19話: ホワイト依頼の終わり、静かな黄昏
「リナさん。今日のお仕事は? そろそろ、有給休暇っていう概念を導入してもいい頃だと思うんだけど」
ギルドのカウンターで、カイトは五歳児特有のぷにぷにとした頬を突き出し、リナを見上げた。その瞳には「労働=悪」という社畜の魂が、これまで以上に色濃く宿っている。
リナは、もはや菩薩を超えて「虚空」を見つめるような笑顔で、一枚の依頼書を差し出した。
「は、はい……。本日の『ホワイト依頼』は、街の南にある『安らぎの丘』での……ええ、『夕日を眺めながら、おやつを食べる』ですわ。カイト様、今日は特別に、隣国の王室御用達の『極上メロンパン』をご用意しましたわ」
「……夕日を眺めてメロンパン? お、いいな。それなら汗もかかないし、お昼寝の延長線上でできる。前世の慰安旅行でも、こういう静かな時間が一番欲しかったんだよ」
リナは、喉元まで出かかった「絶叫」を、胃薬と一緒に飲み込む。
(……本当は、あの丘の上空に、数百年おきに現れる『次元の歪み』が発生して、そこから邪悪な魔力を孕んだ『魔隕石』が降り注ぐ予報なのよ! ギルドの結界魔術師が全員匙を投げて、もうカイト様に『トントン』してもらうしか道がないのよぉぉ!)
「それで、カイト様。もし……もし空から、ちょっと大きめの……そうですね、メロンパンみたいな石が降ってきましたら、その新しい薙刀で『トントン』と叩いて、パン粉にして差し上げてくださいな」
(……メロンパンじゃないわ、それ、一撃でこの国を地図から消す隕石よ! 叩いて粉砕してくれないと、この国の全生命体が『パン粉』になるのよ!)
「わかった。メロンパンみたいな石ね。……まぁ、見つけたら掃除してあげるよ。じゃあ、行ってくるわ。定時までには戻るから」
カイトは、漆黒の薙刀『不壊の黒龍』をピクニックのレジャーシート代わりに肩に担ぎ、夕暮れ迫る丘へと向かった。
「安らぎの丘」には、先客がいた。
星の動きから未来を予知する、占星術士のAランク冒険者・アルルだ。彼女はギルドからの極秘任務で、隕石の落下地点を特定し、住民の避難時間を稼ごうとしていた。
「くそっ……! 予知よりも落下速度が速い! あと数分で、あの巨大な『死の星』がこの丘に激突する! 私の最強防御魔法『星辰の盾』ですら、アイツにとっては紙同然……。おい、本部の増援はまだか!」
アルルが冷や汗を流しながら魔法陣を展開していると、後ろから「ペタペタ」という場違いな素足の音が聞こえてきた。
「あ、お姉さん。そこ、俺がメロンパンを食べる特等席なんだけど。どいてくれる?」
「……あ? ガ、ガキ!? バカか貴様! ここは数分後に『更地』になる場所だぞ! 今すぐ逃げろ! あそこに浮かんでいる『動く死神』が見えないのか!?」
「見えてるよ。リナさんに『あのメロンパンみたいな石をトントンしてこい』って言われたんだ。仕事なんだよ、これ」
アルルは絶句した。メロンパン? トントン?
目の前にあるのは、大気圏に突入して赤熱し、一振りで大陸を砕く衝撃波を撒き散らしている、深宇宙の災厄だぞ。
カイトは、面倒くさそうに丘の頂上まで歩いていくと、薙刀を持ち上げた。
目の前には、確かに巨大な、赤熱した「何か」が空を覆い尽くしている。
「(……あー、確かにこれ、メロンパンにしては焦げすぎだし、デカすぎるな。リナさんが掃除しろって言うのもわかるわ)」
カイトは、背中の【青龍】の核に触れた。
普段はサボりたい一心で抑えているが、この「理不尽な大きさのメロンパン(隕石)」を止めるには、毒を以て毒を制すしかない。
カイトは、溜息をついた。
それは、五歳の子供がつくものではなかった。
前世で、終電を逃し、会社で夜を明かすことが確定した社畜がついた、あの溜息だった。
「……あーあ。これ、絶対に定時に間に合わないやつじゃん。リナさんに残業代請求しなきゃ……」




