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彼女と同棲するまでの話し-The story until live in with her-  作者: クランボラム豊田


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7/11

審判の刻

3月7日13時

本日12時より浜大の合格発表が行われており、サイトにアクセスして受験番号と生年月日を打ち込めば合否が確認できる。

システム混雑を予想して1時間ずらしてからアクセスを試みた結果……


『合格』


自己採点を疑っていた訳ではないが、合格結果を受けて一先ず安堵する。

合格の後の文章には正式な合格表明書と入学手続きの案内書の送付に関する案内が書かれていた。

チャットアプリを使い、家族や友人グループに合格報告するとしきりにおめでとうのスタンプが送られてくる。

鶴見の結果はどうなのかと気になっていたら俺の合格発表の報告を受けて那都が質問していた。

鶴見の受けた翠大の合格発表は2日後に行われるとのことだ。

鶴見も合格しているといいな。

岡山先生への報告は必要最低日数の確保の登校も兼ねて3日後に直接報告すればいいか。

他に連絡する相手と言えば岩手さんだな。

携帯を手に取り登録してある連絡先から岩手さんの電話番号を出して掛ける。


『お電話ありがとうごいます。岩手です』


2コールの後に岩手さんに電話が繋がる。


「お久しぶりです。筒井です」

『筒井様お久しぶりです。本日はどのようなご用件でしょうか?』

「大学の合格が決まったのでご連絡しました」

『おめでとうございます』

「それでなんですが、速水の3度目の裁判に出席しても良いでしょうか?」

『勿論です。お席もご用意します』


2回目の裁判が終わった後にも岩手さんから連絡を貰っていて最後の裁判日となる日程、6日後の13日午前10時からだと事前に伝えられていた。

不合格だった場合は出るつもりはなかったが、合格が決まれば出たいと思っていた。

それに裁判が終わった後に時間があれば速水や岩手さんと今後について話しをしたい。


『裁判所の場所は分かりますか?私は準備が必要なので当日の送迎は出来ないのですがよろしいでしょうか?』

「場所も移動方法も大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

『ご不明な点やご質問はございますか?』

「いえ、大丈夫です」

『それでは当日お待ちしております。何かありましたらまたご連絡ください』

「はい。それでは失礼します」

『失礼致します』


電話を切ったあと予定表に記入する。

あと6日で決まるのか。

懲役刑が無ければ新年度からは俺の近所に住んでもらうつもりでいる。

なのでこの判決次第で俺の大学生活にも大きく影響する重要な1日となる。

裁判以外にも大学が決まったということで俺自身の新居先も探さなければいけない。

引っ越しサイトで入居先の目星をつけて実際に現地まで行って内見も行わないと。

今後の予定として大学への入学手続きを行い、3月が終わるまでの残り3週間の内に3日学校に登校しつつ、13日には裁判所に出廷して新居探し&引っ越し準備と全て一人で行わなければいけない。

受験勉強が終わり、一息付けそうだが、やらなければいけないことは残っている。



3月9日

グループチャットに1通のメッセージが届く。

どうやら鶴見も無事志望校である翠女子大に合格したと連絡が来たのでおめでとうと一言返信した。

その後、卒業旅行の話しが出たが、まだ出席日数が足りておらず、学校に登校しなければいけない事や新居探し等の新生活の準備を理由に時間が取れるか分からない事を伝えると代わりに夏休みに旅行することで話しが纏まった。

