卒業式
1月22日
復帰登校して1週間も経てば、皆気遣いはしてくれるものの、初日のような特別扱いされるようなことはなくなってしまった。
全ての授業が終わり、放課後になるとショッピングモールに判子を見に行く。
事前に調べたので、モール内に判子屋が存在していることは知っているが、詳しい場所までは分からなかったので電子掲示板から探すと現在地から離れてない場所に存在した。
判子屋に着くと店員のおじさんに声を掛けて昨日取ったメモを見返してオーダーを伝える。
判子を彫るのに手彫りだと2週間掛かり、機械掘りなら1時間程度で出来ると言われた。2週間は待てないので機械掘りでオーダーをすることにした。
実印登録する予定だと伝えると手彫りも含めた方が良いと勧めらるが、あまり時間がないことを伝えると精巧でなくて良ければ、+30分あればそれなりの物は出来ると言われたのでその提案を受け入れて作成依頼をする。
金額は予想していたよりも割高になってしまうが早急に必要なので仕方ない。
判子が出来るまでどうしようか。店内には座る場所がなかったのでモール内を徘徊することにしよう。
勉強したほうがいいのだろうけど、不特定多数が行き来している場所では集中できそうにないので諦める。
少し歩いていると現在着ているコートが目に入る。
数年前に買ったものだからサイズは一回り小さくなっており、生地も傷んでいた。
そろそろ変え時が来たのかもしれない。せっかくなのでこの機会に見ておこう。
服屋を目指して移動している途中でよく知った顔を見つけたので声を掛ける。
「よう、二人で買い物か?」
「げっ、柊吾」「え?」
向こうから泰夏と那都が腕を組んで歩いていた。
「え、あー、うん。まぁ」
明らかに見られたくないものを見られたみたいな反応をされる。そんな反応しなくてもいいだろうに。
「付き合い始めたのか?」
「うん。少し前からね」
「そうか。二人は時間の問題だと思ってた」
「え、嘘?」
「俺は誰にも言ったことないぞ」
「泰夏も那都もわかりやすいから」
「え~?」
「マジ?」
「マジ」
「なんかそれだとずっと好意に気づいてなかった私が鈍感みたいじゃない」
「違うのか?」
「コイツ殴っていい?」
「怪我人だから止めとけ」
怪我人じゃなかったら止めなかったのか。
「むっ、確かに……で?筒井は買い物?」
「ああ防寒着が古くなったから少し見ようと思って」
「付き合うぜ」
「いや、デートを邪魔するのは悪い」
「そういうところは気を使うんだ。でも女の子視点の感想があった方が良いでしょ?」
「二人共良いなら頼もうかな」
「よっしゃ!任せろ」
「いや、お前は女子じゃないだろ。そういえば二人はどういう経緯で付き合い始めたんだ?」
「え?あー、うん」
泰夏と那都でアイコンタクトを取り合う。
「筒井が入院してからグループ内の関係性がちょっと変わってさ」
「春馬と北条が別れたからか?」
「言ったの?」
那都が泰夏を睨む。
「いや、俺は言ってない」
「本人から聞いた」
「そっか。なら隠す必要はないか。二人が別れてからウチらもよそよそしくなって今までみたいに絡むこともなくなっちゃってさ」
鶴見もそんなこと言ってたな。
「それで私が泰夏に相談したのがきっかけかな」
「なるほど、それで相談している内に仲が更に深まって付き合い始めたと」
「そんな感じ。私達が付き合ってるの陽菜と皆瀬には内緒にしておいてね。本当は隠したくないけど、二人が別れたのがきっかけで付き合い始めたってのも報告しづらいじゃん?」
「俺からも頼む」
「わかった」
タイミングが噛み合えば二人が付き合いそうだというのはみんな感じていただろうから隠す必要はないとは思うが、当人たちがまだ報告するタイミングではないと判断したのなら俺がどうこういう問題じゃない。
