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彼女と同棲するまでの話し-The story until live in with her-  作者: クランボラム豊田


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3/11

復学

1月6日

年が明けて世間では既に通常営業。

冬休み中だということで後回しにしてしまったけれど、学校にもそろそろ電話しないとな。


『はい、津雲付属学園です』

「3-1の筒井です。岡山先生はいらっしゃいますか?」


電話に出た教師に担任の岡山先生へと繋いでもらうようにお願いする。


『岡山ですね。少々お待ち、え、筒井っても、もしかして筒井柊吾くんのご親族の方ですか?』

「本人です」

『嘘!?目が覚めたの?無事だったの?良かったぁ!すぐ岡山先生に代わりますね』


声に聞き覚えがない教師だったのに向こうはしっかりと俺の名前を認識しているらしくハイテンションで対応される。


『代わりました岡山です。本当に筒井か?』

「はい」

『声を聴くに本物だな。無事に目覚めたようで安心した』

「ご心配おかけしました」

『本当に心配した。筒井が悪いわけではない。むしろ筒井は北条を庇ったのだろ?一人の人間としてお前を尊敬する』

「ありがとうございます」

『直接顔を見に行ってもいいか?』

「勿論です」

『何か必要なものはあるか?』

「俺が休んでいた間の授業で使っていたプリントを頂きたいので用意してもらえないでしょうか?」

『分かった。教科の指定はあるか?』

「全てお願いします」

『明日に届けても大丈夫か?』

「はい。病院や病室は分かりますか?」

『お前が眠っている間に何度か見舞いに行ったから知っている。病室は517号室から変わっていないか?』

「はい。変わってません」

『時間は15時頃でも大丈夫か?』

「はい。待ってます」

「それじゃ明日伺わせてもらう』


挨拶を終えると電話を切る。

元々は挨拶だけのつもりだったのに急遽お見舞いに来てくれることが決まった。


1月7日15時


「失礼します」

「どうぞ」


予告していた時間ピッタリに岡山先生がお見舞いに来てくれた。


「身体の調子はどうだ?」

「動くとまだ少し痛みますが大丈夫です。それより先生の方こそ大丈夫ですか?」


岡山先生は生徒の間でも美人と評判の先生で年齢は32歳にも関わらず、見た目は10歳程若く見えていた。

それが今は化粧の上からも分かるくらいにクマが浮いており、年齢も相応……いや、それ以上に見えるくらいに疲労でやつれているように見える。


「あぁ、この顔か……驚くのも無理はない。私も毎日鏡の前で自分の顔を見て驚いているよ」

「自覚、あるんですね」

「事件の事で主任や教頭、校長に絞られ、警察の事情聴衆に保護者会や教育委員会への説明、目撃者のメンタルケア、生徒の受験に通常の仕事。業務が溜まりに溜まって正月休みを返上して仕事しても毎日5時間も寝られない生活が続いている」


俺の想像の遥か上を行くほどヤバかった。


「すまない。生徒に聞かせるような話しではないな。忘れてくれ」

「いえ、お忙しい中、時間を作ってくれて本当にありがとうございます」


ドン引きしているのが顔に出ていたのか、先生は愚痴を止めて気丈に振舞おうとする。もう遅いが立派な大人だと思う。


「お前も私が受け持つ大切な生徒の一人で担任として当たり前のことをしている」


岡山先生は疲れ切った顔で優しく微笑む。先生のこんな顔は初めて見る。

普段はクールでかっこいい先生なのに今日の先生はどこか隙があって親しみやすさを覚える先生に感じる。


「ところで、だ!」


おやおや、先ほどまでの雰囲気と一変して怒りの表情を浮かべる岡山教諭。どうしたどうした?