他にも13日に集まって合格のお祝い会をやろうと言う話しになったが、その日は速水の裁判がある日なので用事があるので行けないと断った。



3月10日

合格報告をする為、学校へと登校する。

事前に言われた通り、まず職員室に向い、岡山先生に会いに行く。

失礼しますとあいさつをしてから職員室の扉を開き、岡山先生の席へと向かう。


「おはようございます」

「おはよう。筒井結果はどうだった」

「はい無事合格しました」

「それは良かった。本来の志望校は浜大じゃなかったとはいえ、無事合格したことはめでたい。おめでとう」

「ありがとうございます」

「大学の入学手続きは大丈夫か?分からないことがあれば何でも聞いてくれ」


合格通知書と一緒に届いた入学手続きの案内に書いてある通りに進めれば問題ないと思うが、いざという時は頼らせてもらおう。


「筒井なら大丈夫だと思うが期日が過ぎれば取り消しになるから気を付けるんだぞ」

「はい。ところで今日どうすればいいですか?」

「そうだな。今日は3階の多目的室が一日中空いているからそこで下校時間まで過ごしていてくれ。課題などはないから好きにしてもらって構わない。携帯の使用も許可する。ただし授業中は教室から出歩いたりするなよ。何もやることがないのなら勉強道具をこちらが用意してもいいし、図書館で本を借りても良い」

「卒業生でも本って借りれるんですか?」

「3月いっぱいはこの学校に在籍している生徒だから問題ない。但し、もし借りるなら絶対に返し忘れるなよ?」

「勿論です」


とはいえ、本を今すぐ借りることは出来ず、借りられるのは図書委員がいる昼休みと放課後の間だけになるので今日の午前中は読むことが出来ないので手持無沙汰となりそうだ。


「残り2日間はいつ登校を予定しているんだ?」

「明日、明後日と3日連続で来ようと思っています」

「そうか分かった」

「ところで先生、速水の」

「その話しは後でしよう」


周囲を見渡すと下級生が近くに居たので万が一にも耳に入らないようにするために用心したのだと察した。


「多目的室まで案内する」


鍵を取ってから職員室を出たので俺も後についていく。

多目的教室に着いて鍵を開けて入ると椅子に座り対面する。


「さっきの話しだが速水の裁判の話しのことだな?」

「はい。そうです」

「合格したし参加ということでいいんだよな?」

「はい」

「当日の朝8時半迎えに行く」


もし、自力で裁判所まで行くとなったら電車とタクシーを使わないと行けないので車を出してもえるのはありがたい。


「わかりました。よろしくお願いします」

「また空いた時間に見に来る」


そう言い残して先生が教室から出て行った後、予鈴が鳴る。

携帯の使用許可は出ているので昼休みまでは携帯を使って新居探しすることにしよう。


お昼になる少し前に岡山先生が見回りに来た。


「調子はどうだ?」

「普通です」

「普通って、どんな感想だよ。教室でずっと一人になる経験なんて滅多に出来まい」

「なるほど。そういう考えはなかったです。確かに新鮮ですね。あ、一つ質問良いですか?」

「どうした」

「先生って今一人暮らしですか?」

「それは私が独身だと煽っているのか?」

「あっ……そういうつもりはないです。決して」


岡山先生も独身だと気にしているんだな。

相手はいくらでもいるだろうから好きで独り身なのだと思っていた。


「だったらなんだ?」

「新居の物件探していて、岡山先生が優先していることがあれば聞いておきたいと思いまして」

「そういうことか。一番大切なのは家賃だな。上限を決めた後に立地、職場や学校までの距離を優先する。通学時間がネックになるのは良くない。中には数時間掛けて通う生徒もいるだろうが、一人暮らしなら近い方が良い」


