69話: 玄武の真価と、氷の微笑の再来
吹き荒れていたプラズマの嵐が止み、島には再び刺すような静寂が戻った。
カイトはシズクの腕の中で、激しい呼吸を繰り返しながら、ようやく焦点の合わなくなった瞳を動かした。
「……カナデ、姉さん……は……」
震える声で問いかけるカイト。シズクは何も言えず、ただ顔を伏せて首を振った。
数メートル先には、雪を赤く染めて横たわるカナデの姿。その胸元を貫いた黒い鏡の棘は、彼女の生命力そのものを侵食し続けている。
「嘘……だろ……。俺が、俺がもっと早く『最適化』できていれば……」
カイトは血の滲む手で地面を這い、カナデの元へ向かおうとした。だが、暴走の代償として全身の神経が焼き切れており、指一本動かすたびに激痛が走る。
「カナデ、姉さん……。嘘だろ、目を開けてくれよ……!」
カイトは、雪原に倒伏するカナデに縋り付いた。
朱雀の聖獣化が解けた彼女の体は、驚くほど冷たくなっている。胸を貫いたミラの「鏡の棘」は、ただの傷ではない。精神を食らい、存在そのものを消滅させる概念的な呪縛。
「……どいて、カイト! まだ間に合うわ!」
シズクがカイトを突き飛ばすようにして、カナデの胸元に両手をかざした。
その瞳は、先ほどの「同業者」としての親しみやすさは消え、四聖獣・玄武としての神格を宿している。
「レナード! そのデカい熊の体で、私たちの周囲を囲んで! 風を一ミリも通さないで!」
「は、はいっ! 俺のこの脂肪と毛皮、すべてを壁にします!!」
レナードは涙を拭い、巨大な背中を丸めて、カイトたちがいる中心部へ吹き付ける吹雪を遮断した。
「……いい、カイト。私の力は『治す』んじゃない。……『書き換える(リライト)』のよ」
シズクの手のひらから、透き通るようなエメラルドグリーンの光が溢れ出す。
その光はカナデの傷口に触れると、ミラの残した「どす黒い呪い」を、まるで古いプログラムのコードを消去するように次々と上書き(オーバーライト)していった。
「……くっ、なんて強固なプロテクトなの……。でも、私の演算能力を舐めないで!」
シズクの額に汗が浮かぶ。
「カイト、あんたの魔力(電気)を少しだけ貸して! 私の治癒の処理速度、強制的にブーストさせるわよ!」
「……ああ、全部持っていけ」
カイトはシズクの肩に手を置き、自らの蒼雷を、穏やかな微弱電流へと変換して流し込んだ。
青龍のエネルギー、そして玄武の治癒。
二つの聖獣の力が合わさった瞬間、カナデの胸に突き刺さっていた鏡の破片が、音を立てて砕け散った。
「……っ、…………ぁ……」
静寂の中、カナデの喉から小さな吐息が漏れた。
白く凍りついていた彼女の頬に、みるみるうちに赤みが戻っていく。
「……カナデ、姉さん……?」
カイトが恐る恐る声をかけると、カナデはゆっくりと瞼を持ち上げた。その瞳は、先ほどまでの「死の淵」から戻ってきたとは思えないほど、いつも通り冷徹で、そして力強い。
「……カイト。……騒がしいわよ。少し眠っていただけなのに」
「……っ! 姉さん……! 良かった、本当に……っ!」
カイトは、普段の「効率重視」の顔をかなぐり捨てて、カナデの肩に顔を埋めた。
一方、カナデは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにいつものクールな微笑を浮かべ、カイトの頭を優しく撫でた。
「……シズク、だったかしら。……感謝するわ。随分と綺麗に直してくれたようね」
「……ふぅ。お礼なんていいわよ。……その代わり、後でたっぷり残業代(魔力補給)もらうからね」
シズクは力尽きたように座り込み、それでも満足げに笑った。
「……師匠、カナデさん、シズク様……」
レナードが、熊の毛皮の中から号泣しながら顔を出した。
「良かったです……本当に良かったです……。俺、もう一生分の涙が出ちゃいましたよ……」
「……泣くなレナード。事態は最悪だ」
カイトが立ち上がる。その瞳には、先ほどの暴走の残滓ではない、明確な意志が宿っていた。
「大魔神アスタロトは復活し、ミラと共に消えた。……俺の甘さが、世界の『仕様』を書き換えてしまったんだ」
カナデもシズクの手を借りて立ち上がり、自らの紅蓮の剣を鞘に収めた。
「……なら、やることは一つね。カイト」
「ああ。……不具合(大魔神)が出たなら、徹底的に叩き潰すだけだ。……今度は、誰一人欠けることなく、な」
氷獄の島に、四聖獣のうち三柱が集結した。
失いかけた絆を繋ぎ止めた一行は、逃げた魔人と神を追うべく、さらなる激闘へと足を踏み出す。




