エピローグ
9時20分ホテル前に到着する。携帯を確認すると速水からの着信はまだない。事前に伝えた時間より30分以上早く到着したのでゆっくり待っていよう。
しかし10時を過ぎても速水からの着信はなく、フロントに行って部屋に直接電話を繋いでもらえないか確認する。
「すみません。405号室に泊まっている相手と待ち合わせの時間になっても連絡がつかないので確認してもらえませんか?」
「分かりました。ご連絡します」
「お願いします」
従業員が受話器を取り、内線で連絡を入れる。
しかし待っていても繋がらないのか一切言葉を発していない。
「すみません。お連れ様がまだ起きていないのか繋がりません」
「まだチェックアウトはしてませんよね?」
「はい。チェックアウトの記録は残っていません」
今の速水が一人で部屋から出るとは思えないが、まだ寝ているのか?それともチェックアウトする前にシャワーでも浴びているのか。
「内線の着信音って寝ていたら気づかない物なんでしょうか?」
「気づかない人が居てもおかしくはありませんが、大抵の方は目が覚める音量に設定されています。
「そうですか」
もしかして着信に気づかなくて出られないのではなく、知らない番号からの着信だから出られないのでは……?
「あの、外線から繋げることって出来ますか?」
「はい、出来ますが……」
「着信先の電話番号は表示されますか?」
「ええ、小さくですが表示されるはずです」
「では外線で掛けるので固定電話番号を教えてもらえませんか?」
「あ、はい。少々お待ちください」
こういった要望が今までなかったのか、あせあせと分厚い本を取り出して調べてくれてる。
こちらの我儘に付き合ってもらって申し訳ない。
暫く待った後、口頭で番号を伝えられる。
すぐに電話を掛けると4コールしたタイミングで……
「繋がった!速水か?俺だ筒井だ、もう下まで来てるから都合が付いたら降りて来てくれ」
『……ない』
「ん?」
何か呟いているみたいだが音声が拾えておらず、何を言っているのか分からない。
『繋がらない』
「あん?」
繋がらないってどういう意味だ?今電話してるだろうに。
『あんたに貰った番号に掛けても全然繋がない!』
「そんなわけない」
俺が自分の電話番号を書き間違えたりはしない。
『でも何回掛けても繋がらなかった』
「渡したメモは持ってるか?」
『ある』
「なら話しは早い。室内電話の本体に今掛かって来てる番号が表示されているはずだ。その番号とメモに書かれた番号を見比べてみてくれ」
『……合ってる』
「だろ?」
『あ、待って080の前に9ってついてる』
「なるほどそういうことか」
俺はなぜ電話が掛けられなかったのかを理解した。直通じゃなくPBX方式でプレックス番号を押してから掛けないと繋がらない仕様となっているからだ。
『一人で納得してないで説明してよ』
しかし速水にはそのまま説明しても理解できるとは思えない。どう説明したら伝わるんだろうか?
「ホテルっていくつも部屋があるだろ?」
『そんなのホテルだから当たり前でしょ』
「当然、各部屋一つに一台の受話機が置いてあるわけだ」
『そりゃそうでしょ』
「ホテルの室内電話って携帯電話や固定電話とは作りが違って本来は外部と連絡を取り合う物じゃなく、ホテル内でやり取りする為に使うように作られている」
『どういうこと?』
「フロント従業員と客とのやりとりが主な使い道ってことだ。わかるか?」
『なんとなく?ルームサービスとか何かを頼むために置いてあるってことで良いんだよね?』
「そんなところだ。他にもモーニングコールやチェックアウト時間が近づいてる客に知らせたりな」
『それと何の関係が?』
「家の固定電話だとそんな機能はないだろ?物とシステムが違うから手順を増やさなければいけない」
『いや、知らないってそんなの。そもそも家電とかほとんど使ったことないし』
小学生高学年~中学生になれば自分の携帯を買ってもらえるから固定電話を使うことなど滅多にないからな。
「とにかくそういうものなんだ」
『だったら最初から言ってよ』
「ホテルによって必要な場合と要らない場合、頭番号が0や9だったりする。その辺りは俺も分からなかった」
『そ、そう。なんかゴメン。あたし、電話が繋がらなくってパニックになって色々責めちゃった』
自分の間違いを素直に謝れるのは良いことだ。
落ち着けば何が正しいかを正確に判断できるのなら衝動的な行動、発言を制御できるようになればいい。
同棲していればいずれ衝突することも起こりうる。共同生活の中で感情をコントロールする術を身に身に着けて、成長してもらう必要もある。
「帰る準備は出来てるか?」
『準備も何もあたし、何も持ってきてないし』
そういえばそうだったな。
「ならすぐ降りてこれるか?」
『うん。あのさ、あたしの顔、あんまり見ないでね?』
「どういうことだ?」
『そのままの意味!顔を見られたくない』
今どんな顔をしているか知らないが、ファミレスで再会した時は顔が浮腫んでとても不健康な顔をしていた。あの時より酷いなんてことはないだろうに速水は気にするらしい。
「嫌だというならなるべく見ないようにする」
『それじゃすぐ行くから待ってて』
電話が切れて1分後、エレベーターから速水が下りてきたので、手を上げてここにいると合図する。
俺を見つけた速水は安堵した様子で駆け足気味に近寄ってきた。
「迎えに来てくれてありがとう……」
「約束したからな。それじゃチェックアウトして帰るか」
「うん」
速水はまだ他人と喋るのを避けている為、ルームキーと昨日渡した2万円を渡してきた。精算は俺にしろということだろう。
今はまだ無理をさせる気はないが、徐々に他人にも慣れて元の日常生活を取り戻せるようになって欲しい。
家に帰ったら共同生活を始める為に新たに家具だったり買い足さなければいけない。
速水が家から何を持ってきたのか分からないのでその辺も話しながら帰ろう。
「速水は引っ越しの荷物はどうしてる?まさかあのキャリーケースの中身だけじゃないよな?」
「うん。今日引っ越し業者が配達に来てくれる予定」
「大量の荷物を送られて来ても置く場所はないからな?」
部屋は広めだと言ってもあまりに荷物を多いと友人や家族が訪ねて来た時の言い訳が利かなくなってしまう。
「分かってる。迷惑が掛からないようにちゃんと選んで段ボール1つに纏めたから」
段ボール一つに纏めれたのは素直に関心する。しかし逆に言えば生活する上で必要な物が全然足りていないとも言える。
「荷物が届くのはいつなんだ?」
「今日のお昼頃?」
「マジか。そういうのはもっと早く教えてくれたら助かる」
「ごめん。聞かれなかったから」
ともあれ午前中じゃなくて助かった。まぁ段ボール一つ程度なら宛名さえ見られなければいくらでも誤魔化せたか。
「それじゃあ。届いた時に家に居ないと不在配達で持ち帰られてしまうから急いで帰ろう」
「う、うん」
途中寄り道せずにまっすぐ家へと帰ると集合住宅用のポストに不在票がないかを確認してから部屋へと帰宅する。
「ただいま」
「お、お邪魔します……あ、カレーの匂い」
「昨日の夜に作ったカレーだったからな。まだ残ってるから昼食はカレーの予定だ。速水はカレー大丈夫だよな?」
「うん。どちらかというと好き」
「それなら良かった。あぁ、それと……」
「な、なに?まだ何かある?」
「今日からここは速水の家でもあるからお邪魔しますじゃなくてさ」
「?」
「ただいま、だろ?」
「あ……うんっ!ただいま」
「おかえり速水」
to be to be continued____?
next story 彼女と同棲してからの話し -After story live in with her-




