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彼女と同棲するまでの話し-The story until live in with her-  作者: クランボラム豊田


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再会

1月18日

大学入学共通テスト(一次試験)1日目

試験会場に到着し受験番号表が書かれた指定の席に一度荷物を置いてトイレへと向かう。

トイレから戻るとすぐ近くの席に知った顔、鶴見御冬が近くに座っていたので声を掛ける。


「おはよう」

「うわっ!あ、筒井君……おはようございます」


普通に声を掛けたつもりだったのに随分と驚かせてしまったみたいだ。


「すまない。驚かせた」

「私の方こそ大きい声を出してしまってすみません」

「一応、挨拶だけでもしておこうかなって声を掛けたんだけど、邪魔してしまったなら悪かった」

「全然っ、私は誰かと喋ってた方が落ち着けると思うので」

「それなら俺で良かったら少し話そうか?」

「いいんですか?」

「少し場所を移すか」


会場内では過去問や参考書を見て最後の追い込みをする他の受験者も居たので邪魔にならないように人が居ない場所へと移動する。


「昨日は眠れたか?」

「はい。一応眠ることは出来たんですけど、緊張しちゃってるのかいつもより2時間早く起きてしまいました」

「大事な試験だからな。意識しない方が難しい」


これから行われる試験は今後の人生が大きく変わってしまうほどの重要な分岐点と言える。


「私、バスケの大会でもすごく緊張しちゃって、毎回出だしが良くないんですよね」

「バスケの場合、緊張すると指先の感覚が狂うからシュートが全然入らなくなるよな」

「筒井君もですか?」

「いや、俺はあんまり気負わないからそんなことはなかった」

「ええ……じゃあ今の話しはなんだったんですか」

「春馬だな。いつも飄々として周りを気遣った立ち振る舞いをしているけど、中学最後の大会で試合した時はガチガチだったんだよ。他のチームメイトはもっとガチガチで春馬の事には誰も気づけてなかったから比較的にはマシな方かもしれないんだろうけど」

「へぇーそうなんですね。意外」

「3年以上前の話しだからすでに克服してるかもしれないが、誰しも完璧じゃない」

「でも筒井君は緊張してないんですよね?」

「まぁ。でも勉強はスポーツと違って緊張で身体が固くなってもパニックにさえならなければ実力通りの力が発揮できる。解答欄が問題とズレたりだとか難しい問題に拘りすぎて時間配分を間違えたりしなければ大丈夫」