「お前の両親と一切連絡がつかないのはどういうことだ?」

「あっ……あー」


両親の携帯番号が変わってしまったことを学校側には伝えていないことを忘れていた。

今まで学校側が直接両親と連絡を取り合うことなんてなかったので気にぜず伝えていなかったのが今回は仇となってしまった。


「両親が海外のキャリアに乗り換えた影響で電話番号が変わったみたいなんですよね」

「なんですよね。で済む問題ではない。そのせいでとんでもなく大変だったんだぞ」

「すみません」


俺の両親には目覚めてから俺から連絡したことで初めて事件のことや俺の容態を知って驚いていた。

つまり学校側からも一切連絡が届いていないことを意味する。

やつれた岡山先生の顔を見て心の中で謝罪する。本当にすみません。


「まったく本当に困ったものだ。それとこれは頼まれていたものだ」


辞書くらいの厚みがある束になったプリントを渡される。


「折角来たんだから少しは時間を取ろう。こうやって筒井と面と向かって話しをするのは初めてだな。なんせ三者面談どころか二者面談すらも出来ていない」

「そうですね」

「何か悩みや困りごとはないか?」

「まるでカウンセリングみたいですね」

「茶々を入れずに真面目に答えろ。生徒のメンタルケアも教師の仕事の一環だ。実際にどうなんだ?」

「俺は岡山先生が想像している通りの人間だと思うので何もないです」

「教師としては楽な生徒でありがたいが、人間味に欠けている」

「優秀な生徒ってそんなものじゃないんですか?」

「ほう。自分で優秀な生徒とは言うじゃないか」

「事実成績は学年トップ。今回の一件を除いて迷惑をかけた記憶はありません。それに岡山先生も自身で先ほど楽な生徒と言ったばかりじゃないですか」

「可愛くない奴だ。ではそのトップ様の現在の実力を確認しようじゃないか。このプリントの問題を解いてみろ。時間は15分。私は少しの間席を外す」

「わかりました」


渡されたプリントの問題を見て問題を解き始める。


ー15分後ー

時間ピッタリに岡山先生が紙コップ片手に病室に戻ってくる。

紙コップからは甘い匂いが漂ってくる。この匂いはミルクセーキ……?

てっきり岡山先生はブラックコーヒーかお茶か水しか飲まないイメージだったので、意外な一面を垣間見て可愛いなと思った。


「時間だ」


岡山先生が解答用紙を回収して答案を確認する。


「冗談……ではないよな?」

「はい、真剣にやりました」

「これはまずいぞ」

「……はい」


ミルクセーキがどうだのと馬鹿なことを考えている余裕なんてない程に状況は深刻だった。

なんせ答案用紙の3割が空欄。前に春馬たちが見舞いに来てくれた時に鶴見が出してくれた問題と同じく、全く理解できない問題が多数。


「一応採点はする。……回答済みの所は全て正解だ。そこは流石だな」


岡山先生は手を口元に置いて少しの間、思考してから発言する。


「先程渡したプリントを貸してくれ」

「どうぞ」


先程渡されたプリントの束をそのまま返すとその中から何枚か抜き取られ渡される。


「直感でいい、この15枚のプリントの解けそうな問題にだけ〇を付けてくれ」

「わかりました」


問題に目を通して直感で〇をつけていく。


「終わりました」

「解けない問題の傾向を分析するから少し待ってくれ」

「はい」


理解さえ出来れば難易度が高い問題も時間があれば解けると判断し、プリントの問題には7割程〇を付けた。

〇は付けたが実際の正答率は7割にも満たない結果になる。


「なるほど」


30分かけて分析を終えた岡山先生がようやく声を発する。


「何か分かりましたか?」

「一定期間の学習内容が欠損していると考えられる。筒井がどの時点でどれほどの知識量を持っていたか分からないから期間の断定まではできないが……」


なるほど。内容を理解できなかったのは実質未学習の状態だから問題が理解出来ていなかったと考えれば納得できる。


「一応聞いておくが記憶検査は問題なかったんだな?」

「記憶検査は問題ありませんでした。と言っても簡単な質問と脳波の乱れがないかを調べたので細かい部分はどうなんでしょうね」

「このことはすぐに医師に知らせた方がいいだろう。専門外の私が口を出したところでアドバイスは出来ない」


思えばここ1年間半勉強ばかりしていた。

例えるなら知識が詰まった記憶のノートの一部を燃やされた状態である。


「俺は何の為にずっと勉強してたんだろうな……」


ふとそんな言葉が口から漏れ出てしまう。

記憶量が最も多い勉学の記憶だけなくなるなんてな。

別に勉強が苦だった訳ではない。それでもしっかり取り組んできた成果物を失ったせいでどうしても喪失感が溢れ出てくる。


「私が見てきた半年間、筒井はよく勉強していた。例え記憶が一部失って居たとしてもこの答案用紙を見る限り基盤はちゃんと残っている。だから志望校を1、2ランク落とせば受験には間に合う」