「それで二人で相談して問題は解決できそうか?」
病院での様子を見た限りだと、現状は解決できているようには見えない。
2人で場を繋いで暗い雰囲気にならないようにしている努力は伝わっているが。
「それは……」
「柊吾から見てみんなで見舞いに行ったときはどう感じた?」
「あ、私も気になる」
「そうだな。2人が頑張って話しを回してくれてたから特に違和感はなかったかな」
「なら良かった」
「私達の時間無駄じゃなかったみたいだね!やった!」
「ただ、学校だと以前に比べて距離を感じる。これは受験の空気も相まってるかもしれないけど」
「そっか。そうだよな。やっぱり少し一緒にいるだけでわかっちまうよな」
「春馬は関係を修復したいと思ってるみたいだけど、北条の方はどうなんだ?」
「それってヨリを戻すってこと?」
「いや、友達として仲直りするってことだ」
「そっか。陽菜は正直わからない」
「そういう話しはしないのか?」
「皆瀬の話しは極力避けてる。一度じっくり話す場があれば聞きたいんだけど、真面目な話しになりそうになると避けられてる気がする」
「まじかよ」
「陽菜も皆瀬も話してくれないから私たち、2人が別れた理由は知らないんだよね。どんな理由であれ2人なら別れてもまた友達に戻れると思ってるから今の状況が気持ち悪いんだよね」
春馬の方は知っているが、北条の方は那都も知らないのか。唯一知っているとしたら鶴見くらいか。
とはいえ、鶴見は鶴見で受験で忙しい。今ではランクを落とした俺よりも少し上の大学に受験している。
2人も受験が終わるまで邪魔をするわけにいかないと思って仲間に引き込めないんだろう。
一応北条は春馬に対して思う所があると言っていたけど、春馬の発言と照らし合わせれば、大体の予想はつく。
そんなこんな話しながら移動している内に服屋へ到着する。
「茉莉、柊吾のコート選んでやれよ」
「それだと私のセンスになっちゃうじゃん。筒井が選んだコートを私は採点するだけ。それに泰夏は彼氏じゃない男のコーディネートされて嫌じゃないの?」
「あー言われてみればちょっと嫌かも」
俺の前で惚気ないでもらいたいんだが。
「お手柔らかに頼む」
ファッションセンスがあると思っていないがボロクソに言われると立ち直れないかもしれない。
とは言え、コートは元々フォーマルなスーツに合うように作られているものだから学生服との相性も良く、サイズが合えば大体の服に合うはずだ。
値札を見つつ、それぞれ違うタイプのコートを3着持って二人の元に戻る。
俺がコートを探している間、二人がイチャついているかと思ったけど、そんなことはなくPTOを弁えていた。
「この3つがいいと思ったんだけどどうだろうか?」
「試着してみて」
「分かった」
試着室に移動して羽織る。
「どうかな?」
「良いんじゃないか?」
「うん。悪くはないね。ちょっと回ってみて」
言われた通り1周くるりと回る。
「オッケー!じゃあ次行ってみよう」
上着だけの着替えだからカーテンは開けたまま着替えていると。
「あの、カーテンは閉めてもらえる?」
「何か問題があるのか?」
下着姿になる訳でもなく上着を変えるだけだ。
「着替える所が見えると面白くないの」
「そうかい」
そういうものか。カーテンを閉めて着替えて開ける。
「お、いいじゃん!」
「ちょっとだけサイズが合ってないね。回って」
「後ろから見ると更にかっこいいな」
「私はナシかな」
「マジか」
二人の評価が分かれる。俺は全部いいと思って選んでいるからなしと言われると少しだけヘコむ。
何処が駄目なんだろうか?
