第2話修行という名の虐待(日常)
生後半年。
俺は、自分の体が「不具合」を起こしていることに気づいた。
青龍の加護とやらのせいで、新陳代謝が異常なのだ。
昨日までハイハイをしていたと思ったら、今日はもう道場の壁を重力無視して駆け回っている。
「ふむ、カイト。お前の『神風歩』は筋がいいな」
父が、俺の首根っこをひょいと掴み上げた。
「(あぶ、あぶぶ……訳:離せ、ゴリラ。俺はただ、静かに寝ていたいだけだ。勝手に体が風を掴むんだよ)」
「よし、今日から本格的に修行を始めるぞ。まずは準備運動だ。この裏山の巨岩を、拳の風圧だけで粉砕してみろ」
(……正気か? 俺、まだ離乳食終わってないんだぞ。せめて積み木とかから始めろよ)
しかし、この家には「拒否権」という概念が存在しなかった。
俺が「無理だ」と首を振ると、指先から青い電撃が飛び出し、父の髭を炭にする。
「ハッハッハ! 反抗期か! 元気がいいな!」
(……いや、反射だ。早く学習しろよ。あと、その髭、来週には生えてくるんだろうな)
結局、俺は1歳にして、自分よりデカい岩に向かって「正拳突き」を繰り返す不毛な日々を送ることになった。
おかしい。転生モノの定番なら、もっと可愛い女の子と魔法の練習をしたり、内政無双したりするはずじゃないのか。
なぜ俺は、朝から晩まで汗臭い道場で「シャドーボクシング」をさせられているんだ。
ある日のこと。
道場に、見るからに「負けフラグ」を全身に立てた男たちが数人やってきた。
どうやら父の道場に道場破りに来たらしい。
「ガモン! 雷牙流の看板、今日で叩き割ってやるぜ!」
(お、イベント発生か。でも、相手が小物すぎてあくびが出るな)
俺は道場の隅で、おまるに座りながら事の成行を冷めた目で眺めていた。
だが、父は鼻で笑いながら俺を指差した。
「あいにく、俺は今から昼寝だ。……カイト、あいつらの相手をしてやれ。おまるを汚すなよ」
(……は? 正気か? 俺、2歳だぞ。絶賛おむつ卒業トレーニング中だ。児童労働基準法を知ってるか?)
「ふん、赤ん坊か。なめるなよ!」
悪党が剣を抜いて襲いかかってくる。
俺は溜息をつき、おまるから立ち上がった。
頭の中の「青龍」が、俺の意志に関係なく、戦闘プログラムを勝手に起動させる。
(……ああ、もう。知らねえぞ。治療費は親父に請求しろよ)
バリバリバリッ!!
俺が適当に拳を振るうと、小さな拳から巨大な青い龍の形をした稲妻が放たれた。
それは道場の壁を突き破り、悪党たちを雲の彼方までデリバリーし、ついでに近所の森を一つ「更地」に変えた。
「……やりすぎた。まぁいいか、俺のせいじゃないし」
静まり返る道場。
父・ガモンは、満足げに鼻を鳴らした。
「よし、合格だ。だがカイト、次は『加減』を覚えろ。修繕費が俺の酒代を圧迫している」
(……お前のせいだろうが。指示出したのお前だろ。その酒、今すぐ蒸発させてやろうか)
俺の冷めたツッコミは、またしても雷鳴にかき消された。
数年後。
俺は順調に、この魔窟で「最強の幼稚園児」へと仕上がっていた。
背中の青龍の紋章は、もはや夜間の照明代わりに使えるほど輝き、俺の意思とは関係なく周囲に放電を撒き散らしている。
母のレンは、俺の拳法着を縫いながら言った。
「カイト、あなたはいつか外の世界に行く。そこにはね、あなたと同じように『聖獣』を宿した子が他にもいるのよ」
「……他にも、こんなバグキャラがいるのか。この世界、バランス調整ミスってないか?」
「ええ。北の方には、どんな攻撃も通じない『玄武』を宿した女の子がいるとか。いつか会えるといいわね」
(……玄武、か。防御特化。もし会えたら、俺のこの溢れ出る電力をアース(接地)してほしい。マジで感電して死にそうなんだよ、俺自身が)
俺は、前世で培った「事なかれ主義」を武器に、この脳筋異世界を生き抜くことを誓った。
いつかギルドに入り、Sランクになって、ホワイトな環境で悠々自適な老後を送る。
そのためには、まずこの「親父」という名のゴリラを越えなければならない。
「カイト! 休憩は終わりだ! 次は活火山の火口で1000回スクワットだ!」
(……死ぬわ。誰か通報してくれ、この家、労働組合がないんだよ)
青龍を宿した転生者、カイト。
彼の、氷のように冷めたツッコミと、不本意な雷鳴に満ちた激動の人生は、まだ始まったばかりである。




