第7話 【朗報】最強の『本物』、ついに発見される
「……もう、限界だ。このままだと俺の人生、自由を奪われた『お勤め品(半額)』の人生になっちまう。俺の自由なポーター生活、いったいどうなっちまうんだ?」
東京・霞が関、ギルド本部の特別監視室。俺、蓬カナタは、豪華な革張りのソファに沈み込みながら、目の前のモニターを睨みつけていた。
画面には、身バレを隠す「不審者セット」を装着した俺の顔を映した「切り抜き動画」が、いまだに数千万再生というバケモノみたいな数字を刻んでいる。外を見れば、ギルド本部の入り口はマスコミのヘリと、「魔力値 2」の神を、一目見ようとする熱狂的な信者たちで埋め尽くされていた。
「蓬くん、何をぶつぶつ言っているの?早くこの資料の整理を終わらせて。君は今、私の『直属雑用係』なんだから」
デスクの向こうで、ギルドマスター・九条シオリが冷徹な声を出す。彼女はまだ、俺を疑っている。というか、疑いすぎて脳がバグっているのだ。「魔力値 2の人間がSランクボスを倒せるわけがない」という理屈と、「目の前で何かが起きた」という事実の間で、彼女は必死に「納得できる答え」を探している最中だ。
(……このままだと、いつかシオリさんに本当の正体を暴かれる。それに、この『監視』という名の監禁生活から脱出するには、世界中の視線を俺から逸らす『別のターゲット』が必要だ……!)
俺は、ギルドの地下にある「清掃員・ポーター用待機所」へ向かう許可をシオリから得た。「少し体を動かしてきます」という名目だ。シオリは「逃げないように」と、俺の首にGPS付きのタグをつけて許可を出した。束縛が強すぎるだろ。
ギルドの地下3階。そこは、華やかなAランク探索者たちの世界とは無縁の、薄暗い裏方の溜まり場だ。そこで俺は、「彼」を見つけた。
「……あ。……す、すみません。そこ、僕が掃除するので……どいてもらっても……」
身長190センチ超。岩石のような筋肉。顔面には、数々の死線を潜り抜けたことを物語るような巨大な十文字の傷。その立ち姿は、もはや「伝説の傭兵」か「人類最後の守護者」にしか見えない。
だが、その男――岩鉄ゲンゾウ(45歳)は、震える手でトイレ掃除のブラシを握り、俺のような若造に対して深々とお辞儀をしていた。
「あ、いえ。こちらこそ。……あの、ゲンゾウさん、でしたっけ。ちょっと、お話があるんですけど」「ヒッ!?な、なな、なんですか!?僕、何も悪いことしてません!備品の洗剤も薄めて使ってます!!」
顔に似合わない、蚊の鳴くような声。魔力値をこっそり鑑定してみると……『15』。一般人の成人男性よりは少しマシ、程度の「ただのデカいおっさん」だ。
(……これだ。このギャップ。このオーラ。……こいつなら、シオリさんも世間も騙せる!)
俺はゲンゾウさんを裏に連れ出し、必死に説得を始めた。
「ゲンゾウさん。あなた、世界を救う英雄になりたくないですか?」
「ええっ,,,,,,!?む、無理ですよぉ!僕、スライムに噛まれただけで泣いちゃうんですから!」
「大丈夫です。あなたはただ立っているだけでいい。……報酬は、今の給料の百倍。さらに、実家の母ちゃんに最高級のカップ麺セットを毎月贈ります」
「……カップ麺……最高級……。……やります。僕、やります!!」
よし、契約成立だ。ゲンゾウさんは見た目こそ凶悪だが、話せば話すほど、中身は純朴そのもの。俺の指示に忠実に動いてくれる、最高の「替え玉」になってくれそうだ!。
作戦決行は、その日の午後。場所は、ギルドの裏手に隣接する「訓練用ダンジョン(一般公開中)」。
俺はシオリに吹き込んだ。
「最近、噂になっている『凄腕の清掃員』がいるんです。昨日の配信の男、実はあいつなんじゃないかって、ポーター仲間の間で話題になってるんですよ」と、わざとらしく吹き込んだ。
「……清掃員?そんなわけないでしょう」シオリは鼻で笑ったが、一応興味を示したのか、遠隔カメラで俺とゲンゾウさんの様子を監視し始めた。
(……さあ、ここからが本番だ。全世界の目を、俺から逸らしてやる!)
