お呼ばれ
家に帰ると14時を回っていた。軽めの昼食を済ませて16時まで勉強する。
女の子の家に招待されるのは初めてだ。携帯でマナーを調べるものの今回の俺のようなケースはなく、調べても参考にならない。
普段から身だしなみに気を使う方ではない為、ヘアワックスや香水の類は持っていない。
少しだけ汗を掻いてしまったので、シャワーを浴びて行く。服装は普段通りの私服で問題ないと思うが、手ぶらはまずいだろうか?
手土産を買う為に約束の時間より早く家を出て、デパートでお土産を探す。
お土産の定番と言えばケーキだと思うが、一応今回は卒業式のお祝いということなので、北条の家族でもケーキを用意しているかもしれないから避けておこう。
買う物もそうだけど、数量も確認する為、一度北条にメッセージで確認する。
『北条の家って何人家族なんだ?』
『うちは両親と私と妹で4人家族だよー。どうしたの急に?』
『少し気になっただけだ』
『何それ』
手土産の品はプリンに決めた。量も多くないし、消費期限も数日は持つので今日、明日食べなくても大丈夫だろう。
プリンを4つ購入し、電車に乗って3駅離れた待ち合わせ場所まで向かう。
時間に余裕を持って来たつもりだったが改札を出ると制服姿の北条は既にベンチに座って待っていた。
「お待たせ」
「うんうん全然。私も今来たばかり。あれ?その紙袋は?」
「来る前に手土産にプリン買ってきた」
「今日はお礼の為に呼んだお客さんなんだから気にしなくても良いのに。でもありがとう」
まだ3月になったばかり。既に日も沈んでいて、気温は下がり北条は少し寒そうにしていた。
こういう時、着てる上着をさりげなく掛けてあげればいいのかもしれないが、俺には出来ない。
「えいっ」
「冷た」
北条が冷えた両手で俺の手を握ってくる。
「柊吾くんの手、暖かいね」
「さっきまでポケットに手を入れてたから」
「ポケットに手を入れたまま歩いたら危ないよ」
「今度からは気を付けよう」
「とか言ってやめないでしょ」
「……片方だけでも出すことにする」
「転んで怪我しないようにね」
「そんなにドジじゃない」
「でも前科があるしなぁ……」
それは林間学校での事を言ってるのか?
「なぁ」
「うん?」
「いつまで握ってるんだ?」
「ん~私の手が温まるまで?それじゃあいこっか!こっちだよ」
当然のように手は握ったまま、北条に引っ張られ歩き出す。
「家までどれくらい離れてるんだ?」
「歩いて15分くらいかな?ところで柊吾くんってしゃぶしゃぶって好き?」
「まぁ好きかな?」
曖昧な返事をしたのは普段食べることが無いからだ。しゃぶしゃぶを最後に食べたのは随分前で多分小学生の頃以来になる。
肉も野菜も好きだし、食材をサッと出汁に通して食べるシンプルな調理法が不味い訳がない。だからきっと好きに違いない。
「良かった。今晩はしゃぶしゃぶなんだ。お肉もいっぱい用意してあるから沢山食べてね」
「ああ」
こういう時どれくらい食べるのが正解なのか、残すのはいけないのは分かるが、食べ過ぎるというのもどうかと思うしなぁ。
「柊吾くんのお家はお鍋の締めっていつもどうしてる?」
「鍋は作らない」
「え、そうなの?家は冬になると1週間に一回はお鍋だよ~。うちの締めはそばなんだー。他の子に言うと変わってるってよく言われるけどそばも美味しいんだよ」
「そば?」
「あっそば駄目だった?嫌いだったり、アレルギーがあるならうどんに変えてもらうけど」
「いや、平気だ。そばは好きだが、しゃぶしゃぶにそばは初めて聞いたから少し驚いただけだ」
「よく言われる~」
駅を離れると商店街を通って住宅街に入って行く。
途中、とある家の前を通ると犬に吠えられ、その瞬間、北条に顔を覗かれる。
「俺の顔を見てどうした?」
「ここのお家のわんちゃんって普段通らない人が通ると必ず吠えるんだよ」
「そうなんだ」
「こっちから来るときは死角になって見えないから初めて通る人はみんな驚くんだ。でも柊吾くんは全然驚かなかったね」
「吠えられただけだしなあ」
「それでもみんなびっくりして驚くんだよ」
「だったら最初から教えてくれればよかったのに」
「えへっ柊吾くんの驚いた顔が見てみたくって。私、貴方の慌ててる姿って見たことないから」
「それを言うなら北条も滅多に驚いたり慌てりしないだろ?」
「でも柊吾くんは私と違って全くだよね?」
「俺の場合、感情が希薄なだけなのかもしれない」
「そんなことないと思うけど」
「一つ聞いていいか?」
「なに?」
「なんで制服のままなんだ?」
「だってさ、今日が女子高生最後の日だからね。この服着れるのは今日で最後なんだよ」
「そんなことないと思うけど……」
「確かに着ようと思えばいつでも着れるけどね。でも明日からは制服じゃなくてコスプレになっちゃうんだよね」