俺が志望している大学が超難関であることを理解しての助言。

元々どうしても国大に入りたくて必死に勉強をしていた訳ではない。やることが無くなって始めた勉強が思いの外順調に進んだ結果、国大を目標に据えただけ。

そう考えたら気持ちが軽くなった。


「進路を考え直さないといけませんね」

「相談には乗る。どうしても国大が良いなら浪人するのも選択の一つだ。今すぐ決められるようなことでもないからじっくり考えればいい。幸いにも今は冬休み中だ。いつでも連絡してきて構わない」

「ありがとうございます」


岡山先生自身も切羽詰まってる状況だろうになんて頼もしいのだろうか。

本当にかっこいい先生だ。

俺の担任が岡山先生でよかった。


「さて、私も仕事が残っているのでそろそろ帰らせてもらう」

「お忙しい中、ありがとうございました」

「次に登校する時は教室に行く前に職員室に寄ってくれ。復学の手続きだったりがあるからな。また学校で会おう」


岡山先生は冷めてしまったミルクセーキを一気に飲み干して病室にほんのり甘い香りを残して出て行った。


「俺もミルクセーキ飲もうかな」




1月14日

ようやく退院できることになった。

入院中はひたすら岡山先生から貰ったプリントを中心を解いて分からない部分は類似している問題文を参考書から探して補う勉強の毎日。

俺のお世話をしてくれていた看護師の巴さんとは元々志望していた大学の付属出身だったということでちょっとだけ仲良くなり、前日に挨拶すると”寂しくなるね。また怪我したらいつでも来てね。未来の後輩くん!それじゃお大事に”とエールを送ってくれた。

残念ながら結局喪失した記憶は戻らずに希望していた国大は諦めることにしたのだが、そのことは伝えられていない。

主治医からは突然記憶を取り戻す可能性もあるけど、どれだけ時間が経っても戻らないことも多いから期待しない方が良いと言われている。

俺も薄い希望に縋る性格ではないので、今の自分でも受かりそうな大学への進学に進路変更を決心して受験先を岡山先生に伝えた。

治療費は加害者である速水の両親が支払っているらしいので、そのまま病院を出て自宅へと向かう。

迎えは当然居らず、持ち合わせのお金もないのでタクシーを呼べず、寒空の下、荷物を持って自宅まで徒歩で帰ることに。

40分掛けてようやく自宅に到着。

庭に隠してある鍵を使って凍えた手でドアを開けると約3か月ぶりの自宅に帰宅する。

家の中は以前と何も変わっていないまま。強いて言うなら郵便ポストが一杯だったので後で軽く目を通すとしよう。

身体が冷え切っているので帰って早々風呂場へ向かう。手っ取り早く身体を温めるには風呂だ。熱湯のシャワーが冷えきった身体には格別で生の喜びを実感する。

1時間近く入浴して風呂から上がると自室に行き、登校するための用意をしているとリビングから着信音が鳴り響く。

普段はほとんど鳴らない電話。現在この家に住んでるのは俺だけ。

俺に用事がある人はわざわざ自宅の番号に掛けたりせずに直接携帯に電話してくるので、自宅に掛かってきた電話は俺に用件がある訳ではなく、出てもほとんど意味がない。

ただ今日に関して言えば、学校から連絡の可能性が捨てられなかったので念の為、電話に出てみよう。


「もしもし」

『あっ繋がった。筒井様のお宅でしょうか?』

「はい。そうですがどちら様でしょうか?」

『失礼しました。私、青森法律事務所の弁護士の岩手郁恵と申します。速水來玲愛の事件でご連絡させていただきました』

「はぁ」


弁護士からの電話か。考えてみればこれまで接触がなかったのが不思議なくらいだ。


『直接会ってお話しをしたいのですが、ご都合の良い日はありますでしょうか?』


都合のいい日と言われてもこちらも共通テストまでもう日数がない。


「大学入試共通テストの試験日まで時間がないので近日中というのであれば難しいです」

『試験……?っということは筒井柊吾様ご本人様でしょうか?』

「そうです」


電話越しからも驚いたような雰囲気を感じ取れる。

回復情報はまだ外部に出ていないらしい。


『お目覚めになられたのですね。良かったです。柊吾様にも可能であればご同席していただきたいと思っていましたが、難しいようであればご家族などの代理人を立てることは出来ますか?』

