歌った。見事な合唱に来賓も賞賛の嵐だった。

 今までの苦労も忘れ教師たちは泣いた。歌声は人を感動させる。響く歌声に在校生たちも感動した。

「こんな卒業式初めて」

 そう呟く保護者たち。

 それほど素晴らしかった。

 

 サワはにっこりと笑って卒業していった。

 

 そして、入学式に歌声が響いたのだ。慶は驚いた。その声は岩見サワだった。

 慶は彼女と進学先などの話もしたことがなかった。だが、いたのだ。教室に。しかも隣の席だった。

「ここだったのか」

「うん、あなたもね。名前誰だっけ?」

 慶ががっくりきたのは言うまでもない。名前も覚えられていなかったのかと。

「俺は慶次」

「あ、そうだったね」

 にっこり笑いながら私はサワよと言った。慶は知ってるがふーん、そうかと知らないふりをした。

 それ以来、二人はよく話すようになった。彼女はクラブには入らないらしく、相変わらずバタバタと走り慌てて帰るのだった。

 今日の国語のディベートで何について述べるかとテーマの打ち合わせをするはずだった。早く集合のはずが、彼女はぎりぎりで来るものだから班で相談はできなかった。それでも、素案を出すと彼女はうんうんと頷きながら積極的に意見を出した。

「ねえ、サワちゃん。いつも忙しそうだね」

 同じ班の半田みのりがそう声を掛けた。

「うん」

「なんでそんなに忙しいの」

「練習をしてるの」

「何の?」

「ピアノ」

「どれぐらい?」

「九時間」

 誰も声が出なかった。

 予想もしていなかったのだ。

 貧しく握り飯を頬張る毎日。そう考えていたのに何とピアノだと?

 みのりは目を輝かせて聞かせてとサワに頼んだ。サワはうんいいよと軽く言って、ピアノの前に座ると革命という曲を弾いた。

 班だけでなく彼女の話に興味を持ったクラスメートはズラリとやって来た。彼女の演奏はクラシックなど分からない者も心地よかった。

 弾き終えると盛大な拍手が鳴った。

 ニコニコしながら彼女は仰々しく礼をした。まるで演奏家のようだった。

 チャイムが鳴った。

 みんなは教室に戻った。

「何でおばあさんの病気なんて言ったんだよ」

「説明すると時間かかるもん」

「ち、嘘つきめ」

 舌をペロッと出して首をすくめるサワ。

 聞けば両親も有名な演奏家で世界を回っているようだ。おばあさんと弟と三人で暮らしているらしい。家政婦を雇うと気を遣うからいやだと断ったらしい。

 食事はおばあさんが作ってくれるらしいが、弁当は自分で作ると言いながらも練習したら時間がなくなりいつも握り飯になるようだ。弟は喘息の持病があるようだが、サワはその弟が可愛くてたまらないらしい。たまに発作が起きると、つきっきりで看病するらしい。

「私、いつも一人ぼっちだったから。弟ができて嬉しかったんだ」


 

 最近、慶は早起きしてでかい弁当を作っている。

 慶の母親は戸惑っていた。

「パパ、慶は女の子にお弁当を作ってあげてるのかしら。それとも、男の子が好きなのかしら」

 父親は眉間にしわを寄せてホモかもしれないのかと呟いた。


 城見家の心配は続きそうだ。



 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] いつもながら河たんの書く小説はすかっと爽やかですね^^ まるで炭酸飲料のように爽快な読後感を味わいました。 …ホモって (^_^;) うん、とっても面白かったよ ^^
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