なるほど。確かにそうなるのかもしれない。
「あそこが私のお家だよ」
喋っている間に北条の家まで着いてしまう。
周りとそう変わらない一軒家。それでも玄関前にガーデニングで彩られているせいか他の家より華やかに見える。
家の扉を開ける際にずっと繋いだままだった手が離される。
「ただいまー」
「おかえり~」
「こんばんは」
「こんばんは。あなたが柊吾くん?初めまして母の麻尋です」
「初めまして筒井柊吾です。本日はお招きいただきありがとうございます」
「そんな畏まらなくって大丈夫よ。それより噂には聞いていたけど、本当におっきいね。身長いくつ?」
「192cmです」
「うわぁ、おっきい~~」
「これ糖銘堂のプリンです。よろしければご家族で召し上がってください」
「わざわざお土産まで用意してくれてありがとう。さっ、上がって上がって」
「お邪魔します」
麻尋さんは北条の容姿にも負けず劣らずの美人で少し話しただけでも気さくな人だと感じた。
母親と挨拶を済ませてリビングへと通されるとソファーに座っている父親とも対面する。
「初めまして筒井柊吾です。お邪魔します」
「こんばんは。初めまして陽菜の父の長政です。麻尋こちらへ」
「はい」
長政さんは麻尋さんを呼び寄せると二人同時に膝をついて頭を垂れる。つまり土下座。
「この度は娘の命を救っていただき本当にありがとうございました」
「柊吾くんのおかげで陽菜の身体には傷一つなく無事です」
「ちょっと頭を上げてください」
「私たちはどれほど感謝してもしきれません。本日はささやかながら楽しんでいただけたらとご招待させていただきました」
俺が頭を上げてと言っても聞き入れられずにずっと土下座の態勢のまま言葉を綴られる。
最近は岩手さんといい、義明さんといい、年上の方から敬語を使われる機会が多い。
しかし友達の両親からここまで低姿勢で接してもらうのは居心地が悪い。
「わかりました。わかりましたからもう大丈夫です。敬語も止めてください」
「はいはい。柊吾くんも良いって言ってるからお父さんもお母さんも顔を上げて?」
北条が2回手を叩くと2人は顔を上げて土下座を止めてくれた。
事実、北条は悪いことなんて一つもしていない。
感謝の意を表すための土下座だとしても娘の前でこのような恰好をさせて申し訳なく思う。
気にしているのは俺だけで北条や両親は特に気に留めていないのだろうか?
「それじゃ、夕食の支度の続きをするのでもう少し待っててね。陽菜もご飯の準備手伝ってもらってもいい?」
「はーい。ごめんね。ちょっと料理手伝うから筒井くんはどうしよっか。ここに居る?それとも私の部屋に行く?」
「ここで待ってるよ」
北条の部屋は気になるけれど、初めて来た異性の家で本人の目の届かないところで一人で居るというのも何かあった時に誤解を生みかねないのでこのままリビングで待機させてもらおう。
北条と麻尋さんが料理を作り始めて数分、長政さんは挨拶以降一つも喋らずに本を読んでいる。
「ただいまー」
「あ、るーちゃんが帰ってきた」
「るーちゃん?」
「妹だよ。お母さんは私が陽菜だから妹は月菜だって名前を付けようとしたんだけど、お父さんが月菜でるなとは読めんだろって言ってね。結局つきなって名前になったのにお母さんは諦めきれなくってるーちゃんって呼んでるの」
「お母さんは今でも月菜って呼び方の方がよかったって思ってるもん」
「勘弁してくれ」
ここに来てから初めて北条家トークが聞けた。娘なのにであだ名で呼ぶのは少し不思議で面白い。
北条が説明してくれてる間に月菜ちゃんは自室に荷物を置きに行ったのか、直接リビングに顔を出していない。
「ただいまー誰かお客さん来てるの?」
「るーちゃんおかえり~」「月菜おかえり」「おかえり月菜も挨拶しなさい」「こんばんは。お邪魔してます」
「あ、筒井先輩こんばんわ。ちょっと母、お客さんの前でるーちゃん呼びは止めていつも言ってるでしょ」
「だってるーちゃんはるーちゃんだし。急に変えられないよ」
「んぁあ~~もうっ!」
マイペースな麻尋さんに頭を掻いて悶える、るーちゃ……月菜ちゃん。まるでホームビデオのワンシーンを見ているような気分だ。
「あれ?2人って面識あるの?」
「まーね」
「前に一度、学食で少しだけ喋ったことがある」
「そうなんだ」
「あっ!」
麻尋さんが急に大声を上げる。
「どうしたの?」
「ポン酢が切れてる。るーちゃん悪いけど、ちょっとコンビニまで行って買ってきてくれない?」
「えー私?姉が居るじゃん」
「お姉ちゃんは今盛り付けして貰ってるから」
「じゃあ父は?」
「お父さんはもう外に出かけるような恰好じゃないでしょ」
「はぁー……分かった行ってくる」
