第4話:ガチ勢すぎてキモい(※褒め言葉)
「…………おい、蓬」
エリナの低く、冷徹な声がダンジョンの通路に響いた。シルバーウルフの死体を検分していた彼女が、ゆっくりと立ち上がる。その鋭い瞳は、転んで埃を払っている俺を完全にロックオンしていた。
「……な、なんでしょうか、エリナさん?そんなに怖い顔して。僕、何か失礼な転び方しました?」
俺は必死に心臓の鼓動を抑え、情けない声を出す。やばい。さっきの小石、威力を込めすぎたか。音速を超えて脳天を貫通させた痕跡なんて、Aランクの彼女なら一目見れば「不自然」だと気づく。
「この狼の死に方だ。……外部から、超高密度の魔力を纏った何かが、音速を遥かに超える速度で撃ち込まれている。……貴様、今、転んだ瞬間に何をした?」
エリナが一歩、また一歩と距離を詰めてくる。後ろでは、ルナが青い顔で狼の死体を見つめ、剛が「嘘だろ、シルバーウルフが即死かよ」と絶句している。
(……言い訳しろ。脳細胞フル稼働だ。ここでバレたら、俺の『週休5日カップ麺生活』が消滅して、ギルドの特攻兵にされる……!)
俺は、ハッとした表情を作り、わざとらしく自分のポケットを探った。そして、そこから「あるもの」を取り出し、エリナの目の前に突きつける。
「こ、これですよ!これのおかげです!!」「……なんだ、そのボロボロの石ころは」
「石ころ!?失礼な!これは昨日の『謎の配信者様』が立っていた場所の近くで拾った、『聖地巡礼の小石』ですよ!あの御方の強大すぎる魔力が残留していて、僕に危機が迫った瞬間に、ファンへの愛で自動防衛システムが発動したんです!凄くないですか!?尊くないですか!?」
俺は目を血走らせ、唾を飛ばさんばかりの勢いでまくしたてた。
「あの御方の魔力は、石ころ一つさえも神の武具に変えるんです!デュフッ、やっぱりあの人は実在したんだ!俺、この石を一生の家宝にします!舐めてもいいですか!?舐めていいですよね!?」
「………………キモい」
エリナが、文字通り「汚物」を見るような目で、五歩ほど後ろに飛び退いた。勝利。俺の「ガチのキモオタ・ムーブ」という精神的防御結界が、彼女の論理的思考を粉砕した瞬間だった。
「エリナ、あんなのが本人なわけねーだろ。見てみろよ、あのひょろひょろの腕。……ただの末期のファンだよ。あんな石ころに魔力が残ってるなんて、オカルト信じてる時点で相当ヤバい奴だぜ」
剛が呆れたように鼻で笑う。ルナも「……ごめんなさい、ちょっと引くわ」と冷たい視線を送ってくる。いい。それでいいんだ。嫌われれば嫌われるほど、俺の正体からは遠ざかる。
「……ふん。蓬、石を舐めるのは後回しにしろ。……行くぞ、第50階層だ。貴様のその異常な『特定能力(執着心)』、現場で役に立ててもらう」
エリナは忌々しそうに吐き捨てると、再び歩き出した。俺は背後で「デュフフ……」と気味の悪い笑い声を漏らしながら、巨大なリュックを背負い直す。
***
その頃、ネット掲示板【探索者実況スレ】では――。
『124:名無しの探索者』おい、今新宿ダンジョンの入り口に「謎のFランク」のコスプレしてる奴いたぞwww『125:名無しの探索者』マジかwww仕事早すぎだろwww『126:名無しの探索者』しかも剣のテーピングまで再現してるとかガチ勢すぎて草。『127:名無しの探索者』でもそのコスプレ野郎、白銀の剣と一緒にダンジョン入ってったぞ。『128:名無しの探索者』え、ポーターとして?Aランクパーティがキモオタを雇うとか世も末だな。
***
ダンジョン内、第30階層を過ぎたあたり。俺は自分の背丈ほどもあるバカでかいリュックを背負い、鼻歌まじりにエリナたちの後ろを歩いていた。普通ならFランクが30階層の荷物を持って歩けば、10分で膝が笑い、酸欠でぶっ倒れるはずだ。
「……蓬、貴様。なぜ息が切れていない?」エリナが不意に振り返る。鋭い。鋭すぎるぞこの女。
「はぁ、はぁっ!い、いえ!肺活量だけは、あの配信者さんの声を再現するために鍛えてるんです!苦しい……でも、これも愛ゆえ……ッ!」「……そうか。もういい、喋るな。反吐が出る」
俺は内心で冷や汗を拭った。危ない危ない。身体強化を無意識に使いすぎていた。俺の目的は、あくまで「昨日の現場」まで彼女たちを案内し、適当に「解析」に協力するフリをして、自分への疑いを完全に晴らすことだ。
だが、ダンジョンの奥から漂ってくる「空気の歪み」に、俺の野生の勘が警鐘を鳴らしていた。昨日の俺の攻撃が強すぎたせいか、この階層全体の魔力バランスが崩れている。何か、本来出るはずのない「ヤバいもの」が、そこ(地下50階層)で待っている気がする。
「エリナさん。……少し、嫌な予感がしませんか?」「予感?ふん、Fランクの分際で。貴様は私の後ろで震えていろ」
エリナはそう言い放ち、腰の銀剣に手をかけた。彼女の自信満々な背中を見ながら、俺は「あー、これ絶対トラブルになるやつだ」と確信し、こっそりポケットの中の「非常食用チョコ」を口に放り込んだ。これから起こる騒動のエネルギーを蓄えるために。