家賃や大学への通学時間は最初から頭に入れているので、俺にない視点、経験談からの意見が聞きたい。


「他にはなにかありますか?」

「近隣にスーパーやコンビニがあると便利だな。筒井は自炊をするのか知らないが弁当や総菜品を買うにしても近くに店があると色々と楽だな」

「自炊の予定は今の所はないです」

「そうか。今は大丈夫でも若いうちから栄養バランスには気を付けた方がいいぞ」

「その辺は一応気を付けてます」


今も一人暮らしで食事は総菜中心だが、同じような食事にならないよう気を付けている。


「それならいい。あとは……1階の部屋は辞めた方が良い。それと家賃だけでなく管理費にも必ず目を通しておけ」

「どうしてですか?」

「1階は泥棒に入られやすい。上の階であれば階段やエレベーターを利用しなければいけない。泥棒は他の住人との遭遇を嫌う為、すぐ入ってすぐに出られるよく1階をターゲットにするらしい。管理費の方は家賃とは別に毎月支払わなければいけない。家賃だけを見て管理費を見落とすと予定していた予算をオーバーしてしまう可能性もある。管理費がない物件もあれば、家賃は安いがその分管理費が高い物件なんてのも存在する。友人談だとロフト付きの部屋も避けた方がよいと聞く。夏は暑く冬は寒い。荷物置き場に使うとしても仕切りが無い分、エアコン電気代が無駄に高くなることは避けられない」

「参考になります。では、あると便利な機能やお店はありますか?」


避けるべき物件、マイナス要素を教えてくれているのでプラス要素も聞いておきたい。


「風呂暖房はあると便利だな。ただその分、家賃は少し高くなるかもしれないが。他にはドラッグストアが近くにあると便利だな。まぁ都会の大学なら大抵のものはある程度近くに揃っているだろう」

「確かにそうですね」

「住人に関してはゴミ捨て場を見るとどういう人が住んでいるのか参考になる。ゴミ出しは住む場所によってルールが定められているがルールを守らない人間も存在する。そんな住人が住んでいるところは避けるのが無難だ。っとまぁこんなところか」