一瞬、俺に目を向けたものの流石に客人に使いっぱしりにさせる訳にもいかず、諦める。
「お願い。お金はー」
「後で貰う」
るーちゃんがリビングを出て玄関へ向かう。
時刻は現在18時40分。外は既に真っ暗。
「あの、俺も付いて行きます」
「え、柊吾くんはゆっくりしてていいよ。お客さんにお使いなんて頼めないし」
「もう暗いですから近所とはいえ、女の子一人で行くのは良くないかなって」
「うーん。それじゃお願い出来る?」
「はい」
近所のコンビニに行くのに付き添う必要なんてないのは分かっている。
一度外の空気を吸いたくなったなので、適当な理由を付けてるーちゃんに付いて行くことに決めた。
リビングから出た時には既に玄関にるーちゃんの姿はなく、外に出て行ってしまったので急いで靴を履いて後を追う。
「るーちゃん待って」
「あれ筒井先輩?てゆーか、るーちゃん呼びは止めてくださいね」
「ごめん。その呼び方嫌いなのか?」
「母に呼ばれる分には良いですよ。でも友達とかにその呼び方で呼ばれるのは茶化されてる気がしていい気がしないんですね」
別に茶化すような意図はなかったのだけれど、本人が嫌がっているなら今後は心の中だけに留めておこう。
「気を付ける」
「お願いしますね。それで私を追いかけてきてどうしたんですか?」
「俺も付いていこうと思って」
「コンビニに用事ですか?」
「月菜ちゃん一人だと危ないかと思って」
「危ないって、学校から帰るときはいつも一人だし、それにこう言ったおつかいは初めてじゃないですから。父と居るのが気まずかったんですか?」
少しだけ正解。
長政さんが少しでも話し掛けてくれれば、まだあの空間に残っていたかもしれない。
「父は基本的に無口なんで気にしないでください。私でも父とはたまにしか喋らないので機嫌が悪いとかではないです」
「そうなんだ」
「あっ、そ れ と も 私の事が気になって追いかけて来てくれたんですか?」
るーちゃんは悪戯な笑みを浮かべて俺を見る。
「そういうことにしておいてくれ」
「先輩やっさし~」
そういって俺の腕を取って身体を寄せる。部活帰りだというのにるーちゃんからは汗臭さは一切なく、洗剤の香りがした。
「ええい、くっつくな」
「照れてる~先輩可愛い」
図星なだけにこれ以上抵抗してもるーちゃんを喜ばせるだけだと思ったので黙って受け入れることにした。
「筒井先輩は大学は姉と同じ津雲に進学ですか?」
「いや違う。浜大に進学する予定だ。さっきから少し気になったんだが北条の事、姉って呼ぶんだな」
「姉は姉ですし、父は父、母は母です。それに先輩には初めて会った時から姉って呼んだような気がしますけど」
記憶を思い返すと確かに『姉のこと助けてくれてありがとうございます』っと言っていたな。あの時は全然違和感なかったのに今こうして姉姉言ってるのを聞くと不思議な感じだ。
「俺にも妹が居るけど、妹から兄なんて呼称で呼ばれたことはないな」
「でも筒井先輩はその妹さんのこと妹って呼んでるじゃないですか」
それって一緒じゃないですかっと笑って指摘される。
「確かに……いやいや、本人には名前で呼んでるが」
「まーいいじゃないですか」
意味があるのか、ないのか分からないがはぐらかされた。
「それで俺の進学先なんて聞いて参考になるのか?」
「いえ、私も来年浜大受けようかなーって」
「急だな」
「先輩が同じ大学に居たら面白そうだなって思って」
「2年間同じ高校だっただろ」
つい最近までは存在すら知らなかったけど。
「私たち関わりなかったですよね?」
「勉強の方は大丈夫なのか?」
るーちゃんなら勉強できなくてもスポーツ推薦での内部進学は余裕だろう。
「私、勉強も成績優秀なんで浜大くらいなら余裕です。流石に国大とかは厳しいですけど」
北条も成績上位だし、勉強が出来るのも不思議じゃないか。
「部活は良いのか?津雲大って確か陸上強かっただろ?」
「先輩私の部活知ってたんですね」
「少し前に友達に聞いた。全国大会で3位なんだろ?めちゃくちゃ凄いな」
「部活はもういいんですよ。大学に入ったら元々陸上は辞めるつもりだったんで」
「それは勿体なくないか?」
「それだけの身長があって1年でバスケ辞めた先輩には言われたくないですね」
俺の事をよくご存じで。
「陸上の長距離って体重管理が大変なんですよ。食事も制限があって我慢することも多いし、なので今年で終わりです」
本人がやりたくないのに強要するのは良くないな。才能云々で勿体ないと言うと特大ブーメランを食らってしまったのでこの話しは終わりにしよう。
「コンビニ着きましたね。さっさと買って帰りましょうか」
「ああ」
味ぽんを買ってお使いを終えた帰り道、来る時とは違って、るーちゃんとの会話は途切れていた。
