第28話: ホワイトを守るための「武力行使」
カイトが石に触れた瞬間、『天秤の真眼』のクリスタルが激しく明滅を始めた。
通常、魔力があれば光り、なければ沈黙するはずの装置が、まるで痙攣するように不気味な色彩を放つ。
「……何だ? 数値が、安定しないぞ?」
モニターに表示される数値が、目まぐるしく変化する。
「100」になったかと思えば、次の瞬間には「-5000」に振り切れる。さらに「0.0000000001」という極小値を叩き出し、最後には文字化けしたような記号が羅列された。
「……おい、計算が追いついていないのか!? この古代遺物が!?」
「(……あーあ。スキャン信号が強すぎて、俺の打ち消し魔力と干渉しちゃってるな。これ、計算式の分母がゼロになるパターンだ。……お、くるぞ)」
ピピピッ……という警告音の後、モニターに巨大な文字が浮かび上がった。
『ERROR 404: TARGET NOT FOUND』
『測定不能:存在しない、あるいは概念が欠落しています』
「……なっ……存在しないだと!? 目の前に生徒が立っているのにか!?」
マルクスが叫ぶ。背後の教職員たちも、腰を抜かさんばかりに驚いている。
「魔力がゼロ」なのではない。「測定対象がこの世界に存在しない」という、哲学的なエラーを吐き出したのだ。
「(……よし、大成功。俺は『空気』どころか『概念』にまで昇格したぞ。これで誰の目にも止まらない、最強のモブ(背景)になれる。……さて、終わったなら帰っていい? 昼寝のゴールデンタイムが過ぎちゃうんだけど)」
だが、カイトの思惑は、またしても「やりすぎ」によって裏切られた。
マルクスは、ERROR画面を食い入るように見つめ、ガタガタと震えながら呟いた。
「……分かったぞ。……君は、魔力を持っていないのではない。……あまりにも巨大すぎる魔力を、極限まで『圧縮』しているがゆえに、この装置の測定範囲を、上にも下にも突き抜けてしまったんだな!?」
「(……え、何その飛躍した推論。ポジティブシンキングすぎるだろ。……いや、間違ってはないんだけど、そこは『機械の故障』で済ませてよ、おじさん!)」
「それだけではない。装置が『存在しない』と判断したのは、君の魔力の質が、この世界の常識……つまり五大属性の枠組みを完全に超越し、真理の領域に達しているからだ……!」
「(……待て待て待て。話が大きくなりすぎてるって。俺はただ、静かに定時退社したいだけの6歳児だぞ? なんで神話の登場人物みたいな扱いになってんの!?)」
周囲の教員たちも、「おお……」「伝説の『無の賢者』の再来か……」などと、勝手な解釈を盛り上げ始める。
「カイト君。君のことは、もう『Fクラスの劣等生』とは呼べない。……君は、学園の秩序を、その『静寂』で守るための……特異点だ」
「(……うわ、最悪。それってつまり、『これからは面倒事(残業)を全部押し付けるぞ』って意味だよね。……絶対嫌だ。俺は、断固として拒否する!)」
「……あー、学園長補佐。一ついいですか」
カイトは、死んだ魚の目のまま、マルクスを見据えた。
その瞳の奥に、一瞬だけ、朱雀の業火すら凍りつかせるような「冷徹な社畜の意志」を宿らせた。
「俺、名前書くのも面倒なタイプなんです。だから、特異点とか、賢者とか、そういう派手な役職は、全部レナード君にでもあげてください。……もし、俺の平穏をこれ以上壊すなら」
カイトは、測定台の石を、人差し指で軽く「トントン」と叩いた。
――パキィン!
古代遺物のクリスタルに、一筋の亀裂が走る。
一切の予兆もなく、装置の魔力供給路が「断線」されたのだ。
「……あ。壊しちゃった。……でも、これ『故障』ですよね? 故障した装置の結果なんて、信用できませんよね?」
カイトの低い、しかし有無を言わせぬプレッシャーに、マルクスは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
「……ひ、ひぃっ……。あ、ああ……。そうだ。故障だ。……今の測定結果は、全て破棄だ。君は……君はただの、魔力欠乏症の生徒だ……。分かった、それでいい……!」
「ご理解いただけて光栄です。……じゃあ、俺、定時なんで。あ、これ以上呼び出すなら、次はこの建物全体の『魔力回路』、掃除しちゃいますよ?」
カイトは、恐怖に震える教員たちを背に、悠然と測定室を後にした。
「(……ふぅ。やっぱり、言葉で説得するより、物理的な『デバッグ』が一番早いな。……これでしばらくは静かになるだろう。……さて、購買部のアイス、売れ残ってるかな?)」
カイト、6歳。
学園の「番長」どころか、もはや「学園の支配者」すら恐れる「歩く聖域」へと昇華した。
彼の「ホワイトな学園生活」は、本人の鉄の意志(と、時々のトントン)によって、かろうじて守られていく。
だが、彼はまだ知らなかった。
この一件で、学園長本人が「面白い素材を見つけた」と、自ら接触を図ろうとしていることを。
「(……あーあ。明日こそは、誰にも気づかれずに、ただの石ころとして一日過ごしたいなぁ)」
青龍を宿した少年の、終わらない「定時退社への戦い」は、ここからさらに激化していくのである。