「こういったことは初めてで少し調べた後に折り返し連絡してもいいですか?」

『勿論です。いきなりのご連絡で戸惑ってしまいますよね。先に私の方で簡単に説明させてもらってもよいですか?』

「わかりました」

『お話しというのは示談交渉になります。主に慰謝料や治療費の負担などのお金に関する話しと思ってください。代理人を立てる場合はご家族の方や弁護士が一般的となります』

「因みにどれくらいの金額なんですか?」

『慰謝料、示談金合わせて300万円をご用意しております。相場を調べていただいて結構です。また、今回かかった治療費、入院費は示談金とは別に全額負担いたします。代理弁護士をご用意される場合の弁護士費用のお金は筒井様の方でご負担していただくこととなります』


さんびゃっ!学生の身からすればとんでもない大金の交渉が行われようとしている。


「分かりました。電話番号は今掛けている番号に折り返す形でいいですか?」

『はい。お待ちしております』

「では一旦失礼します」


電話を切って考え込む。

速水の件は春馬と約束した通りいずれ話しをつけるつもりではいたけど、退院してすぐ急進展が訪れるなんて思わなかった。

本当は午後から一度学校に顔を出しに行くつもりだったが、明日に延期だな。

学校側には元々何日から登校すると伝えていたわけでもないので連絡する必要はない。

パソコンを起動してまずは岩手弁護士からの電話が詐欺ではないかを確認する。(振り込みの指示が無いので詐欺の可能性は限りなく低い)

青森法律事務所は検索すればすぐにヒットし、所属弁護士の中に通話先の相手、岩手郁恵弁護士の名前も顔写真付きで掲載されている。真面目で頭のよさそうな見た目をした女性だ。

次に示談交渉について調べることに。交渉で不利益を被らないためには弁護士を用意した方が良いと書いてあるが学生の俺に弁護士の伝手などない。

面倒を省くために代理弁護士を用意するのにその弁護士を用意するために金を払ってまで自分で調べて依頼することになると手間に感じてしまう。

示談金の金額は相場よりも明らかに高い。金額の高さから相手家族からの誠意は伝わる。

但し、俺としては正直金はどうでもいい。大切なのは今の速水來玲愛が今回の事件をどう受け止めているのかを最重視している。

それを確かめるとなるとやはり代理人ではなく俺自身が立ち会わなければいけないし、交渉の場には速水にも出向いてもらう必要があると判断した。

俺の中で答えが決まると受話器を手に取り岩手さんへと折り返しの電話を掛ける。


『青森法律事務所の岩手です』

「先ほど連絡いただいた筒井です」

『筒井柊吾様、ご連絡お待ちしておりました』

「示談金額は問題ありません」

『かしこまりました。それでは交渉成立と考えでよろしいでしょうか?』

「一つ条件があります」

『なんでしょうか?』

「速水來玲愛と直接話しがしたい」

『それは対面でということですよね?被害者と加害者が直接対話するのは好ましくありません。特に刑事事件の場合は』

「ご存じだと思いますが速水は元々俺を狙って攻撃したきた訳ではありません。事件ではなく、事故で被害者になっただけです。なのでお願いします」

『………………』

「………………」

『相手方に確認を取るので少しお時間をいただくことになります』

「わかりました。次の電話からは070……まで掛けていただけるでしょうか?俺の携帯番号です」

『承知しました。確認が取れ次第すぐに折返しのご連絡しますので一度失礼いたします』


電話が切れて数十分後、折返しの電話が掛かってきたので応対する。


『もしもし岩手です。筒井柊吾様のお電話で間違いありませんか?』

「はい」

『速水から了承を得ました。ご希望の日時はありますか?』


良し。拳を握りしめてガッツポーズを作る。

出来れば受験が終わった後がいいが、そういうわけにも行かないよな……一応聞くだけ聞いてみようか。


「少し後になるのですが3月頃では駄目ですか?」

『申し訳ありませんが次の刑事裁判が2月14日に行われるのでご希望には添えません。遅くとも今月中にお願い致します』


今月とはまた急だな。今週末には共通テストがあるので流石に無理だし……


「今週末に共通テストが控えているのでそれが終わってからでお願いします」

『それでは試験が終わった後、来週の火曜日などは如何でしょうか?』


来週ならまだ時間が作れるか……?