「私、中学の時は姉と同じでテニス部だったんですよ」
「そうなんだ」
俺の興味がなさそうな感想にるーちゃんは少し不満げな顔をする。
陸上で結果を残して成功しているならテニスを辞めたのも間違いではない。
結果の有無に関わらず、テニスを辞めたことも陸上を辞めることも個人の自由だしな。
「私の中学では3年生の引退式で最後に下級生とシングルの公式ルールで戦うんです」
「はぁ」
なんか思い出話が始まったな。
「姉の引退試合の相手は私でした。試合は拮抗してフルセット、最終ゲームまで縺れた結果、最後は私が外れて……いえ、花を持たせるために外して負けました。その時に思ったんですよ。私はもう姉を超えてたんだなって」
るーちゃんには陸上だけでなくテニスの才能もあったと。しかも北条は那都とのダブルスで全国大会に進んでいるので相当高いレベルに位置する。
「同じ家に住んでいるので姉の努力はすぐ後ろからずっと見てきました。それだけにあれだけ努力していた姉が年下の私に勝てないと知った時、私の中で姉に対する見方が変わってしまったんだと思います。先輩も妹が居るなら一度は兄妹で比べられたことありますよね?」
うちは年も少し離れているし男と女でそこまで比較されることはなかったとは思うが……それでも。
「あるにはある」
「ですよね。私が姉より活躍すればするほど、姉の肩身が狭くなるんじゃないかなって。それから大会は適当に手を抜いて姉と同じところで負けて、勉強は進学の関係で興味ある分野の得点を高く取る代わりに他の得点を少し下げて平均点が同じくらいになるように調整してます」
「そこまでする必要があるのか?」
俺には到底理解できない。
「だってそうしないと姉がかわいそうじゃないですか」
北条陽菜という女の子は俺が今まで見てきた中で憐れみを向ける目から最も遠い存在だと思っていただけにるーちゃんの言葉は衝撃的で理解できない。
「私が陸上を始めた理由は姉と比較されないようにする為です。それと自分が本気を出したらどれだけやれるのか、大体わかったからもう良いんです」
るーちゃんの感情は理解はできないが、俺には思春期を拗らせている女の子ように見えた。
「ただいま」
「お邪魔します」
「るーちゃんおかえりー。柊吾くんもありがとう。後はもう運ぶだけだから座って座って」
北条家に戻ると既に食事の準備が完了しており、あとは俺たち待ちだったようだ。
「いえ、俺も月菜ちゃんとお話し出来てよかったです」
「私の事は苗字で呼ぶのに月菜のことはもう名前で呼ぶの?」
「はいはい姉の彼ピは取らないって」
「ブフォッ」
飲み物に口を付けていた長政さんが盛大に噴き出す。
慌ててスプレータイプのアルコールをテーブルに塗布してから布巾で拭くが動揺を隠せていないのか手が震えている。料理がまだテーブルの上に並んでなくて良かった。
麻尋さんはやだ~と言って隣に居る長政さんの肩を叩く。
「え?2人ってそういう関係だったの~?」
「違うよ。仲の良い友達だよ」
「筒井くんなら私は歓迎だだだ」
長政さんがボソッと呟いたがとても動揺しているのか震えている。これ以上話しを広げられても困るので聞こえないふりをした。
「それに柊吾くんは春から神奈川の大学に進学するから付き合ってたとしてもお別れだよ」
「あの、一応まだ決まってはないです」
「あら陽菜ってば冷たいね。今時遠距離恋愛って言っても新幹線を使えば数時間でしょ。お母さん遠距離恋愛に少し憧れがあったな~」
「麻尋……」
長政さんが少し寂しそうな目をして麻尋さんを見つめていた。
るーちゃんは無口だと言っていたが、ちょこちょこ喋っていて傍目に見る分に面白い人だと思う。
「あーそうだ。私、来年浜大を受験しようと思ってるから」
るーちゃんが自分の進学先について言及する。
コンビニの道中で話していた時に言ったのは冗談だと思っていただけにまさか本気だったとは。
「えっ、るーちゃんお家からいなくなっちゃうの?」
「元々大学生になったら一人暮らししたいと思ってたし。それに津雲大より浜大の方が国立で学費が安くて偏差値も高いから悪くないでしょ?先輩も同じ大学に居て心強いし」
「あの、まだ合格してないです……」
「陸上はどうするの?月菜なら強豪校からいっぱい推薦来るんじゃない?」
「別にどこでも走れるし、強豪に入って大学生になっても陸上漬けの生活は華がないから断るつもり」
俺と居た時は辞めると言っていたが家族の前では言わないんだな。
「勿体ない気もするけど、お母さんはるーちゃんが行きたい大学に行くのが一番だと思う。でもお家から居なくなっちゃうのは寂しい~」
「テニスを辞めた時もそうだけど、月菜はいつも突然だよね。何かあった?」
「何もないよ先輩から大学の話しを聞いていいなって思っただけ」