「解答欄ずれはお互いに気を付けなければいけませんね」

「本当にな」


注意喚起した側がミスしたら顔を上げられない。


「ありがとうございます。筒井君と喋っていたら少し落ち着いてきました」

「少しでも役に立てたなら良かった。落ち着いたなら席に戻るか?」

「はい。あ、お昼ご飯ってどうする予定ですか?」

「教室で朝買ったおにぎりでも食べようかと思ってるけど」

「あの、良かったら一緒に食べませんか?」

「え?」

「あ、別に嫌だったら全然一人で食べていただいて……」

「いいけど」

「良かった。約束ですよ」


鶴見とは今まで一緒に昼食を食べることがなかったので少し驚いた。

慣れない環境下での不安を比較的身近な俺の存在によって和らげられるなら力になろう。

試験会場に戻り、俺も最後の足掻きをしようと参考書を開こうとしたところで試験監督官がやってきたので結局、何も出来なかった。


2科目分のテストが終わると昼食休憩の時間になり鶴見に声を掛けられる。


「筒井君調子はどうでしょうか?」

「かなりまずい」

「え!?テスト前は余裕そうだったのに……」

「頭も心も落ち着いているから単純に実力不足としか言えない。鶴見の方はどうだ?」

「私は結構いい感じです」

「良かったじゃないか」

「始まる前に筒井君が喋りかけてくれたおかげです。落ち着いて試験に臨めました」

「単純に鶴見の実力だろ。さて、過ぎた結果は一旦忘れて飯にしよう」

「はい」


俺は鞄からコンビニ袋を取り出して机の上に置き、鶴見は鞄から袋に包まれた弁当箱を取り出す。


「手作り弁当?」

「はい。お母さんがいつも作ってくれています。筒井くんはおにぎりだけですか?」

「ん?そうだけど」

「良かったらおかず少し分けましょうか?」

「それだと鶴見の分が足りなくなるんじゃないか?」

「私は大丈夫です。どうぞ好きな物を選んでください」


鶴見の弁当箱の中には弁当用の冷凍食品が一品も入っておらず、全て手作りだった。

また受験生定番のゲン担ぎであるカツやウインナーも入っている。


「それじゃあ卵焼きをもらってもいいか?」

「はい。他に食べたい物はありますか?とんかつもありますよ」

「ゲン担ぎしてるメニューを貰うのは流石に気が引ける」

「あっ、だからいつもイベント事の時はとんかつが入ってたんだ」

「え、気づかなかったのか?」

「大会の時は消化に悪いのになんで揚げ物入れるかなーと思ってました」

「お母さん泣くよ」

「ふふ、冗談です。いつも有難くいただいています。それで一切れどうですか?」

「……いただきます」

「はい。どうぞ」


弁当の蓋の上に卵焼きととんかつを一切れずつ乗せて箸ごと渡してくれる。


「ありがとう」


お礼を言ってから早速卵焼きからいただく。


「鶴見家の卵焼きは甘いんだな」

「お口に合わなかったですか?」

「凄く美味しい。家の卵焼きはしょっぱいから少し新鮮だった」

「良かったです。美味しかったってお母さんに伝えておきますね」

「それは鶴見が恥ずかしくならないか?」

「?」

「気にならないならいい」

「おかず気に入ったなんらもう一品食べますか?」

「流石に遠慮しておく。鶴見も食べ始めないと時間がなくなるぞ」


食事休憩は50分もあり、学校の昼休憩よりも長いので普通に食べれば時間が無くなるということはないのだが、この調子だといつになったら食べ始めるか分からない。


「その前にとんかつも食べちゃってください」


あっそうか。今鶴見の箸を使っているのは俺だからカツもさっさと食べてしまわないと。

美味い。冷えてしまっているのに、普段食べている惣菜のカツとは比べ物にならないほど美味しい。


「ありがとう。両方とも美味しかった」


お礼と感想を言って弁当蓋と箸を返し、おにぎりを買った時についてきたおしぼりも添える。


「箸先には口を付けないように食べたけど、気になるようなら拭いてくれ」

「え?」


あっ!っと今更気づいたのか顔を赤らめて箸先を見つめる。

その様子を見ながら俺はおにぎりを食べ始める。

1つ目のおにぎりを食べ終わっても未だに食べる始める気配がなかった。


「どうした拭かないのか?」

「ば、ばい菌扱いしてるみたいで失礼かなと」

「そろそろ食べないと本当に時間が無くなるぞ」

「た、食べます」


結局鶴見はそのまま食べ始めた。

一口食べた後は遅れた分を取り戻すように勢いよく弁当を食べ始めた。普段の鶴見からは想像できない姿だったので少し面白い。

その後……午後と2日目の試験は1日目の午前に行った2教科より問題を解くことができた。もしかしたら鶴見家のカツ効果があったのかもしれない。

2日間に渡って行われた大学入試共通テストは結果は振るわなかったが、滞りなく終えることが出来た。



1月21日火曜日

今日の放課後、速水と面談を行う予定となっている。

前日の夜に岩手弁護士から確認のメールが届いており、既に大丈夫だと返信している。

4限目授業が終わり、昼休憩へと入る。

いつもなら春人や泰夏と一緒に昼食を取る時間だが、今日は話したい人が居るので予め早弁しておいた。

目当ての人物は久川静ひさかわしず中山巴瑞季なかやまはずきの2人で2人はチャイムが鳴ると教室を出て行ったのですぐに後を追いかける。

すぐに声を掛けようとしたが、その前に女子トイレへと入ってしまったのでしばらく待つことに。

少しするとトイレから出てきた中山に声を掛ける。


「中山、少しいいか?」

「筒井?何か用?」

「ちょっと聞きたいことがあってな。久川も一緒に話しがしたい」

「シズも?一応うちらも受験生だからご飯食べたら勉強しなきゃなんだけど」

「あまり時間は取らせないようにする」

「ならいいけど」

「巴瑞季ごめん待った?あ、取り込み中?」

「あ、出てきた。シズ、筒井がうちらになんか用があるんだって」

「筒井が?なんだろ?」

「ここだとちょっと話し辛い内容だから場所を移動しよう」

「えっ、何?怖っ」


校内を移動し、人が滅多に来ない屋上に通じる階段まで移動した所で話しを始める。


「二人には速水の事で少し話しを聞きたい」

「來玲愛?」

「あーそういこと」


久川と中山の二人は速水とはかなり仲が良かった生徒でいつも一緒に集まっていたイメージがある。

事件の当日の朝も3人で喋っている声が聞こえていた。

そんな二人には春馬とは違った友達視点で速水の事を聞きたい。


「二人は速水と仲良かったよな?」

「そうだね」「まぁ」

「でも事件後は一回も連絡取れてないよ」

「そうなのか?」

「うちらがチャット送っても既読すらつかないし」


近況を聞ければと思ったが仕方ない。


「用はそれだけ?だったら早く戻らせて」

「ご飯食べて勉強しなきゃだしねー」

「待ってくれ」

「何?まだなんかあんの?」


中山は少し苛立った様子で答える。

トイレの前で最初に声を掛けた時から感触は良くない。だからと言って俺の方も引こうとは思わないが。


「速水の事を知りたい。教えて欲しい」

「……ムカつく。あんた以外にも事件の後から來玲愛のことやたらと聞きにくるやつが何人も居たけどさぁ!友達を軽々しく売るとでも思ってんの?馬鹿にしてる!?」


俺の場合、今日速水と会う予定になっているので予め人となりを知っておきたいのだか、速水と会うことを口外することは岩手弁護士から禁じられている。

この2人にどう説明したら話してくれるだろうか。


「まぁまぁ巴瑞季。多分筒井は野次馬みたいな感じじゃないと思うよ。なにより被害者だしさ。でしょ?」

「そうだな」

「私には違いがわかんない」


中山と違って久川の感触は悪くなさそうだ。


「それで何が聞きたいの?」

「速水ってどんな奴なんだ?俺はほとんど喋ったことなかったから」

「うーん。見た目は分かりやすくギャル!って感じけど、中身はそれほどギャルって感じじゃなかったよね」

「本当に話すの?」

「別にいいじゃん。そりゃ、あたしも部外者に面白可笑しく話すつもりなんてないよ。でも筒井はそういうタイプじゃないでしょ?ね?」


俺の方を見たので頷く。


「ちっ分かった。あたしもこんな場所まで連れてこられたんだから少しくらいは話してあげる」

「助かる。それで中身はギャルじゃないってどういうことだ?」

「内面の話し。ファッション以外は趣味が全然合わないんだよ」

「ギャルってよりギャルに憧れてる女の子って感じ」

「よくそれで仲良しだったな」

「筒井は全然分かってないねー」

「あたしらはかわいいものが大好きなんだよ」

「必死にギャルに成ろうとする來玲愛チョーかわいいし」


ギャルに成ろうとする?

俺の目と言うかクラスメイトからすれば久川や中山よりもよっぽど速水の方がギャルに見えていたが彼女たちからすれば違うらしい。

この時点で俺の認識と大きな齟齬が存在している。


「あとはうちらは結構男をとっかえひっかえしてたけど、來玲愛はそういうのなかったよね」

「いや、あたしをシズと一緒にしないで欲しいんだけど」

「えー巴瑞季だって4月から数えて今の彼ピで4人目でしょ?」

「いや、桁が違うからあんたは17人だっけ?」

「残念~今20人~」

「余計駄目でしょ。ってほら筒井もドン引きしてる」

「参考までに聞きたいんだがどうやったらそんな人数と付き合えるんだ?」


自分とはまるで住む世界が違う。前に鶴見には日本人は平均5人と付き合うと言ったが、その平均を上げているのが人達が目の前にいる。


「シズは3~6股とか平気でするから」

「事実だけど、語弊がある言い方だなぁ」


事実なら語弊はないだろ……


「一応あたしは告ってきた相手には他に彼ピがいるって言ってるし、2股3股オッケーだって人としか付き合ってない。あと身体は簡単には許してないしねぇー」

「なんで複数人と付き合うんだ?」

「えー誰が自分にとって理想かわかんないじゃん。だったらいろんな可能性捨てて一人だけと付き合うのって馬鹿じゃない?とりあえず付き合ってみてから考えればいっかみたいな。あ、筒井みたいなタイプとは付き合ったことないから興味あるかも。どう?あたしと付き合ってみる?」

