第7話 【朗報】最強の『本物』、ついに発見される
「……もう、限界だ。このままだと俺の人生、自由を奪われた『お勤め品(半額)』の人生になっちまう……」
東京・霞が関、ギルド本部の特別監視室。
俺、蓬カナタは、豪華な革張りソファに沈み込み、壁一面のモニターを睨みつけていた。
画面には、身バレ防止の「不審者セット」を装着した俺が、Sランクボスを消し飛ばしてる切り抜き。
再生数、数千万。コメント、地獄。外、マスコミのヘリ。入口、信者の行列。
俺はただ、カップ麺をすすって寝たいだけなんだが?
「蓬くん。ため息はいいから、資料。早く」
デスクの向こうで九条シオリ――日本ギルドの支部長にして“鉄の女”が、ペンを鳴らす。
俺の肩には、監視用の小型カメラ。首には、さっき装着されたGPS付きタグ。
いや束縛が強すぎるだろ。
「君は今日から“ギルド本部直属の特別雑用係”。わかる? 要するに、私の目の届くところで働きなさい」
「給料は?」
「君が一生カップ麺に困らない分」
「……神」
ありがたい。ありがたいんだけど。
これ、“自由”が死ぬやつだ。
俺が資料の山をめくってると、モニターの一角に掲示板のまとめが映った。
【カナタ考察スレ】とかいう、俺の寿命を削って伸びてる魔境である。
『【速報】魔力値2の神、ギルドに確保』
『特定班、霞が関に集結』
『切り抜き見返してたらさ、カナタの横に“別の影”いない?』
『撮影者とは別人っぽい体格』
『いや“本体”は別にいる説、ある』
……やめろォ。
頼むから“別の影”とか言うな。
影って言うな。俺の心が死ぬ。
そのときシオリが、ふっと息を吐いた。
いつも冷たい顔の彼女が、珍しく“安心した”みたいな表情をする。
「……そう。そういうことね」
「え、何がです?」
「魔力値2の君が強いはずがない。つまり、あの映像には“撮影者以外の第三者”がいた。
そして、その本物が――君の背後にいた“巨漢”」
俺の背中に冷たい汗が走る。
(あ、まずい。理屈が合ってしまった)
「蓬くん。今すぐ、その第三者を連れてきなさい」
「いや、第三者って言われても……ギルドの中、広いし……」
ここで詰む。詰むのだが――
同時に、俺のクズな脳みそが高速回転を始めた。
(……第三者、用意すればいいじゃん)
要するに、“本物っぽい誰か”を連れてくれば、シオリの矛先はそっちへ向く。
世間の特定合戦もそっちへ向く。
俺はまたモブに戻れる。カップ麺が輝く。
必要条件はひとつ。
「見た目が強そう」「でも口が軽くなくて、優しそう」
さらにできれば「ギルド内で目立たない職種」。
俺は、デスクの端に置かれた館内案内図を見て、ニヤリとした。
地下――施設管理課。
「……支部長。ちょっと“体を動かして”きてもいいですか?」
「逃げないなら。……その代わり、タグは外さない。スピーカーもオン。カメラも常時」
「はいはい、監視社会」
こうして俺は、ギルド地下へ向かう許可を得た。
地下階段を降りると、空気が変わった。
ひんやりして、機械油と結界材の匂いがする。
分厚い扉の横に、プレートが貼ってある。
『施設管理課/保全班(通称:バックライン)』
下に、小さな文字で業務内容。
ダンジョン入口・結界設備の点検
訓練場の魔力遮断プレート保全
監視カメラ・配信回線の整備
危険物・残滓の処理
……その他、ギルドが“平和に回る”ための全部
(え、これ“ギルドの胃袋”じゃん……)
戦闘員が花形なら、ここは舞台裏の生命線。
派手じゃない。けど、なくなったらギルドが死ぬ。
扉を開けると、奥から「うおお……」って唸り声が聞こえた。
何かを引きずる音。金属が擦れる音。
そして――いた。
でかい。
とにかくでかい。
背中が壁。肩幅がドア。腕が丸太。
だが顔は、驚くほど“気のいいおっさん”だった。眉が困り眉で、目が優しい。
作業着の胸にネーム:岩鉄ゲンゾウ
彼は、訓練用の重機材を一人で運びながら、ぶつぶつ独り言を言っていた。
「……配信回線、また増設かぁ……。僕、機械苦手なんだけどなぁ……。でも、壊れたら探索者さん困るし……」