「ありがとうございます。色々と参考になりました」

「実際に入居してからじゃないと分からないことも多い。特に住人関係はな。いい部屋が見つかるといいな」

「はい」


岡山先生から話しを聞いている間にチャイムは鳴り、既に昼休みに突入する。


「少し長話しになってしまったな。それじゃまた後でな」


ずっと休んでいるようなものだけど、俺も昼休みを取ろう。

昼食はどうしようか。

以前、春馬と泰夏に奢ってもらった回鍋肉の味を思い出す。

美味しかったな……日替わり定食だったので同じものが食べれることはもうないかもしれないが、新たな美食を求めて食堂に行くことに決めた。

前に来た時はもう少し混雑していたが、3年生は卒業した後だからか食堂が空いている。

今回も日替わり定食を頼もう。

日替わり定食の内容は予め告知されているようだが、あえて見ないで注文する。

本日の日替わり定食は野菜炒め定食。

俺としては物足りなく感じた。回鍋肉と食材はそれほど変わらないのはずなのに味付けが好みではなかった。

食事を終えたあとは図書室へ向かい、本を借りる。午後からは新居探しを中断して借りた本を読んで過ごした。

思った以上に本が面白くて、夢中になって読んでいるとあっという間に3日間が過ぎ、登校最終日の放課後になっていた。


「これで筒井も無事卒業だな」

「お世話になりました」

「明日の事、時間を間違えないようにな」

「はい。8時半に家まで迎えに来てくれるんですよね」

「そうだ」

「岡山先生は俺の家の場所を知ってるですか?」

「両親と連絡が取れない時に直接何度か家まで伺ったからな」


皮肉を交えて答えられる。

両親の連絡先変更を伝えなかったことをまだ根に持っているのかもしれない。


「良かったです」

「私は少し早めに着くように出発するが、筒井は時間通り家を出て来てくれて構わない。但し遅刻は厳禁だぞ」

「分かってます。明日もよろしくお願いします」

「ああ、それじゃ気を付けて帰れよ」

「先生、1年間ありがとうございました」


岡山先生と学校での最後の挨拶をして別れる。




3月13日

普段と同じような時間に目が覚める。

岡山先生との約束の時間は登校よりも少し遅い時間なので、少しだけ時間に余裕がある。

この時間を活用して北条からのメッセージの返信を考えよう。

北条から送られてくる内容はその日あった出来事を日記のように楽しそうに書かれている。

北条が毎日送ってくれているのにも関わらず、返信したのは北条の家から帰る途中に送った1通だけでそれ以降は何も送っていないままだった。

つまらない男だと思われてしまえば、もうメールが送られてこなくなるかもしれない(そんなことはないとは思うが)と考えると手が伸びなかった。

流石にこのままずっと無視しているわけにも行かないので、そろそろ返信しないと。

丁度、昨日高校を卒業したのでそのことについて書くか。


『返事が遅くなってしまい悪かった。どんな内容を送ればいいか悩んでいて中々返信出来なかった。俺も北条のように日記みたいに書けばいいのか?といっても俺は北条みたいに華やかな毎日を送ってる訳じゃないから話題に乏しくてなぁ』


「出だしはこんな感じでいいのか……?」


『昨日でようやく俺も高校卒業が決まった。出席日数が足りていない生徒は俺以外に居らず、学校に行っても多目的教室でずっと一人だった。でも先生が監修することもなければ、教室に居るだけで自由時間だったので、図書館で借りた本をずっと読んでいた。長編シリーズ物でまだ全部読み切れていないから続きは今度本屋に行ったときに買おうと思う。面白かったので興味があったら北条も読んで欲しい。タイトルはー』