「遠慮しておく」

「やーん。振られちゃった」

「なんであんたが告白してんの?脱線しすぎでしょ」

「ごめんごめん。それでなんだっけ?」

「速水が実はギャルじゃないって話しだ」


久川の話しも興味深いが、優先順位は低い。今は速水のことが最優先。


「あーそうそう。遊びに誘っても男が居たら毎回断られたし、街でナンパされても全部断ってたね。何人かはあたしが代わりに頂いたりもしたっけ」

「また脱線しようとしてるし」

「ごめんごめん」

「二人は速水が春馬のことが好きだってことは知ってたのか?」

「好きなやつが居るんだろうなとは思ってたけど、その相手が皆瀬だとは思わなかった」

「あたしたちと筒井たちだとほとんど接点なかったもんね」

「そうだな」


春馬は分からないが、俺は速水だけじゃなく、久川や中山とも喋った覚えがほとんどない。


「それに皆瀬は北条とデキてるって思ってたしねぇ?」

「そう思うとあたし達も來玲愛のこと全然知らなかったんだよね」

「普段はどんな話しをしてたんだ?」

「なになに乙女の会話が気になる訳?」


さっきの話しを聞いた後に久川が乙女を自称されると思わず苦笑いしてしまう。


「今、失礼なことを考えていたでしょ」

「そんなことはない」


まさか俺のポーカーフェイスが見破られるとは……経験値が豊富なのは伊達じゃないということか。


「來玲愛とはファッションの話しとかうちらの恋バナだったり噂話しだったりが中心だったよ」

「特別変わった話しはしない」

「そうか。じゃあ最後に一つ、事件を含めて速水の事をどう思ってる?」

「あたしは今でも信じられない。だって來玲愛って見た目は派手だけど、それ以外はふつーの子だもん」

「あたしも同意。うちらが担ぎ上げてたからウラ番みたいなポジションになっちゃったけど、普通にいい子だしね」

「分かるー。てかあたしが何股もしてるって知られた時、めっちゃ説教されたし」

「あたしは元カレとトラブった時に助けてもらったっけ」

「てか、もし、4か月前に來玲愛と巴瑞季どっちが人刺したかって聞かれた巴瑞季だって答えちゃうし」

「おい、流石にそれはあたしに失礼だろ。いや、分からんでもないけど」

「色々話してくれてありがとう」


物騒な話しが出始める前に切り止める。

2人の話しを総括すると友達だから庇っているとかではなく、速水は良い奴って評価なんだな。


「それで?うちらにあれこれ聞いて筒井は何がしたいわけ?」


放課後に速水と会うから事前に速水の事を知っておきたかったとは話せないので適当な言い訳をする。


「どんなやつに刺されたのかくらいは知っててもいいだろ」

「ふーん。でもわざわざこんな時期に時間取らないで欲しかったね」

「悪かったな。でも俺としては有益な時間だったよ。感謝する」


中山は最後まで憎まれ口を叩くと先に階段を下りて教室に戻ってしまったので久川と2人になる。


「あーあ巴瑞季先に行っちゃった。どうせ一緒の教室に戻るんだから一緒に行けばのに」

「少しでも俺と一緒に居たくないんだろ」

「嫌われちゃったね。ショック?」

「別に。これまでほとんど喋ったことがなかったんだから無理もない」

「強がってるわけじゃなさそっか。ほらスマホ出して」

「?」


言われるがままに携帯を取り出すと久川も携帯を操作して俺の前に差し出す。


「これあたしのQRコード読み取って」

「ん?」

「まさかチャットアプリ、入れてないなんてことないよね?」

「入ってる」

「だったらさっさと読み取って」

「なんで?」

「せっかくこうやって縁が出来た訳じゃん?だったら連絡先くらい交換しようよ」

「わかった」


心の中ではいらないと思いつつ、久川が言っていた「いろんな可能性を捨てるのは勿体ない」という言葉は胸に響いた為、素直に交換に応じる。まぁ久川との可能性は限りなくないと思うが。

連絡先を交換した後は教室まで一緒に戻った。




午後の授業が全て終わった放課後、岩手弁護士と待ち合わせの時間まで20分程時間がある。連絡が来るまでの間、少しでも勉強しようと教室に残って問題集を広げる。

3ヵ月前の俺たちのように放課後に残ってお喋りする生徒は居らず、数人だけがそのまま教室に残って自習している。

10分間、問題集を解いているとポケットの中で携帯が震える。

一度教室から出て、電話に出るとあと5分くらいで学校に着くと連絡があったので、教室に戻り荷物をまとめて校門を出るとすぐ傍に1台の白い車が停まっていた。

多分そうだろうなと少し近寄って立ち止まると運転席の窓が開いて声を掛けられる。


「筒井修吾様ですね」

「そうです」

「岩手です。助手席にお乗りください」

「失礼します」

「改めて初めまして岩手静香と申します」


そういって岩手弁護士は名刺を受け取る。


「筒井柊吾です」


社会人だとこういう場で名刺交換を行うものなのだろうか?

残念ながら学生の俺にはそういう物を持ち合わせていないので少し戸惑う。

学生証を提示するのも違うだろうし、人に差し出すような身分証明書なんて持っていない。


「本当は入院している間にお見舞いに伺いたかったのですが、快復されたという情報を得られず、お伺い出来ませんでした」

「いえ、気にしないでください」


いきなり見舞いに来られても困惑するだけだっただろうし。


「早速ですが面談を行うにあたっていくつかの注意事項と禁止事項をお伝えします」


岩手さんは車を走らせながら説明を始める。


「はい」

「今から向かう場所や話した内容について何かしらの特定に繋がりかねませんので他言無用でお願いします。」

「分かりました」

「次に加害者に対して暴行は勿論のこと罵詈雑言・誹謗中傷など言葉で攻め立てるような行為は止めてください。場合によっては会合を中止させていただきます」

「もちろんです」

「会談の席には私も同席して会話は録音させてもらいます。これは証拠として裁判時に提出する場合もありますのでご了承ください」

「はい」

「私からは以上です。何かご質問があれば承ります」

「いいですか?」

「どうぞ」

「今回直接会って話すのはお金の問題ではなく、速水來玲愛の心の内を知りたいからです。話す余地がないと判断した場合は例え、どんな好待遇の示談だとしても応じるつもりはありません」


あり得ないとは思うが、もし速水が自分は加害者ではなく、被害者だと思っているような言動が見られたらどんなに金を積まれても交渉は決裂になる。

これは俺の気持ちの問題だ。


「承知しております。私としては和解していただけるのが好ましいですが、筒井様の意思を尊重したいと考えております」

「ご理解ありがとうございます」

「念の為、今回の事件の概要について簡潔に話させていただきます。今回、速水來玲愛さんは筒井柊吾様を刺傷し、重症を負わせたことで殺人未遂の罪で刑事起訴されております。殺人未遂は本来であれば禁錮刑5年以上の罪に該当します」


法律の知識は全くと言っていいほどないので黙って聞く。


「次に争点に関してお話させていただきます。検察側が現在懲役5年を求刑していることに対して私共は懲役3年と執行猶予5年に減刑してもらうように訴えている状況です。そしてこの軽減要求に対して筒井様との示談成立は必須事項だと考えております。懲役3年以下であれば執行猶予を与えられる可能性が高くなります」


この示談交渉が成立しなければ、岩手弁護士の目論見が潰えてしまう。


「執行猶予は期間が満了するまでに何もなければ懲役や禁錮と言った刑が免除されます。以上になりますがよろしいでしょうか?」

「はい。ただ俺が示談に応じない場合はどうされるのでしょうか?」

「その時はその後に私がやれることをやるだけです。今回の示談交渉に置いて私が介入できる部分は終わっているので後は來玲愛さん次第となります」


注意事項や事件の概要、争点を説明し終えるとお互いに喋ることなく無言の時間が流れる。

本来なら家で勉強している時間なので鞄から参考書を取り出して読み始める。

比較的車内の揺れは少ないとはいえ、テキストを読むには致命的で10分経っただけで気分が悪くなってきたので片付ける。

その様子を見て、岩手さんが話しかけてくる。


「センター試験、今は大学入学共通テストって呼び方でしたね。結果はどうでしたか?」

「良くはないですね」


本当はかなり悪い。直前に鶴見にアドバイスしていたのが恥ずかしい程に。

実力が発揮できなかったのではなく、実力通りの力を出して悪かったのだから言い訳しようがない。

既に本来希望していた大学には受からないラインを越えてしまっている。

変更先の大学にはまだ指先は掛かっているので、2次試験の結果次第となる。


「2ヶ月以上昏睡状態だったんですよね。無理もありません」


2か月間、ただ眠っていただけならどうにでもなっていたと思う。失った学力が痛い。


「筒井様は大学受験はどちらを志望しているんですか?」

「元々は国大を狙っていたんですけど、今はランクを落として浜大にしようと思っています」

「国大から浜大ですか。随分と落としたのですね」


国大は超難関大学、浜大は有名大学ではあるものの国大に比べると2ランク以上落ちる。


「浪人は避けたいので、今の実力で引っ掛かりそうな所を目指しています」

「どちらも現在住んでる場所からは遠い所ですね」

「はい」


引っ越しで大きな環境変化はあるだろう。それでも田舎に行くならまだしも都会に出るならそこまで不便な思いをすることはないだろうと踏んでいる。


「岩手さんは大学はどちらに進学されたんでしょうか?」


たしかホームページに学歴も掲載されていたと思うがそんなことまでは覚えていない。


「私は稲大出身になります」


超有名私大だった。流石弁護士。


「岩手さんはどうして弁護士になろうと思ったんですか?」

「中学生の頃にテレビの再現ドラマになってた事件を興味本位で調べたのがきっかけです。そこから色々調べている内に何度もなんで?って疑問や中途判決などを追っている内に法律に興味を持って勉強を始めました」

「え、中学生の頃から法律の勉強をしていたんですか?」

「はい。と言ってもその頃の私は別に弁護士になりたくて法律の勉強をしていた訳ではなく、趣味の延長で調べていただけなので本格的に勉強を始めたのは法学部に進学してからです。その流れのまま弁護士にという感じです。筒井君は弁護士や法律に興味がありますか?国大を受けようと思っていたほどの基礎学力があれば真剣に勉強すれば法学部に進まずとも司法試験を受けて資格習得も出来ると思います」

「いえ、少し気になっただけなので」

「司法試験はすごく大変ですが、資格を取れれば就職やお金に困ることはないですよ」


職や金に困らないというのはとても魅力的な話しではあるものの、こういうのは普通やりがいがあるとか言って誘う物なんじゃないのか?


