第7話:些細な火種、絶望の予感
事の始まりは、本当に、どうでもいいことだった。
前世の基準で言えば「夕食の献立」を巡る、微笑ましい夫婦の会話のはずだった。
「レン! 今日の晩飯は、俺が仕留めてきた『火炎山猪』の丸焼きで決まりだ! 滴る脂が筋肉を喜ばせるぞ!」
父・ガモンが、体長5メートルはあろうかという燃え盛る猪を担いで帰宅した。
それに対し、母・レンは庭の洗濯物を畳みながら、冷ややかな、それこそ絶対零度の視線を向けた。
「ガモンさん。今日は『地獄大百足の薬膳スープ』にすると朝から決めていました。あなたの猪は、お隣の禁足地にでも埋めてきてちょうだい」
「何を言う! 猪の赤身こそが闘気の源だ! スープなど、水と変わらん!」
「あら……。私の料理が、水だと仰るのね?」
その瞬間、空気が止まった。
いや、気圧が急激に変化し、庭の草木が恐怖で一斉に伏せた。
俺は縁側で、飲みかけのお茶(急激に沸騰し始めた)を置き、静かに立ち上がった。
(……あ、これ、終わった。世界が、じゃない。俺の家が、だ)
「引かぬぞ、レン! 男の食卓は俺が守る!」
父が吠え、その拳に黄金色の闘気が収束する。
一振りすれば山を砕くその圧力が、狭い庭に凝縮された。
「なら、力ずくでスープを飲ませて差し上げますわ」
母が静かに構える。
武器はない。ただ、その手首のスナップ一つに、空間を「消去」するほどの絶大な魔力が宿っていた。
二人が同時に動いた。
物理的な接触はない。ただ、二人の「意志」が衝突した瞬間、俺の家を中心とした半径1キロメートルの空間が、ガタガタと悲鳴を上げた。
ドォォォォォン……ッ!!
衝撃波で空の雲が十字に裂け、本来なら夜になるはずの空が、黄金と紫の光で塗り潰された。
(……おい。まだ手合わせも始まってないのに、天候が変わったぞ。気象庁に連絡……あ、この世界にはなかったな)