メールを書き終えて送信するといい時間になっていた。

既に出かける仕度は整っているので外に出ると岡山先生が車の中で待機していた。

車に乗る前にガラス越しにおはようございますと挨拶すると車の窓が少しだけ開く。


「おはよう。車に乗ってくれ」

「はい。いつ頃着いたんですか?」

「15分くらい前かな」

「連絡くれればすぐに出たんですけど」

「急いでる訳ではない。約束した時間に遅れていないのなら、それまでは家でゆっくりしていてくれて構わない」


待つことに抵抗がないのだろうか?余裕がある大人かっこいい。


「シートベルトは締めたか?それじゃ出発する」


俺のシートベルトを確認した後に車を発進させる。


「筒井は裁判の傍聴は初めてか?」

「初めてです」

「分かっていると思うが、ただ黙って話しを聞くだけだ。私たちに出来ることは何もない」


そう言った岡山先生は緊張を誤魔化すようにドリンクホルダーから水を取り口に含む。きっと俺よりも関わりが深い先生の方が速水の刑が軽くなることを祈っているのだろう。

頭の中で分かっている。既に俺たちが関与できる段階は過ぎている。


「今日はミルクセーキじゃないんですね」

「おい、何故私がミルクセーキが好きだと知っている」

「お見舞いに来た時に病院で飲んでましたよね?甘い匂いで気づきました」

「意外と見られている物だな。甘い物を飲むのは疲れている時だけで朝は白湯だ。白湯はいいぞ」

「コンビニでも売ってますよね。美味しいんですか?」

「ぬるいお湯だから美味くはない。が、健康に良いのは間違いない。美容にもいいみたいだしな。私は学生の頃から白湯を飲み続けている」


岡山先生の若さの秘訣は白湯にあったのか。


「もし水に金を掛けるのに抵抗があるなら水道水を沸かして少し冷ませば手軽に自作できる。興味があれば試してみてくれ」

「機会があれば」


恐らくやることはない。


「ぜひ試してみてくれ」


軽く流すつもりでいたが念押しされると一度くらいは飲んでみようという気にさせられる。


「因みに即効性がある訳じゃないからな。1度や2度飲んだからといってすぐ効果が表れるわけではない」

「……」


まるで俺の心の中を読んだかのように補足される。


「先生は最近調子はどうですか?」


卒業式を終えて担任業務から解放された岡山先生の姿は病室で会った時と比べると別人のようで以前の姿を取り戻している。

お見舞いに来てくれた時は俺と比べてもどちらが病人か分からないくらいに疲弊した姿だった。俺も食事を取れていなかったので痩せこけていたが……


「そういうのは普通教員側が言うの台詞だと思うんだが、今はなんとか落ち着いた」

「良かったです」

「筒井の方はどうだ?良い物件は見つかったか?」

「はい。何件か見つかったので近い内に内見しに行く予定です」

「それなら良かった。他の学生や社会人も新生活に向けて引っ越しが多い時期だからな。直前で空きが埋まる可能性もあるから候補を複数立てておくのは良いことだ」

「先生は過去にトラブルがあったんですか?」

「私はないが友人がな。内見予約した前日に部屋が埋まってしまい、不動産側は友人の内見予約を勝手にキャンセル扱いにして連絡もなく当日を迎え、繁忙期だった事もあって、予約なしとみなされて担当の取り次ぎにも2時間待たされると散々な目に遭っていた」

「それはその不動産があまりにも酷すぎるだけでは……?」

「世の中には自分でコントロールできる問題と出来ない問題がある。いい加減な管理会社は入居してからも対応に問題がある可能性が高いからな。そういった場合は不動産自体を変えた方が良いだろう」

「でもそう言った場合、事前に調べてた部屋が分からなくなりませんか?」

「部屋情報は不動産間で共有されているから物件が分からなくなっても調べてもらえる。予め調べた部屋のコピーを取っておくとスムーズに進むだろう」

「なるほど。うちはコピー機が無いのでコンビニで取ろうと思います」

「職員室まで来れば無料で使えるぞ?」

「数十円ケチってまで学校まで登校するのはタイパ悪いんで」

「そうか。時間は有効活用しないとな」

「もしかして生徒が卒業して寂しいんですか?」

「馬鹿っ!べ、別に寂しくなんてないんだからねッ///」

「……」


うわー……こういうのをツンデレって言うんだったか?

アニメでしか聞かないような台詞を精一杯可愛く作った声で聞かされるのは正直キッツイ。


「おい」


緊張しているかのような低い声で呼ばれる。


「なんですか?」

「な、何か感想はないのか?」

「ああいうのは今後止めた方が良いですよ」


スパンと頭を叩かれ、横を向くと岡山先生の顔は怒りと羞恥心で耳まで赤くなっていた。

その後、車内は微妙な空気となり、無言で移動することになった。

先生の為に正直な感想を言っただけなのに酷い。



「着いた」


1時間ほど車で移動して後に目的地の裁判所へ到着する。

裁判開始の時間まではまだ時間に余裕がある。


「まずは受付に行く」

「はい」


勝手が分からない俺は今回で3回目の傍聴となる岡山先生の後に付いていく。

所内に入ると本日の予定表が表記されており、確認してから法廷へと向かう。

部屋に入ると他の傍聴者はまだ居らず、検査員に手荷物を調べられた後、携帯電話の電源は切るように促される。

席に着いてしばらくすると俺たち以外にも何人か記者らしき人や見物人が次々と席に座り始める。抽選こそなかったが事件が全国放送されたこともあって、それなりに注目されていることが伺える。

開廷の時間になると裁判官、書記官、検察官、岩手さん、速水の順番に姿を現す。

速水は最後にファミレスで会った時のプリンヘアーのままで髪が伸びていた。

判決には直接関係ないとは思うが、こういう場では身なりをきっちり整えた方が裁判官の心象が良いのではないだろうか?


裁判が始まると速水は証言台に呼ばれ、裁判官から名前と生年月日、住所(現住所ではなく事件当時の住所)を確認する人定質問が行われ、本人である最終確認ができた後、カンと小槌を鳴らされる。

この時の速水の声はファミレスで会った時と同じように受け答えが弱々しい。


「それでは判決を言い渡す」


裁判官の一言で空気が重くなり、法廷に居る全ての人の手に力が入ったのが分かる。


「今回の事件、被告人の行動は被害者の急所を狙ったものであり、殺人未遂に当たる。殺人動機もまた身勝手極まりない」


非常によろしくない流れであるというのは素人目に見てもわかる。


「しかし凶器に使われた布切りハサミは急場で用意しており、計画性が乏しいことは明白で攻撃も1度のみ。被害者の怪我は深かったものの、現在は回復しており、示談が成立していることや被告人の将来を踏まえて検察側の求刑懲役5年に対して禁錮刑3年、5年間の執行猶予付きの判決とする」