俺はるーちゃんに大学のプレゼンをした覚えはないんだが……元々受験する予定もなかったから必要最低限の情報しか持っていない。
「そんなにいいの?」
「悪い大学ではない」
関東圏の栄えてる都市の大学だし、有名大学なので同じくらいの学力の大学と比べても就職に有利に働く可能性が高い。
「本当に進学するかどうかは分からないけど、目標を持つことは悪いことじゃないよね?」
「そうだね」
「お話しはこれくらいにして食べましょう」
進路の話しをしている間にテーブルの上には鍋と食材が揃い、食事の準備が出来ていた。
「そうね。いただきましょう」
「いただきます」
「柊吾くんはポン酢とゴマダレどっちがいい?」
「おすすめは?」
「うーん。私はポン酢かな。さっぱりしてて食べやすいから」
「それならポン酢でいただこうかな」
「はいどうぞ」
先程るーちゃんと買ってきたばかりのポン酢を開封して俺に手渡してくれる。
「ありがとう」
分量がいまいち分からないので小皿に1/3程注いで北条に返す。
「ありがとう」
「姉、次私」
「はい」
「るーちゃんお母さんのお皿にもお願い」
見た所、女性陣は全員ポン酢で食べており、長政さんだけ一人ゴマダレを注いでいた。
各自、菜箸で出汁に食材を潜らせてから自分の皿へと移して食べ始めたので俺も同じようにいただく。
「美味い」
「本当?良かった。しゃぶしゃぶのお出汁も昆布、塩レモン、鰹出汁と3種類用意してあるから色々な味を楽しんでね」
俺が今食べているのは恐らく一番スタンダードの昆布出汁、締めにそばを食べると言っていたので最後に出てくるのが鰹出汁だと予想できる。
一つ聞きなれないのが塩レモン。一体どんな味になるのか楽しみだ。
家族以外の人と鍋を囲んで食事を共にするのはまだ慣れないけれど、美味しいので箸が進む。
「みんな次のお出汁に変えてもいい?」
「いいよー」「うん」「はい」
ある程度食べた所で鍋の出汁が気になっていた塩レモンに変わる。
食べ方自体は変わらず、出汁に浸した後、ポン酢をつけて食べる。
なるほど、こんな味になるのか。レモンのさわやかな酸味が口に広がって美味しい。
「これも美味しいです」
「まだまだあるからどんどん食べてね」
黙々と食べ続けていると締めのそばやデザートのケーキまで食べ終わっていた。
久々に充実した食事を取った。
「ごちそうさまでした。どれも美味しかったです」
「喜んでもらえたなら良かった~」
「あ、片付け手伝いますよ」
「あ、待って」
北条は俺にストップをかけた後、顔を近づけて小声でささやくように伝える。
「お皿洗いはいつもお父さんとお母さんが二人でお喋りしながら楽しそうにやってるんだ」
言われて長政さんの方を見ると丁度目が合う。夫婦のコミュニケーションの場を奪うわけには行かないので従うことにした。
るーちゃんは先に自室に戻ったのか姿を消していた。
「邪魔しちゃ悪いから私の部屋にいこっか」
北条に連れられ階段を上ると正面のドアには陽菜の部屋と書かれた可愛らしいフォントのシールが貼られていた。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
部屋に入ると嗅ぎなれない匂いが鼻に広がる。同じ女の子でも妹の部屋とは全然違う。
オレンジを基調した部屋で奇麗に整理整頓されている。
「一応柊吾くんが来る前にアルマ炊いたんだけど、嫌いな匂いじゃない?」
なるほどアロマの匂いか。
「いい匂いだ」
「よかった。晩御飯美味しかった?」
「すごく美味しかった」
「急に誘ったのに来てくれてありがとう。お父さんとお母さんも喜んでたよ」
「家に呼ばれるなんて思ってなかったから正直驚いた」
「私も誘っても来てくれないんじゃないかってちょっと不安だった」
北条の中では来ない可能性の方が高いと思っていたのだろうか。
「少し昔話しをしてもいいかな?」
「昔話し?」
俺が知らない北条の過去ってことでいいんだよな?
聞けるなら是非聞かせてもらいたい。
「聞いてくれる?」
「ああ」
「私ね、小学3年生の時に初めて男の子から告白されてさ、それまではどこにでもいるただの女の子だったのに急に他の男の子たちからも告白されるようになって、最初は同じクラスの子だけだったのに同学年、上級生、下級生って話したこともない人からも告白されるようになっちゃって」
只のモテ自慢って訳じゃないよな?
「告白を全部断ってる内に特別な好意を持っている男の子は見るだけで分かるようになっちゃたんだ。こういうの千里眼って言うのかな?」
洞察力に磨きがかかり、ちょっとした視線や表情の変化から相手の心を読み取れるようになったということだろうか。
だとすると俺の好意にも気づいている可能性も……?