またカーテンを閉めて着替えて開ける。
「うーん微妙」「めっちゃいい」
「「えっ」」
「これで終わりだな」
「俺は最初やつかな」
「私は断然最後のが良い」
多分泰夏は本当は2着目が一番気に入ってると思う。だけど那都が否定したから妥協して1番目がいいといってくれたんだろう。対して那都は自分が一番良いと思ったの物を推して来た。
こういう場所でも2人の性格と力関係が見えて面白い。
「長く着れそうなのはどれだ?」
「うーん。それなら1着目かなー。シンプルなデザインだし、一時の流行で廃れたりしないと思う」
「じゃあ1着目でいいかな。今日は見に来ただけだからまだ買わないけど、受験が終わったら買いに来るよ」
「いや、買わないんかい!」
「それもう冬服売ってないでしょ」
「大丈夫……きっと残ってる。はず……二人ともわざわざ付き合ってくれてありがとう」
「おう」
「見立てたお礼期待してるね」
「それじゃまた学校で」
「あ、冗談だからスルーしないで」
「またな」
「バイバイ」
「言い忘れてたけど二人ともおめでとう」
「お、おう」
「ありがと」
二人と別れた後もまだ時間が掛りそうだったので夜食と明日の昼飯を買ってから判子屋に戻ると丁度仕上がっていたので支払いをして商品を受取る。
役所の営業時間は既に過ぎっていたので、実印登録までは出来なかった。役所は明日だな。
1月24日
学校から家に帰る途中で岩手さんから連絡があった。
「筒井です」
『お忙しいところすみません。今お電話よろしいでしょうか?』
「はい、大丈夫です」
『もう1つの示談書が出来ましたのでご連絡しました。筒井様は実印並びに印鑑証明書はいつ頃ご用意できるでしょうか?』
「昨日登録できました。勿論証明書も発行してもらいました」
『素早い対応ありがとうございます。であれば筒井様の都合が良い日程を教えて下さい』
「俺の方はいつでも大丈夫です」
『では3日後の27日でもよろしいでしょうか?』
「はい」
『お時間は前回と同じ学校が終わる頃にお迎えに行けばよろしいでしょうか?』
「はい、前回と同じ時間で大丈夫です。何度もありがとうございます」
『いえ、元々はこちらこそご足労いただいて申し訳ありません。3日後よろしくお願いします』
「はい」
電話を終えて切る。
示談書に調印した後は、一旦速水との問題を忘れて受験勉強に集中できる。
1月27日放課後
連絡をもらい、外に出ると岩手さんの車を見つけたので駆け寄って声を掛ける。
「お待たせしました」
「筒井様、お疲れ様です。車に乗ってください」
「失礼します」
「これから私共の事務所まで移動し、前回の話し合いで新たに決まった部分の書類を確認していただいた後に間違いが無ければ捺印をお願いします」
「分かりました」
車で30分ほど移動し、青森弁護士事務所に到着すると応接室へと案内されると、テーブルの上には書類が用意されていた。
「筒井様に捺印していただくのは6枚3組になります。内訳として、1枚目は最初に提示した示談書と同様の物になり、2枚目は前回の話し合いで決まった事を誓約書として記述してあります。1組は我々が事務所で保管し、1組は速水さん、もう一組は筒井様の分になるので大切に保管するようにお願いします。それでは確認の為、お手元の書類を確認いただきながら読ませていただきます。
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以上です。何かご不明な点はございますか?」
「大丈夫です」
前回の話し合いで決まった部分に変更や相違点はない。
「では、用紙にご自身の氏名と実印をお願いします。実印と印鑑証明証はご用意いただけていますか?」
「はい」
書類の署名・捺印欄には既に速水側の捺印がされており、あとは俺が捺印すれば示談が成立する状態となっている。
署名にサインし、買ったばかりの実印に朱印を付けて押印。この作業を9回繰り返す。
「これで示談成立となります。お疲れさまでした。気になる点や支払いが滞った場合はいつでもご連絡ください」
「はい」
終わってみればあっという間だった。何もなければこれで300万円。今まで手にしたことがない大金が1月31日に振り込まれることとなる。
「今後の事になりますが、2月14日に速水玲愛さんの刑事裁判が行われます。筒井様は出廷されますか?」