(……当たりだ)
見た目はSランク。中身は善良な施設管理のおっさん。
このギャップなら、“本物”にされても自分から名乗り出てこない。
俺は、できる限り“雑魚の顔”で近づいた。
「あ、すみません……施設管理課の方ですか?」
「ヒッ!? な、なんですか!? ぼ、僕、何か壊しました!?」
でかいのにビビり。
完璧である。
「違います違います。俺、特別雑用係の蓬です。……実は、支部長命令で“訓練場の点検”を手伝う人を探してて」
「て、点検……? 僕、そういうのなら……」
「助かります。ちょっとだけ、ついてきてもらえます?」
ゲンゾウさんは、断れない人の顔でうなずいた。
俺は内心でガッツポーズを決める。
(よし。今日からあなたが“世界最強(仮)”だ)
案内したのは、ギルド地下の小型訓練場。
本来は設備点検用のスペースで、結界強度のチェックや、模擬モンスター生成の試験をする場所だ。
「こ、ここで何を……?」
「簡単です。ゲンゾウさんは、“目の前の的”に向かって、右手を前に出すだけ」
「え、ええ……? それ、点検……?」
点検である。
点検ということにする。
訓練場の隅には、俺の監視カメラの映像が、そのまま“公開”に流れる設定になっていた。
シオリは俺の行動を監視するために回線を開けっぱなし――つまり視聴者も勝手に見れる、最悪仕様。
コメント欄が踊る。
『おい配信生きてるwww』
『特別雑用係の一日(監視付き)』
『でっっっっか!!!!誰だよあの人』
『本物見つかった説きたw』
最高。俺の炎上が、ゲンゾウさんへ移っていく。
模擬モンスターが生成される。Bランク相当の“硬いだけのカカシ”。
設備試験用なので動きは鈍い。
「ゲ、ゲンゾウさん。いけます?」
「む、無理無理無理! 僕、戦えませんよぉ……!」
そう言いながらも、彼は前に出た。
それだけで、画面が盛り上がる。人は“体格”に弱い。
俺は岩陰に隠れ、こっそり指先で床を叩いた。
――コン。
たったそれだけで、床下の魔力循環が“ちょっとだけ”変形する。
結果。
ゲンゾウさんが右手を突き出した瞬間、模擬モンスターの胸元が内側から潰れ、粉々になった。
「えっ……!?」
「うわぁぁぁ!? こ、壊れたぁ!? 僕、弁償ですかぁ!?」
コメント欄、爆発。
『ワンパンwwwww』
『え、今の何? 衝撃波?』
『これが“第三者”か……』
『カナタは撮影係だったんだな(確信)』
――その頃。
モニター越しにそれを見ていたシオリは、手に持っていたペンをバキリと折った。
「……そういうことだったのね」
彼女の目から疑念が消え、代わりに“確信”が宿る。
「魔力値2のカナタが強いはずがない。
やはり、あの映像には撮影者以外の第三者がいた。
そして、その本物が彼……岩鉄ゲンゾウ」
俺の首のGPSスピーカーから、シオリの声が響いた。
「カナタくん、よくやったわ。彼を連れてきなさい。……今度こそ、人類最強をギルドで公認する」
(……よっしゃああああああ! 大・成・功!)
俺はカメラの端っこで、わざとらしく転びながら拍手した。
「わぁ、すごーい! ゲンゾウさん、すごーい!」
世間の視線はゲンゾウさんに集中し、俺への特定合戦は一瞬で鎮火した。
コメント欄が、いい感じに俺を踏み台にしてくる。
『なんだカナタって奴、ただの付き人か』
『キモオタの撮影係w』
『雑用係っぽくて草』
最高だ。
これこそ俺が求めていた平和だ。
俺は満面の笑みで、青ざめたゲンゾウさんの肩を叩いた。
「ゲンゾウさん、おめでとうございます。今日からあなたが、世界最強です!」
「……え、ええ……? ぼ、僕……持ち場、戻ってもいいですか……?」
こうして俺の意図通り、世界中が「偽物の最強」に熱狂し始めた――はずだった。
だが、俺はまだ気づいていなかった。
シオリが「本物を手に入れた」と確信したことで、逆に俺とゲンゾウさんの二人を“最強のバディ”として、より過酷な最前線へ投入する計画を立て始めたことを。
カップ麺を啜る時間は、まだ遠そうだった。