「とは言っても弁護士になってからも勉強の日々でそれこそお金を使う暇もないくらいに大変ですが……」


岩手さんの語気がどんどん弱くなっていくところに闇を感じる。


「もしかして弁護士になったこと後悔してます?」

「そんなことはです。一度助けた相手が再犯を犯したときは流石にやりきれない気持ちになったりもしますが後悔はしてないですよ」


弁護士は俺の思っている以上にずっと大変な仕事だということは分かった。

これまでバイトすらしたことがない俺には労働の苦労を語る資格なんてないのに何言ってんだって話しだが。


「私たち弁護士は仕事上、悪人を弁護して手助けをすることも多いです。それでも仕事だから弁護するだけでなく、自分が弁護した相手には罪を認めて更生してくれるよう願っております。勿論今回の速水來玲愛さんにも」


信じているではなく、願っていると言う所に岩手さんの経験が物語っているような気がした。

実際に再犯者の弁護に回ることもあるのだろう。

俺には根っこの部分は更生のしようがないと考えているので仕事として割り切る方が正しいと感じてしまう。

本当は移動中も勉強したほうがいいのだけれど車酔いはしたくないし、弁護士と関わる機会なんて滅多に無いので色々と質問してみよう。


「岩手さんは今回のような傷害事件や刑事事件を担当することが多いんですか?」

「いえ、弁護士でも刑事事件を担当する機会は稀です。浮気が原因の離婚協議と言った痴情の縺れのご相談が多いです。女性からのご相談は同性の弁護士を求めるお客様も多いですから」

「確かに同性なら話しやすいみたいなこともありそうですね」

「女性の弁護士は全体数が少ないのもあって、異性には言い辛いことでも同性だと安心して話せるという部分から9割以上が女性からのご相談になります」


速水も女の子だから今回の仕事が舞い込んできたのだろう。

その後も岩手さんの仕事話しを聞いているとあっという間に時間が過ぎて行った。


「そろそろ待ち合わせ場所に着きます」

「そういえば今日はどこで話し合うのですか?」

「ファミレスです」

「ファミレス?!」


平日の夕時、人は少ない時間ではあるけど、もう少し落ち着いた場所でやるものかと思っていた。

俺が怪訝そうな顔をしているとこういうのは案外カジュアルな場所で行うものですよと教えてくれた。マジかよ。


「着きました。席は予約してあるので私に付いてきてください」


車を降りて見えたのはお高めな部類に入るファミレスチェーン店。

岩手さんと一緒に入店する。


「いらっしゃいませ」

「予約している岩手です」

「岩手様ですね。こちらへどうぞ」


店員の後を着いて行き、店内の奥へまで進んでいく。


「こちらの席になります」


案内された席には既に到着していた速水來玲愛が俯いたまま対面に座っていた。


「どうぞ筒井様お座りください」


大人に敬語を使われている高校生を見て、俺たちを案内してくれた店員が笑顔のまま若干引いていた。


「ご、ご注文がお決まりになりましたら案内ボタンにてお呼びください」


最低限の案内だけして店員は早々に立ち去っていく。

俺が席に座った後に岩手さんは速水の隣へと着席する。

さて、対面している相手は間違いなく速水本人なのだが、4か月以上見ない内に俺が知っている速水來玲愛とは見た目が別人のように変わっていた。

以前は根本まで金髪のサラサラヘア。それが今は長らく染められていないプリン色に変化しており、手入れがされていないボサボサ髪。ちゃんと眠れていないのか腫れぼったく膨らんだ目元とコケた頬、明かに状態が悪い肌質。

イケイケの1軍ギャルが3軍女子に都堕ち。

なんと声をかけて良いのかわからず、とりあえず当たり障りがないように挨拶する。


「速水、久しぶりだな」

「ッ……ーーー」

「ん?」


あまりに小さな声で聞き取れない。


「……なさい」

「?」

「ごめんなさい」


ああ、謝ってるのか。ようやく聞き取れた。

速水玲愛は見た目だけでなく中身もがらりと変わってしまったように感じた。

一先ず、第一声が謝罪だったのは良かった。

謝罪の場なのでもしかしたら事前にアドバイスされているのかもしれないが、それにしても以前の俺が知っている速水とのギャップがすごい。

まるで別人、いや本当に誰だよお前。


「先に注文だけ済ませてしまいましょう」


一応挨拶(?)が済んだところで岩手さんが気を利かせて注文を促す。

見たところ速水も来てから注文を済ませてないようで3人前のドリンクバーを注文することとなった。


「今日は何で呼ばれたかわかるか?」

「わかってー。つもり」

「なら話しは早い。速水にどうして事件を起こしたか聞きたい」

「ーしたくない」

「ん?」

「話したくない」

「いや、話したくないって……」


いやいやいや、何のためにこっちは時間を割いてると思っているんだよ。

そりゃ直接話しがしたいといったのは俺の方からだけど、承諾した以上色々聞かれるのは想定済みだろ?

受験生にとって今の時期どれだけ時間が大切か速水も理解しているだろうに。

話し合いは出だしから雲行きが怪しく難航が予想される。


「私の方からお話してもよろしいでしょうか?」


岩手さんが俺にではなく、速水の方に確認を取る。

速水が頷いた後に筒井様もよろしいでしょうか?っと確認してきたので俺も頷く。

俺が表情に出てしまったのを見て察したのだろう。


「まずは速水さんと皆瀬春馬さんの交友関係からお話しさせてもらいます。お二人は家が隣同士で幼い頃から付き合いがあります。そして物心がつく頃に速水さんは皆瀬さんに対して恋心を抱くようになりました。そして年月を重ねるごとに一緒にいる時間が短くなることと反比例して想いは強くなっていき、その想いの強さから皆瀬さんと北条さんが付き合い初めたショックが事件の発端です」


