第6話:鉄の女、バグる。
東京・霞が関。探索者協会日本本部。俺は今、人生で初めて「取り調べ」というものを受けていた。部屋はマジックミラー張り。四方の壁には魔力遮断プレート。座らされているのは、嘘発見器付きの椅子だ。
(……待遇が重すぎるだろ。俺、ただのFランクポーターだぞ?)
ガチャリ、と重厚なドアが開き、一人の女性が入ってきた。九条シオリ。日本のギルドを統括する支部長であり、その冷徹な判断力から「鉄の女」と恐れられている。彼女は一言も発さず、俺の目の前にタブレットを置いた。
「同接150万。君の『転倒』動画は、現在世界で最も再生されている動画よ。蓬カナタくん」「光栄ですね。広告収入って入るんですかね?」「冗談はいいわ。君がタナトスを倒した。……いいえ、消し飛ばした。この事実は、現代の探索者理論を根底から覆すものよ」
シオリが顔を近づけてくる。眼鏡の奥の瞳が、獲物を射抜くように鋭い。「君の動きをAIで解析したわ。あのスライディング。君の脚力は、既存の最高値であるSランク探索者の数値を3000%上回っている。君、人間なの?」
「失礼な。純国産の人間ですよ。ただ、子供の頃から牛乳をたくさん飲んでただけで」「牛乳でタナトスが死ぬなら、酪農家はみんな救世主よ!!」シオリが机を叩いた。おっと、鉄の女が早くもヒビ割れてきたぞ。
「いいわ、蓬くん。言葉での問答は無意味ね。……これを使いなさい」彼女が取り出したのは、虹色に輝く水晶体。伝説の魔力測定器『アテナ』。これを使えば、たとえ神であろうとその魔力値を正確に数値化できるという。
「これで君が『最強』であることを証明し、ギルドの管理下に置かせてもらうわ。……さあ、手を」「……測るだけなら、いいですけど」
俺は諦めて、アテナに手を置いた。正直、俺も自分の数値は知らない。ただ、回路がバグっている自覚はある。シオリが固唾を呑んで見守る中、アテナが眩い光を放ち――。
ピッ。
【魔力値:2】
「…………は?」シオリの口から、マヌケな声が漏れた。「あ、あれ?意外と低いな」「低いどころじゃないわよ!!一般人が10、赤ん坊でも5はあるのよ!?2って何!?植物!?瀕死のプランクトンなの!?」
シオリは狂ったように機械を叩き始めた。「故障よ!ギルドの予算30億を投じたアテナが、こんなゴミみたいな数値を出すわけがないわ!!」「いや、でも2って出てますよ」
彼女は自分でも測ってみる。数値は『850』。超エリートの証だ。再び俺が測る。……『2』。何度やっても、俺の手が触れた瞬間に、機械は「え、こいつ生きてる?」と困惑するように『2』を表示し続ける。しまいには、あまりの低数値と「タナトスを倒した」という事実の矛盾に、演算装置が耐えきれなくなったのか、アテナからプシュウゥ……と黒い煙が上がった。
「壊れた……。アテナが……『あり得ない』って顔して壊れた……」シオリが膝から崩れ落ちる。「蓬くん。君は、魔力値2で……あの死神を倒したというの?」「運ですよ。2しかないから、必死にジタバタした結果です」
シオリはブツブツと独り言を始め、虚空を見つめ出した。「論理が死んだ……。物理が泣いているわ……。でも、映像は真実……数値はゴミ虫……。ああ、もう私の脳がオーバーヒートしそう……」
彼女は突然立ち上がると、俺の手をギュッと握りしめた。「蓬カナタ。君を野放しにはできない。君は……私の目の届くところで、その『異常』を証明し続けなさい!」「え、それって……」「今日から君は、ギルド本部直属の『特別雑用係』。24時間、私の監視下で生活してもらうわ!給料は……君が一生カップ麺に困らない分だけ出すわよ!」
こうして、俺の正体は「最強」ではなく「測定不能のバグ」として、ギルドマスターの監視下に置かれることになった。だが、その頃。ネットの掲示板【カナタ考察スレ】では、さらなる地獄の盛り上がりを見せていた。
『【速報】カナタ、魔力測定で「2」を記録www』『2!?つまり「神の指先」ってことか?』『いや、100を超えると1周回って2になる「オーバーフロー説」あるぞ』『あえて2しか見せないことで、敵を油断させる高等戦術だろ。深すぎる……』
――俺、蓬カナタ。世界から「底知れない怪物」と勘違いされながら、ギルドマスターに飼われる日々が始まってしまったようです。