2度打った小槌は閉廷の合図となり、裁判は終わりを告げる。

始まってからまだ10分しか経っておらず、随分とあっさりと終わった。しかし重苦しい雰囲気による心労からか疲労感が身体に纏わりつく。

結果として執行猶予が付いたので速水と岩手さんが目指していた結果を勝ち取った。

傍聴室を出て、少し離れた場所で先生と会話する。


「随分早く終わってしまいましたね」

「そうだな。前回まではもう少し長かったんだがな」

「先生は裁判の判決をどう思いますか?」

「私は法律に明るくないが、殺人未遂として判決が下ってしまったのは残念だ。出来れば傷害罪に収まっていてくれればと思う。弁護士の方も殺人未遂ではなく傷害罪を主張していたからな」


なるほど。そういう見方をしていたんだ。


「筒井はどうだ?判決に不服か?」

「俺は法律の素人なので妥当なのか軽いのか重いのか分かりませんが、執行猶予がついたことで禁錮刑にならずに済むのは良かったんじゃないかと思います」

「そうか。この後はどうする?食事の時間にはまだ早いが何か食べてから帰るか?」

「そうですねー」


時間を確認するために携帯電話の電源を入れると1件着信が入っていた。

着信元は岩手さんでついさっき掛かってきたばかりだった。


「あっすみません。先に車に戻っていてもらっていいですか?」

「ああ、構わないがどうかしたか?」

「腹痛です」


隠す必要はないのかもしれないが、咄嗟に嘘をついてしまう。

岡山先生が見えなくなる位置まで移動した後、岩手さんへ折り返しの電話を掛ける。


『岩手です』

「筒井です。どうされましたか?」

『裁判が終わったので今から直接お話しできればと思い、ご連絡しました』

「分かりました。どちらに行けばいいですか?」

『傍聴席の部屋を出て、左から3つ目の部屋の前に来ていただけますか?』

「すぐ行きます」


先生を待たせているのであまり長引かないようにしないとな。早めに歩いて指定された場所まで向かう。


「急に呼び出してすみません。お時間は大丈夫ですか?」

「知人と来て、待たせているのであまり時間は取れないです」

「分かりました。では手短に、判決が出た通り、殺人未遂として3年間の懲役を言い渡されましたが執行猶予を頂きました。もし、再審となった場合は追って私からご連絡差し上げますが、再審要請は低いと見ています。來玲愛さんと義明さんの連絡先はこの後メールにて送信します」