岩手さんが話した部分は俺の想像した通りで他人の口から聞いても何の感慨もなく、本人の口から説明して欲しかった。

というかこんなことを人に説明されたらもっと恥ずかしいと思うんだが。


「ハルとはーたしが3歳の時にーめて会って、ーー惚れしてからーっと好きだった」


岩手さんの話しを聞いて、速水が自分から喋り始めてくれたが、相変わらず小さい声でボソボソと喋るのでとても聞き取りづらい。


「それをたった数ヶ月の付き合いでーられて……それがーーしても許せ、なかった」


事件前は速水が春馬に好意があるとは知らなかったけど、刺された時の力でその気持ちの強さは誰よりも理解しているつもりだ。


「気づいたらハサミを手にして走って振り下ろしてた」


素手、せめてグーで殴るくらいまでなら喧嘩で済まされたのに……凶器は思い切りラインを超えている。


「ハサミは駄目だろ」

「全部壊したかった」

「暴力でどうにかできる問題じゃない」

「そんなのっ……!!」


本当は速水も分かっているはず。自分の彼女に危害を加える相手を好きになるなんてありえない。不可能だ。

危害を恐れてそれが原因で別れるようなことがあっても加害者がそのパートナーに成り代わることはない。


「俺や鶴見が動かなかったら北条は死んでいただろうな」

「…………」


結果的にハサミは俺の心臓に収まり、死の淵まで行ってしまったがこうして生きている。

傷痕の位置を見れば、元々は北条の頸椎を狙って振り下ろされたと分かる。……分かってしまう。


「ーーッ」


これまで考えようとしていなかった記憶を思い起こそうとしたせいで刺された時の痛みがフラッシュバックする。

「ハァーハァ」

……二人に悟られないように静かにゆっくり呼吸をして痛みを逸らす。

大丈夫。実際に傷が痛んでいるわけではない。記憶の痛みを脳が勘違いしているだけ。


「一度休憩しましょう。筒井様、少しよろしいでしょうか?」


話し合いが始まってからまだ10分しか経っていないというのに岩手さんが席を立って声を掛けてきた。

俺は胸の辺りを押さえながら黙って岩手さんの後を付いて行くと店の外まで出ることに。


「筒井様。見ての通り、速水來玲愛さんは精神的にとても不安定な状態です」

「すみません。俺の方も少し感情的になってしまいました」


俺の様子をおかしくなったのを見て、気遣かってくれたのかと勘違いしたがそうじゃないらしい。


「筒井様は十分感情をコントロール出来ています。本当に18歳とは思えないほどに冷静です。しかし相手の状態が悪いのです。私が彼女と初めてお会いした時はもっと大変な状態でした。あなたから面会の提案を受けて承諾してくれたことが今でも信じられないくらいに」


岩手さんは褒めてくれているが、もっと言葉に気を付けなければいけない。

死んでいただろうななんて言うべき言葉じゃなかった。


「一度來玲愛さんを落ち着ける為に10分程待っててもらえませんか」

「わかりました」

俺の返事を聞き届けると岩手さんは一足先に店内へと戻って行った。

直後、冷たく強い風が吹いて身体が震える。

防寒着は店内に脱いで置いてきたままだ。


「10分もこの寒さで待ってなきゃいけないのか。せめて車の中には入れて欲しかったな」


言われた通り10分経ったので急いで店内へと戻る。寒さのおかげか胸の痛みもいつの間にか治まっていた。


「さっきは大きい声を出して悪かった」

「ーーじょぶ」


速水は萎縮してしまったのか先程よりも更に声が小さくなる。全然大丈夫なようには見えない。


「一つ聞いてもいいか?もしあの日に戻れたらそのときは自分を抑えられると思うか?」

「ーーらない」


わからないか、困ったな。


「それならもし今、春馬と北条が並んで歩いているのを見たらどうする?」

「隠れると思う」


本心は分からないが攻撃的な行動を取らないなら大丈夫か。


「こんなこと聞くのもあれなんだけどさ、速水は男と付き合ったことはないのか?」


どうしても見た目が先行して異性と遊んでるイメージが拭えない。

ただ派手なだけではなく、整った容姿をしているので教室に居る時に街でナンパされたみたいな話しもちょくちょく耳に入っている。

久川や中山程じゃないにしても何人かと付き合っていてもおかしくない。


「……ない」

「そうか」


そりゃそうだよな。意中の相手と付き合い始めた子を殺そうとするくらい好きな相手が昔からずっと近くに居たら他の男なんかに目が向くわけない。


「速水はこれからどうするつもりなんだ?」


さっきから俺が質問ばかりになってしまっているが速水から話しかけられることがないので仕方ない。

精神が衰弱しているなら、また岩手さんからストップがかかってしまうかもしれない。

でも速水の事を知るにはまだまだ足りない。俺が彼女を許せるラインにはまだ届いていない。


「なにもしない。なにもやりたくない」

「そういうわけにはいかないだろ」

「ぃゃぁ」


本当は使いたくない手だけど、現状を打開するために切り札を使う。


「春馬は速水に会いたがってた」

「……っ」


大きく身体が震えるように反応した。が、帰ってきた言葉は想像とは違っていた。


「あたしは会いたくない。もう誰にも会いたくない!」


用意していた切り札があっけなく切り捨てられてしまった。


「俺とももう会ってくれないのか?」

「……え?」

「ん?」


あれ、このままじゃいけないと思っていたせいかおかしなことを口走ってしまった。


「………………」

「………………」

「………………」


今日一番、俺にとって嫌な間が続く。岩手さんも怪訝な顔で俺の方を見ているし。


「えっと、それってどういう意味……?筒井はあたしに会いたいの?あ、あたしのこと、その、好き……なの?」

「え、あーえっと」」


好きなわけないだろ。

ただ、今から発する言葉の選択を間違えてしまえば、執行猶予をもらった所で速水が今後まともな道を歩まなくなってしまいそうな気がした。

なんて答えれば良いのか迷っていると。


「……こんなあたしのことなんて好きな人とかいるわけないよね……」


ああ、もうっ!


「そうだ好きだッ!だからお前を犯罪者にさせないために北条と鶴見を突き飛ばした!!」

「ど、どういうこと??」

「言葉のままだ。か弱い女の子じゃなく、男の俺なら耐えられると思った。だから弱い二人を庇った」

「本当……?」


もう、どうにでもなれ。


「俺は4月になったら大学に通うために実家を離れて一人暮らしする。速水、俺についてこい」


自分でも勢いだけでおかしなことを口にしているのは分かっている。

でも今は勢いだけでいい。

今の速水に必要なのは無理矢理にでも心の扉をこじ開けて連れ出すやつなんだと感じた。


「あ、あたしはー」

「俺の傍に居ろ」


今日初めて顔を上げた速水の目線を捉えて真っ直ぐに見つめる。


「は、はい……ついて、いきます」

「岩手さん、速水の両親にお伝え下さい」


すーーはーーー。

一度大きく深呼吸してから続ける。


「4月から速水が暮らすためのお金を用意してください。慰謝料ではなくあなたの娘の為の生活費をくださいと」

「あなたは本当にそれで良いんですか?」


良いわけあるか。元々そんなつもりは微塵もなかった。

俺はまだ速水を許したわけではない。

それでも今、手を差し伸べてやれるのが俺しかいないのなら俺がなんとかするしかない。


「勿論です」


言ってしまった。


「それですか。それなら私から言うことは何もないです。裁判を有利に進める為に示談を成立させることが私の仕事です」

「あの、連絡先……」


今日初めて速水の方から話しかけられる。

そういえば、俺達はお互いの連絡先を知らない。


「QRコード出すからちょっと待って」

「お待ちください」


ポケットから携帯を取り出そうとしていると岩手さんに止められる。


「裁判が終わるまでは当人でのやり取りはお止めください。トラブルの原因になりえます」


全くの赤の他人ではなく元クラスメイト。お互いに知ってる者同士だから問題ないと思ったのだけれど弁護士からすれば避けなければいけないらしい。


「わかりました」

「筒井様の条件は4月から傍で暮らす事と今後の速水様の生活費でよろしいですね?」

「はい」

「では依頼主の速水さんのご両親が納得すれば示談成立となります。その他の事に関してはこれから話し合いましょう。筒井様から他に何かありますか?」

「大丈夫です」

「岩手さんと筒井様は一度車内にお戻りいただけますか」

「分かりました」


ファミレスを出て、車の鍵を開けてエンジンが掛けてもらうと岩手さんはファミレスへと戻っていく。

今度は外ではなく、車の中に入れてもらえてよかった。暖房の温かい風が身に染みる。

いつ岩手さんが戻ってくるのかわからないので参考書を開いて勉強を始める。学校帰りなので勉強道具に困らなくてよかった。

しかし勢いであんなことを言ってしまった手前、全然集中出来ず、問題文が頭に入ってこない。


1時間経つと岩手さんが戻ってきた。


「遅くなってしまい、申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です。それより何の話されていたんですか?」