俺はあえて、昨日と同じ「アクションカメラ」を胸につけ、あえて『配信切り忘れ』を装ってライブを開始した。
――ネット掲示板【探索者実況スレ:新宿の謎を追う】
『521:名無しの探索者』おい!!またあのチャンネルが始まったぞ!!『522:名無しの探索者』今度はギルドの訓練場か?待て、誰だあのバカデカい男。『523:名無しの探索者』……!?嘘だろ、あのオーラ。あいつが「あの男」なのか?『524:名無しの探索者』顔が見えた!傷だらけ……っ!ガチのやつだ!!伝説の隠れ探索者キターーー!!
訓練場の中央。そこには、俺がギルドから借りてきた(ふりをして裏で弱らせておいた)高ランクモンスターが咆哮を上げている。
ゲンゾウさんは、恐怖で完全に石のように固まっていた。だが、その「動じない姿」が、カメラ越しには「王の余裕」に見える。
「……げ、ゲンゾウさん。……今です!右手を、ゆっくり前に!」俺は岩陰からマイクで指示を出す。
「……南無……三ッ!!」ゲンゾウさんが、地響きのような(震えによる)低い声で叫び、右手を突き出した。
(――身体強化・極大出力。衝撃波、一点集中!)
俺は指先をパチン、と弾いた。
――ズ、ドォォォォォォンッ!!
真空の衝撃波がモンスターの胴体を貫通し、背後の防壁ごと粉砕した。モンスターは光の粒子にすらなれず、文字通り「消滅」した。
静寂。ゲンゾウさんは、突き出した手のまま、あまりの恐怖に白目を剥いて固まっている。
「……ふぅ。……少し、掃除が必要だな」俺の教えた決め台詞を、ゲンゾウさんが、極限の恐怖による「掠れたイケボ」で呟いた。
『キターーーー!!!!!』『掌圧だけでAランクモンスターが消えた!!』『「掃除が必要」wwwセリフまで最強かよ!!』『同接200万突破!!確定だ!あいつが「本物」で、カナタはただの撮影係じゃね?!』
モニター越しにそれを見ていたシオリは、手に持っていたペンをバキリと折った。
「……そういうことだったのね」彼女の目から、疑念が消え、代わりに「確信」が宿った。「魔力値2のカナタが強いはずがない。やはり、あの映像には『撮影者以外の第三者』がいたのよ。そして、その本物が彼……岩鉄ゲンゾウだったというわけね」
シオリは、自分の論理がようやく整理されたことに、心底安心したような溜息をついた。
俺のGPSのスピーカから、シオリの声が響く。
「カナタくん、よくやったわ。彼を連れてきなさい。……今度こそ、人類最強をギルドで公認するわ」
(……よっしゃああああああ!!大・成・功!!)
俺はカメラの端っこで、わざとらしく転びながら「わぁ、すごーい!」と拍手をした。世間の視線はゲンゾウさんに集中し、俺への特定合戦は一瞬で鎮火した。「なんだ、カナタって奴はただの付き人かよ」「キモオタの撮影係だったんだな」という罵倒がコメント欄に並ぶ。
最高だ。これこそ俺が求めていた平和だ。
俺は満面の笑みで、気絶寸前のゲンゾウさんの肩を叩いた。「ゲンゾウさん、おめでとうございます。今日からあなたが、世界最強です!」
「……え、ええ……?ぼ、僕……掃除、戻ってもいいですか……?」
こうして、俺の意図通り、世界中が「偽物の最強」に熱狂し始めた。だが、俺はまだ気づいていなかった。シオリが「本物を手に入れた」と確信したことで、逆に俺とゲンゾウさんの二人を『最強のバディ』として、より過酷な最前線へ投入する計画を立て始めたことを――。
カップ麺を啜る時間は、まだ遠そうだった。




