第12話: 最年少Sランク(暫定)の誕生
「ザ、ザックスさんの斧が……魔法銀合金の刃が、消えた……?」
リナの手から、ギルド秘匿の羊皮紙がひらひらと舞い落ちた。
彼女の持つ固有スキル【真理の鑑定眼】は、残酷な現実を網膜に焼き付けていた。今のカイトの攻撃には、この世界の理である「詠唱」も「魔力回路の駆動」も介在していない。
ただ、五歳児の未発達なはずの筋肉が、超精密な歯車のように噛み合い、大気を「物質」として圧縮。それを薙刀という媒介を通して放った——それだけの、純粋な物理現象。
「(……魔法ですらない? 筋力と技術だけで空間を削り取ったの? そんなの、神話の時代の軍神が酒に酔って暴れた時の記述でしか見たことないわよ……!)」
一方、カイトはといえば、手元でバラバラと崩れていく廃材同然の薙刀を悲しそうに見つめていた。
「……リナさん。やっぱりこの棒、脆すぎますね。一振りで摩擦熱に耐えきれず、柄が炭になっちゃった。すみません、備品を壊して。修理代、さっきの『拾った牙』で足りますか?」
「……足ります。足りますどころか、その牙一本でこのギルドが三つ建ちますし、隣の領地を一つ買収してお釣りが来ます。なんなら、今消えた壁の向こう側の森を買い取って、カイト様専用の更地にする権利も買えます」
リナは、もはや敬語が崩れかけていた。
視線を向ければ、そこにはザックスがいた。かつて「爆炎」と恐れられたAランク冒険者が、今はただの「斧の柄だけを持ったおじさん」と化し、生まれたての小鹿のように膝をガクガクと震わせている。
「……俺は……何を相手に……。今、アイツが『手加減』してなきゃ、俺の体もあの壁みたいに……断面も見えないまま、消滅してたぞ……」
ザックスの目からは光が消えていた。リナは確信した。
この五歳児を「可愛い子供」として扱うのは、活火山の噴火口で「暖かいですね」と微笑むくらい、致命的な認識の誤りであると。
「……おめでとうございます、カイト様。合格です。……というか、これ以上の試験を継続した場合、この街の耐久値が物理的に限界を迎えますので、強制終了とさせていただきます」
リナは震える手で、カイトのギルドカードに『蒼い刻印』を刻んだ。
それは、ギルド長が「国家転覆級の事態」にのみ発行を許可する、通称【特例S】。本人は「5歳だし、とりあえず見習いかな」くらいの顔をしているが、カードが放つ魔力の波動はすでに周辺の魔力計を振り切っていた。
「あー、ランクはどうでもいいんで。それよりリナさん、定時で帰れて、あんまり動かなくていい、ホワイトな依頼ってありますか? 実家がブラックすぎて、もう汗流すのは嫌なんです」
「……カイト様。あなたのような方が一歩外へ出て『汗を流す』だけで、周辺の生態系が絶滅の危機に瀕します。あなた様が動かないでいてくれることこそが、この街にとって最大の『世界平和維持活動』ですので……ええ、極上のホワイト依頼をご用意いたしますわ」
リナは必死に頭を回転させた。
この少年を戦場に送ってはならない。さもなくば、依頼主の敵軍どころか、戦場そのものが「地図から消える」。
「例えば……そう、こちらの『図書館の蔵書整理』はいかがでしょう? 座ったままで結構です。あるいは『高級宿屋のベッドの寝心地チェック』。これなら動かずに報酬が出ます。なんならギルドの予算から特別手当を出しますので、どうか、どうかその薙刀を街中で振るのだけはご勘弁を!」
「へぇ、寝るだけでいいんですか? この世界にも有給休暇みたいな依頼があるんだな。リナさん、あんた話がわかるね」
カイトが満足げに頷く。その瞬間、リナの背中に冷や汗が流れた。
今、この少年は自分を「話がわかる」と評価した。つまり、ここで彼の期待を裏切れば、自分もあの壁のように「話のわからない塵」として削り取られる可能性がある——そんな生存本能がリナを支配した。
「(……とりあえず、ギルド長に緊急連絡! それから、全ギルド員に『カイト君を絶対に怒らせるな、全力で接待しろ』という極秘指令を出さなきゃ。あと……)」
リナの視線は、カイトが持っていた薙刀の残骸へ向いた。
「(……あんな廃材であの威力なら、まともな武器を持たせたらどうなるの? 予算を使い果たしてでも、衝撃をすべて吸収して無効化するような『絶対折れない、かつ攻撃力を吸い取る棒』を特注しなきゃ。じゃないと、次は街そのものが『掃除』される……!)」
カイト、5歳。
リナという、恐怖と忠誠心の入り混じった専属受付嬢(兼・災害管理官)を確保し、彼の「不本意な伝説」は、ホワイトな偽装工作と共に加速していくのであった。
「よし、リナさん。明日からよろしくね。あ、残業は一切受け付けないから」
「……はい、喜んで! 定時1分前には退室していただくよう、全力を尽くしますわ!(切実)」