「中学生になっても変わらず、むしろ小学生の頃より沢山の人から告白されるようになってね。全部断ってたらいつの間にか北条陽菜チャレンジとかいうゲームが裏で行われてたらしくて、遊び感覚で告白してくる人まで出てきちゃって」
「それは酷いな」
「だよね。本当に最低だよ!相手によって態度を変えたくはないけど、本気じゃないのに告白してきた人は軽蔑してた」
表情や態度に出さないものの本気で怒っている北条の姿が浮かぶ。
「北条は誰も好きになれなかったのか?」
「去年の4月、今のクラスになって初めて特別な好きになれるかもって思えた相手に出会えたよ」
「それが春馬か?」
「うん、でもね。御冬が前から春馬くんのこと好きだってわかってからは横恋慕みたいなことはしたくなくて積極的にはなれなかった。それに春馬くんは春馬くんで別の誰かが好きだって感じてたし、結局私は春馬くんを特別の好きになることはなかった」
「でも別れたとはいえ、北条は春馬と実際に付き合ったんじゃないのか?」
「そうだね。あの日、元々告白するつもりなんてなかった。でも観覧車に乗っているときに春馬くんの顔を見て彼が何か言おうとして結局何も言わず、今までに見た事ないくらい辛そうで助けを求めてるように見えたから……それで告白して付き合うことになったの」
あの時の俺は二人は両想いで付き合い始めたんだと思っていたけれど、改めて双方から話しを聞く限り、北条も春馬も元々は付き合うつもりがなく、タイミングが重なって歪なカップルが誕生してしまったことになる。
「その後の事は病院で話した通りかな。それでもう一度、改めて聞きたいんだけど……柊吾くんはどうして私を助けてくれたの?」
「…………」
改めて聞くってことは俺の気持ちを分かっているのだろう。
「やっぱり私の事が好きだから、かな」
確かに俺は北条のことが好きだった。
でも俺があの時助けたいと思ったのは北条ではなく、鶴見を助けたかったから。その事実を直接本人に伝えるべきか悩む。
「柊吾くんが私の事を意識し始めてたのは5月の林間学校からだよね」
はっきりと覚えている。俺が北条を意識するきっかけとなったイベントを言い当てた。
北条の千里眼は恐らく本物だ。
俺たちが6人グループとして行動するようになったのも林間学校のグループ分けからだった。
本来なら高校1年生の秋に行われるイベント行事だが、林間学校を予定していた山でクマの出没報告が多発してせいで中止となってしまった。林間学校自体は中止にならず、ずっと延期になっていて結局3年生の春に行われることになった。
林間学校と言えば、修学旅行以外の外泊イベント。
山奥というシチュエーションは肝試し大会を行うにはうってつけで1日目の夜に男女ペアで行われることになり、くじ引きの結果、俺と北条、春馬と那都、泰夏と鶴見がそれぞれペアになった。
北条がクラス委員長だったので、ケツ持ちとして俺たちのペアは最終スタートだった。
宿泊施設から山道を歩き、予め用意していたお札を神社に結んでから別ルートを通って宿泊施設に戻るというルール。
本来なら何が起こってもおかしくないけど、俺に限って何か起こるとは思わなかった。
北条は意外にも心霊イベントは苦手だったようで周りから人が少なくになるにつれて微かに身体が震わせていた。
事前に苦手な人は不参加に出来たのにも関わらず、委員長の私が不参加だと参加率が低くなることを危惧して無理をして参加したらしい。
最終組なので周りには俺以外には誰も居らず、進むしかない状況にも関わらず、北条は中々動けなかった。
俺が困っていると北条は手を伸ばしたので俺はその手を取り、先導することでようやく一歩進めるようになった。
手を繋いで歩くと安心したのか、北条の足取りも軽くなり、順調に進んで行くことができた。
先に行っておくが、手を繋いだだけで好きになったわけではない。(少しは意識した)
その後、神社に続く階段を上っている最中に俺が足を踏み外して後ろによろけると手を繋いだままの北条も俺に引っ張られる形で態勢を崩してお互いの顔と身体がすごく近い距離で密着することになった。
俺の不注意で転んだにも関わらず、北条は嫌な顔を一つせずに俺の怪我を気遣ってくれた。
「でも実際に私に対する見る目が変わったのって林間学校の直後じゃなくてもう少し後だよね?」
「そうだな」
「どうしてか教えて欲しい」
「あの時、神社の階段を上ってる途中で俺が躓いて転んだだろ?」
「あったあった。あの時は上に被さる形で乗っちゃってごめんね。重くなかった?」
「あの時、俺が手を放さずに思いきり握ったまま引っ張って転んだせいで怪我しただろ?」
重くなかった?っという問いは無視する。実際軽かった。
「そんなこともあったね」
「怪我が原因で大会直前なのに練習できなくてシングルスは1回戦で負けたんだろ?」
北条が怪我をしていることを知ったのは予選大会が終わってしばらくした後だった。
それでもダブルスは優勝して全国大会まで進んだのは流石としかいいようがない。
「ちょっとだけ違うかな。ダブルスで茉莉ちゃんに迷惑かけたくなかったからシングルスは棄権したんだよ」
「怪我が無かったらシングルスも出てただろ。なんで怪我の事教えてくれなかったんだ?」
「私から手を繋いでもらったのにそれが原因で怪我しただなんて言えないよ。私は全然気にしてないから」
「本来なら責められても仕方ない事なのに一人で抱えて何も言わなかった。そういう優しさに惹かれたんだと思う」
「優しいんじゃなくてただ強情なだけだよ」
北条は自分では強情だというがそんなことはないと普段の彼女を見ていれば分かる。
何気ない会話の中で那都が漏らさなければ、俺はこの事実を一生知ることがなかったかもしれない。
「私ね、自分の事を好きな人とは深く関わらないようにしてるんだ。だってその気がないのに近づいて期待させたら悪いでしょ?告白されて気まずくなるのも嫌だし」
あれ、だったら俺は……?