その日は10日後に前期試験が控えているので追い込みを掛ける為のとても重要な時期になる。
「俺は出なくてもいいんですよね?」
「はい、証言していただく必要が無いので問題ありません。判決を決める一番重要な裁判となりますのでお声掛けさせていただきました」
「出なくていいなら今回は勉強を優先させてもらいます」
裁判は気になるがそれ以上に自身の受験勉強の方が大切だ。
「わかりました。一応傍聴席を確保しておくので必要であればご連絡ください」
「はい」
「3回目の裁判は3月の中頃には行われると思います。そこで全ての結果が出ると思うのでまた案内が届き次第またご連絡します」
「分かりました」
「それでは失礼致します」
2月22日
月日が流れて前期2次試験入試日当日
前日までに試験会場先の近くにまで移動して宿泊した。
いつもと違う環境でちゃんと眠れるか不安だったけど、しっかり眠ることが出来たので体調は良好。
共通テストでは後れを取ることになってしまった分、ここで挽回するしかない。
結局、記憶が戻ることはなかったが、深層部に記憶が残っているのか、分からない問題もすぐに理解することができた。
もし、今回受験に落ちたとしても一応後期の受験も残っているので留年が確定するわけではない。出来れば前期の内に合格を決めたいが。
試験会場に着くと共通テストの時とは違い、周りに知った顔はいない。恐らく同じ時間に別の会場で試験を受けている鶴見も同じだと思う。
共通テストの時は鶴見がすぐ近くの席で一緒に昼飯を食べたことを思い出す。試験結果は散々だったが、鶴見とは少し仲良くなれたと思う。
そんなことを考えていると時間になる。試験開始の合図と共に問題を解いて空欄を埋めていく。
1次試験の時とは違い、ほぼ全ての問題に対して自信を持って解答することが出来た。
2日間の試験が終り、自己採点を行った結果9割近い正答率だった。これなら1次試験と併せても合格に限りなく近い位置に着けているはず。
合格の確信はなくとも自信があるので、少しだけ肩の荷が下りた。それでも合格結果が出るまでは引き続き、試験勉強は続けていかなければいけない。
3月1日
前期2次試験から1週間が経ち、高校生活最後のイベント。卒業式を迎える。
出席日数の関係で俺は受験日の当日と前後以外は学校に登校していたが、2月から自由登校になったクラスメイトたちとは久々の再開となる。
式が始まるまで少し時間がある為、教室ではいつもの面子……春人、泰夏、北条、鶴見、那都、俺が集まる。
時間が経過したことが要因か今日が卒業式という特別なイベントだからか分からないが自然と6人で集まることが出来た。
「二人とも試験はどうだった?」
最初に話題を振ったのは春馬。
細かい説明はしていないが、昨日『俺はお前との約束を果たした。次はお前が約束を守る番だ』とメールした。
春馬も俺との約束を守ってくれているのか久々に自分から話題振りをしてくれる。
「俺はほぼ完璧だったと言っていい。1次試験の出来は良くなかったが2次試験でしっかり挽回できた」
「私もなんとかなったと思う。1次試験の時は筒井くんが始まる前に声を掛けてくれたおかげで落ち着いて試験に臨めたし、2次試験も悪くなかったから。筒井くんあの時はありがとうございました」
「大したことはしてない」
「柊吾だから出来る気遣いだな」
「合格発表はまだされてないけど、一先ずおめでとうってことでいいかな?」
「そうだな」
「うん。ありがとう」
「とはいえ、何があるか分からないから後期試験に向けて勉強自体は続けている」
「私もです」
「柊吾が浜大で御冬ちゃんが翠女だっけ?二人とも難関大学なのにすげーよ」
「泰夏は大学の偏差値や難易度知ってるのか?」
「そりゃ友達が受ける大学くらい調べるって」
「へー」
「茉莉は俺の事どういう目で見てたんだよ」
「うーん。友達思いのいい奴ってのは分かってるけど、そういうを調べたりはしないかなって感心した」
「特別仲良い二人は別だって!」
「津雲大学も偏差値は浜大とそんなに変わらないけど」
「え”?またまた御冗談を……」
「「そうだね」」
「…………」
「…………」
偶然春馬と北条の声が重なる。
俺たち4人は2人を気にしつつも流れを切らないようにいつものように自然な会話を心掛けていたがこのシンクロに全員が固まる。
「陽菜っ!少しいいか?」
「う、うん。何かな?」
