第5話: 嵐の前の、静かな朝食
ある朝の出来事
「カイト、好き嫌いはダメよ? この『地獄大百足の唐揚げ』、カルシウムが豊富なんだから」
食卓に並んだのは、どう見ても装甲車の一部にしか見えないトゲだらけの物体だった。
母・レンは、聖母のような微笑みを浮かべながら、それを俺の皿に盛り付ける。
父・ガモンは、それをバリバリと骨ごと——というか装甲ごと噛み砕き、
「うむ! 顎の筋肉に響く良い歯応えだ!」
と絶叫している。
(……いや、食い物じゃないだろ、これ。重機で解体するやつだろ)
俺は冷めた目で、皿の上の「かつて生物だった鉄塊」を見つめる。
前世の記憶がある俺にとって、食生活の改善は最優先事項だったはずなのだが、この家では「噛み砕けるか、否か」が全ての基準だった。
「あのさ、母さん。もう少し、こう……柔らかいものとか、ないの? パンとか、お粥とか、そういう慈悲の心を感じるやつ」
「あら、贅沢ね。じゃあ、明日は『黄金龍の卵』を採ってきてあげましょうか。殻を割るのに、あなたの青龍の雷で3日くらい焼き続ける必要があるけれど」
(……手間のベクトルがおかしい。俺が求めてるのは手間じゃなくて、物理的な柔らかさなんだよ)
朝食後、父が「道場を直すための木材を、隣の大陸から引っこ抜いてくる!」と爽やかに飛び出していった。
家には俺と母さんの二人きり。
俺はこれ幸いと、庭の隅で「日光浴」という名のニート生活を満喫しようとしたのだが、母さんがホウキを手にして現れた。
「カイト。お父さんがいない間に、裏庭の『掃除』を手伝ってくれるかしら?」
「……掃除? 落ち葉掃きくらいなら、風の権能で一瞬だけど」
「いいえ、もっと簡単よ。あそこに溜まっている『不要なエネルギー』を、ちょっとだけ散らしてほしいの」
母さんが指差したのは、裏山の向こう側に渦巻く、禍々しい紫色の暗雲だった。
そこからは時折、現実の壁を突き破るような不気味な鳴き声が聞こえてくる。
どう見ても、魔界の門か何かが開きかけている絶望的な光景だ。
「……母さん。あれ、『不要なエネルギー』じゃなくて、人類滅亡の予兆だよね? ギルドのSランク冒険者が100人くらい集まって命懸けで封印するやつだよね?」
「あら、大袈裟ね。ただのゴミ捨てよ」
母さんは鼻歌交じりに、手に持っていた竹箒を軽く一振りした。
シュッ
それは、ただの掃除の動作に見えた。
次の瞬間、俺の視界から「色」が消えた。
母さんが箒を振った軌跡に沿って、空間そのものが「切断」されたのだ。
紫色の暗雲も、その奥にいたであろう魔界の魔物たちも、鳴き声一つ上げる暇もなく、空間ごと綺麗に「掃き出されて」消滅した。
(……は? 今、何が起きた? 物理攻撃? 魔法? いや、あれはただの『家事』だと言い張るのか?)
「さあ、カイト。仕上げに、あそこに残った塵を雷で焼いておいてちょうだい」
(……塵っていうか、空間の断層が剥き出しになってるんだけど。俺に何を修復しろってんだよ!)
掃除が終わると、次は洗濯だ。
母さんは、俺の身長の三倍はある籠に、洗濯物を山積みにして持ってきた。
その中には、父が着ていた「ドラゴンの皮をなめした特製道着(重量500キロ)」も含まれている。
「これを、あそこの物干し竿に掛けてちょうだい。水気は、あなたの風で飛ばしてね」
「……重い。母さん、これ、普通の4歳児なら背骨が粉砕されてるよ」
「あら、カイトなら大丈夫よ。ほら、足腰をしっかり落として。地面を掴むんじゃなくて、大地そのものを『自分の味方』にするのよ」
母さんの指導は、常に直感的で、かつ殺気立っていた。
俺がフラフラしながら洗濯物を持ち上げると、母さんがそっと俺の背中に手を添えた。
その瞬間、俺の体に流れる【青龍】の力が、無理やり正しく「整理」される感覚があった。
(……!? 力が、無駄なく循環してる……)
「そう。力は出すものじゃなくて、そこにあるものを『通す』だけ。お父さんは力任せに振り回すけれど、あなたはもっとスマートにやりなさい」
母さんの手は、驚くほど柔らかく、温かい。
だが、その奥底には、父のような燃え上がる太陽ではなく、すべてを飲み込み、凍りつかせる「底なしの深淵」のような冷たさが潜んでいた。
(この人……親父より、よっぽどヤバい。親父が『暴風』なら、母さんは『真空』だ。逆らったら、存在そのものを消される……)