俺の好意にも気づいていたんだよな?勘違いではなく、北条とはただのクラスメイトよりもずっと仲が良い友達として距離が近かく、親密だったと自負している。
「あっ柊吾くんは特別だからね。他の人と違って、私からの好意に期待してないし、絶対に告白してこないって分かってたから」
「そんなことまで分かるのか?」
なんだろう。信用されているように聞こえる反面、意気地なしと貶されているようで複雑な気分になる。
「それは私じゃなくても柊吾くんをちゃんと理解してる人なら判るんじゃないかな?」
確かにそうかもしれない。俺が自分から誰かに恋の告白をすることなんてないかもしれない……いや、最近してたな。
「話しが戻るけど、高校に入ってからは中学の時みたいにゲーム感覚で告白されることは無くなった。でもいつの間にか相手の好意がどこまでが本気なのか分からなくなってしまった。例えば私が本当にピンチの時に助けてくれる人はいるのかなって」
「それは絶対に居る」
賭けてもいい。それほど北条陽菜は魅力的な女の子なのだから。
「そうだね。自分を犠牲にしてまで助けてくれた人が今、私の目の前にいるね」
言わなければいけない。それは違うって。
俺が北条を助けたのは北条じゃない。
北条を助けようとした鶴見を助けたかったからだって。
「北条、俺が」
「もしかしたら柊吾くんが私の初恋の相手になるかもしれない」
「……えっ?」
「まだ確信はないけどね。でもこれが恋なのかなって感じてる」
観覧車の中で鶴見に言った『もし北条に告白されたら』なんて実現するはずがない仮定が現実になりそうになる。
「大学が違うし、浜大に決まったら柊吾くんは遠くに行っちゃう。でも、このまま疎遠になってしまうのは嫌。私の我儘なんだけど、これからは毎日連絡してもいい?」
「ま、毎日……?」
「柊吾くんの時間を奪うつもりはないよ。私が毎日1通だけメッセージを送るだけ。返信はしなくても大丈夫。でもちゃんと読んで欲しいな。もちろん迷惑だったら止める」
「それくらいなら問題ない」
「やっぱり毎日とは言わない、たまにでいいから返信もください」
「それはいいが、毎日送るってなると北条の方が大変じゃないか?」
「どうかな。やってみないと分からない。でも柊吾くんに伝えたいこといっぱいあるから」
「それなら今直接話してくれればいいんじゃないのか?」
「面と向かっては言えない事でも文章だったら伝えられることってあるじゃない?」
そういうものなのか?
「全然分かってなさそうだね。そういうものなの」
「そうなのか」
「あ、もしかして当たってた?」
「心を読まれてるのかと思った」
「あははははそこまでは分からないって」
北条が笑った後、静寂な時間が訪れる。
帰ったらまた勉強しなければいけない。解散の時間だ。
「それじゃ、良い時間だし俺は帰るよ」
「もう帰っちゃうの?」
「長居して変な気を起こして幻滅されたくないからな」
「幻滅なんてしないよ。だって私、今日は」
「まだ合格が決まったわけじゃないからな。帰ってから勉強しないといけない」
「……そっか。それじゃ引き留めるのも悪いね。駅まで送って行くよ」
「大丈夫だ。一人で帰れる。それに駅まで送ってもらったらその後の方が心配だ」
「部活終わりとかこの時間に帰ってたこともあったから大丈夫だよ?」
「それじゃ、家の外まで頼む」
「はーい。あ、そうだ大学の合格決まったら教えてね!」
「勿論だ」
部屋を出た後、北条の両親に挨拶して見送ってもらう。
帰り道を歩いていると携帯が震えたので俺は立ち止まってメッセージを開く。『今日はお家に来てくれてありがとう。私から伝えたいことをちゃんと伝えられてよかった。勉強頑張ってね!』と届いていた。
そういえば結局俺からの大切なことを伝えそびれてしまった。
電話やメッセージで伝えるのは違う気がする。
『すまない。忘れ物をしたから今から取りに戻ってもいいか?』
『えっ何?まだ電車に乗ってないなら私が届けに行こうか?』
『大丈夫。悪いけど北条は外で待っててほしい』
『??どういうこと?家の中にあるんじゃないの?』
以降は携帯を見ずに歩いて来た道を走って戻る。
北条が待っている。
「忘れ物って何?」
「少し言いづらい話しではあるんだけど、本当の事を伝えたい」
「?」
北条は何の話しかまだ理解していない。
「さっき自分を犠牲にして助けてくれたって言っただろ?