「速水さんの父親に先程の示談の話し合いを説明していました」

「え、居たんですか?」

「はい、離れた席で待っていてもらいました」


同じ状況だったとしても、もし父親が同席していたら同じことは言えなかったかもしれない。


「それでどんな反応されてました?」

「驚いていました。直接あって話したいと言ってます」


そうだよな。被害者が示談の条件に娘を傍に置きたいと言い出したらどんな奴か自分の目で確かめたくなる。


「これから直接あっていただけますか?」

「わかりました」


少々気が重いが、承諾する。

再びファミレスに戻り、席に着くと先程まで速水が座っていた場所には速水の父親と思われる人物が座っている。


「この度は娘がご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」


岩手さんに連れられて歩いてくる俺を見つけると立ち上がり、開口一番に謝罪の言葉と共に深く頭を下げる。

どんな父親か身構えていたのでとりあえずは常識が通じそうな相手で安心する。


「頭を上げてください」

「こちらはー」

「來玲愛の父、速水義明です」

「筒井修吾です」


岩手さんの紹介の言葉を遮り、自分の口で自己紹介を始めたので俺も連なり自分の名前を名乗る。

第一印象は速水とは似つかない厳格そうな父親だと感じた。


「事件について、岩手弁護士を通し詳細を聞いています。君に傷つけてしまった謝罪もそうだが、娘が殺人犯にならないように庇ってくれたこと、深く感謝しています。本当にありがとうございます」

「たまたま俺がすぐ近くにいたから出来ただけなので。それにもっと上手く出来れば速水も警察沙汰どころか退学にもならなかったかもしれません」

「仮にそうであっても私に君を責めることなど出来るはずがない。筒井くんの勇気に感服する」

「恐れ多いです」


自分の親と年齢が変わらないであろう人に敬意を示されたり、敬語で話しかけられて困惑する。


「それで筒井くんと娘の関係はクラスメイトだったということで良いのでしょうか?」

「はい、そうです」

「元々仲は良かったんでしょうか?」

「いえ、あまり喋ったことはないです」


偽りの告白ではあったが、極力本当のことを話す。


「先程聞いたのだけれど、君は來玲愛のことが好き……なのでしょうか?」

「はい」


義明さんの顔を見て答える。


「來玲愛のどういったところでしょうか?」

「それは……容姿とか?」

「そうですか」


速水のどこが好きかだって?そんなもん知るかこっちが聞きたい。

そもそもろくに話したことがないから内面を語ることが出来ず、速水のことはギャルという外見的な特徴と春馬とコインゲームが好き、本来の性格はギャルではない(らしい)ことくらいしか知らない。そんな薄っぺらい俺にはうわべの事しか喋るしかない。

それだけに今の質問は俺の事を見定めているようなそんな風に感じてしまう。


「娘の容姿は親の目から見ても派手ではあるものの整っていると思います」


こういう時はなんて答えればいいのだろうか。気の利いた返事が思い浮かばない。


「あの事件以降、來玲愛は家から出られなくなってしまって、部屋からもトイレ以外で出てくることがなく、放っておいたら食事にすら手を付けない状態でして……」


俺が答えに困って黙っていると義明さんは一番知りたかった速水の今の状態を話し始めてくれる。

加害者が自身の犯した罪に苛まれているということはそれだけ自身の行動に対して後悔している証しでもある。


「來玲愛はこのまま私たちと一緒に暮らしていて良くなるのか分かりません。お金で解決できる問題ではないと理解しています。しかし娘の犯した罪を私に出来る誠意の見せ方はお金と筒井くんの意向に可能な限りで沿うこと以外にできません。元々用意する予定だった300万の慰謝料とは別に來玲愛が筒井くんの傍にいる間は毎月10万円生活費を振り込みたいと思っています。筒井君が來玲愛と一緒にいるのが無理だと感じたときは筒井君の判断で私の家に送り返してくれて構いません」

「そは俺の要望を飲むということで良いんでしょうか?」

「はい」

「速水さん本当によろしいのでしょうか?」

「はい」

「では現在作成してある慰謝料300万円の条件ともう1枚新たに示談書を作成します。2枚に分けるのは1枚にまとめてしまうと話しがややこしくなってしまう為です。お二人ともよろしいでしょうか?」

「わかりました」「はい」

「では2日以内に完成させますので、認印、出来れば実印を持って都合が良い日に事務所までお越しください」

「実印?」


ってなんだ?ハンコの事だよな?


「高校生だとあまり印鑑を使う機会はほとんどありませんよね。実印とは役所で印鑑登録を行った印鑑のことを指します。重要な書類の偽装防止の為に使用する判子です」

「なるほど」


確かにどこでも売っているようなハンコだと簡単に偽造することも出来てしまう。

これまでの人生で判子を使うこと機械がほとんど無かったので正直ピンと来ない。


「筒井様は私どもの事務所をご存じないと思うのでお迎えに参ります」


本来なら速水の反省した姿が見れればそれでよかっただけのはずなのに変なことを口走ってしまったせいで、本来なら今日署名をして終わるはずだったものが思わぬ方向へと話しが進んでいってしまった。

いや、今回は判子を用意していなかったからどの道同じことか……


「筒井くんはどこの大学を受験予定なのか聞いてもよろしいですか?」

「浜大を受験しようと思っています」

「浜大だと神奈川県ですよね?今住んでる所からだと遠いね」

「そうですね。義明さんが今どちらに住んでるかは存じ上げませんが、義明さんも來玲愛さんと頻繁に会うのは難しくなると思います」

「筒井くんの事は少しの時間でしかないけれど、直接話してみて信用できる男だと感じています。少なくとも娘に危害を与えるような男ではないと信じています」

「それはそうですけど……良く知りもしない俺に大切な娘さんを預けても本当にいいんですか?例えば、元々付き合いがある春馬だったなら信用できるのも理解できるんですけど」

「春馬くん?確かに彼なら安心して娘を任せられる。でも今、來玲愛に手を差し伸べてくれているのは春馬くんではなく筒井くんだから私は君を信じているんだ」


本当は春馬が出来ないから俺が変わりに手を差し伸べて救い上げてあげようとしているだけに過ぎない。


「でも俺よりも春馬の方が來玲愛さんのことを考えていますよ」

「春馬くんが來玲愛のことを今でも考えてくれていると聞けて嬉しい。でも今の來玲愛に届いているのは春馬くんではなく筒井くんの言葉で今のあの子に必要なのは春馬くんではなく、君だと思います」


もしかしたら義明さんは俺が速水に気がないことに気づいているのかもしれない。

それと速水に春馬の話題を出した時は拒絶を示したし、実際に面会を拒絶したと聞いている。


「私からの話しは以上です。筒井君から何か聞きたいことはあればお答えします」

「いえ、大丈夫です」


長く話すとボロが出てしまう可能性があるので早々に話しを終える。

しかし速水の心理状態を把握できたのは大きな収穫だった。


「今の來玲愛をあまり長時間待たせるのも不安なので失礼してもよろしいですか?」

「はい。本日はありがとうございました。またご連絡させていただきます」


義明さんは席を立った後、俺に深くお辞儀して退席する。その際に伝票を持って、支払いを済ませて店外に出て行ってしまった。


「筒井様もありがとうございました。私たちも帰りましょうか?それともお食事していきますか?」


そういえば結局ドリンクバーを頼んだもののまだ一杯も飲んでいない。

晩御飯にはまだ少し早い時間ではあるものの、帰ってから食料を買いに行く手間を考えれば今ここで済ませてしまった方がいいと考えた。


「食事して行ってもよろしいでしょうか?」

「はい」


メニュー表を手に取り目を走らせる。……思ったより高いな。


「支払いは私が行いますので気になさらずに頼んでください」

「え、良いんですか?」

「勿論です。と言っても私の驕りではなく、後で速水さんから請求するんですけどね」


本人がいないところで勝手に飲み食いしていいものなのか?