「わかりました」


岩手さんとは打ち解けて、少しは気軽に話すことも出来るようになったが、恐らく話すのはこれで最後になるだろう。

それではと別れの言葉を切り出そうとしたタイミングで……


「最初にお渡しした名刺はまだお持ちでしょうか?」

「はい。持ってます」

「事務所のホームページや電話番号も記載されているので困った事があればご連絡ください。相談であれば無料で承ります」

「はい、ありがとうございます」

「本日はご足労ありがとうございました」

「岩手さんもお疲れさまでした。失礼します」


弁護士相手に相談するようなことはないとは思うけど、携帯の連絡帳に記録してある岩手弁護士の名前はそのまま残しておくことにしよう。

急いで駐車場に戻り、岡山先生と合流する。


「お腹の調子は大丈夫か?調子が悪いようなら直帰するが」

「いえ、大丈夫です。すっきりしました」

「そうか。ならよかった。それでどうする?何か食べたい物はあるか?」

「先生が食べたい物でいいですよ」

「それなら筒井の合格祝いも兼ねて鯛めしを提供している店でもいいか?」

「はい」

「決まりだな」


食事を終えた後は自宅まで送ってもらい、お礼を言って解散した。

先生ともこれで最後の別れとなるが、卒業式に別れは済ませたつもりでいたので、しんみりすることもなかった。

大学受験を終えて春からは浜大に通えることとなり、速水も有罪判決を下されたが執行猶予がついたことで次のステップへと進めることが出来そうだ。



3月14日

0時日付けが変わってすぐに一件のメッセージが届く。宛名は北条からだった。


『今朝は返信ありがとう。やっと返してくれたね。ずっと待ってたんだよ?なんてね。返信はたまにでいいっていたのは私からだから気にしないで。柊吾くんの読んだ本、私も以前に読んだことあるよ。面白いよね!柊吾くんはどこまで読んだのかな?全部読み終わったら感想話し合いたいな。ところでさ……昨日の柊吾くんの用事って速水さんの裁判だよね?』


北条のメールから速水の名前が出てきてドキリとする。


『私も被害者の一人だからかなり前に弁護士さんから連絡をもらって示談交渉があったんだ。お金は要らないから今後、私や春人くんの生活圏に近づかないってことで合意したの』


本来の被害者は俺じゃなく、北条だからこそ身の安全を確保したいということだろう。

被害理由は分かっていても実際に速水から直接聞いた訳ではなく、憶測が含まれている分、北条からしたら余計に怖かったのかもしれない。


『実はそれっぽい事件の裁判には目星をつけていて、今日の柊吾くんの件で確信した。良かったら結果、教えてもらえないかな?』


北条からの返信は以上。

昨日の傍聴は申請すれば誰でも聴くことが出来た。裁判の結果も調べればすぐに分かるようなことだから俺から教えても問題ないと判断する。


『結果から言うと禁錮3年、執行猶予5年の判決で決まった。北条の方にも示談があったんだな。俺も弁護士の方とやり取りをしたよ』


北条としてはこの判決に対して納得いかないのかもしれない。

すぐ返信が来ると思ったけれど、10分経っても返信はない。もしかしたら1日1通の約束を律儀に守っているのかもしれないな。


『良かったら電話で少し話さないか?必要なければ無視してくれ』


と送るとすぐに北条から電話が掛かってきた。


『もしもし?柊吾くん?』

「こんばんは」

『こんばんは。急に電話だなんて言われてびっくりした』

「もしかしたら話したいことがあるんじゃないかなって思ってな」

『そうだね。うん、いいかな?』

「勿論。別にメッセージも必要なら何通でも送ってきてくれても構わない」

『それは……私が自分で決めたルールだから』

「でもやり取りができないと困るときもある。もしそれでも抵抗あるようなら必要だと思ったら今度からは俺から電話を掛ける。北条が不要だと思ったら無視してくれて構わない」

『わかった。ありがとう』

「それで速水の判決だけど、メッセージで書いた通りだ」

『うん』

「北条はどう思った?」

『示談が成立してる上でこういうこと言うのは良くないってのは分かってるんだけど……ちゃんと有罪になって良かったって思ってる。本当は罰せられない方が良いんだろうけど……私、性格悪いね』

「そんなことない」

『ううん悪いよ』

「関係ない第三者が罰を望むのと当事者が望むのは違う。少しくらいは毒を吐く権利がある」

『そう言ってもらえると助かるな。見損なわれるかもしれないって思ったから』

「そんなことで評価が変わったりはしない。流石に死刑になればよかったのにっと言われたら反応に困るが」

『あはは、そこまでは思わないよ。でも柊吾くんって私の優しさ?みたいなところに魅力を感じてくれてると思ってたから今の私って柊吾くんの好きな私とは真逆なんじゃないかな?』

「そんなことはない」

『ありがとう。私のもやもやを解消する為に話してくれてるんだよね?』

「北条にも思うことがあるように感じたからな」

『うん、おかげで少しは晴れたよ。それじゃあ切るね』

「ああ、おやすみ」

『おやすみなさい』


北条がどれだけ不安や不満を抱えていたか分からないが少しでも解消できたのであればよかった。

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