「分かりました」

『お時間は学校が終わった後からがよろしいですよね?差し支えなければ私が送迎に参ります』

「え、良いんですか?」

『勿論でございます』

「因みに速水は今どこに住まれているんですか?」

『それはお答えできません』


プライバシーだったり守秘義務があるから教えられないのは当然か。


「場所はどこを予定されているんですか?」

『まだ決めておりませんが、互いの知り合いと遭遇する可能性が限りなく低い場所を考えています』


なるほど。だから送迎が必要な場所まで移動する必要があるのか。


『話し合いの場には私も同席させていただきます。ご了承ください』

「はい」

『それではまた追ってご連絡しますので今日は失礼します』


電話を終えると新しい情報が頭に流れ込んで一気に疲労感が襲ってくる。

今年は濃密な冬になる予感がした。



翌朝1月15日。

目が覚ますと顔を洗って登校の仕度をする。

早い時間に家を出たのでまだ登校する生徒が少ない。

昨日はかなり寒い思いをして帰宅したはずのに頭の中では季節感の修正が出来ておらず、防寒着を着忘れてしまった。家を出た途端に風が吹き、寒さで身体が震えるのですぐに取りに戻る。

防寒対策を行っても寒さに耐えきれず、早足になってしまったせいで想定よりも早く学校に着いてしまった。

病院で岡山先生に言われた通り教室より先に職員室に寄って行く。


「失礼します。岡山先生はいらっしゃいますか?」

「ごめんなさい。岡山先生はまだ来てないの」


不在か、まだ早い時間だから仕方ない。病院で見た岡山先生の顔を思い出すと朝くらいはゆっくりして欲しいと思えた。

俺も今日から登校すると事前に連絡していなかったのでしょうがないな。


「筒井くんだよね?もう身体は平気なの?」


岡山先生を待っている間に他の教師に話しかけられる。


「はい」

「いつ退院したの?」

「昨日です」

「あら~もう学校に来ても大丈夫なの?無理しないでね」

「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしました」


きっと他の教師に会うたびに同じような会話が何度も繰り返されるんだろうな。先程はゆっくりして欲しいと言ったが撤回する。岡山先生早く来てくれ。


「岡山先生はいつも何分頃に来られますか?」

「う~ん。そろそろ来る頃だと思うけど」

「おはようございます」

「あ、来た来たー。おはよー」

「おはようございます」


噂をしていると岡山先生が出勤してきた。学校が始まって業務が増えたことで病院で見たときよりも更にやつれた顔をしている。

このままだとその内倒れてしまうんじゃないか?


「おはよう。筒井は今日からか」

「はい」

「事前連絡してもらえれば退院祝いを用意したんだけどな」

「岡山先生、あんまり生徒をイジメたら駄目ですよ」

「人聞きが悪い。私なりの歓迎ですよ」


一体何を用意するつもりだったんだ。そんな物を用意する暇があるなら寝ろ。


「連絡しなくて良かった」

「本音が漏れてるぞ。しかし3学期になってようやくお前の欠点が見つかったな。連絡を怠るな。報連相という言葉があるくらいに連絡は大切なことだ。社会に出れば身に染みる程良く分かるようになる」

「まーまー岡山先生小言はその辺にしましょうね」

「もっと言いたい所だが時間にも限りがあるか。呼んだのは休学手続きの書類だ。両親と連絡がつかなかったので授業料がそのまま支払われ続けていたが、その用紙に氏名を記入して提出してくれれば3か月分の授業料が戻ってくる」

「そんなことしてもらえるんですか?」

「筒井、お前は2人の生徒を救った。学校としてもそんな生徒に対して昏睡状態で授業が受けれないのに金を取るわけには行かないと判断した。それと校長先生が学校集会でお前を表彰したいだの個別面談で話しをしたいだの言っていたが、勝手ながら私の方で断っておいた」