少しの沈黙の後、春馬が北条に声を掛け、教室から連れ出していく。
「これで仲直り、なのかな?」
「大丈夫なはず」
「待たせやがって」
「良かった」
俺たちは同じ気持ちを共有している。
卒業式まで時間が掛かってしまったけれど、俺と鶴見を除いた4人は同じ大学に進む為、これからも関係は続いていく。
勿論俺や鶴見も距離が離れる分、少し疎遠になってしまうかもしれないけど、地元に戻って来た時には集まって遊んだりして関係を続けていたいと思っている。
3分程経つと二人が教室に帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりー」
何の話しをしていたかなんて野暮なことは聞かない。
北条はいつも通りだったけれど、春馬は少しだけ浮かない顔をしていた。
何があったのだろうか。
「なぁ、2人って仲直りしたってことで良いんだよな?」
泰夏がみんな気になっていることを直球で聞く。
少しは言葉を選べと言いたいところだが、内心みんなが気になっていることを聞いてくれて助かる。
「別に喧嘩なんて元々してないよ?ね、春馬君」
「うん。確かに少し話す頻度は減っていたけど、喧嘩してたって訳ではないよ」
嘘つけ。減ったどころではない。
俺が復学してから自由登校になるまでの約2週間、2人が話している姿を一度も見ていない。
それどころか元々グループで連絡をすることはあっても、個人でやり取りはしたことがなかったので、俺と北条が話すのも退院して以来となる。
「ねぇ、言うなら今じゃない?」
「お、おう」
泰夏と那都がこそこそと話し合っている。
「じ、実はさぁー……俺たち付き合ってて」
「うん。知ってるよーおめでとう」
「え、嘘!?なんでわかったの?」
「茉莉の泰夏君の見る目が少し変わってたからかな」
「俺は分からなかったよ」
「だよね。だよね!普通分からないよね?」
「うん。私も気づかなかった……なっちゃん、近藤くんおめでとう!」
「へ、へへ、ありがとう陽菜ちゃん御冬ちゃん」
彼女の前でよく他の女の子に堂々とデレデレできるな……
「あ、ごめん茉莉」
自分で今の態度が良くないと気付いたのか泰夏が自発的に那都に謝る。
今まではそうい所に気を回わしていなかっただけに付き合い始めてからの成長を感じる。
「いいよ。あんたはこんなやつだってわかってて付き合ったつもりだから」
成長したのは泰夏だけでなく、那都も寛容になった。
「お前ら席に着け」
扉がガラッと開き岡山先生の一声が飛ぶ。
目元にこびりついた深いクマはまだ完全には取れてはいない。それでも山場を乗り越えたのか肌荒れがなくなって血色が良くなり、ほぼ元通りの姿に戻っている。
「全員席に着いたな。私から一言、まずは卒業おめでとう。お前たちはこの3年間、勉強や部活動、日常生活で多くの経験を積んだ。学校生活は楽しくだけじゃなく、辛い思いや悔しい思いをしたことも数多くあるはずだ。これからもお前たちは多くの失敗を繰り返し少しずつ大人になっていく。そしてその経験こそが財産で今後の成功に繋がっていくはずだ。私はお前たちの成功を祈っている」
先生の短いスピーチが終わって教室は拍手に包まれる。
「岡山先生」
「なんだ北条」
クラスを代表して北条が花束を持って先生に手渡す。
「1年間クラスを引率していただきありがとうございました」
『ありがとうございました』
「有紗ーーーありがとう」
「近藤。お前には後で話しがあるから残るように」
「い”い”!?や、ヤダなージョークですってば」
泰夏のやつ 焦りすぎて言葉使いがおかしくなってる。
「世の中にはジョークが通じる相手と通じない相手が居る。私がどっちか分かるな?」
「は、はは」
「泰夏の馬鹿ッ……」
泰夏は今日も一つ学びを得て賢くなった。
そして卒業式……滞りなく進み、無事に終えて退場する。
教室に戻る途中、携帯が震えたので画面を見ると一通のメッセージが届く。
中身を見ると。
『この後、伝えたいことがあるので学校に残ってくれませんか?』
『分かった。場所は?』
『教室にずっと残っていると目立つから屋上に続く階段でどうですか?』
『少し遅くなるかもしれないが、必ず行くから待ってて欲しい』
『うん。私も遅れてしまうかもしれないけど、その時は待っててください』
一通りやり取りをして携帯を閉じる。
これってそういうことだよな……?