「折角なので私もここで済ませようと思います。決まったら教えてください店員を呼びます」


数分間メニュー表を見てもこれだと言うのが決まらない。

あまり待たせるのも悪いと思い、店員を呼んでもらうことにした。


「私はこちらのセットを彼は……」

「同じものをお願いします」

「かしこまりました」


結局自分では決めきれずに岩手さんに合わせて、同じものを注文することにした。


「私に合わせないで自分が好きなもの頼めばよかったのに」

「俺もそれが食べたかったんですよ」

「嘘でしょ。筒井くん自分が頼んだ物のメニュー言えるの?」

「えっと……すみません」

「君はまだ高校生なんだから遠慮しなくていいからね。相手に合わせるのなんて社会人になってからで充分」


仕事モードが抜けたのか今までの畏まった敬語から少し緩い口調に変わる。

俺の呼び方も筒井様から筒井君と年相応の呼び方に変わっている。

今の俺と岩手さんは周りから見るとどう映っているのだろうか?従姉とか?


「どうしたの?私のこと見て」

「ああ、すみません。大人の女性と二人きりで食事する経験がなかったのでどういう会話すればいいのかなっと」


思っていたことを素直に言葉にする。


「ふふっ可愛いね!年相応のところもあるようで良かった。でもそこは女の子って言って欲しかったかな」


岩手さんも岡山先生と同様に美人であることには間違いないが、女の子っというカテゴリーの年齢かと言われると疑問である。


「筒井くんって考えてること顔に出るタイプでしょ。女性の前では気を付けたほうがいいよ」


女性と言い直す辺り、俺の思考が完全にバレている。

自分では完璧なポーカーフェイスを纏っていると思っていたので今の指摘はショックだった。そういえば昼にも久川に指摘されたな。


「高校生からしたら社会人の女性なんてみんなおばさんだよね」

「そんなことないですよ。岩手さんは素敵な女性だと思いますよ」

「ありがとう。お世辞として受け取っておくね」


別にお世辞とかじゃない。容姿だけでなく職業や今までの対応を見て、岩手さんは素敵な女性だと感じている。


「筒井くん、最近どう?」

「勉強のことで頭一杯です」

「うーん気持ちはよくわかるけど、何か息抜きとかないの?そういうの話して欲しいな」


息抜きか……そうだな。


「勉強の合間に夜食で食べる菓子パンとかですかね」

「おいしいものや甘い物を食べると幸せになるからいいね!一押しとか教えてよ」

「パンケーキの中に餡子とメイプルシロップが入ってるやつが好きですね」

「へぇー食べたことないや。どこで売ってるの?」

「スーパーに売ってますよ。コンビニでは見かけませんね」

「本当?今度スーパーの行く機会があったら買ってみようかな」

「それ絶対に買わないやつですよね。岩手さんは料理しないんですか?」

「え、急になに?」

「いやだって料理する人はスーパーに行く機会なんて単語使わないですし、弁護士って忙しそうなイメージが強いのでどうなのかなって」

「まぁ、あんまりしないかな。料理って作るのに時間かかるし、毎日作らないと余らせた食材が腐っちゃうから」

「普段何食べてるんですか……?」

「外食したり、出前取ったりかな」

「栄養偏りませんか?」

「そんなこなことないわよ。ちゃんと野菜も摂るようにしてるし。サプリも飲んで野菜ジュースも飲んでる」


野菜ジュースって糖分量多いからあまり身体に良くなかったような。


「私のことよりあなたこそどうなの?」


俺もほとんどスーパーやコンビニの総菜だったり半額弁当だったりするから人のことを言える立場じゃなかった。


「うちは母が作ってくれるので」


面倒なので適当な嘘で誤魔化す。


「あなた今一人暮らしでしょ」


俺のついた嘘は秒でバレてしまい指摘されてしまう。


「あ、料理来ましたよ」


丁度いいタイミングで料理が運ばれてきた為、これ以上追及されることはなかった。

アツアツの鉄板に乗せられたハンバーグがメインの定食、高いファミレスだけあってメニュー表の写真とも遜色ない出来で良い香りが漂ってくる。

岩手さんはスーツが汚れないように慣れた手つきで紙エプロンを着ける。俺も学生服なので見真似で紙エプロンを着ける。


「……熱い内にいただきましょうか」

「はい、いただきます」


ハンバーグを一口食べる。

値段が高いだけあって他のファミレスのハンバーグよりも肉々しく満足度が高い。


「俺、こういうご飯やみそ汁に蓋がついているタイプのお椀って結構好きなんですよね。外食してるって感じがして」

「へぇーそうなんだ。私はそういうこだわりはないなぁ。あ、でも柔らかいご飯は嫌かも」

「俺もご飯は少し堅めくらいの方が好きですね」

「気が合うわね」

「普段からこういう場所で食べることが多いんですか?」

「そうね。今は食事と住むところくらいしかお金の使う機会がないから食事にはお金掛けてる自覚はあるかな」


忙しい大人って皆こんな感じなのだろうか。


「さ、お喋りは一旦止めて食べることに集中しまいましょう」

「そうですね」


友達との食事や教室の昼食時はいつも賑やかなので人といるのに静かに食べるのは少し新鮮だ。

これもまた1つのマナーなんだろう。


「ごちそうさまでした」

「折角だしデザートも頼んどく?デザート代くらいなら私がお金出すから」


俺が食べ終えたタイミングで話しかけられる。


「良いんですか?」

「私も丁度食べ終わったからね」

「えっ?」


岩手さんのハンバーグが乗っていたプレートにはまだ備え付けのインゲンが残っている。


「に、苦手なんだよね……インゲン」


俺が目線をインゲンに向けていると聞いてもいないのにインゲンが苦手だと自白する。

岩手さんは俺とインゲン豆を交互に見てから「よしっ」っと小さい声で気合を入れた後、一気に口に放り込み涙目となる。

苦手を通り超した表情を見て思わず笑ってしまう。


「何笑ってるの」

「ふふっすみません。これまでの印象と違って可愛いなって」

「か、かわ!?」


しまった。年の離れた女性に可愛いは失礼だったか。


「ふ、ふーん。可愛いね、私が」


また失言してしまったかと思ったらどうやら満更でもないのか照れている様子。

機嫌を損ねたわけでないのならよかった。


「それでデザートは何にするの?」

「そうですねー……」

「筒井君ってコーヒーゼリーは苦手じゃない?」


メニュー表を眺めて考えるていると岩手さんから質問される。


「コーヒーゼリーですか?嫌いじゃないですが」


好きという程でもないが。

因みに飲む方のコーヒーは甘いカフェオレ以外苦手だ。


「だったら是非ここのコーヒーゼリーは食べて欲しいのよね」


コーヒーゼリーねえ。

さっぱりしてて食べやすそうだし、オススメだというなら従おう。


「わかりました」

「後悔させないから安心してね」


呼び出しボタンを押して俺の分と自分の分で2つコーヒーゼリーを注文してくれた。

メニュー表にコーヒーゼリーなんてあったかなとメニュー表を見ていると。デザートだからすぐ来るよと声を掛けられメニュー表からコーヒーゼリーを見つける前に二人分のコーヒーゼリーが運ばれてきた。


「これが……コーヒーゼリー?」


というよりパフェ?