「うん」
「実はそうじゃない」
「どういうこと?」
「端的に言うと俺は北条じゃなく、鶴見を助けたかった」
端を折りすぎてかなり残酷な宣告になってしまう。しかし北条の反応は俺の想像とは違っていて。
「だからなんだ」
「え?」
「柊吾くんの気持ちが以前よりずっと弱いなって思ってた」
そんなことまで分かるのか?
「今は御冬の事が好きなの?」
「どうだろう。ただ、あの時は鶴見の行動に感銘を受けて身体が動いた」
「柊吾くんと御冬の間に何かあったの?よかったら教えてもらってもいい?」
「北条は鶴見が春馬の事を好きなのを知ってて春馬と付き合った。北条にも事情があって付き合い始めたことはさっき知った。それでもあの時の俺と鶴見はその事を知らない」
「うん。御冬には話せないよ……絶対に」
速水が北条を襲う程、傷ついていたように鶴見も深く傷ついていた。
実際に俺は観覧車の中で号泣している鶴見を宥めている。
「速水と鶴見は同じ気持ちだったはずなのに正反対の行動を取った。そんな鶴見に絶対に傷を負わせてはいけないって思った」
「そっか。柊吾くんも御冬が春馬くんのこと好きな事も知ってたんだ」
「まあ」
「もし柊吾くんが御冬が好きなら私、御冬となら応援できるよ。柊吾くんもだけど御冬も私の事を命懸けで守ってくた親友だし、一度は春馬くんのことを奪っちゃった罪悪感もある」
恋愛対象外とまでは言わないが、俺としては鶴見は幸せにしたい相手というより幸せになってもらいたい相手というのが正しい。
「気持ちが少し落ち着いた部分はあるけど、北条に対する気持ちがなくなったわけではない」
「それって私のことがまだ好きってことでいいのかな?」
「そうだな」
「初めて認めてくれたね」
「そうだったか?」
自分の気持ちを伝えたのが恥ずかしかったのですっとぼける。
「うん、そうだよ。柊吾くんは私と付き合いたいとは思わないの?」
「それはまだいい。俺たちはお互いにそれほど多くの事を知っているわけじゃないし」
「『まだ』なんだね」
「未来がどうなるかなんてわからないからな」
「そうだね。私もこの先、他の誰かを好きになるかもしれないしね。その時になって後悔しないでよね?」
「自分を高く見積もるのな」
「そりゃあ伊達にいっぱい告白されてる訳だしね?あはは」
「ふっ、それもそうだな。北条は今の話しを聞いても変わらないか?」
「ん?何が?」
「俺の事を意識し始めた理由が自分を犠牲にしてまで助けてくれたからだってさっき言ってくれたけど、実際は違う」
「うん。そうだね。私の勘違いだったみたいだね。自意識過剰で恥ずかしいなぁ~」
北条は顔が熱いのか自分の手で仰ぐ。
「でもね。間接的でも助けてくれたのは事実だし、真実を聞いたからってすぐに気持ちが変わることはないよ。勘違いだったとしても恋ってそういう物なのかなって」
恋は盲目とはそういうことなのだろうか。
「北条が納得しているならそれでいい。直接伝えれてよかった。今度こそ帰るよ」
「うん。柊吾くんのお話し聞けて良かった。気を付けて帰ってね。おやすみなさい」
「おやすみ」
家に着いてからは先程のことは一旦頭の中から切り離して2時間ほど勉強した。その後、風呂に入って上がる頃には日付けが変わっていた。寝る前に携帯を確認すると北条からメッセージが届いていた。
『昨日はありがとう……って始まりの文面が昨日送ったのとほとんど同じようになっちゃったね。柊吾くんが戻って私に伝えてくれたこと、本当は私を助けてくれたわけじゃないって、ちょっとだけ残念だったけど、本当の事を教えてくれたのは嬉しい。大学受験の合格が決まったらみんなで遊びに行こうね!柊吾くんはどこか行きたいところはある?私はまた遊園地に行きたい。今度は観覧車、柊吾くんと乗りたいな……なんてね」
返信するか悩んだ末、返さないことにした。北条も毎日返さなくていいと言っていたし、少なくとも大学が決まるまでは心を浮つかせている場合じゃない。