卒業式の後に誰も居ない場所への呼び出し。フィクションだとよくある展開。
柄にもなく、期待しているのか心の高ぶりを感じる。
でもなんでこのタイミングなのか。いや、卒業式だからなんだろうけど。
「立ち止まってどうしたんだ?」
「いや、何でもない」
後を歩いていた春馬が俺が歩みを止めたのを見て声を掛けてきた。
「それより北条と仲直りしてくれてよかった」
「遅くなったけど、約束は守ったよ」
「このまま大学でも大丈夫そうか?」
「うん、陽菜だから大丈夫だと思う」
「なら良かった」
「ところでそっちはどうなんだ?」
春馬が言ってるのは恐らく速水のことだろう。
守秘義務がある為、春馬には最低限のことしか教えていない。
「俺に出来ることは全てやったとしか言えない。あとは本人次第だ」
「結果が分かったらすぐに教えてほしい」
「わかった」
ネットで裁判所を調べれば事件の判例と照合して速水の事件の裁判も目星をつけることができる上、実際に傍聴することも可能だ。
しかし面会拒絶されたことが尾を引いているのか、この件から春馬は一歩引いて第三者に徹している。
俺が余計なアドバイスをして、春馬が行動を起こしたら速水にとってマイナスになりそうので何も言わないでおく。
「最後にクラスみんなで集合写真を取らないか?」
「いいね!記念写真残そう」
春馬が提案して北条が乗っかるこのクラスの定番のパターン。
下級生が卒業生に向けて黒板に残してくれたメッセージをバックに全員で集合写真を撮ることになった。
写真を撮る為に整列をしていると偶然隣になった鶴見に制服の袖を小さく摘ままれて引っ張られる。
「どうした?」
「後で少しいいですか?」
お互いに他の誰にも聞こえないよう小声で喋る。
「ああ」
「また後でお願いします」
「じゃー撮るぞ321」
パシャリとシャッター音が響き写真が撮られる。
「次は先生も入って下さい。みんなもう一枚撮るよー」
「仕方ないな」
岡山先生がカメラのタイマーをセットしてもう一度撮影が行われる。
「写真のデータが欲しい者は言ってくれ!データを転送する」
大勢の生徒が挙手し、撮ったばかりの写真を現像するためにパソコンが置いてある教室まで移動していく。
教室残った生徒は俺の他には僅かしか居らず、その中に鶴見も居た。
「鶴見は写真よかったのか?」
「私は後で陽菜に送ってもらうので大丈夫です。筒井くんは良かったんですか?」
「俺も折角だから春馬に送ってもらおうかな。それで話しってなんだ?」
「えっとですね。その、第二ボタンを……貰ってもいいですか?」
「俺の?」
「はい。筒井くんのです」
卒業式に男子から第二ボタンを貰うって……それ古の告白じゃないか。
一応春馬ではなく俺でいいのかと確認した。それってつまり。
「鶴見は俺の事が好きなのか?」
「ち、違います。もう!もう!もう!何度目ですかそれ!」
「え、だって第二ボタンって告白じゃ……」
「それは学生服の場合です。ブレザーの場合は一番感謝したい人って意味になるんです」
「そうなのか?」
俺が知らなかっただけで意味が違うのか。
「私、あの事件以降、筒井くんには本当に感謝しているんです。私と陽菜を助けてくれたことだけじゃなく、その前に観覧車に一緒に乗った時や共通テストの時も……いつも私を救ってくれました。筒井くんは私にとってヒーローなんです」
「感謝されて悪い気はしないがヒーローっての少し気恥ずかしいな」
「事実ですから照れなくて良いんですよ?あの、これからも連絡とかしても良いですか?」
「勿論構わない。お互い大学に受かればそれなりに近いしな。身近な人間が近くに傍にいるのは俺としても心強い」
「では、困った時はまた頼っても良いですか?お互いに何もない休日とか遊びに誘っても良いですか?」
「え、あ、うん」
全然構わないんだけど、それってデートなのでは?
