63話: ホワイトアウトと、動けない熊
船が進むにつれ、潮風は刃物のような鋭さを帯び始めた。
数日前まで「暑い」とボヤいていたのが嘘のように、甲板は薄く氷に覆われ、吐く息は真っ白な霧となって消えていく。
「……見えてきたわよ。あれが、四聖獣・玄武が眠る『氷獄の孤島』よ」
カナデが指差す先には、灰色の空と一体化したような、巨大な氷の塊が浮いていた。島というよりは、海に突き刺さった巨大な氷の牙。そこには緑の一片すらなく、ただ凍てつく沈黙だけが支配している。
「……ロジック抜きにしても、あんな場所に生き物が住めるとは思えないな」
カイトはイエティの毛皮のフードを深く被り、鼻先まで冷気に晒されないよう身を縮めた。
船が氷の岸壁に接岸した。
一行は意を決して雪の上に降り立ったが、そこで第一の犠牲者が発生する。
「し、師匠……! 足が、足が雪に埋まって……さらにこの熊の毛皮が水分を吸って……重さが、通常の三倍……っ!」
レナードは上陸して三歩で膝をついた。
砂漠であれほど頼もしかった騎士の面影はない。今の彼は、ただの「雪の中に放置された巨大なぬいぐるみ」である。
「レナード、しっかりしなさい! ほら、私が後ろから火で温めてあげるから!」
「やめてくださいカナデさん! 毛皮に火がついたら、俺は文字通り『焼き熊』になって死にます!!」
「……お前ら、声がデカい。雪崩が起きたらどうするんだ。……それより、あそこを見ろ」
カイトが青龍刀の先で示したのは、吹雪の合間に見える巨大なドーム状の山だった。山というにはあまりに規則正しく、表面には幾何学的な紋様が刻まれているように見える。
「……あれが、玄武の甲羅か?」
カイトたちがその「山」に向かって歩き出した瞬間、周囲の雪が不自然に盛り上がった。
「グルルル……」
地響きのような唸り声と共に現れたのは、全身が透明な氷の結晶で覆われた**【アイス・ウルフ】**の群れだった。その数は数十。寒冷地特有の、熱を奪う魔力がカイトたちの肌を刺す。
「カイト、来るわよ! 私の火は、この寒さで威力が半分以下に落ちてるわ。無理は禁物よ!」
「……分かってる。レナード、お前はそこで……まあ、転がってろ。邪魔になるなよ」
「そんなっ!? 師匠、俺だって騎士として……あ、足が凍って動かない! 待ってください、今、自力で解凍を――!」
「……いいから寝てろって。……お前たちの相手は、俺がやる」
カイトは背中の**【青龍刀】**を引き抜いた。
極寒の空気の中でも、その刀身から放たれる蒼い稲妻は、一切の衰えを見せずにバチバチと火花を散らしている。
「……おい、氷の犬ども。……母さんの薬を取りに来たんだ。邪魔するなら、その自慢の氷の体、全部一瞬で蒸発させてやるぞ」
カイトの瞳に、極寒の空をも凌駕する、冷徹な闘志が宿った。




