第34:ラブレターの攻防、6歳児の「未開封(迷惑メール)フィルタ」
昼休み。カイトは騒がしい教室を脱出し、屋上の給水塔の陰に逃げ込んだ。
手には、午前中だけで追加された計十通のラブレター。
「(……どうする。これを無視すると、後で『既読スルーによるハラスメント』として訴えられる可能性がある。……かといって、一人ずつ返信を打つのは、工数がかかりすぎる)」
そこへ、なぜかカイトの居場所をGPS並みの精度で特定したレナードが現れた。
「師匠! 返信の代筆なら、このレナード・フォン・グランツにお任せを! 公爵家伝来の『格調高い断り文句』のテンプレートを十パターンほど用意してあります!」
「……レナード君、君、暇なの? 単位足りてる? ……代筆なんてしたら、余計にログが残るだろ。……いいか、こういうのは『一括処理』が基本なんだ」
カイトは手紙を地面に並べた。
そして、人差し指をスッと立て、微細な魔力を指先に集める。
「(……よし。個別の感情は読み取らず、ただの『物理的な紙束』として最適化する。……喧嘩の流儀(恋愛編):【迷惑メールフィルタ】)」
カイトが空中で円を描くように指を動かすと、手紙から淡い光が立ち昇った。
それはカイトの魔力によって「宛先の書き換え」が行われた瞬間だった。
「(……全ての宛先を『適切な相談役』にリダイレクト(転送)完了。……よし、これで俺の受信トレイは空だ)」
「……え? 師匠、今何を……? 手紙の色が、俺のイメージカラーの青に変わったような……」
「レナード君。これ、君への『挑戦状』だったみたいだ。俺の下駄箱に入ってたのは、きっと君の人気に嫉妬した奴の嫌がらせだね。……はい、全部あげる。君が適切に処理(返信)しておいて」
「……なっ!? 俺に!? 師匠を差し置いて、俺にこんなに大量の……! ……くっ、これも師匠が俺のカリスマ性を磨くために与えてくれた試練ですね! 分かりました、徹夜で返信信に励みます!!」
レナードは感動に震えながら、手紙を抱えて走り去っていった。
「(……よし。アウトソーシング成功。……これで午後の平穏は保たれた)」
だが、カイトの「完璧な処理」には、致命的なバグが一つあった。
カイトが魔力で宛先を書き換えた際、送信者たちの「カイトへの熱い想い」という属性データが消去されず、そのままレナードに転送されてしまったのだ。
放課後。
「……あの、レナード様。私が出した手紙の返信、まだでしょうか……?」
教室の入り口で、勇気を出して声をかけた女子生徒。
「ああ、ユリア嬢! 君の手紙は、カイト師匠から直々に俺が引き受けた! 師匠は『君なら、この熱いパッションを適切にデバッグできる』と仰っていたぞ!」
「……え? カイト君が、私の手紙を……レナード様に『処理』しろって……?」
「そうだ! 師匠は今、多忙(昼寝)を極めているからな。代わりに俺が君の魔力構成から将来性まで、徹底的にコンサルティングしてやろう!」
「…………ひどい。カイト君……私の想いを、あんな暑苦しい筋肉公爵に『外注』するなんて……っ!!」
ユリアは泣きながら走り去った。
それを見ていた周囲の女子たちの間で、瞬く間に「新事実」がパッチ適用(拡散)されていく。
『速報:静寂の番長カイト、愛の告白を「業務委託」として冷酷に処理。』
『追記:彼は愛よりも、効率を重んじる「氷の独裁者」である。』
「(……あれ。なんか、校門を出る時の視線が、さらに冷たくなった気がするな)」
カイトは、女子生徒たちの「恐怖と憧れが入り混じった、見てはいけないものを見る目」を浴びながら、寮への道を急いでいた。
「(……まぁ、いいか。少なくともラブレターの通知は止まったし。……これでようやく、昨日見つけた『魔力の残滓が残る石』のクリーニング作業に集中できる)」
背後では、レナードが女子生徒たちを集め、「師匠の恋愛観に関するセミナー」を開催しようとして大混乱を巻き起こしていたが、カイトの耳にはもう届かない。
「(……恋愛なんて、人生のメモリを無駄食いするだけのバックグラウンド・プロセスだ。……俺は、ただ静かに、定時に寝たいだけなんだ)」
カイト、6歳。
ラブレターを「外注」することで平穏を守ったつもりだったが、その冷徹な「システム処理」により、学園内での彼の評価は「恐るべき氷の君」へとアップデートされてしまった。
「(……明日こそは、誰にも話しかけられず、ただの壁紙として一日過ごしたいなぁ)」
青龍を宿した少年の、終わらない「恋愛デバッグ」の戦いは、明日も続く。