新しい土地での新生活に不安を抱えているのか、少し鶴見の発言が大胆に感じた。
「ほら、第二ボタン」
自分のブレザーについている裏ボタンを取り外して鶴見に手渡す。
「ありがとうございます。大事にします」
大事にするような物でもないと思うけど。
「お守りになると良いな」
実際に俺は身体を張って鶴見の事を守った実績があるしな。ボタンは関係ないけど。
「護ってくださいね」
鶴見との話し終えた所で写真を見に行っていた生徒たちが教室に戻ってきた。
その後はクラスメートと卒業アルバムの顔写真の感想や余白にメッセージを交換したりしてこれまで三年間の思い出話しに花を咲かせた。
「筒井居るか?」
「はい。なんですか?」
岡山先生に呼ばれらので返事をする。
「少し話しがある。ちょっと来てくれ」
「分かりました」
呼び出しだなんて悪い予感しかしない。とは言え、返事をしないわけにも断るわけにも行かない。
というか話しがあるのは俺じゃなくて泰夏じゃなかったのか。
「お前たち、もういい時間だ。名残惜しいのは分かるがそろそろ解散しろ」
「はーい」「岡山先生も元気でねー」「ばいばーい」
「それじゃ筒井、職員室に行くぞ」
「はい」
岡山先生の後をついて行き、職員室へ。
岡山先生は自分の席に座りパソコンを操作して画面を俺に見せてくれる。
「これが今のお前の出席日数でこちらが必要最低出席日数だ。見ての通り、現時点ではまだ足りていない。今日で卒業式を迎えた訳だが最低でもあと3日は学校に来て過ごしてもらうことになる」
「うえっ」
マジかよ……
「一応3月いっぱいまでは津雲付属高校の生徒という扱いだ。学校が春休みに入るまで好きな日でいい、登校しなければいけない」
「はい……」
「気のない返事だな。気持ちは分からんでもないが出席日数を誤魔化すことはできない。それと明日からは3年の教室は使えなくなるから学校に来たら私の所に寄って都度、空き教室を宛がうことになる。必ず職員室に寄ってくれ」
「分かりました」
「それともう一つ……お前は速水の裁判には行かないのか?」
元担任という立場上、岡山先生は裁判の傍聴をしたのだろう。
丁度2回目の裁判が行われた日、学校を休んでいた。
「ええ、受験勉強を優先していたのでそんな暇はなかったです」
「浜大の合格発表は確か7日だったな。手応えはどうだ?」
「手応えは感じてます。受験者が成績優秀者ばかりでない限りは受かってるでしょう」
「それならもし、合格したら裁判に行かないか?裁判所までは私が送る」
岩手さんからまだ正確な日付けの告知は受け取っていないが、3月中旬頃に結果が出ると言っていたのを覚えている。
結果を早く知る為に合格が決まった後の裁判なら是非見学したい。
「分かりました。では合格が決まりましたら報告しに行きますので、その時はお願いします」
「わかった。これで終わりだ。筒井また学校でな」
「はいまた後日」
他のみんなは既に先生とお別れを行っていたが、俺だけはまだお別れの挨拶をすることが許されていない。
職員室を出た後、すぐに携帯を片手にメッセージを送る。
『今から向かう』
『ゆっくりでいいからね』
短いやり取りを行い、職員室のある2階から屋上に続く4.5階までの階段を登っていく。
「悪い、待たせた」
「ううん、全然。私の方こそ呼び出してごめんね」
「それでなんの話しだ?……北条」
卒業式の後に人気のない場所に呼び出しのメールを送って来たのは、今まで一度も個人では連絡のやり取りをしたことがなかった北条陽菜からだった。
俺は自分が好きだった人に呼び出された。
「うん。実は……私」
一言一句、北条の声がゆっくりと聞こえる。
「の家で今日の夜、卒業パーティーがあるんだけど、筒井君にも来て欲しくって」
「へ?」
「そのお誘いなんだけど」
告白に身構えていた自分が恥ずかしい。いや、だって流石に期待してしまうって。
パーティーに誘う為にわざわざ誤解を生むようなシチュエーションを作らなくたっていいじゃないか。
「あ、その、パーティーって言ってもみんなを招待してる訳じゃなくって家族で卒業のお祝いをする身内のパーティーなんだけど」
「それって俺が参加していいやつなのか?」
「うん、勿論。実はお父さんもお母さんも柊吾くんにお礼したいってずっと言ってて。でも柊吾くんは受験があるから時間が取れないと思って先延ばしにしてたの。今日が直接お誘い出来る最後のチャンスだと思ったからこうやって声を掛けたの。それでどうかな?来てくれないかな?」
「そうだな。折角から参加させてもらうよ」
大げさかもしれないが、北条家の人たちからすれば俺は一応命の恩人ということになっている。ずっと恩に着せたままになるよりも一度お礼をしてもらった方が良いだろうと判断して承諾する。
「ありがとう!大学の合格発表はまだなのに本当にごめんね」
「大丈夫だ。余程の事がない限り浜大は受かってるはずだから」
「それじゃあ18時に岬野駅に集合でもいいかな?」
「分かった。遅れないように気を付ける」
「遅刻は厳禁だよーそれじゃまた後で!」
話しを終えると北条は先に階段を下り行く。
俺は一人になってもしばらくその場を動く気になれなかった。