「どう?」

「想像していたものとは違いました。でも美味しそうですね」


シンプルなコーヒーゼリーを想像していたからかメニュー表から見つけられなかった。

なんたって想像の5倍は盛られてるのだから。


「私は食べる前にホットコーヒーを取りに行ってくるわ」

「いってらっしゃい」


岩手さんはすぐに戻ってきてテーブルにカップを置く。


「先に食べててよかったのに」

「そのくらい待ちますよ」

「それじゃいただきましょうか」

「はい」


コーヒーゼリーの上にはアイスが乗っている。普段は真冬にアイスを食べることは無いので新鮮。

冬の時期の方がアイスの売り上げがいい地域があるらしいがにわかに信じられない。

アイスと一緒にコーヒーゼリーを掬って食べる。

コーヒーの苦みとアイスの甘さがマッチしておいしい。でも口の中は冷たい……

岩手さんの方を見るとアイスを口に含んだ後ホットコーヒーを流し込んでいる。なるほど、そういう風に食べるんだ。

完食した後、体が寒くなってきたので俺もあったかい飲み物を取りに行こうとすると岩手さんもコーヒーをお代わりするので一緒に汲みに行くことになった。


「コーヒーって色々種類合って何がどう違うかよくわからないんですよね」

「私も豆のことはわからないけど、種類を簡単に説明するとエスプレッソがブラックコーヒーでカフェオレがミルク入りの物、カフェラテやカプチーノは暖かいミルクや泡立てたミルクが入ってるものになるかな」


そう言って岩手さんはエスプレッソのボタンを押してコーヒーを注ぎ込む。ブラックコーヒーとは大人だなぁ。少し前の岡山先生とは対極。

岡山先生と言えばミルクセーキ飲んでたっけ。

なんだか無性にミルクセーキが飲みたくなったので、コーヒーマシンから離れてホットドリンクのコーナーを覗くとミルクセーキがあったので淹れる。


「あら、結局コーヒーは飲まないんだ、何を飲むの?」


俺が答える前に液体の匂いから察したようで。


「ふふっミルクセーキいいじゃない。可愛いわね」


にやにやしながら可愛いと言い返されてしまう。


「少し前に知り合いが飲んでいたのを思い出したら俺も飲みたくなって。岩手さんも後で飲みたくなるかもしれませんよ」

「私はコーヒーで結構」


ミルクセーキネタでからかえないとわかるとあっさり引いてしまう。

席に戻り、ミルクセーキを飲むと暖かさとまろやかな甘さに心が落ち着く。

糖分補給ができるし、今後の勉強の息抜きにありかもしれない。


「ん?どうかされました?」

「別に?なんでもない」


口では否定したもののもしかしてミルクセーキに興味があるのか?


「岩手さんもミルクセーキ一杯どうですか?久々に飲んでみるとおいしいですよ」

「だから私はいいって」

「まぁまぁまぁ騙されたと思って一杯だけ」

「面倒くさい絡み方するねぇ」


確かに今のはかなりウザかったかもしれない。

同級生なら兎も角、一回り近く年上の女性にする態度ではなかったと反省する。

それでも是非ミルクセーキを布教したくなった俺は岩手さんは自分では取りに行く気配がなさそうので、お代わりの際に2杯汲んできた。

もし、飲まないのであれば、その時は俺が2杯飲めばいいだけだし。


「よかったらどうぞ」

「もーそこまでして飲ませたい?だったら飲むけど」


すでに食前にコーヒーを1杯、食事中には水1杯、食後にコーヒー1杯と飲んでいるので、既にお腹がたぽたぽかもしれないが俺の好意を受け取ってくれる。

ミルクセーキを手渡すと一口飲んでくれた。


「どうですか?」

「うん、確かに美味しいわね」

「よかったです」

「それじゃ、これ飲みきったらお店を出ましょうか」

「分かりました」


味わってミルクセーキを飲み干し、席を立つ。


「お会計7800円になります」


たっか!普通に食べただけなのにファミレスでこんなにもかかるのか。


「この定食1人分だけ会計を分けてください。あと領収証もお願いします」

「かしこまりました」


なるほど。別会計にして領収書を書いてもらうのか……このような機会がなかったので社会勉強になる。


「改めてごちそうさまでした」

「最初にも言った通り、あなたの分の食事代は速水さんに請求するから私の驕りじゃないのよ?」

「でもデザートは岩手さんの驕りですよね」

「ええ、まぁ……君も大事な時期に付き合わせてしまってごめんなさい」

「いえ、俺も今回の件で学校では知れない学びを得られました」


店を出た後は車に乗って帰りも岩手さんに送ってもらう。


「それで筒井君は速水來玲愛さんのことは実際の所、どう思ってるの?」


一緒に食事して打ち解けた為か運転しながら本来踏み込む必要のない、プライベートな部分を聞いてきた。

もしかしてラブコメが好きなのだろうか?


「期待に添えていないと思いますが、正直好みではないです」

「では、なぜでしょうか?」

「このまま放って置けないと思ったからです」

「優しいんですね」

「打算的なだけです。自分の目に届く場所に居たほうが安心できるので」

「私の経験上だと來玲愛さんは再犯を起こすタイプではないように思うのだけれど」

「俺もそう思います。でも助けた女の子たちは大切な友達なんですよ」

「大切な友達、ですか。あなたにもいい人が見つかるいいですね」

「そうっすね」


岩手さんは事件の資料を何度も見返して詳細まで知っているので、多分俺が助けた友達との関係性も知っているはず。

この話しは続けたくないので別の話題を振る。


「資料が出来るまでに俺の方でやっておくこととかありますか?」

「実印はお持ちですか?恐らく筒井くんの年齢だとまだ持ってない可能性が高いと思うので無ければ今の内に作った方が良いです」

「普通の判子やサインだけでは駄目なんでしょうか?」

「駄目という訳ではありませんが推奨はしません。金額が大きいのもあり、実印を捺印することでより法的拘束力が強くなります。また裁判でも被害者との示談書に実印が捺印されているとアピールできます。これはこちらの都合になりますが」


直接仕事に関係する話題を振ったせいかこれまでの砕けた口調から一転してこれまでのビジネスモードへと様変わりする。


「なるほど、わかりました」

「詳しい実印の作り方は後ほど作り方が書いてあるURLをメールにて送信致します」

「ありがとうございます。そういえば速水とは今後どうやって連絡を取ればいいんでしょうか?」

「最終裁判を終えた後、私から双方にご連絡先をお伝えする形を取ろうと思っております。それでよろしいでしょうか?」

「はい」


長い間車に揺られてようやく家に到着する。


「本日は長時間お付き合い頂きありがとうございました」

「いえ」

「誓約書が完成しましたらご連絡しますので、筒井様も実印のご準備をお願い致します」

「わかりました」

「それと本日の事は些細なことでも口外しないようお願い致します」

「勿論分かっています」

「それではおやすみなさい」

「おやすみなさい」


岩手弁護士と別れ、帰宅するとベッドに倒れ込むように突っ伏す。

慣れない相手と長い間話したので疲れて眠い。

今日会ったばかりの人と1日でこんなに喋ったのは初めてで、仕事とはいえ、子供相手にしっかりと応接してくれたことに感謝したい。

まだ寝るには早い時間。少しでも追い込みの勉強をしなければいけないのに身体が否定している。

一度仮眠してから勉強しようとベッドに入ろうとすると携帯が震えるので画面を見ると岩手さんからのメールが届いていた。

中身を開くと『印鑑証明書を必ず発行してもらってください』との内容とサイトのURLが添付されていた。添付されているURLにアクセスすると実印についての詳細が載ったサイトへと繋がる。

俺が想像していたハンコとは違い、複雑な形状のサンプル画像が載っており、通常の判子とは違い、名字だけじゃなくフルネームの物が主流みたいだ。

相場は……10,000円以上もするのかよ。結構高いな。

判子は実物を見てから購入した方が良いと思ったので印鑑のサイズや書体、素材などをメモしてから寝る。



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