第26話: 【静寂】喧嘩の流儀、一秒で「正座」まで持っていく
火槍が鼻先に迫った瞬間、カイトはポケットから人差し指を出し、空中に浮かぶ魔力の「継ぎ目」を、順番に「トントン」と突いた。
――プスン。
「…………は?」
レナードが放った三本の火槍は、カイトの指先に触れた瞬間、構成式が物理的に解体され、ただの「ぬるい湿気」となって消えた。
「(……よし、これで消火完了。次は……その、しつこいクレーマー(お坊ちゃん)を強制終了させる。……喧嘩の流儀、その一。『一秒で終わらせて、定時に帰る』。これが俺のホワイトな信条だ)」
カイトは、周囲が瞬きをした隙に、レナードの後方へ「転送」に近い速度で移動した。
「(……お坊ちゃん。君の熱量に付き合うのは、サウナで厚着するくらい不毛なんだ。……はい、ここ、膝の裏ね。トントン、と)」
「……なっ!? どこへ——」
レナードが振り返るよりも早く、カイトは彼の膝の裏に、人差し指で軽い衝撃を叩き込んだ。
「――トントン、と」
「……っあ!?」
レナードの膝が、物理的に折れたのではない。「座れ」というシステム命令を直接筋肉に書き込まれたかのように、勝手にカクンと折れたのだ。
「(……はい、さらに肩に圧を上乗せ。……喧嘩の流儀、その二。『二度と絡む気が起きないほど、完璧な屈辱を与える』。……ほら、姿勢がいいね、お坊ちゃん)」
「な、何だ……これは……! 体が……勝手に……床に……っ!」
レナードは、廊下の真ん中で完璧な「正座」の姿勢のまま、固まった。
喉の筋肉すら「トントン」による微弱な麻痺で、まともに声が出ない。
「(……お。100点満点の正座だ。法事でもやるのかな?)」
「…………おい、レナード様が……正座してるぞ!?」
「何が起きたんだ!? 魔法が消えて、気づいたら説教されてるみたいな姿勢に……っ!」
取り巻きたちが、漫画のように「ヒェッ」と声を上げて後退りする。
「(……よし、45秒。目標達成。……あー、あそこの窓際の棚、昼寝にちょうど良さそうだな。午後の授業、自習にならないかなぁ)」
カイトは、正座のまま震えているレナードを横目に、再び「死んだ魚の目」に戻った。
「……お坊ちゃん。その正座、10分は解けないから。……じゃあ、俺は定時だから帰るわ。これ以上は『残業代』が出ないと動かない主義なんだ。……あ、廊下の掃除、よろしくね」
カイトは、呆然と立ち尽くす野次馬たちの間を、影のようにすり抜けて去っていった。
「(……おかしいな。あのお坊ちゃんを静かにさせれば、もっと平穏になると思ったのに。……なんでみんな、俺が通る時にモーセの十戒みたいに道が開くんだろう? まぁいいか、歩きやすいし)」
カイト、6歳。
彼の「ホワイトな学園生活」は、本人の望みとは裏腹に、「静かな恐怖」を振りまく「裏番長」への道を爆走し始めていた。
「(……あーあ。明日こそは、誰にも話しかけられずに、隅っこでカビの研究でもして過ごしたいなぁ)」
青龍を宿した少年は、洗練された「サボり技術」を武器に、今日も平和(という名の孤独)を求めて歩き出す。