「ありがとうございます」


今の俺には時間に余裕がない。勉強以外で頭を使う時間が減るのは本当に有難い。


「それともう一つ大切な話しがある」

「なんでしょうか?」

「来月から3年生は自由登校となる。学校に来ても自宅に居ても良い期間だ」

「はい。知ってます。俺も自宅で勉強しようと思ってます」

「残念だが筒井には学校に来てもらう必要がある」

「どうしてですか?自由登校ですよね?」

「出席日数が足りていない。お前はこのままでは卒業できなくなってしまう。こればかりは文部科学省で決められていることなのでどんな理由であろうと学校の一存で覆すことは出来ない」


出席日数か……仕方ないこととはいえ、移動する分の時間が削られてしまうな。


「私からの話しは以上だ。教室に戻って朝礼までの時間を過ごすといい。クラスメイトと顔を合わせる機会も残りわずかだ。心残りがないようにな」

「はい。失礼します」

「困ったことがあればすぐに言ってくれ。私ができる範囲でなら便宜を図る」

「ありがとうございます」


頭を下げてから職員室を退室して自分の教室へと移動し、扉を開ける。


「おはよう」

「え、あ、おはよう」


すでに登校していたクラスメイトに挨拶すると驚いた顔で俺を見て戸惑ったような挨拶を返される。


「えっ筒井君……?本物?」


まるで幽霊にでもあったような反応をされる。


「死んでないが」

「もちろん知ってるって」

「もう学校来ても大丈夫なの?」

「共通テスト今週末だけど大丈夫なの?」

「めっちゃ痩せてるけど大丈夫か?」


すでに登校していたクラスメートたちが驚いたのは最初だけですぐに大量の質問攻めに合い、順番に答えていく。

気づけばSHRの時間となり、クラスメイトたちは鐘の音と共に自分の席に戻って行った。

春馬や泰夏、北条、那都、鶴見たちも後から登校して来たが、挨拶すらできなかった。


「お前たち席に就け。今日から筒井は復学だ。筒井何か一言あるか?」


俺は手を振って何もないとアピールする。


「何もないそうだ。今日の予定だがーー」


SHRが終わった後もまた質問攻めに合うと思っていたが受験生が多い為か、既にスイッチが切り替わったように自習時間と変わらない空気に変わり私語がなくなった。

既に進学を決めている推薦組やスカレーター進学する組も邪魔しないように雑談を控えていた。俺も自習しないとな。

久しぶりの授業に懐かしさを感じつつも、特別なことが起きることもなく滞りなく進んだ。


「柊吾、飯は?」


昼食の時間になって泰夏と春馬から声を掛けられる。


「購買で何か買うつもりだ」

「退院祝いに学食で奢るよ」

「いいのか?」

「ああ」

「いいなぁ。俺にも奢ってくれよ」

「退院祝いだって言ってるだろ。泰夏も半分出してくれてもいいんだぞ」

「うっ、まぁいいだろう俺も半分出してやらァ」


昼になってようやく春馬や泰夏とまともに喋ることができる。

学食は数えるくらいしか利用したことがなかったのでちょっと楽しみにしている自分がいる。


「はぁー、この騒がしさ日常に戻った感じがする」


食堂では他学年の生徒もいるので教室と違って騒がしい。


「教室は休み時間も静かだしなぁ」

「休み時間くらいは勉強を止めてみんな休めばいいのに」

「それだけ切羽詰まってるってことなんじゃないか?」

「勉強してる側からすれば、静かにしてもらって非常に助かっている」


進学校はどこもそうなのかはわからないが、気を使ってくれていることに受験生たちは感謝しているだろう。


「何を食べるか決まってる?」


食券の自販機に並んでいる間に質問をされる。


「一番高いやつかな」


人の金で食う飯は美味い!それが高ければ尚更美味い。


「おいおい勘弁してくれよ」


泰夏は金を出すと言った手前、少しでも安くしてもらいたいらしい。

高いメニューに興味があったけど、仕方ない。妥協しよう。


「冗談だ。何かおすすめはあるか?」

「日替わり定食とか?」

「お、いいじゃん。他の定食より安いし」

「そうなのか?」


特別食べたい物があって来たわけではないからそれでいいか。


「部活やってる時は世話になったなー」


学食常連(泰夏)の言葉を信じてみよう。


「じゃあそれで」

「俺はカレーにしようかな」

「俺はうどんにするわ」

「お前らは人に勧めといて選ばないのか」

「今日はカレーの気分なんだ」

「金欠なんだよ。うどんが一番安いし」

「配膳は俺たちがやるから柊吾は席の確保を頼む」

「分かった」


人が混雑している食堂の中で並びで3席空いてるのを見つけるのは一苦労しそうだ。


「わっぷ」

「あ、ごめん」


空席を探して辺りを見回していると目の前に居た女子生徒とぶつかってしまう。


「いえ、大丈夫で……あれ?もしかして筒井先輩ですか?」


向こうは俺の事を知っているようだが俺は目の前の女の子に見覚えはない。


「えっと?」

「へぇ~」

「え?何?」

「ちょっと待ってくださいね」


そう言って少し長い前髪を掻き分けてから笑顔でハニカムと。


「北条……?」


に瓜二つだった。


「正解です!私、妹の月菜って言います」

「北条って妹居たんだな」

「私もまだまだだな」

「え?」

「あ、気にしないでください」

「そう言われると気になるんだが」

「ん~自分で言うのはちょっと恥ずかしいんですけど、自分ではその、この学校の顔だと思ってたので。去年の文化祭はミスコンで一位だったし、私のこと知らないんだーって思って。うわ!すごく自意識過剰ですね。言ってて恥ずかしくなっちゃった。あ、有名度じゃ筒井先輩には負けますけどね」


確かに北条の妹なだけあって顔も整っていて愛嬌もあって凄くかわいい。

文化祭は眠っていた期間だからミスコンの結果を知らないのは仕方ない。まぁ文化祭に参加してても優勝者が誰なのか知ってるかは怪しいけど。ん……?


「え、俺って学校の顔なの……?」

「そうですよめっちゃ有名です。ほらニュースとかで顔写真とかも乗ってたのでこの学校で知らない人はいないんじゃないですか?私の友達でファンの子とかいますよ」

「マジか」


加害者のプライバシーは守られているのに被害者のプライバシーは守られない不思議。しかし一度も喋ったこともない相手のファンってどういうことだよ。


「これからお昼ですよね。時間取っちゃいましたね。すみません。それでは失礼します」

「ああ」

「あ、そうだ。姉のこと助けてくれてありがとうございます。筒井先輩」

「ん」


部活は後輩が入ってくる前に辞めてしまったから先輩呼びが新鮮で少し照れくさい。


「おい」

「うおお!」


後ろから急に泰夏に声を掛けられて驚く。


「席は?」

「ごめんまだ」

「そこ空いてね?」

「あ、本当だ」


灯台下暗し。俺が居るすぐ近くの席が丁度3席並んで空いていた。




「「いただきます」」

「うおおおお今日の日替わり回鍋肉かよ!!俺も日替わり定食にすればよかったぜ……」


春馬が持ってきた俺の日替わり定食を見て泰夏が絶叫する。


「そんなに美味いのか?」

「SSRだな」


ガチャに例えるな。


「ステーキ、麻婆、回鍋肉って順番くらいの当たりだ」


うちの学食、日替わり定食にステーキなんて出るのかよ。すげぇな。流石私立校。


「いただきます」

「どさくさに紛れて人のを取ろうとするな」

「ちっ、バレたか」

「あ、上手い」


人の食事に箸を伸ばそうとした泰夏の腕をどけて一口食べる。

SSRと呼ぶだけあって、確かに回鍋肉定食はめちゃくちゃ美味い。

因みに二人が頼んでいたカレーとうどんは日替わり定食より更に安い。うどんに至ってはなんと200円で買えてしまう。

昼食を終えた後、午後からの授業は全て自習となり、放課後を迎える。すぐ家に帰る生徒も居れば、そのまま教室に残って勉強を続ける生徒もいる。

たった3ヶ月の間に色々と変わってしまったな。

俺は一人で勉強したいタイプなのですぐ家に帰ることにした。

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